第83話 ゴブリンガールはパンプキンヘッドに出会う!
歓楽の街バーンズビーンズはいつにも増して活気に満ちあふれている。
商店の軒先にはカボチャをくり抜いたランタンが灯り、コウモリを模したガーランドが吊り下がる。
黒とオレンジで彩られる街並み。
少し不気味にも感じられるが、対照的に道行く町人たちはみんながみんな楽し気だ。
「最近なんだか妙な飾りが増えたねえ……」
「知らねえのか? 今月末はハロウィーンなんだぜ」
「それに合わせてしばらくはお祭り騒ぎが続くンだわ」
はえー。もうそんな時期かい。
季節の移ろいってのは早いもんだね。
商業区を抜けて住宅通りに入ってもハロウィン独特の空気感は変わらない。
どの家も凝ったデコレーションで外装を飾り立てている。
ふと見ると、道路を挟んだ向かい側を子供たちが縦一列になって歩いていた。
ドラキュラや魔女、フランケンシュタインなんかのコスプレをして、みんなニコニコと満点の笑顔だ。
とことこ歩いて通り沿いの一軒家に立ち寄り、先頭の子が玄関先のベルを鳴らした。
ガチャリとドアが開いて顔を覗かせたのは白髪の老人。
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
「おお! これは大変だあ!」
白髪オヤジは大げさなリアクションを取ると、顔をほころばせながらお菓子の詰め込まれた器を差し出す。
チョコレートやビスケットが山ほど入った夢のようなボウルだ。
「1人ひとつずつだよ。さあ順番にお取り」
「いえーい!」
子供たちはもらったお菓子を握りしめてオヤジに頭を下げると、次なる家に向かって再び行進を始めた。
「いいなあ……」
「俺もお菓子もらいたいンだわ……」
指をくわえて様子を窺うアタイたち。
するとジョニーが悪だくみ顔で言った。
「バカだなお前ら。ハロウィンってのは何のためのお祭りだか知ってるか?」
「え? えっと……」
――――ハロウィンは秋の豊作を願って行われる収穫祭。
人間たちは作物にイタズラをする悪い魔物を追い払うために、生贄という形で美味しいお菓子を差し出すのだ。
「ガキどもはお菓子を手に入れるためにわざわざ恐ろしい姿に仮装してたろ。だが俺たちは元々がモンスター。そんな手間を掛けなくてもお菓子をもらえるはずだぜ!」
「あっ、たしかに……!」
「ジョニー冴えてるンだわ!」
ハロウィンってのはいわばモンスターのための祭典。
いつも日陰に追いやられてるアタイたちが好き勝手にできる晴れ舞台ってことだ!
そうとわかれば恐れるものなど何もない。
ウキウキのアタイたちはさっそく先ほどの一軒家に駆けていき、勢いよくベルを鳴らした。
「はいはい……」
白髪オヤジがドアを開けるが、アタイらを一目見て怪訝な顔をする。
「トリック・オア・トリート!」
「菓子を出しな! でないとひどい目に遭うよ!」
アタイたちは得意顔でまくし立ててやった。
へへん、これでチョコやクッキーを献上せずにはいられないはずさ!
なんたって今はハロウィンなんだからね!
……しかし、きょとんとしていたオヤジの顔はみるみる般若の形相へと変わっていく。
「ふざけんなザコモンども! この菓子は子供たちのために用意したんだ! お前らに恵んでやるもんなんか無いんだよ!」
そう叫ぶとオヤジは手元のホウキを掴んで振り上げた!
「びえー!」
「二度と敷地に入ってくんなボケカスが!」
ギャン泣きでスタコラと退散するアタイたち。
その足ですぐ近くの交番に駆け込んだ。
「助けてくださいお巡りさん!」
「お菓子をよこせと言ったら怒られたんです!」
息も絶え絶えで先ほどの恐怖体験を訴えかける。
だが警官はかったるそうに言葉を返した。
「キミたちがお菓子を奪おうとしたんでしょ? なら悪いのはそっちだよ」
ハア!?
なんだいコイツは! 話の通じない奴だね!
「そもそもキミらモンスターはこの街の住人じゃないでしょ?」
「だったらなんなのさ!」
「警察ってのは部外者のトラブルまで解決してやるほどヒマじゃないの。ここに来られても困るんだよねえ」
管轄外の仕事は受け付けないって?
お役所仕事もいいとこだよ!
「なら俺たちが住民登録を済ませば助けてくれるってことだな?」
「モンスターが住民登録? アハハ、笑える」
「ふん、やってやろうじゃないか! 次に会うときのアタイたちは悪質クレーマー市民だからね! 首を洗って待っときな!」
憤慨したアタイたちは交番を飛び出した。
困っている人を救う立場のはずの警官があの体たらく!
こんなにひどい話があるかい!?
怒りのままに向かう先はバーンズビーンズの中心地にある町役場だ!
だがしかし、建物の前にはアタイたちの勢いを挫くかのような光景が広がっていた。
気が遠くなるほどの長い行列ができていたのだ。
「これみんな役場の窓口に並んでんのか……!?」
一体何時間待ちだよ!
驚きのあまり絶句するアタイたちだったが、ずっとそうしていても仕方がない。
黙って最後尾に並ぶしかなかった。
役所ってところは申請書一枚を通すために煩雑な処理工程をいくつも踏まなければならない。
場合によっては『たらい回し』よろしくたくさんの課をまたぐこともある。
時間がいくつあっても足りやしないのさ!
「長いなあ……」
「全然前が進まないンだわ」
「チッ! イライラするねえ!」
カタツムリよりも遅いと思える速度で進む行列。
こんなことをしてたら日が暮れちまうよ!
さっきお菓子を奪い損ねたから腹も空いてきたしね!
――――それから途方もなく長い時間が無益に過ぎ去った。
ディ〇ニーランドの人気アトラクションを裕に2本は乗れるくらいの待ちだったよ!
建物内に入ってからさらに数時間、そしてようやく窓口の前までたどり着いた。
さあ、待ちに待った申請タイムが始まるね!
「お待たせしやしたぁ。お次の方どうぞ~」
気怠そうに声を掛けた窓口係の男は、尖ったエルフ耳とブサイクな面構え。
自然と人を不愉快にさせるその顔つきと声色に覚えがあった。
「ヤンフェじゃねえか!」
「おや? おやおや皆さんお揃いで! 奇遇でやんすね~!」
「どうしてこんなところにいるんだ?」
「うへへ。見ての通り、借金返済のためにバイト中でやんす」
バイトしてんのかよ!
キャラ的にはアタイらとそう変わらないヒエラルキーのクセして生意気な!
こいつは前にもエルフ銀行で窓口業務をしていた。
エルフって肩書さえあればホイホイ職にありつけるってことかい?
嫌になるほどいびつな社会構造だね……!
本当はヤンフェの奴をどつき回してやりたかった。
しかし今のアタイたちにはもっと大切な使命がある。
不服だがここはぐっと堪えることにした。
「それで、今日はどういったご用件で?」
「それが……」
口を開いた直後、館内に17時を知らせるチャイムが鳴り響いた。
キーンコーン……
「おw 定時なんでこれにて失敬。また明日並び直してほしいでやんす」
そうして問答無用に窓口シャッターが閉められた。
クソがーッ!
~~~
役場を締め出されてトボトボと帰路に就くアタイたち。
17時といえどすでに夕日は沈んだ後で、空は黒く染まりかけている。
ランタンのオレンジ色の明かりに照らされる幻想的な街並み。
そこからは人々の賑やかな笑い声が聞こえてくる。
それが楽しそうであればあるほど、アタイたちは自分の境遇が惨めに感じられて悔しかった。
「ううう……」
思わずポロポロとこぼれだす涙。
――――するとそのとき、やけにハイテンションな声がアタイたちの耳に飛び込んで鼓膜を揺すった。
「Hey Hey! YOUたち! 浮かない顔してどうしたんだいBabyフォーーーー↑」
顔を上げると、目の前には長身の男がやけに上体を仰け反らせたポーズで佇んでいる。
しかし、男の見た目で特徴的だったのは独特なポーズだけではない。
なんと頭部がカボチャのランタンでできていたのだ!
こいつ、パンプキンヘッドの怪人かよ!?
「せっかくのハロウィンを楽しもうぜBaby Forever Weekends Loverフォ――――――!」
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
腑抜けたお祭りと化したハロウィンに喝を入れるべく、街を襲撃するだって!?
パンプキン頭の提案はいささか強引に思えるが、たしかに一理あるかもね。
ゆるキャラとなりつつある魔物たちの尊厳を取り戻すための戦い……。
アタイたちの命懸けのトリック・オア・トリートをとくと見な!
【第84話 ゴブリンガールはハロウィンする!】
ぜってぇ見てくれよな!




