第94話 ゴブリンガールは啖呵を切る!
――――かつて、まだシビリオが幼かった頃。
次々と人の死を言い当てることを不気味に思った村人たちは彼女を忌み子として捨てた。
身寄りのない彼女が行き着いたのは結局のところ同属の者たちが集う場所、つまり死神教団だった。
死神たちは人間の寿命を見極めることができる。
その力を使って予言に近い行いをし、古来より世の中の流れを調整する役割を担っていたという。
例えば近い将来に大勢を死に追いやるような危険人物がいれば、その周囲の人々の篝火は弱まる。
そうした前兆を察知し、大量死の出来事を未然に防ぐために暗躍するのだ。
だが死神の仕事は救うばかりでもない。
人口が増えすぎれば新たな障害も起こるため、定期的に『間引き』を行うこともある。
「かつて人は食物連鎖の頂点に君臨していた。故に歯止めが効かず暴走もした。だからこそ細やかな人口調整の必要があったのよ」
まさに人の生死を司る神の所業を代行するかのようだ。
だが教団が隆盛を極めたのはもはや数世紀前の話。
いつからか世界を支配した魔王がその存在意義を奪う形となって、彼らは次第に影を潜めていったという。
「……なんだか複雑な話だねえ」
「死神にとって魔王は邪魔な存在というワケですね? でも、だったら勇者に委ねずに自分たちで討伐を試みてもいいんじゃないですか」
「そこが問題なのよ。教団はあくまで闇の組織。決して表舞台に立ってはならぬとの誓いが立てられているの」
シビリオは困った顔で相槌を打つ。
「考えてごらんなさいな。もし私たちが堂々と魔王を倒してしまったとしたら。死神が新たな魔王として入れ替わるのとなんら変わらないでしょ?」
「ん~……。結果的にはどっちも似たようなことしてるってことだもんな?」
「ただ、あんたらの希望としては大っぴらな支配じゃなく裏で糸を引くくらいのスタンスに留めときたいってことか」
「そんなところね」
なんだそれ、クッソめんどくせえ!
自分たちが良い気分でいられるポジションを保ってたいだけじゃないか!
デモデモダッテの駄々っ子かよ!
「もちろん私だって教団に不満はあるわ。だってひどい時代錯誤でしょう? 言いたいことがあるなら言えばいいし、やればいいと思うわ」
「ならやれよ」
「気楽に言うわね。拾って育ててもらった恩義がある以上ないがしろにはできないのよ」
結局こいつもデモデモダッテかよ!?
自分の理念と義理堅さとの食い違いにひとりで葛藤しちゃってるよ!
まったく、アタイはこういうメンドクサイ女が一番嫌いなんだよ!
我慢の限界にきたアタイはシビリオに向けて啖呵を切った。
「安心しな鎌女! 勇者なんかに頼らなくっても魔王の奴はこのアタイが倒してやっからさあ! このガチャを使ってね! あんたはその活躍を草葉の陰から眺めてりゃいいんだよ!」
そう言って仁王立ちになり、掴んだスマホをビシッと空高く掲げる。
……決まったね!
シビリオは怪訝な顔でアタイを一瞥したあと、思わずプッと噴き出した。
「レベル2のゴブリンが魔王を倒す? 寝言は寝て言いなさいな」
「ああん……!?」
ナチュラルに見下しやがったね、こいつ!
神サマ気取りの傲慢屋が!
「なあ。前から思ってた素朴な疑問なんだけどよぉ」
タジが口を挟んだ。
「お前らモンスターって魔王の配下なワケだろ。逆らっていいの? というかそもそも魔王ってのはどんな奴なんだ?」
「えっ?」
自然と皆の視線がアタイに行き着く。
魔王という名前くらいだから魔物たちを統率する王様なんだろうけど、言われてみればアタイは姿を見たことも声を聞いたこともないねえ。
「ジョニー知ってる?」
「ううん」
「スラモンは?」
「知らねンだわ」
はて、魔王とは一体……。
「やい老害村長! ゴブリンは魔王の奴からなんて指示を受けて勇者たちと対立してるんだい?」
「指示なんか受けとらんよ」
えっ、そうなの?
「ゴブリンはレベル2だから低級フィールドしかうろつけず、自然と『はじまりの村』付近に棲みついただけじゃ」
「それで通りがかりの勇者たちと必然的に干渉してたということですね」
ふうん。
魔王がしたのはモンスターに固定レベル制を敷いたってことだけで、その真意は不明のようだね。
そして誰もそのご尊顔を拝んだことすらないと……。
「んなことも知らずに魔王を倒すとか息巻いてたのかよ……」
「わかっとるのか? いま94話目じゃぞ」
「ふん、うるさいね! ここで大きな一歩を踏み出したってことじゃないか!」
あーだこーだーと押し問答をするアタイたちを遠目に見ながら、シビリオは苛立ちを露わにした。
「そろそろ先に進めていいかしら。いつまでもここで油を売るつもりはないの。さっさと仕事を片付けさせてもらうわ」
そうして腰を低く据え、鎌の刃を地面と水平になるように構える。
そのまま微動だにせず集中力を高めているようだ。
やがて彼女の周囲の空気はビリビリと震え始めた。
それは強大な溜め技を放つ前兆だ。
「まずい……! 皆さん、伏せてください!」
いち早く危険を察したシブ夫が皆に向けて叫ぶ。
そうしながらすぐ隣にいたタジの背を押して地面に倒した。
「うわっ!?」
――――その直後、シビリオが大きく鎌を振るう。
まるでそこから真空刃が飛び出すようにして、何倍にも伸びた居合の斬撃が360°に範囲攻撃を放った。
「うひー!」
シブ夫の呼びかけのおかげで皆が地に顔を伏せ、間一髪で刃をやりすごすことができた。
だがタジへの対処で動作に後れを取ったシブ夫は完全に躱しきることができなかった。
ザシュッ!
「くっ……!?」
胸を裂かれて鮮血が飛ぶ。
「シブ夫!」
「シブ夫きゅん!」
「……かろうじて、致命傷ではありません」
ゴンザレスのデバフによって鎌の切れ味が鈍ってなければ即死だっただろう。
胸元を押さえて息を付くシブ夫。
だが、その様子を目の当たりにしてシビリオが異常な反応を見せた。
「なぜこれほどに鮮やかな血が……? アンデッドの体は朽ちていて血も巡っていないはず。どういうことなの」
「シビリオさん。心当たりがあります。まずは話をさせてくれませんか」
「心当たり……」
「僕は一度死んだんです。そしてこの世界に転生した。篝火が視えないのはそれが原因なのかもしれません」
「転生? 一体なんの話をしているのよ!」
シビリオは動揺を隠せないまま第二撃の準備に入った。
「未知の挙動を取るアンデッド。やはりあなたは危険だわ!」
「待ってください」
「問答無用!」
再び振り回される大鎌。
だがその刹那、アタイたちの頭上を黒い人影がものすごいスピードで横切った。
それと同時にシビリオの鎌がまばゆい発光を起こす。
「私の鎌が……! なに奴!?」
「うふ~。そのくらいにしておきなさいよシビリオちゃん♪」
フワリと空に静止したのは藁ボウキにまたがるウィッチハットを被った女。
「彼は私のお気に入りなんだから。死神に横取りされちゃうなんて許せな~い♡」
ここでまさかの……アルチナ!?
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
アルチナまで登場してますますカオスになってきたよ!?
この魔女と死神は犬猿の仲らしく、しょっぱなから喧嘩腰でいがみ合ってるしね!
収拾を付けるどころか修羅場ぶりに拍車が掛かってんじゃないのさ……!
あんたら2人で戦うんなら、もうアタイたちは帰って良いかな?
【第95話 ゴブリンガールは仲裁する!】
ぜってぇ見てくれよな!




