第91話 ゴブリンガールは死神と出会う!
「シブ夫ッ!」
「くう……!」
毒矢を受けた首を押さえて膝を付くシブ夫。
そのまま力なく地面に横たわり動かなくなってしまった。
「……ふふふ。焦りすぎてどの毒をうったのかわからないが、どうやら速効性の猛毒類だったようだな」
ゴンザレスは低く笑うと地面に転がっている毒矢を回収する。
「自分の使い魔を庇って毒を受けるとは、勇者としては未熟だな。だがおかげで形勢は逆転したぞ」
「あんた! よくもやってくれたね!」
「ふん。それは、貴様らがカツアゲしようとしたからとっさに……」
「うるせえ! シブ夫はお前を見逃してやろうとしたのに!」
「恩知らずなンだわ!」
「ッ………!」
ゴンザレスはすまなそうに倒れたシブ夫を見つめるが、その未練を振り切るようにアタイへ向けて吹き矢を構えた。
「せめてもの情けでお前たちも主人の所へ送ってやる!」
ちくしょう、ここまでなのかい……!?
――――そのとき、どこからともなく女の声が響いた。
「あら、レベル2のモンスターを相手に弱い者イジメ? それが勇敢な戦士のすることかしら」
「だ、誰だっ!?」
思わず辺りを見回すアタイたち。
すると雑木林のつくり出す木陰から、まるで闇の中を移動してきたかのようにスラリと女が現れた。
布を巻きつけただけの露出度が高い格好に、黒色のローブを肩にかけている。
色素の薄い髪は短く切りそろえられ、頬にはどこかの民族模様を思わせる刺青。
どことなく神秘的な雰囲気をまとった女……。
だが何と言っても一番の特徴は、背丈を超えるほどの大きな鎌を携えていることだろう。
「貴様、どこから来た!? このゴンザレス様がハイベンジャーズの幹部だと知って口を利くのか!」
「ハイベンジャーズ? 知らないわね」
「だとすればよほどの世間知らずだな! 武器を装備しているからには勇者の端くれだろうが……」
「フフフ、私が勇者? 光栄だけどまったくの逆よ」
女は不敵に笑うと大鎌の柄をストンと地面に突く。
「勇者が世界を希望で照らす陽の存在だとすれば、私たちは陰でその様子を見守る傍観者。私は死神のシビリオよ……」
死神だって……!?
独特な路線のコスプレ女かと思いきや、ズレてるのは頭の方も同様らしいね。
「なに言っちゃってんのさ。この世に死神なんているワケないだろ」
アンデッド系モンスターのレイスなんかとは似ても似つかない外見だし、だとすればおとぎ話に出てくる死神?
子供だましもいいとこだよ!
「疑う気持ちもわかるわ。便宜上『死神』と名乗っているけど、私はれっきとした人間だもの。誤解させてしまうのも無理はないけどね」
大鎌女はため息をついた。
「紛らわしいから改名しようと提案しているんだけど、上の連中はみんなして頭が固くてね。伝統のある業種だから仕方のないことなんでしょうけど……」
何をブツブツ言ってんだい!
まったく話が見えてこないね!
「私は人間。でも普通とは違うところが一点だけあるの。『生き物の寿命を視る』ことができる……。そういう特殊能力を生まれながらに持っているのよ」
「はあ? 寿命を視る?」
シビリオ曰く、この世の生きとし生けるものは例外なく生体エネルギーなるものを発散しているのだという。
普通では目にすることはできないが、彼女は生まれつきそのエネルギーを靄のような形で視認することができるそうだ。
「私たちはその靄を篝火と呼んでいるわ。人によって炎の勢いには違いがあるけれど、死が近づくにつれて次第に弱まっていくことは共通する。そして絶命と同時にその明かりも消えてしまうの」
つまり、篝火の大小から推察してその人物の寿命を割り出すことができるってワケだ。
「この能力を利用して万物の生死を司ることを生業とする。それが私の属する『死神教団』の大義よ。だけど最近は魔王のおかげですっかり仕事が減ってしまってね。どうにも暇を持て余して、時折こうして人々の諍いに首を突っ込んだりしているの」
シビリオはつまらなそうに大鎌を振り、キョトン顔のゴンザレスに向けてカチリと構え直した。
「私はね、勇者っていうのに期待しているのよ。魔王を退治してくれれば教団も以前の地位を取り戻せる。なのに最近の冒険者はメインクエストそっちのけで金策に走ってばかりでしょ。私が勇者業をやった方がまだマシなくらいよ」
「ふ、ふん! お前に咎められる筋合いはないぞ! さっきからワケのわからないことばかり言って、勇者でない者が勇者様に敵うものか!」
ゴンザレスはシビリオに指を差して精一杯の虚勢を張る。
だが彼女は意に介すこともなく、じいっとゴンザレスの顔を見つめている。
その瞳はまるですべてを見透かすように青く光輝いた。
「視える。視えるわ、あなたの篝火が。みるみる力を弱めていき、もはや吹き消える寸前のともし火」
「えっ。それって俺の寿命……」
「死はすぐそこまで忍び寄っている。一体何があなたの命を刈り取るのでしょうね。もしかしたら私が手に持つこのデスサイズだったりして」
日の光を反射してギラリと光るシビリオの鎌。
彼女が細い腕を上げると、まるで生き物が憑いたかのように巨大な弧を描いてグルグルと回りはじめた。
かなりの速度が出ているにもかかわらず、不思議なことにその刃が風を切る音はまったくしない。
「ひいい……!」
ゴンザレスは情けなくも恐怖にすくんでその場に尻もちをつく。
「……なんてね。ちょっと脅かしすぎたかしら。安心しなさい。あなたの篝火は問題なく灯っているわ。しばらくのあいだは安泰でしょう」
シビリオはあざけるように口角を上げ、その後でアタイたちに向き直った。
「無事ね、レベル2のモンスターさん。礼には及ばないわ」
「……あんた、どうしてアタイたちを助けてくれたんだい?」
「さっきも言ったけど、私は勇者に期待をしているの。だからこそ不甲斐ない姿に憤りを覚えるときもある」
そう言うとチラリと横たわったままのシブ夫へ視線を向けた。
「私がもう少し早く駆け付けていれば彼の運命も変えられたでしょうに。すまなかったわ。あなたたちの主人は気骨のある勇者になれたかしらね……」
「よせやい、不吉な物言いをしやがって」
「それよりさっさと手当をするンだわ」
しかし、シブ夫に近寄ろうとするアタイたちをシビリオが手で止めた。
「無意味よ。もう手遅れだから」
「え?」
彼女の両目は先ほどと同様に青白く光っている。
すべてを悟っているかのように透き通った瞳。
「篝火は完全に消沈している。彼はすでに事切れているわ」
――――ええ?
シブ夫が死んだ……!?
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
立て続けに新キャラの登場かと思ったら、とんでもなく胡散臭い女が出てきたよ!
自分を死神だと名乗るとは、相当アブない奴に違いないねえ。
おまけにシブ夫が死んだなんて不謹慎なデタラメを……。
……デタラメだよね?
【第92話 ゴブリンガールは死体を運ぶ!】
ぜってぇ見てくれよな!




