第90話 ゴブリンガールは毒を受ける!
~散策日和の峠道(探索推奨レベル6)~
ぽつぽつと紅や山吹色に染まり始めた山々の景観。
すっかり秋めいてきたねえ。
低レベルクエストを終えてのいつも通りの帰り道。
今日のアタイはルンルンにご機嫌だった。
なぜならいつものザコモントリオに加えて、今日はシブ夫も一緒だったからだ。
「俺らに付き合わせちまって悪かったな」
「お安い御用ですよ。ちょうど他の仕事もひと段落ついたところでしたから」
普段のシブ夫はもっぱらスージーやヒューゴと組んでいろんなフィールドへ冒険に出ている。
でも時たまアタイらの様子を見に低レベル帯に戻ってきてくれるのだ。
シブ夫ってば、優しいんだあ……。
「はやく借金を返せるといいですね。負債額はどれくらいですか?」
「エヘヘ……。ざっと1~2億くらいかナ?」
いつもなら疲労感にどっぷり浸かって無言で歩く道のりも、シブ夫となら自然と足取りが軽くなる。
この場にジョニーとスラモンさえいなければ2人きりのピクニックデートだっていうのにね……。
アタイは空気を読まずにチンタラ歩くお邪魔虫へジトリとガンを飛ばしてやった。
「なんだ? いつにも増して目つき悪いな」
「ブサイク面に拍車がかかってンだわw」
チッ、デリカシーの無い奴らだね!
あんたたちなんて賊にでも襲われて塵と消えて無くなればいいのにさ!
……なんてことを頭に浮かべたのがまずかったのかもしれない。
突如として茂みから野盗姿の男が飛び出し、アタイらの前に立ちはだかったのだ!
男は口ひげを蓄えたチリチリのパンチパーマ。
「やっと見つけたぞ! お前が勇者シブ夫だな?」
「はい。そうですが……。僕になんのご用でしょうか」
「ククク! お前の命をいただきに来たんだよ!」
アタイはブチ切れた。
「なんだコラ! タコ! 不躾にもほどがあるだろうが! まずは何者か名乗り出な!」
せっかくの憩いのひと時をぶち壊しやがって!
ただで済むと思うんじゃないよ!
「……俺はハイベンジャーズの四天王のひとり、毒使いのゴンザレスだ!」
「ハイベンジャーズだって!?」
……って、なんだっけ?
「勇者狩りギルドだよ! ライバル的なアレとして何回も出てきてるだろ!」
「うるさいねえ! 30話も前の話なんか律義に覚えてるワケないだろ!」
なんだかよくわからないけど、アタイたちにこっぴどい目に遭わされた人たちらしいよ。
気になる人はメインクエスト【恋をする!】あたりを復習しておこう。
「お前たちのせいでゴブリン集落の制圧は失敗し、四天王のひとりは幼児退行。ギルドの信用は失墜して若手メンバーが次々と脱会してるんだ! これじゃいずれ立ち行かなくなって食い扶持を失ってしまう!」
身に覚えがないけど、どうやらこの男は汚名挽回のためにシブ夫を討ち取ろうとしてるらしいね。
パンチパーマは何やら細長い筒と羽根のない矢を取り出した。
「俺は毒術闘勇士。古今東西のあらゆる毒物を収集しているのさ。この吹き矢がお前の体に突き刺されば最後、壮絶な苦しみの末に情けなく助けを乞うことになるだろう……!」
見ればゴンザレスが手に持ついく本もの矢には紫や蛍光グリーンといった毒々しい液体が塗りたくられている。
「触れるだけで皮膚がただれるものや、体内に入って筋肉組織をズルズルに溶かしてしまうものも……。一生人並みの生活は送れなくなるねえ。ふひひ! お前はどの毒がお好みかなぁ?」
おぞましい説明に加え、ゴンザレスの底気味の悪い笑みが恐怖心を煽る。
「おっと、言い忘れてたが俺は解毒薬なんてお助けアイテムは持っていないぞ。普通の毒使いなら交渉の余地を残すために携帯するもんだが、あいにく俺の目的は相手をいたぶり殺すことだけなんでね……!」
「こんの変態悪趣味野郎……!」
アタイたちはゾッとして思わずシブ夫の背中に隠れた。
だが当のシブ夫は怯える素振りもなく、頷きながらゴンザレスの話を聞いている。
「……わかりました。ひとまずその物騒なものはしまって、対話での解決を試みてみませんか?」
「えっ?」
呆気に取られるパーマ。
「お前……話聞いてたんか!? 普通なら泣きを入れるか尻尾巻いて逃げだすかのどっちかだぞ!」
「そうなんですか?」
「そうなの! 早く泣け! もしくは逃げ出せ!」
ゴンザレスはヤキモキしているが、一向に動じる気配を見せないシブ夫に痺れを切らした。
「ええい! 本当なら使いたくはなかったが! でも仕方ない! ああもう、可愛そうになあ!」
舌打ちをしながら長筒に矢を装填し、それをシブ夫に向けた。
「ハイベンジャーズを甘く見た罰だ! フッ!」
高速で吹き出された矢。
剣を構えるシブ夫はそれを防御戦技『ブロードカット』で難なく払い落とした。
「ゲッ!」
「戦闘は久しぶりですか? ずいぶん腕が鈍っているようですが」
男は負けじと何度も吹き矢で攻撃するが、シブ夫の剣技の前では箸にも棒にも掛からない。
「どうして……! レベルは俺の方がずっと高いのに……!」
「四天王という肩書に胡坐をかいて、まともな対戦はおろか修行すらも怠っていたんじゃないですか?」
――――ゴンザレスが戦闘前にあえて毒に関する恐ろしい解説をしたのは、相手の戦意を喪失させてしまおうという魂胆があったからだろう。
実際に低レベルの勇者に対しては有効で、これまではその方法で戦わずしての勝ち星を上げ続けられた。
シブ夫とてまだまだ駆け出しの新参勇者だ。
だがしかし、彼には姑息な心理戦は通用しなかったらしい。
「自分の手の内を晒すのは悪手だと思いますよ。飛び道具を使うということがわかっていたので僕も身構えることができましたし……。確かに危険な毒物のようですが、まずはそれを当てるための攻撃精度を高めないと」
「ぐぬぬ……!」
すべての矢を使い果たしたゴンザレスは唸りながら後ずさりする。
だがそれを追い詰めるでもなく、シブ夫は剣を鞘にしまってしまった。
「な、なんだ……? 見逃してくれるのか?」
「もちろんですよ。次は勘を取り戻した上で正々堂々と戦いましょう。本来のあなたの実力を持って手合わせさせてほしいです」
そう言ってキラリと優しい笑顔を見せるシブ夫。
キュン……!
アタイは人知れず身もだえた。
二度目の呆気に取られてシブ夫をまじまじと見つめるゴンザレス。
心なしかその頬は若干の桃色に染まっている。
だがすぐに我を取り戻して捨てゼリフを吐く。
「ふ、ふん……! 勇者シブ夫、面白い奴だ。俺を生かしたことをいつか後悔させてやるからな! さらばだ!」
シブ夫の優しさに触れたゴンザレスは戸惑いながらもそそくさと帰り支度を始める。
……だが、アタイはそれを逃してやるほどアマちゃんじゃない。
「おいコラ排便野郎。持ち金ぜんぶ置いていきな」
「えっ?」
「当たり前だろ? 命を奪わないでやるだけありがたいと思うんだよ」
アタイとジョニーとスラモンでグルリと取り囲み逃げ場を奪う。
そうして手持ちのバッグをひったくり中身を確認してみるが、確かにシケたものだ。
こいつのギルドもかなり困窮しているらしいね。
「勘弁してください」
「うるさいね。あんた、ちょっとジャンプしてみな」
言われるがまま飛び跳ねたゴンザレスのズボンからカチャリと金属の音が鳴る。
「んだよ小銭持ってんじゃねえか」
「出すンだわ」
悔しさにうつむきながらポケットに手を突っ込むゴンザレス。
無駄な手間かけさせんじゃないよ、まったく。
――――だが次の瞬間、ゴンザレスはポケットから素早く手を引き抜き、アタイに向けて大きく振りかぶった!
なんとその手に握られていたのは小銭ではなく毒塗りの矢!
「運よく最後の一本が残っていたぞ! こうなればヤケだ! 喰らえカツアゲ不良女!」
「ウワーッ!」
そこに丸腰のシブ夫が駆け付ける!
「ゴブ子さん! 危ない!」
とっさに2人のあいだに入って身を挺すシブ夫。
そして毒矢が首筋にブスリと突き刺さった……!
「ぐう……!」
「シ、シブ夫ッ……!?」
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
開幕早々にシブ夫が大ピンチ!?
このイカれパンチパーマ男……!
ハイベンジャーズとやらも、あんたのその縮れ毛も、ひとつ残らずこの世から消し去ってやるからねえ!
【第91話 ゴブリンガールは死神と出会う!】
ぜってぇ見てくれよな!




