第80話 ゴブリンガールは凧糸を引く!
あずにゃんから情報を引き出したことだし、いよいよ新種ハイドラとの戦いが迫っているみたいだよ。
「よーし、ここいらで一発ガチャを回しておくかね」
「えー。もったいねえだろ」
「どうせ金をドブに捨てることになるンだわ」
「バカだね。戦闘は大五郎やミクノに任せるにしても、万が一流れ弾が飛んで来ないとも限らない。アタイたちも自衛の準備をしておくんだよ」
「それを踏まえた上でも無駄遣いだってんだ」
まあ嫌な予感しかしないんだけど、アタイはスマホを取り出して画面をタップした。
来たれSSRアイテム!
虹色に輝くスマホから現れたのは――――!
~角凧(使用推奨レベル3)~
角形の木枠に薄い布などを張り付け、長い糸を繋げた凧。
風による揚力を利用して空に飛ばし、糸を引いてコントロールして遊ぶ。
マジで狂ってんだろ? 排出率。
もうガラクタしか出ねえじゃんこれ。
静かに噴き上がる怒りに任せ、アタイは凧を蹴り飛ばそうとした。
だがそれをあずにゃんが止める。
「なんや懐かしいなあ! 凧やないかい! ワイらのクニでも似たような遊び道具があったんや!」
「ああ、そう」
んな話に興味ねえよ。
「最近の若い連中はよう使わんわ。なんや、年中引きこもってゲームだのYouTubeだの……。体を動かすような遊びはとんとやらんくなってもうた!」
「嘆かわしいことですね。凧遊びといえば正月の風物詩」
「童の頃は夢中になって野原を駆けまわったものよのう」
懐かしい玩具との再会に遠い故郷を偲ぶ3人。
「あんたたちにとっては思い出深い物らしいねえ。ならどうだい、1000ゼニで売ってやんよ」
アタイの申し出をシカトしてミクノは懐から筆を取り出した。
「私の生まれ育った村の伝え話です。各々の凧に願い事を書き、飛ばして競い合う。最も空高くまで昇らせた者の願いが天に聞き入れられるといいます」
そう言いながら凧の布地にスラスラと文字を書き込んでいく。
「あっ! 一人だけズルいぞ!」
「アタイも書く!」
「俺もやるンだわ!」
アタイたちは凧の周りに集まり、筆を手に思い思いの願い事をしたためた。
アタイの書いたメッセージは言わずもがな、【いつか借金を完済できますように】だ。
……ホントはシブ夫と結ばれますように、って書きたかったんだけど、みんなの目に触れちゃうのはハズいからね。
ふふふ。
……はあ。
ゴブリンと勇者が結ばれる日なんてほんとに来るのかねえ。
ため息交じりに立ち上がったとき、拍子に隣で書き続けているあずにゃんの文がチラリと見えた。
【ある日ワイの枕元に豆を擬人化した美少女が現れてこう言う。「あたしをキレイに洗ってごらん」。そこから始まる突然のラブストーリー……】
ひえっ……!
なんてもんを書きなぐってくれてんだよクソジジイ!
くっそきめえ!
吐き気を催しているとアタイの脇に大五郎が寄ってきて囁いた。
「ミクノ殿は故郷の品を大層気に入ったようでござる。まるで童心に返ったようだ」
言われてミクノを見ると、顔はいつもの無表情ながら真剣に凧に文字を書き連ねていた。
「国を出たのは拙者より彼女の方がずっと早い。長らく心細い旅を続けておったのだろう。生まれ育った社を彷彿とさせる鈴の音を忘れぬよう、ああして耳飾りを身に付けるようになったのだろうて」
ふうん……。
ミクノの鈴にそんな逸話があったとは意外だね。
「健気なおなごよのう。おろろろ……!」
見れば大五郎は目に溜まった涙を拭っている。
鬱陶しい奴だね!
ていうかお涙頂戴に弱いクセしてためらわずにアタイやあずにゃんを斬ろうとしたのはどういうこと!?
人情味があるのか無いのかハッキリしときな!
――――ややあってみんなのメッセージ入りのオリジナル凧が完成した。
さっそく飛ばして遊んでみよう!
まずは勝手の分かるミクノが糸を引く係だ。
目配せをすると角凧を持ったあずにゃんが風を切るようにして野原を駆けだす。
「そうれっ!」
あずにゃんの手から離れた凧はミクノのコントロールのもと、スイスイと気流に乗って高度を上げていく。
「すげーっ!」
煌々と輝く満月を背に、なんとも自由気ままに風と戯れる凧。
ほえー、なかなかに趣深いじゃないのさ!
「アタイもやってみたい!」
「どうぞ」
凧糸がアタイの手に渡る。
と、角凧は瞬く間に操作を失って地面に墜落してしまった。
「何やっとんねん、ドアホ!」
「うるさいね! 結構難しいんだよ!」
「慣れない内は仕方あるまい。さっそく再挑戦するでござる」
今度はジョニーが凧を持って走る役だ。
「ジョニー! あんたの本気の走りを見せてみな!」
「へへ! 風に乗せるどころか俺の脚力でつむじ風を起こしちまうぜ!」
大口を叩くジョニー。
だが走り出した直後にどこからともなく突風が吹き流れてきた。
ブワアッ!
「うわっ!」
思わず顔を背けるほどの暴れ風だ!
ススキ原もザワザワと葉を擦らせて不穏な騒音を奏でる。
ジョニーはスカスカの骨しかないスケルトンだ。
まともな体重もないために、荒れ狂うように煽られた凧と一緒に夜空へと巻き上げられてしまった。
その拍子に凧糸もアタイの手から離れてしまう。
「あ~れ~!?」
「ジョニー!」
空の上で必死に凧にしがみ付くジョニー。
そのまま乱気流に押し流されてみるみる遠ざかっていくではないか!
「ほおー! あれだけ高く昇ればさぞかし迫力のある絶景を拝めるであろうなぁ」
「このまま天界へ旅立ちそうな勢いですね」
感心して見上げてる場合じゃないだろ!
アタイたちはジョニーを追って走り出した。
だがどれだけ追いかけても角凧との距離は離される一方。
「ぜえぜえ! アカン……! こんなん追いつけるワケないやん!」
「今生の別れとは唐突に起こるもの。時には諦めも肝要でござるぞ」
「見送りましょう。さすれば彼も浮かばれるはず」
好き勝手言ってんじゃないよあんたたち!
――――すると、ふいにアタイらの前方から禍々しい殺気が感じられた。
吹き荒れていたぬるま風がピタリとやんで、視界に広がるススキの穂並みも時間が止まったかのように揺れ動くのをやめた。
絶句していると、やがて図太い管のようなものがユラリと地面から立ちのぼった。
艶めかしく光る体表の鱗……。
その先端には2つの獰猛な鋭い目が付いている。
紛れもなく大蛇の頭だ!
「ヒィ~……!」
ついにお出ましだよ、ハイドラの妖怪が!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
凧揚げに夢中になって本来の目的をすっかり忘れちまってたね!
それにしてもこいつは迫力が段違いだよ!
100種討伐はまた別の妖怪にしてここは撤収した方が良いんじゃ……。
ん? ジョニーはどうするかって?
あいつは一足先に天に昇ったよ!
【第81話 ゴブリンガールは百鬼夜行する!】
ぜってぇ見てくれよな!




