第79話 ゴブリンガールは小豆を洗う!
「凶悪な攻撃性を有し、人に対して脅威となる存在を魔物や妖怪と総称します。しかしその定義は曖昧です」
「とりあえず強くて危険なのをひとまとめに呼んでるワケだね」
「俺たちみたいなレベル2のザコモンも含まれるけどな」
「奴らも所詮は生物の延長にある存在よ。生態系に一端に組み込まれ、時にはより良い棲みかを求めて生まれた地を離れることもあろうて」
大五郎とミクノの故郷はここから海を隔てた先にある島国。
そこへ異大陸の魔物が乗り込んできたこともあれば、逆にその地の妖怪が外へと流れ出すこともあったという。
今回の件のようにね。
「外来生物とは往々にして元来の自然環境を乱すもの。悪さをするならば退治せねばなりません」
「そんなところだなあ。我らが旅を続ける理由は」
律義な奴らだねえ。
別にあんたたちがやらなくても他の勇者が倒してくれるだろうに。
「身内の不手際は己で始末をつける。それが国の名を負う民としての意気地であり誉れよ」
何が誉れだよ。
やべえ宗教でもやってんのかよ。
ゾロゾロとススキ原を進んでいると、ふいに地面を分断する細い小川が現れた。
歩きとおしで喉も乾いてたところだし、休憩にもってこいだね。
するとどこからともなくシャカシャカと軽快な音が聞こえてくる……。
「なんだ?」
「もしかして、また別の妖怪だったりして……!」
アタイたちはススキの穂の群れに隠れながらそっと小川のほとりを覗く。
するとそこには、こちらを背にしてしゃがみ込み懸命に何かの作業をしている人物がいた。
そいつがこっちの気配を察してゆっくりと振り返る!
「なんやおどれら! のぞき見なんぞしよるとは悪趣味な奴らやの!」
側頭部を残してきれいに禿げ上がり、大きなギョロ目をした小汚いジジイ。
巨大な桶を手にし、その中には一杯の水とアズキ豆が入っている。
~アズキ洗い(討伐推奨レベル2)~
水辺で音を立てながらひたすらアズキを洗っている妖怪。
特に危険性はない。
「ワイの華麗なアズキ捌きに見惚れてまうのはしゃーないわ! せやけど黙って見られてたんじゃあやりづらくて仕方ないやろが!」
「いや別にあんたの手捌きなんかに興味は無いけどね」
「ていうかなんで豆洗ってんの?」
「食うために決まっとるやろ! アホか?」
見た目だけでなく口も悪いみたいだね、この関西弁クソオヤジは!
「ずいぶんと味気なさそうな豆じゃねえか」
「ハア? 喧嘩売っとんのか? 茹でても煮ても炊いてもイケる! アズキほどレパートリーに富んだ食材は他にないやろ!」
ジジイは青筋を浮かべながら桶の中の豆をグルグルとかき回している。
シャカシャカシャカ!
「豆煮や赤飯だけに飽き足らず! スイーツに使えばぜんざい、ようかん、ぼた餅と際限がない! ナメた口利いとるとその喉元にアンコ詰め込んだるで! あまりの上品な口当たりに驚きと喜びで飛び上がること請け合いやぞ!」
鼻息を荒くしてアズキの素晴らしさをまくし立てる。
こうなったらもう誰にも止められない。
シャカシャカシャカ!
「ワイはアズキ洗いのあずにゃん! 新天地を求めてこの大陸に流れ着いたのがつい半月前! 行き当たりばったりの放浪を続け、やっとのことで豆洗いに適した小川を見つけたんや! 誰にも邪魔はさせへんでえ!」
「邪魔なんてしないから永遠に洗ってな」
「それより名前、あずにゃんて……」
「文句あるんか? ゆるふわキュートなワイにぴったりのネーミングやろうが!」
まーた濃厚キャラが登場しちまったようだねえ。
こっちは既に腹いっぱいの飽和状態なんだよ。
はあ……。
「こんなところでアズキ洗いに出くわすとはのう。確かまだ斬ってはおらんかったはずだ」
嬉しそうな笑顔で鞘から刀を引き抜く大五郎。
あずにゃんは身の危険を感じ取って瞬時に青ざめる。
「な……! ワイをどうする気やテメエ……!?」
「拙者は諸々の事情で百種の妖怪を成敗する旅の途中。して、斬り捨て御免」
「急展開すぎィー!」
オイオイ! さすがに待ちな大五郎!
こいつは目を離すとすぐに切り殺そうとしやがるね!
上段構えで今にも刀を振り下ろそうとする大五郎をミクノが涼やかな声で制した。
「殺める前に聞き出したいことがあります。お前と同じ出の流れ者が付近に潜伏しているはず。何か情報を持っていませんか?」
「ひぃ……。ここから少し行った原っぱに、頭をいくつも持った大蛇が出るってえ話やで……」
不憫にも委縮しきってしまったあずにゃん。
貧乏ゆすりのように高速で桶の中の手を動かしている。
シャカシャカシャカ……。
「大蛇の化け物が棲みついたことで人通りが失われ、そこを寝床にしようと別のモノノケが集まったということですか。お前や前回の貉のように」
「へへ。同郷の魔物なら大体の勝手はわかるからなあ。何を喰うとか何時ごろに動き出すとか、大まかなナワバリの範囲とかや」
「まさに虎の威を借る狐。放置すればこの原野は妖怪まみれとなってしまうでしょう」
やっぱり早急に蛇の魔獣を退治しないといけないみたいだね。
「皆の者。敵はすぐ近くにいるようです。この先は警戒して参りましょう」
「承知した。ではミクノ殿、もうこやつを斬っても構わぬか」
「お好きに」
「御意」
「ええ!?」
コラぁ!
諸行無常の観念なのか知らないけど、あんたたちはもっと生というものに興味を持ちな!
もはやアタイのツッコミスキルじゃ手が回らないよ!
いい加減にしておくれ!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
どうせ新キャラを出すならもっと強くてまともなのにしな!
レベル2はもう間に合ってんだよ!
あずにゃんの奴はアタイら以上に足手まといになりそうだしね……!
まったくイライラしてきたよ!
【第80話 ゴブリンガールは凧糸を引く!】
ぜってぇ見てくれよな!




