第76話 ゴブリンガールはサムライと出会う!
最近はすっかり日が暮れるのが早くなったねえ……。
簡単な掲示板クエストもレベル2のアタイたちにとっては一日がかりの仕事だ。
やっとのことで任務をこなし、シケた報酬を受け取る頃には辺りは真っ暗になっていた。
クタクタでバーンズビーンズの街まで戻り、その足でまかないのおこぼれをもらうためにピク美のスナックに立ち寄った。
「おやおや、ザコモン(※ザコモンスターの略)トリオのお出ましだねぇ~。また客の食べ残しにたかりにでも来たのかい」
「食品ロスの改善に協力してやろうってんだよ」
「エコ活動の一環なンだわ」
「わかったらさっさと今日の廃棄品を差し出しな!」
悪態をつきつつカウンター席に座るアタイたち3人。
すると背後のソファー席から他の客の楽し気な騒ぎ声が聞こえてきた。
ずいぶんと出来上がってるみたいだ。
ちっ、うるっせーな!
アタイが身を粉にして労働に勤しんでたってのに、それを差し置いて飲んだくれてる奴がいるとはね!
睨みを利かせながら振り返ると、サキュバス嬢たちに挟まれて大笑いする1人の男がいた。
黒く染め上げられた長着を体に巻くようにしてまとい、肩にひときわ目立つ板状の防具を付けている。
店内だってのに頭には丸みを帯びたすげ笠を乗せていて、顔は良く見えない。
なんともヘンテコないで立ちだね。
両手に花で気を良くし、グビグビと熱燗を煽っているようだ。
「気に入らないねえ! どついてやろうか!」
「ただの悪絡みじゃねえか」
「発想がゴロツキなンだわ」
「ウチの店で流血沙汰なんてやめとくれよ。どうせあんたたちの血しか流れないだろうけどねぇ~」
ふん、イライラしてくるね!
まあでも、まずは先に腹ごしらえを済ませるとするかい!
「そんなことより大ニュースだよ。最近ここいらで珍しい魔獣が目撃されたらしいよ~。首がいくつもの股に分かれた複頭のドラゴン、ハイドラだよ」
「ハイドラ? めちゃ強モンスターじゃないのさ」
「そうさぁ。しかもただのハイドラじゃない。普通のより胴体がずんぐりしてて、代わりに頭がよりたくさんに枝分かれしてるそうだよ~」
新種の魔獣だってのかい?
おいおい、勘弁してくれよ!
「なんでそんなのが出没してんだよ。この近辺の探索レベルとマッチしてないぞ」
「それがどうやら、よその大陸から海を渡って来たらしくてねえ。そういう移住モンスターが最近増えてきてるらしいんだよ」
はた迷惑な移住者だね!
悪事なら自分の国の中だけで起こしとくれよ!
モンスター界のマナーをわかってない新参者が!
「悪いけどそんなヤバイ奴の討伐クエストなんて受けないからね!」
「当たり前だろぉ? あんたたちなんかに敵うワケないじゃないか」
「ならどうしてこんな話したンだわ?」
「ただの注意喚起だよ」
すると例のソファー席の客がおもむろに立ち上がってこちらに近づいてきた。
どうやら今の話がこの大酒飲みの耳にも入ったらしい。
「女将、面白そうな話をしとるのう。拙者も混ぜてはくださらぬか?」
独特な訛りで馴れ馴れしく話しかけてくる和服男。
アタイはとうとうブチギレた。
「ああん? 部外者はすっこんでな!」
「おうおう。ずいぶんと荒れてござるではないか。拙者が何か粗相でもしでかしたか?」
「気になさんな。ただの八つ当たりだからよ」
それを聞いて男は朗らかに大笑いする。
すげ笠の下はユルユルと締まりのない笑顔で、それも酔いが回って真っ赤に染まっている。
「申し遅れたが拙者の名は大五郎という。これでも化け物退治で生業を立てておってな。世にはびこる奇々怪々を追って旅を続け、異国の地より参り申した。さすれば先ほどの耳打ち話に興味を持った次第でござる」
「ふぅん。するとお客さんも勇者のクチかい」
「ケッ! アタイは勇者ってやつが総じて嫌いなんだよ! ますます不愉快だね!」
「なはは、ズバズバと臆せず言うのう! 拙者はお主が気に入ったぞ」
なんだいこのヘラヘラとした人懐っこさは!
調子が狂っちまうじゃないのさ!
「それにしてもこの茶屋の賑やかさは格別よの。妖精や淫魔が切り盛りし、おまけに客は妖怪のたぐいときた」
「おいコラ、誰が妖怪だって?」
「河童のおなごにシャレコウベ。しかし言語を使う水まんじゅうは初見でござるな。珍奇な化け物もいたものだ」
「水まんじゅうって俺のことなンだわ!?」
「アタイも河童じゃねえし! 肌が緑ってだけでくくるんじゃないよ!」
激昂するアタイたちだったが、大五郎は気にも留めずにニヤつきながら腰に手を当てた。
そしてぶら下がっている刀鞘からスラリと細身の剣を抜き取る。
反り返るようにして伸びる片刃でできた日本刀。
店の照明を反射して輝き、刀身にうっすらと波打つ模様が映える。
「シャレコウベは斬ったかのう? はて、どうだったか……。しかし河童はまだ殺めていなかったはず」
大五郎はぼや~っとした目で刀を眺め、誰に言うでもなく呟く。
「身の上話で恐縮でござるが、拙者はとある使命を負っていてな。民の平穏のために百種の魍魎を成敗して回ろうというものだ。しかしこれがなかなかに難儀でなあ」
「はあ……」
「それと俺たちになんの関係が……?」
……あれれ?
怪しくなり始めた雲行きに、アタイらは思わず固唾を飲んで顔を見合わせる。
「これまでに多くのモノノケを退治してきたが、村に悪事を働くのは決まって特定のものに限られる。種数を稼ぐとなるとまた話が変わるのだ。そうこうする内に妖怪探しが本業のようになってしまった。これではいかんなあ。そう思わぬか?」
……つまり、こいつは100種類のモンスターを狩る旅をしていると。
そして河童、もといゴブリンはまだ未討伐のモンスターってこと?
大五郎はニカっと笑い、アタイに向けてチャキリと刀を構える。
「この一期一会に感謝しようではないか。再び巡り会う保証もなかろうて。というワケで、斬り捨て御免」
ハアアア!?
ちょっと待ちなよ!
あんたの事情は知らないけど、出会い頭に切りかかるなんてただの通り魔じゃないか!
このへべれけ和風男、辻斬りザムライかよ!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
100種の妖怪を討伐せよという特殊クエスト『百鬼夜行』。
チャレンジするのは勝手だけど無関係のアタイを巻き込むんじゃないよ!
河童でも妖怪でもないんだから、斬ったってなんの足しにもならないっての!
この酒飲み侍は人の話をこれっぽっちも聞こうとしないね!
【第77話 ゴブリンガールは月見する!】
ぜってぇ見てくれよな!




