第92話 ゴブリンガールは死体を運ぶ!
「ちょっとあんた! 適当こいてんじゃないよ!」
「認めたくないのはわかるけれど、運命は覆せないわ。彼の寿命は尽きたのよ」
「そんな……!」
アタイたちはシブ夫にすがりつく。
「お願い! シブ夫、目を覚まして!」
だけどいくら揺すってもその目が開くことはない。
「やい排便悪趣味パンチパーマ野郎! さっさと解毒薬をよこしな!」
「無理だ。持ってないって言ったろう」
「だったらシブ夫の体から毒を抜く方法を教えるんだよ!」
ゴンザレスは首を横に振った。
「死神のお墨付きだぞ。勇者シブ夫は天に召されたんだよ」
「てめえ……!」
アタイたちは怒り狂ってパーマを責め立てる。
「なんてことしてくれたんだよ! シブ夫は何も悪くないじゃないか!」
「悪事を働いてたのはハイベンジャーズの方だぜ! それを追い払っただけだ!」
「それにただ倒しただけじゃないンだわ! 誰にだって情けを掛けたし、お前にもトドメを刺さなかったンだわ!」
「ふっ……。そうさ。俺なんかを生かしたがために……」
ゴンザレスは眉に皺を寄せて視線を伏せた。
「それだけじゃない。勇者にとって必要なものは何かってことを、自分の姿を通して教えてくれた。……底抜けにお人好しな奴さ。シブ夫はお人好しで、優しくて、イケメンで……!」
その声はワナワナと震え始める。
「シブ夫……! シブ夫きゅん……!」
あれれ?
コイツ、なんだか様子がおかしいよ?
「うわあああっ!」
ゴンザレスはボロボロと涙を流しながらシブ夫に駆け寄る。
「ごめんねシブ夫きゅん! 今度はボクがキミを救う番だ!」
そう叫んで横たわるシブ夫を背中に担ぎ上げた。
「ちょっとパーマ、あんたどうする気だい!?」
「解毒薬は持っていないが、素材さえ集まれば特効薬を作ることができる! ここから一番近い集落はどこだ!?」
「そういうことなら……。この辺りならアタイの出身のゴブリン村が近いよ!」
「案内してくれ!」
アタイたちはコクリと頷き合って立ち上がる。
今は敵も味方も関係ない。
シブ夫のためにできることをするだけだ!
そんなアタイたちにシビリオがドン引きしながら声を掛けた。
「ちょっと落ち着きなさいよ……。何度も言っているけど、もうその子は死んでしまったのよ?」
「うるさい死神! そこをどけ!」
「これ以上シブ夫きゅんに関わるな!」
アタイたちはシビリオを突き飛ばして駆け出した。
行く手を阻む雑草を薙ぎ払い、息をつくこともなく林道を転げるようにして下っていく。
「待っててねシブ夫きゅん! もう少しの辛抱だ……!」
「逝くんじゃないよシブ夫―ッ!」
アタイたちはあっという間に下山して、勢いそのままにゴブリン集落へなだれ込んだ。
そんなアタイたちを一番に見つけたのは畑仕事に精を出すタジ。
元はハイベンジャーズの一員だったが、シブ夫に敗れたのを契機に心を入れ替えて、以来ゴブリン集落で修行に励んでいるのだ。
※タジについてはメインクエスト【恋をする!】(第48話~)を参照。
遠目にアタイの姿を認めたタジは舌打ちで出迎える。
「あ~ん? 誰かと思えばブスゴブリンじゃねえかよ。それに隣の奴は……四天王のゴンザレス!?」
タジが手にしていたクワを握りしめて叫ぶ。
「ハイベンジャーズが何の用だ? また村を襲う気か!」
「黙れ! 今はそれどころじゃないんだ!」
ゴンザレスはタジをタックルで吹き飛ばし、そのまま走って集落の中心に行き着く。
そこで背負っていたシブ夫をそっと地面に降ろした。
「みんな! 協力してくれ! 薬を調合するための素材が要るんだ!」
ゾロゾロと周りに集まるゴブリンたち。
ただならぬ気配を察して皆が心配そうにシブ夫を覗き込む。
ゴンザレスが必要なものを記したメモを渡すと、数人のゴブリンたちがアイテムを集めるために散らばった。
「おおシブ夫よ……! なんということじゃ……!」
まるで最愛の孫を失ったかのごとくむせび泣く老害村長。
「ゴンザレス! シブ夫くんに何をしやがったんだ!」
「ボクが……ボクが誤って彼に毒を……!」
「こんのバカタレー!」
激昂したタジの平手がゴンザレスの頬に飛ぶ。
パアン……!
乾いた音が響き、ゴンザレスは鼻血を出して地面に倒れ込んだ。
タジはさらにその上に馬乗りになって、胸倉を掴みながら荒々しく体を揺する。
「よくも俺たちのシブ夫くんを……! 自分が何をやったかわかってんのかーッ!」
「やめなタジ! パーマ野郎が死んじまうよ!」
「こんな奴、死んじまった方がいいんだ!」
思わず止めに入ったアタイの手を払いのけるタジ。
その瞳には怒りと同時に涙が湛えられていることに気付き、アタイはとっさに言葉を失う。
「……やれよ」
ゴンザレスは力なく言った。
「ボクはどうしようないゴミクズさ。そんなボクに優しく手を差し伸べてくれたシブ夫きゅんを……あろうことかこの手で……!」
最後の方は嗚咽が混じってまともな言葉にならなかった。
顔をゆがめて泣きじゃくるパーマ。
その姿を見下ろして、タジはいくらか冷静さを取り戻したようだった。
「シブ夫くんは、お前のようなクズにもチャンスをあげたんだな? ……だったら俺がこれ以上責めることはできねえ……」
「うぅ……!」
「ゴンザレス、生きろ。犠牲になったシブ夫くんの分まで……!」
「うっうっ……! うわあああ!」
パーマが泣いた。
タジが泣いた。
そして全ゴブリンが泣いた――――。
アタイたちの落とした涙粒で巨大な沼ができるんじゃないかと思えるほど、辺り一面に深い深い悲しみが広がっていった。
「何やら大変なことになっていますね」
……ん?
ふいに背後から聞き慣れた声がして、アタイたちは一斉に振り返る。
そこには額を押さえてヨロヨロと身を起こすシブ夫がいた。
「シブ夫……!」
「生きとったんかワレ!?」
「ええ。毒矢を受けてすぐに急激な眠気がきて、抗えずに気を失ってしまいました。ところでここは?」
どうやらあの矢に塗られていたのは猛毒ではなくただの眠り薬だったらしい。
「良かった……! シブ夫―!」
シブ夫の懐に飛び込もうと駆け出すアタイ。
だが後ろからタジとパーマに跳ね除けられた。
そのままアタイの代わりに2人がシブ夫に抱き着いた。
「シブ夫きゅん! ゴメンね! ゴメンねえー!」
「バカ! もう絶対に離さないんだから! 好き……!」
男どもは好機とばかりにシブ夫の胸元に顔を埋めてクンカクンカしている。
「気色悪いんだよホモ野郎がよ!」
アタイは背後から2人のケツを思いきり蹴り上げてやった。
「……ったく! それにしても人騒がせな奴らだぜぇ!」
「死んだと決めつける前に脈を測るくらいしたらどうなんじゃ!」
「だって……。死神が死んだって言うからうっかり信じちゃって……」
「死神だあ?」
そうだよ、元はと言えば全部ホラ吹き女シビリオのせいじゃないか!
みんなの前に出て一言謝ってもらいたいくらいだね!
「あのクソ女! 一体どこへ逃げおおせたんだろうね?」
「ここにいるわよ」
図ったように影の中からスルリと出現したシビリオ。
ひええ!
その登場の仕方は肝が冷えるからやめとくれよ!
……だが、一番驚きに満ちた表情をしているのは他でもないシビリオ本人だ。
「そんなバカな……。篝火は完全に消えているというのに、なぜ?」
青く光る瞳で食い入るようにシブ夫を睨む死神。
だがしばらくして合点がいったように眉間の力を緩めた。
「……どうやら大きな勘違いをしていたようね」
「ああそうだよ! 全部あんたのはた迷惑な妄想だよ!」
食って掛かるアタイをシカトして、シビリオは携える大鎌をグルリと回した。
「みんな、この男から離れなさい。危険だわ」
「え? 僕ですか……?」
「そう。この男は生ける屍。アンデッドモンスターよ!」
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
シブ夫が死んだとかアンデッドだとか、好き放題言ってんじゃないよ、このバカ!
逆にあんたの篝火とやらをかき消してやろうじゃないか!
あの世でマジモンの死神と仲良くやってな!
【第93話 ゴブリンガールは死神に狙われる!】
ぜってぇ見てくれよな!




