第89話 ゴブリンガールは絞首台に登る!
今宵は10月の末日。
歓楽の街バーンズビーンズの装いはハロウィンの一色だ。
住人たちは思い思いの仮装を凝らし、酒を片手に街中を練り歩く。
通りには出店が並び、大道芸人たちが派手なパフォーマンスで彩っている。
そんな中、今日一番の注目イベントがここ円形広場で始まろうとしていた。
……アタイらの死刑執行だよ!(泣)
広場に設営された大掛かりな絞首台。
その上に5人のモンスターが横一列に並ばされる。
上から吊るされた大繩の輪っかを首に掛けられ、すでに準備は万端。
執行人がレバーを引くと足元の板が開き、自動的に宙づりショーが始まるという寸法だよ。
絞首台を取り囲む大勢のギャラリーは酔いの回った赤ら顔で今か今かとそのときを待っている。
「最期に何か言い残すことはあるか?」
執行人の言葉にアタイたちは涙と鼻水をまき散らす。
「なんでもしますから見逃してください~!」
「神のご加護を~!」
モンスターにあるまじきセリフだが、背に腹は代えられないよ!
だがしかし、アタイたちの懇願が聞き入れられることはなかった。
「こ・ろ・せ! こ・ろ・せ!」
盛大な殺せコール。
場の盛り上がりは最高潮に達する。
アタイは最後の力を振り絞ってブチ切れた。
「こっちが下手に出りゃ調子こきやがってクソ愚民どもがーッ!」
……罰せられるべきは果たしてアタイたちだけなのか?
それは違うはずだ!
下級モンスターはこの街じゃ住民登録ができず、公共の福祉を受けることもままならない。
ハロウィンだというのにお菓子をねだっても与えられるのは罵声のみ。
いつだって仲間外れだったじゃないか!
「アタイらのような哀しきモンスターを生み出したのは他でもない、このいびつな社会構造だよ!」
「押された烙印 刻まれたPain 憎しみは何度でも繰り返すAgain!」
アタイとジャックの叫びにジョニーやスラモン、あずにゃんたちも無言でうなずく。
悔しさに歯を食いしばり、ポロポロと大粒の涙を流しながら……。
――――そのとき、群衆をかき分けるようにしてひとりの女が現れた。
女勇者のスージーだ。
「みんな、聞いてちょうだい。あのモンスターたちの言い分も一理あるわ。私たちは今回の事例から学ばなければいけないことがたくさんあると思うの」
さすがは勇者の一声。
さっきまで殺気に満ち満ちていた会場が今はシンと静まり返っている。
「スージー……! アタイたちを許してくれるんだね!」
「やっぱり持つべきものは心の友だぜ!」
「……勘違いしないで? せっかく裁判まで開いて刑を決めたんだから、あなたたちにはこのまま罪を償ってもらうわよ」
ッんでだよ!
スージーという女はルールに沿って決められた物事を遂行しないと気が済まない学級委員長みたいな女だ。
融通の利かなさは折り紙付きだね!
「私がみんなと話し合いたいのは、今後どうすれば似たような事件を未然に防げるのかということよ」
「しかし、勇者様……。それは我々人間がモンスターに歩み寄るってことですか?」
「そうね。彼らにも職を斡旋して街のために奉仕してもらうの。今よりずっとステキなバーンズビーンズになるはずだわ」
なにやら理想論を語り出したよ!?
選挙演説じゃないんだからさあ!
「そして私たち人間ももっとモラルを身に付けるべきね。お酒を飲みながら死刑の様子に面白おかしくヤジを飛ばすなんて悪趣味もいいところ。品性のかけらも無いわ」
スージーのお咎めに住民たちは意気消沈した。
せっかくのお祭りムードが台無しだ。
「いいことを思いついたわ! これから毎週末に公民館で道徳や人倫についての勉強会を開きましょ!」
「勉強会……!?」
「生涯教育の普及と浸透! それこそが叡智を広げる最善の方法よ! 私たちの手でよりよい未来を掴み取りましょう!」
この場をスージーの独壇場にはしておけないよ!
アタイは声を荒げて食ってかかった。
「バカスージー! バカだねあんたは! せっかくの週末に好き好んで勉強なんてするワケないだろ!」
「その時間をパチスロにでも使った方がよほど健全で豊かな人生を送れるぜ!」
「世俗の民度ってものをわきまえるンだわ理想論者!」
これにはさすがにギャラリーたちもアタイらの方に加勢した。
大衆の中にはすでに泥酔状態の者もたくさんいる。
誰も小難しい話なんて求めちゃいないのさ!
「引っ込め勇者―!」
「お高く留まりやがってよォー!」
会場は大荒れになった。
「フォーーーー! そんなことより今日という日をCelebrationしようぜ! なぜなら今宵は! So! 待ちに待ったハロウィンNight Oh Yeahaaaaaaa!」
大繩を首に括られた姿勢のままでジャックは腰を振りだした。
踏み潰した靴のかかとを絞首台の板に叩きつけ、タップダンスよろしく軽快なリズムを奏でる。
「見ろよ! カボチャ頭がご機嫌に踊り始めたぜ!」
見事なタッピングに観客たちの視線が集まる。
ジャックに呼応するように隣のジョニーも顎関節をカタカタと鳴らした。
それはまるでカスタネットの二重奏!
あずにゃんがシェイクする豆入りの桶はマラカスのキレの良さを彷彿とさせる!
シャカシャカシャカ!
繩に吊られてクルクルと回るスラモンにスポットライトの光が当たれば、乱反射を起こして即席のミラーボールに早変わり!
「フォーーーー!」
楽し気に踊り狂うモンスターを前に、黙って眺めるなんて野暮をできるはずがない。
民衆たちも歓声を上げながら思い思いにステップを踏み出した。
いつの間にか大道芸人たちも広場に流れ込み、絞首台を中心にして空前絶後のお祭り騒ぎ!
ふん、みんなわかってるじゃないか!
嫌なことは忘れて心ゆくまで騒ぎ倒すのがハロウィンの正しい過ごし方ってやつだよ!
「ちょっとみんな! まだ私の話は終わってないわよ!」
スージーは懸命に声を張り上げるが、そのそばから喧騒にかき消されてしまう。
力なくうなだれてしまったが、やがてやれやれと軽くため息をついた。
「ふふ。今日のところは私の負けってことね……」
そう呟くと笑顔になり、腰を振りながら群衆の中に混じっていく。
艶めかしく揺れる手足と華麗なターン。
そうしてステップを踏みながらステージ(絞首台)の上へと登りアタイの隣に並んだ。
「ヒューッ!」
「イイゾ~!」
「へへん! あんたのツイストもなかなかのもんじゃないのさ!」
「あら、当たり前でしょ? 勇者がゴブリンに負けるワケないじゃない。冒険もダンスも、そして恋のバトルもね☆」
「言ってくれるねえ!」
バーンズビーンズのダンスフェスは夜が明けるまで続いた。
普段は相容れぬ人間とモンスターだけど、不思議と今日だけは戯れることが許される。
そして意味の分からないオチのつけかたも許されてしまう。
そんな奇跡が起きる夜。
そう、だって今宵は年に一度のハロウィンなのだから……。
~Happy Halloween~
※後日談
大人の事情で結局アタイたちは死刑を免れた。
ただし街の復興にかかった修繕費を含む莫大な罰金が課せられた。
もとの借金と足し合わせると9桁(億)を超える負債をしょい込んだことになる。
こうしてアタイたちはこれまで以上にブラックで非人道的な労働を強いられることになるのだが……。
それはまた別のお話――――☆
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
みんな!
今日のお話、意味わかったかな?
……ぶっちゃけゴメンな! 笑!
さて次回は久々にしてお待ちかねの(?)メインクエスト!
魔王とは何者か、そして転生勇者にまつわる謎がほんのちょこっとだけ明かされる!?
【死神に狙われる】編、始まるよッ!
【第90話 ゴブリンガールは毒を受ける!】
物語は微動する!




