第93話 ゴブリンガールは死神に狙われる!
「毒のくだりなど関係なく、初めからこの男には篝火など灯っていなかったのよ」
――――アンデッドモンスター。
特定の条件下で死んだ生物は極まれに魔物化することがある。
自分が死んだことに気付かないまま、霊体が体に憑依して動き回るのだ。
しばらくのち、先に体が朽ちて魂が残留すればそれは怨霊と呼ばれる。
逆に自我が失われるのが早ければ残った肉体をゾンビと言うのだ。
「幸いまだそのどちらにも達していない段階ね。それにしてもここまで明瞭な精神を維持した個体も珍しい。だけどその分、放置すればより凶悪なモンスターへと変貌してしまう」
シビリオはシブ夫に向けて大鎌を構える。
「アンデッド狩りは篝火を見分けることのできる死神の仕事のひとつ。安心なさい。私がこの手で葬ってあげるわ」
「僕がモンスター……? 篝火ってなんです?」
「知る必要は無いのよ。無駄なことだから」
おいおい、今度はこの鎌女の相手をしなきゃならないのかい?
一難去ってまた一難かよ!
「やい女! もうあんたの妄言に振り回されるのは御免だよ! 自分を死神だと思い込んでいる精神異常者が!」
激昂するアタイにタジとゴンザレスも続く。
「篝火だか網走だか知らないけどよお! シブ夫くんの美しいご尊顔に向かってアンデッドとはよく言えたもんだぜ!」
「そうだぞ! 散々シブ夫きゅんを苦しめやがって……! もう彼には指一本触れさせないからな!」
都合よく記憶の改ざんを始めるゴンザレス。
「ちょっと待ちなさいよ。もとより私は指一本触れてないでしょ……?」
「黙れこの精神異常者!」
「落ち着いてください皆さん。きっと何かの誤解ですよ。一度武器を下ろして話をさせてもらえませんか?」
だがすでに一触即発の状況。
シブ夫の願いが聞き入れられる余地などなさそうだ。
「ハイベンジャーズと言ったわね。勇者狩りを生業にするギルドなど無くなってしまった方が世のためだわ。これは私の仕事とは違うけれど、ついでに始末してあげる」
「やってみろやあ!」
先手を打つのはタジ。
機敏な動きでシビリオに急接近し、その懐に目がけて双剣を振るう。
それをシビリオの鎌が受け止めた。
両者のあいだに激しい火花が飛び散る。
「『カーフウィンド!』」
すかさず唱えたタジの呪文によって周囲につむじ風が起こり、それが空気の刃へと形を変えた。
「その大鎌じゃあ俺の小ぶりの斬撃をすべて受け止めるには忙しいよな!?」
「ふん……!」
襲い掛かるタジの双剣とカマイタチの刃。
それは修行の成果もあってか、息もつかせぬ怒涛の剣さばきへと昇華している。
だがシビリオの方が一枚上手。
矢継ぎ早に打ち込まれる連続技を鎌の柄で受け流しながら、隙を突いてタジの脇腹を蹴り飛ばした。
「うわっ!」
「タジさん!」
飛ばされたタジを後方から受け止めるシブ夫。
「もらったわ! 2つまとめて首を落としてあげる!」
「させんぞ!」
攻撃に転じようとしたシビリオに、側面からゴンザレスが毒矢を放った。
絶妙に勢いを挫く横やりに舌打ちで応えるシビリオ。
「そんな腑抜けた矢を受けると思って?」
大鎌を振るって難なくなぎ払う。
――――だが、それはただの吹き矢ではなかった。
ガラス棒でできた特注のもので、中身に毒液が仕込まれていたのだ。
バリンとわれたガラスから飛び出した毒が鎌の刃に付着し、瞬時に刃先を腐食させる。
「かかったな……!」
「チッ!」
ゴンザレスは続けて懐から親指の先ほどの小さな小瓶を取り出した。
「タジ! シブ夫きゅん! 手持ちの剣でこの瓶を割るのだ!」
そうして2人に向かって容器を投げる。
言われるがままにタジとシブ夫がガラスを割ると、中の粘性を帯びた毒液が刃の表面を彩った。
「これで武器に毒属性が付与された! 追加ダメージを与えられるはずだ!」
「ふん! バフにデバフにと忙しい奴……!」
連携を取り合う勇者たち。
だがそれでシビリオを追い詰めているとはまだ言えない。
ギャラリーのゴブリンたちは皆が声を張り上げてシブ夫を応援する。
「勇者シブ夫―!」
「負けないでー!」
「ようし、ジョニー、スラモン! ボケっと見てないであんたたちも加勢に行きな!」
「え? 今? いや遠慮させてもらうわ」
「どうせ俺らが行ってもすぐバラバラにされるのがオチなンだわ」
ったくこいつら、今回は傍観を決め込むつもりかい?
……まあ、実際2人の言うとおりになるだけだろうけどさ。
だがアタイには黙って成り行きを見ているだけなんて耐えられない。
「やいやい鎌女! 万物の生死を司るのが使命だとか大層なことをのたまいやがったが、やってることはただの通り魔と同じじゃないか!」
「なんですって?」
「魔王退治のために勇者たちを焚きつけるのが目的なら、その勇者の数を減らそうなんてチグハグもいいところだよ! んな回りくどいことをするんならあんた自身が勇者業をやればいい!」
「好き勝手を言って……!」
シビリオの眉がピクリと動く。
不快感の表れだろう。
「私だってなれるんなら勇者になってたわ。でもね、この忌まわしき『死神の眼』を持って生まれたが最後、私たちには逃れられない定めがまとわりつくのよ――――」
シビリオは語る。死神とはどのような存在か。
そして教団と魔王との因縁とは……?
キリが良いのでここらで止めて次回に続く!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
みんな! 朗報だよ!
序盤以降音沙汰のなかった『魔王』というキーワードがついに出てきたね!
この話、ちゃんと終わりに向けて進めるつもりあったみたい!
【第94話 ゴブリンガールは啖呵を切る!】
ぜってぇ見てくれよな!




