これって親愛?それとも……1
「ジゼルよ、今日はどうだ?」
「あ、そうですね。今日は特に急ぎの書類がないので、お伺いしますと伝えてくれますか?」
騎士団にお菓子を届けるようになって十日あまり、随分この生活にも慣れてきた。
そして私は時々自分で副団長さんのところにお菓子を運んでいる。
チーズケーキを持って行ったあの日、もし良ければ……と副団長さんが提案してくれたのだ。
毎日とはいかないのでゼンに配達をお願いすることが多いのだが、副団長さんが執務室で休憩を取れそうな日は、こうして昼前にゼンが都合を聞きに来てくれて、私も忙しくなければゼンと一緒に訪問することにしている。
ちなみに提案を受けた時に、そういえばリーンお兄様のGPS!と焦ったのだが、なんとゼンが対応措置を取ってくれていた。
どうやらお兄様の魔法は私の気配を探るものらしく、その気配を魔法で作り出して屋敷内に留めてくれたようだ。
そして私自身には、気配を消す魔法をかけたと。
そういえば部屋を出る前にゼンが何かやっていたなと思い出した。
気配を作り出してお兄様の魔法に対処するなんて、ゼンは相当力の強い精霊なのだなと感心したものだ。
こうしてお兄様に気取られることなく訪問することが可能となったわけだが……。
その問題が解決したとはいえ、副団長さんも忙しいでしょうから……と最初は訪問をお断りしようと思った。
しかしエリザさんが『副団長もシュタイン伯爵令嬢がいれば休憩を取るだろうし、その方が効率が良くなるので』と耳打ちしてきた。
副団長の精神安定のためにも是非!とゴリ押しされてしまったので、断れなかったというわけだ。
ゼンからも話は聞けるが、実際に食べてもらった時の表情も見ることができるし、感想も直接頂けるので、私としてはありがたい。
今のところ三、四日に一回程度の頻度でお邪魔しているが、副団長さんやエリザさんに迷惑そうな様子は見られないし、それならば良いのかなとご厚意に甘えてしまっている。
そしてまずは女性騎士さん達に私のお菓子を販売してみようという話だが、結果から言えば、大変好評である。
前世もそうだったが、やっぱり女性という生き物はスイーツ好きらしい。
今ではほぼ全女性騎士が毎日お菓子を予約注文してくれている。
初日こそ半数程だったが、四日目にはほぼ全員が予約してくれた。
前日に、明日はこんなお菓子ですよ〜とお知らせをしておくので、苦手なものが入っていたりすると注文しない方もいるのだが、それでもほぼほぼ全員というのが驚きだ。
男性騎士から、女だけずるいぞ!とクレームが湧いていると、前回執務室にお邪魔した時に副団長さんが苦笑いしていた。
そんなこんなでもう三回もお邪魔させてもらっている。
そして、そのおかげでエリザさんとは少し仲良くなれた。
話を聞けば、三人の弟さんがいるということで、しっかり者のお姉さんという雰囲気に納得がいった。
私の呼び方も、“ジゼル様”に変わった。
私も様をつけて呼ぼうかと思ったのだが、自分は職務中だから仕方ないけれど、私からはさん呼びの方が親しみを感じるからと、エリザさんから許可を頂けた。
……今世で初めてできた友達だ。
「ジゼル、嬉しそうだな」
「はい、エリザさんにもお会いできるのが嬉しくて」
エリザさんとはこれからも仲良くしていけたらなと思う。
* * *
「――――とジゼルが言っていたぞ」
「何でエリザ!?私は!?」
今日は鳥姿のゼンは、ジゼルの訪問が可能だと執務室まで報告に来ていたのだが、話を聞いたユリウスはダン!と机を叩いて項垂れた。
「まあまあ副団長、女性とは同性同士のおしゃべりが好きですからね。それにジゼル様は今までご友人もいらっしゃらなかったみたいですから、仕方ありませんよ」
そう慰めながらもどこか優越感のある表情をするエリザを、ユリウスはきっ!と睨んだ。
「私の方が先に出会ったのに!」
「どちらが先か、ではなく、どちらが信頼を築いたか、でしょう」
ふふんと勝ち誇った顔をした部下に、ユリウスは何も言い返せなかった。
「最初に彼女を見つけたのは私なのに……。いつの間にかゼンに先を越され、エリザにまで出し抜かれるなんて……」
うわ、面倒くさいモードに入ってしまったとエリザは思った。
そしてゼンもまた、自分で報告しておいて何だが余計なことを言ってしまったと後悔した。
「くそ、ふてぶてしいゼンがジゼル嬢に気に入られるなんて予想外だった。エリザも猫を被っているだけで、中身はガサツで口も悪いのに」
「ほう、主は我のことをそんな風に思っていたのか」
「ガサツで悪かったですね」
そう言い返してもぶつぶつと恨み言を零すユリウスに、エリザとゼンはため息をついた。
「全く……好きなら好きで、もっとアプローチすれば良いのに。ヘタレですね」
付き合っていられないとばかりにエリザがそう言い放てば、ユリウスは怪訝そうな顔をしてエリザを見つめた。
「?何を言っているんだ、エリザ」
「えっ?」
「は?」
ユリウスの言葉に、エリザとゼンは面食らって気の抜けた声が出た。
一拍おいて冷静になったエリザは、まさかという思いでユリウスに尋ねた。
「……だから、副団長はジゼル様のことが好きなんでしょう?」
「はぁ!?なぜそんな話になる!私はそんな邪な気持ちで彼女を見ていない!」
嘘だろう、とふたりは驚愕した。
この男、自覚が無い……?
「どう思いますか、ゼン様」
「うむ、主がこんなに馬鹿だとは思わなかった」
背を向けてこそこそと密談を始めた部下と使い魔に、ユリウスは首を傾げている。
「あんなにゼン様や私に嫉妬剥き出しにしておいて、あんなこと言えます?」
「むう……あの顔と地位に惹かれた女共にさんざん囲まれてはきたが、純愛とは無縁だったからな」
ふたりはちらりと背後のユリウスを見た。
なおも不思議そうな顔をするユリウス、その瞳は嘘を言っているようにも、誤魔化そうとしているようにも見えなかった。
「……ジゼル様、振り回されそうですね」
「今からジゼルが不憫でならんな」
このままならふたりがどうにかなる可能性は低そうだが、無自覚なユリウスが暴走する可能性もある。
あの純真無垢なジゼルが相手をするのは、なかなか大変だろうな……とふたりはもう一度ため息をつくのだった。
* * *




