王宮からの要請1
「え……。正式に王宮で働く、ですか?」
「ええ。今までの騎士団内での噂もそうですが、昨日のパーティーの評判を受け、あなたを王宮専属菓子職人として雇いたいとの要請を受けました。それも、国王陛下直々に。私と、シュタイン伯爵にも話がいっているはずです」
『急で申し訳ないが今日の分の菓子を持ってゼンと一緒に来てもらえないだろうか』
そう副団長さんからの言付けを受けて、いつもの時間に配達に来たのだけれど……そんなことになっているとは。
「ある程度の予想はしていたのですが、まさかこんなに早く動くとは……。しかも陛下が……」
「いえ。そもそも昨日の私の発言が原因なのですから、副団長さんは気にしないで下さい」
唇を噛む副団長さんに、私は申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。
騎士団内でも昨日のパーティーでも、菓子を作ったのは自分だと公言したのは私自身だ。
多少騒がれるかもしれないなとは思っていたが、ここまでとは。
「とりあえず、話は聞いてみようと思います。それに、思っていたほど動揺していないんです」
え……?と首を傾げる副団長さんに、柔らかく微笑む。
「昨日も言いましたが、きちんと物事に向き合って、好きなことを生かして仕事に取り組みたいと思います。おかしいですよね、ずっと静かに暮らしていたいと思っていたのに。今、そのお話を聞いて一番に思ったのは、“私のお菓子が認められたのかもしれない”という期待だったんです」
だから、どうか自分を責めないでほしい。
そう伝えると、副団長さんは自分の手をぐっと握り締めて俯いた。
あまりに強い力に震えているその手に、そっと触れる。
「大丈夫です。私、嬉しいんです」
副団長さんがはっとして顔を上げる。
「これも言いましたよね?あなたに並び立てるような人間になりたいって。まあ声をかけられたというだけなので、まだまだかもしれませんけれど」
「……覚えていますよ。ですが、それでも最初に約束したことを破るような形になってしまったことを悔いているんです」
副団長さんははあっとため息をつくと、逆に私の手をぎゅっと握った。
「あなたこそ、覚えているのですか?私は嫉妬もしているのですよ。あなたのことを隠しておきたかったのに、昨日のように大勢の人の目に触れるようになれば、嫌でも目立ってしまう。表情のあまり変わらなかった頃ならまだしも……」
そこで一旦止めると、私の顔をまじまじと見てまた深く息をついた。
「こんなにかわいらしい表情をするようになってしまって……。私の見ていないところで悪い虫がつかないか心配です……」
「な、何言ってるんですか!?そんなこと、あるわけないじゃないですか!」
あわあわと答えるが、顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。
どうしよう、また甘々モードになっている。
真面目な話をしていたはずなのに、なぜ!?
「あのー、その辺で止めてもらっても良いでしょうか?」
「うむ、エリザの言う通りだ。桃色空間はふたりきりの時だけにしてくれ」
そこへ居心地の悪そうなエリザさんとゼンの声が上がった。
しまった、ふたりも側にいたんだった。
慌てて、ばっ!と副団長さんの手を振り払うと、副団長さんがしゅんと寂しそうな顔をした。
そ、その顔……反則だわ!
きゅんとしてしまった胸の高鳴りをなんとか鎮めようと、こほんと咳払いをして居住まいを正す。
「と、とりあえず今日の分のお菓子、どうぞお納め下さい。私、お父様のところに相談に行って参りますので」
半ば無理矢理話を変え、平気なフリをして扉へと向かう。
今はそんなことをしている場合ではないのに、頭の中がお花畑になってしまう。
副団長さんの側にいるのは危険だ、物理的に離れよう。
少し動悸が落ち着いてきたところで退室の挨拶をしようと振り返ると、すっと頭上から影が差した。
「シュタイン伯爵に伝えて下さい。私も、ジゼル嬢のことを側で見守り、力になるつもりですと」
見上げると、そこには真剣な眼差しの副団長さんがいた。
扉に手をつき、私を上から覗き込むようにしている。
こ、ここここれはまさか前世で有名だった(ちょっと古いかもしれないけど)壁ドン!?
「は、はいいいっ!父に、伝えさせて頂きますありがとうございます失礼します!!」
早口でそう捲し立てて扉を開ける。
バタン!と思い切り閉めて、扉を背に預けたままずるずると座り込む。
「だから……ああいうことをされると、期待しちゃうんですって……」
再び激しくなってしまった動悸を鎮めようと、その場に蹲る。
「……副団長、ジゼル様と恋人同士になられたのですか?」
「いや、まだその話しすらしていない」
「……あんなことしてるのに?まだ?副団長、正気ですか」
自分のことでいっぱいいっぱいだった私は、室内でそんな会話をされていることなんて、さっぱり知らなかったのだった。




