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エトワール  作者: たびー


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迷走

 ご領主さまが亡くなりました。


 展覧会から、わずか十日後のことです。

 流行病(はやりやまい)にかかったのです。高熱を出して倒れたかと思うと、もう二度と目を覚ますことなく逝ってしまいました。

 ナナの耳飾りと首飾りが、今までにないくらいの高値で売れ、満面の笑みを浮かべていたご領主さまは、もういません。


 オルグは自分の恨みがねじ曲がって天に聞き届けられたように感じ、寝覚めが悪く感じました。

 けれど、長年仕えてきたとはいえ、ナナが現れて以降、ご領主さまになおざりに扱われたオルグには、悲しみよりは、どこか清々するものもあったのです。

 跡を継いだエドヴァンさまは、葬儀がすむと早々に新しいものを作るよう職人たちへ言い渡しました。しかし、職人の数は減っていたのです。展覧会でナナと自作とを無遠慮な視線で見比べられ、買い叩かれたことで自尊心を傷つけられた者たちが多かったのです。

 口ぎたなく罵るものこそいませんでしたが、ナナは少なからず恨まれました。

 エドヴァンさまは引き留めはしませんでした。いちばん金になるナナさえいればよいと思ったのかも知れません。

 オルグもデューラーの家を去ってもよかったのです。けれど職人たちが抜けていくなか、筆頭であるオルグは残った者たちをまとめあげるよう、エドヴァンさまから引き留められていたのです。


 それからも流行病はデューラーの領地で野火のようにじわじわと広がりました。

 そして、領主さまの死からわずか半月後。

 フィリッツが亡くなりました。

 元来病弱だったフィリッツは流行病にあっけなく命を奪われました。夫と息子をたて続けに亡くした奥方さまは、怒り悲しみました。


 ノームの娘など、家に入れたから。

 ノームの娘のせいで、夫は金に目がくらみ、欲にとりつかれたのだし、ヒトではないノームに息子の体調の変化に気づけるわけがなかった。ただ見殺しにしたのだ、と。


 フィリッツの枕元で、青ざめ立ち尽くすナナをなじりました。

 ナナは奥方さまから、最愛の夫の葬儀に参列することも許されず、子どもの手を握って棺が墓地へ行くのを見送るしかできませんでした。

 埋葬がすんで工房に戻るとちゅう、オルグは離れのおもてにいるナナに出くわしました。

 離れは、数人の男たちで中が片づけられていました。

 出ていくところかも知れない。オルグの気持ちは一瞬わきたちました。

 オルグに気づいたナナは、頭を下げました。


 里へお帰りになるのですか。


 にやけそうになる顔を引き締め、オルグは慎重に声をかけました。ナナは大きな瞳を伏せて首を横に振りました。


 わたし、かえるところ、ないです。

 ヒトをえらんだから。

 おかあさん、これだけ、わたしにくれました。


 そう言うと、ナナは肩にかけた不思議な色合いのショールに手をあてました。光のあたりぐあいで、玉虫のように色を変えます。これもまたノームの手技なのでしょう。ぞくりとするような美しさを秘めています。オルグの頬がぴりりと痺れました。


 「ながや」にうつるよう、いわれました。


 オルグからすれば、デューラー家の者の命を二人も犠牲にしながら、いちばん目障りなナナがしぶとく生き長らえているように感じました。

 オルグは強いお酒を飲んだときのように、喉の奥がかっと熱くなりました。

 離れから出されて、工房で暮らすことを指示したのは、きっと奥方さまでしょう。奥方さまは大切な身内を二人も失ったやるせない悲しみを、ナナへ怒りとしてぶつけているのです。


 はたらきます。むすめのために。


 面やつれしていても、ナナの瞳には母の強さが感じられました。

 娘は父親が死んでしまったこともまだ分からないほど小さいのです。ただおとなしく母親と手をつないでいます。

 オルグは歯がみしました。まだ自分の前から消えないのかと。さっさと仲間のところへもどり、二度と姿をあらわさなければいい。

 オルグは工房へ戻ると、礼服の胸に飾った白い花をもぎ取り、床に叩きつけました。


 エドヴァンさまは、流行病のための薬や患者のための療養所へお金がかかることを理由に、職人たちへの材を新しく買い与えませんでした。


 手持ちの材料で、新たな作品を生み出せと。


 ナナは小さな工房で、娘の世話をしながら今までより多くの作品を作るようになりました。

 瑠璃と玻璃を組み合わせた、今にも飛び立ちそうな蜻蛉の髪飾り、月長石の優しい光が宿る白百合のブローチ、子猫たちの瞳が輝く愛らしい腕輪。


 オルグはナナの仕事ぶりを間近に見られる場所にいて、自身の作品に集中することができませんでした。

 夜遅くまでついてる明かりに、朝から聞こえる金属(かね)を打つ音に心が安まる間がありません。

 それでも、いくつかのものを作っては、新しい領主であるエドヴァンさまと値を付け売りました。

 ナナのものだけは別格で、エドヴァンさまが都の王侯貴族が住む屋敷まで、じきじきに持ってあがるのでした。


 季節は秋から冬へと移り始めました。ようやく流行病も下火になってきたようでした。


 それでもエドヴァンさまは、材料のお金を出し渋りました。エドヴァンさまは何よりお金が好きだったのです。ナナのおかげで、大金を手に入れても生活そのものは派手にならず、むしろ質素になったように感じられます。

 職人たちに出される食事も、肉や魚が減りました。以前ならば、お屋敷のお祝い事やおめでたい日には使用人たちにもご馳走やお菓子がふる舞われたものですが、そういったものがまったくなくなりました。


 まえのご領主さまであれば、よい物を作るための材料は惜しみなく用意してくださったのに、エドヴァンさまはお金はかけず、意匠を工夫して元手を少なく利益を多くしたいと思っているのです。


 そのため、職人たちは以前の使い残しの宝石や地金をお互いに融通しながら作っていました。

 それなのに都から大金を持ち帰ったエドヴァンさまは、もっとたくさんの宝飾品を作るように言うのでした。

 なかでも、とくにナナには少ない材料で作るよう命じました。


 わずかな銀で、多くの金が手に入る。


 ナナは金の卵を産み続けることを運命づけられてしまったのです。


 ナナは泣き言ひとつ言わずに、作り続けています。

 それは強いられてというだけではないように見えます。できあがった品物をオルグに納めにくるときには、いつも頬を赤くしておずおずと差し出します。


 これで、いかがですか?


 自信なさげに見せられるものは、どんな無茶な注文の時でも誰もまねできない素晴らしい出来栄えです。

 オルグは(はらわた)が焼けるようにおもいながらも、柔和にほほえんでうなずきます。そうするとナナはようやくほっとしたような表情をするのです。

 ナナの仕事は傍から見ていても、すざまじいものでした。ひび割れ血がにじむ指先もいとわず、日々作ることに集中しています。食事の声がかかっても出てこないこともしばしばです。

 けっして楽になど作ってはいないのです。


 それでもときおり、少し大きくなった娘といぜんのように庭を散歩するときなどは、遠くを見るようにして空を見あげています。三人だったときの思い出にひたっているのでしょうか。


 オルグの手はだんだんと鈍ってきました。もう満足のいくものなどしばらく作りあげたことはありません。筆頭としての仕事をするだけでやっとです。


 年の終わりが近づきました。新年を迎える前にナナは五つのブローチを納品することになっていました。

 もちろん、ほかの職人たちも割り当てられたものを懸命に作っています。例によって材料は少なく、互いの協力でなんとか成り立っていました。この仕事が終わったら、暇を願い出る職人が何人もいそうです。ここでは、もういい物を作れそうにないと、エドヴァンさまを見限る者が大勢をしめています。


 そんなとき、ナナがオルグの工房をたずねてきました。


 どうか、ほうせきをいくつかわけてください。


 ナナへの材料はいつも必要な量ぎりぎりしか渡されていません。少しでも作り損ねたりすると、もう材料は足りなくなります。

 ほとんど何も作ることがなくなったオルグは、手持ちの宝石を請われるままに皆に分け与えていたのです。それを頼ってきたのでしょう。


 目の前の、この小さな女に材料をわたすのか。どうせ何もなくても「星」を作り上げるだろう。さらにのそれを輝かせるものを手渡してどうする。


 オルグの体は冷たくなっていきます。

 何もわたすことはない。


 すまない、もう何もないんだ。べつの奴をあたってくれ。


 まだなにか言いたげなナナを無視してオルグは扉を閉ざしました。

 ナナに力を貸すものなど、誰がいるでしょう。ナナの技量を羨まぬものなどいないのですから。


 苦しめばいい。悔しさに顔をゆがませればいい。

 そうすれば、溜飲がさがるというものだ。


 それから数日後、オルグが表に出るとナナが自分の工房の前で長椅子に腰かけたまま、娘と頭を寄せ合って眠っていました。

 小春日和の日差しの中で、ついうとうとしたようです。

 ここしばらく、姿を見かけなかったのは、ナナが工房に閉じこもってブローチを作っていたからでしょう。

 開かれた扉の向こうの整った机のうえに、光るものがありました。

 オルグはその輝きに惹きつけられました。


 子どもの掌におさまるくらいの、ささやかなブローチでした。


 繊細な銀の六角形と五角形の紫水晶の線が重なり合い、湖で採れた小さな真珠がその先端で煌めいています。


 まごうことなき、五つの星。

 オルグは足音をひそめてそれに近づきました。床が鳴る音や胸の鼓動が激く体の中に響きました。血の流れる音をはっきりと意識しました。

 ふるえる手て端の一つに手を伸ばしました。息を詰め、手に取ったブローチは雪のように融けるかと錯覚するほどでした。


 と、工房から出てきたオルグは、眠っていたはずの娘と目が合いました。

 母親とよく似た、大きな目でオルグを見あげています。


 子どもが声を上げる前に、オルグは駆けだしていました。



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