凱旋2
「つ、疲れた……」
謁見の間で何故か騎士さん達から跪かれ、あわあわとしてしまった私だが、何とかその場を乗り切った。
先程お父様や陛下といた部屋に戻ると、やっと動悸が落ち着いてきた。
「どうだ、驚いただろう。実は事前に騎士団長から大々的にお礼を伝えたいと言われていてな。どうせならあの場に呼んで驚かせてやろうと計画したのだ」
はっはっは!と一緒に戻って来た陛下が笑う。
「ここ数日一緒に居てもちっとも変わらん、その澄ました顔をどうにかして崩せんものかと思っていたのだが。大成功だったな!」
なにが大成功ですか!
つい最近まで引きこもりだった十代の女子が厳つい騎士さん大勢に跪かれ頭まで下げられ、平常心でいられるわけがないでしょう!
……と言えるわけもなく。
「……お戯れは程々にお願い致します」
げんなりとした気持ちでそう言うのが精一杯だった。
「まあそう言うな。びっくりサプライズはまだ続くのだからな。そろそろだぞ」
嘘でしょう!?
今度は何が……と身構えると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「失礼します」
「陛下、入らせてもらいますよ」
扉の隙間から、涼やかな声と豪快さの感じる声が聞こえてきた。
この声は。
「副団長さん……」
「ジゼル嬢、お久しぶりです」
開かれた扉から現れたのは、思っていた通り、副団長さんだった。
王宮の中庭で話をしてから、たった数日。
だけどその数日が、とても長かった。
「おいおい、俺もいるんだが。ユリウスしか見えてねぇってのは寂しいなぁ」
感傷に浸っていると、団長さんが芝居がかった声を上げて私の前に立った。
「っ!失礼しました。初めてお目にかかります、リンデンベルク騎士団長。此度は無事のご帰還、まことに喜ばしく……」
「あーそういう堅苦しいのはいらねぇ。普通にしていてくれ、普通に」
団長さんはひらひらと手を振ってかしこまるなと言う。
普通に、って。
でも陛下の御前だし、初対面の偉い方に気安く話しかけるのもちょっと……。
色んな意味で、無理。
どう返答すれば良いものかと口ごもっていると、副団長さんがさっと間に入って庇ってくれた。
「団長。初対面のご令嬢にいきなり馴れ馴れしく話しかけるのは良くありません」
「そうだな、今のはバルヒェット副団長が正しい」
副団長さんと陛下の言葉に、団長さんはうっ!と怯んだ。
「あー、その、悪かった。改めて、俺……いや私は、マティアス・リンデンベルク。騎士団長の任に就いている」
「ええと、ジゼル・シュタインと申します。よろしくお願い致します」
ようやく普通の挨拶ができてほっとする。
やれやれという様子の陛下と副団長さんを見るに、この方は誰にでもこんな感じなのだろう。
……国王陛下にもこれ?と思わなくもないが。
「さて、先程は驚かせて申し訳なかったな。騎士達全員が直接お嬢ちゃんに礼を言いたいってんでな。陛下に頼んだらああなったんだ」
お嬢ちゃんという呼ばれ方には少しひっかかったが、団長さんに悪気はなさそうなので素直に好意だと受け取ることにしよう。
「とんでもありません。私などにあのような過ぎた配慮をして頂き……。確かに驚きはしましたが」
さすがに「はあ、まあ」とは言えない。
だから何とか振り絞って考えた答えを返せば、団長さんは、にかっ!と太陽のように笑ってくれた。
「そうか。いやだが、本当にお嬢ちゃんの菓子には助けられた。あの状況、本当は自分達の力だけで何とかしなきゃいけなかったんだがな。俺達もまだまだだな。訓練、もっと厳しくするべきか?」
「団長の訓練は十分厳しいですから……。今まで以上に厳しくやれば、騎士達の離職率が上がりますよ……」
何でもないことのように言う団長さんに、副団長さんが眉間の皺を深くする。
副団長さんだってリーンお兄様に“難易度・地獄”の訓練メニューを与えたことがあったが……。
団長さんの訓練とはそれ以上なのだろうかと思い、背筋がぞっとする。
「まあまあ!さあ、せっかくおまえ達を呼んだんだ。報告がてら、あの森の中で身体強化魔法が付与された菓子を食べた後のことを、詳しく教えてくれ。茶でも飲みながら、ゆっくりとな」
陛下かパチンと指を鳴らすと、王宮の侍女が現れて手早くお茶の用意をしてくれた。
ああ、この時のために私に茶菓子を作っておいてくれと言ったのね。
侍女の手の中には、私が作ったクッキーが乗った皿がある。
「陛下……先程ショートケーキを食べたばかりですのに……」
私が声を低めてそう言うと、陛下はびくっと肩を跳ねさせた。
「す、少しだけにする!」
まるで子どもみたいねと恐れ多いことを思いながらため息をつく。
仕方がない。
「あの、すみません。陛下のお皿には少なめに盛って下さい。その代わり、こちらのリンデンベルク騎士団長とバルヒェット副団長の皿には、多めに」
「ジ、ジゼル嬢!ひどいぞ!」
「ひどくありません。私のお菓子を食べ過ぎたせいで陛下の体調が悪くなっては事ですから。先程も食べ過ぎは良くないとお伝えしたはずです」
懇願する陛下にピシャリと言い放つと、侍女がぽかんと呆気にとられているのに気付いた。
し、しまった。
国王陛下に対しても冷たい女だと思われた!?
それとも無礼者だとつまみ出される!?
内心そう慌てていると、団長さんが声を上げて笑った。
「こりゃ傑作だ!お嬢ちゃん、最強じゃないか!」
そして副団長さんは、はぁっとため息をついて陛下を窘めた。
「陛下……あまり子どもっぽいことをおっしゃるのはどうかと思いますよ」
「ならおまえの皿に与えられた私の分、返せよ」
「お断り致します。いえ、断じてたくさん食べたいわけではありません。陛下の健康を考えてのことです」
「絶対おまえが食べたいだけだろう!?」
……いや、こちらも子どもの喧嘩のようなものが始まってしまった。
その光景に団長さんは笑い続け、侍女達はおろおろとしている。
そんな、平和で可笑しなこの光景が、嬉しくて。
「……ふふっ。もうそのあたりにして、頂きましょう?せっかく淹れて頂いたお茶が冷めてしまいますよ?」
思わず私も、頬が緩んで笑ってしまった。




