第69話 ゴブリンガールはトスする!
片栗粉の水霧を全身に浴びるクラーケン。
するとなんということだろう。
空気中の湿気や水しぶきと交じり合って、片栗粉がとろみを帯びた粘り水に変わってしまった。
体や触手に半流体のカタクリ水が付着したクラーケン。
そこかしこがねっとりと重たそうだ。
「すごいよゴブリンガール! クラーケンの動きが鈍くなったよ!」
「ふ、ふん……。どうだい! これぞゴブリン流の遅延魔法だよ!」
あえて狙ってやったんだよ!
そういうことにしておくよ!
だがそれでも、暴れ馬のクラーケンを押さえつけられるほどの粘り気ではなかったらしい。
クラーケンは腕を大きく振るい、アタイとモアはたまらずに海へと落っこちてしまった。
そのまま荒波に飲まれて浜へと押し流される。
ずぶ濡れになったアタイとモアは力なく起き上がる。
「ハア……ハア……! あんな図体を止められっこないよ!」
「諦めちゃダメ! 諦めたらそこで試合終了だよ?」
どっかで聞いたようなセリフを使い回しやがって!
というかまだバレーの試合をしてるつもりなのかいコイツは!
――――そのとき、どこからともなく懐かしい声が聞こえた気がした。
「ンだわー」
海鳴りに合わせてエコーが掛かった、こののんびりと間延びした声……。
「スラモンかい!?」
「でも一体どこに?」
アタイたちはスラモンの姿を探してきょろきょろと辺りを見回す。
だけどどこにも見当たらない。
そうして最後にクラーケンを見上げてみて、驚きの余りあっと声が出た。
なんと、巨大なクラーケンにのしかかるようにして、さらに一回り大きなスライムがドロリと上に乗っていたのだ!
その半透明の大スライムには確かにスラモンのゲジ眉とつぶらな瞳が浮いている。
「海坊主かよ!」
一体全体、何が起こったってんだい!?
「海水に溶けて形を保てなくなってたスラモンが、大量の片栗粉による粘り気でまた姿を取り戻せたのかもしれないね!」
「んなガバガバ設定ありかよ!?」
海岸線を舞台にして繰り広げられる、巨大タコと巨大スライムの絡まり合い。
特撮映画のような絵ヅラだね!
「だわー」
エコーのついた声を上げ、若干ほほ笑んだスラモンがヌルリとクラーケンに覆い被さる。
「俺がこいつの動きを止めるンだわ。今の内にやっちまうンだわ」
「よーっし!」
モアはすっくと立ちあがり、バレーボールを片手に渾身のアタックを打ち込んだ。
ボールは見事なコースで飛んでクラーケンの眉間に激突する。
しかし、柔らかなボール程度じゃまともなダメージ値を稼ぐことはできない。
「他にもっと固くて尖っててヤバそうなもんは無いのかい!?」
「そうだ! 良い物があるよ! この島の中で一番固い鉱物でできている物!」
島の中で一番の鉱物……?
アタイはピンと来た。
クルビーアイランド特産の希少鉱物でできた優勝トロフィーのことだ!
振り返ると、半壊した主催テントの残骸の中にキラリと日光を反射する物が見えた。
アタイはそれに駆け寄り、むんずと掴んで引っ張り上げる。
ユニコーンの角のように、文字通り尖り切った奇抜なデザイン。
紛れもなく優勝トロフィーだね!
アタイはそれをモアに向かって思いきり放り投げた!
「ナイストス!」
モアは両足を踏み込んで力を溜めると、ここ一番の跳躍で空へと飛んだ。
まぶしく輝く瞳でしっかりとトロフィーの軌道を見据え、体をしならせて右腕を振り上げる。
「アターック!」
モアから打ち出されたトロフィーは空を裂くように飛び、再びクラーケンの眉間を突いた。
この一撃で勝負はついた。
大きな高波を起こしながら海底へと沈んでいくクラーケン。
それまで暴れくねっていたいくつもの触手も動きを止めて、ズルズルと本体に引きずられるようにして水の中へと戻っていく。
タコの魔獣の姿が海に消えた後もしばらくは余韻の波浪が浜を荒らしていた。
ややあってそれも止み、何事もなかったようにさざ波が打ち寄せるのどかな海景へと戻った。
……いや。
良く目を凝らすと水面にネバネバとカタクリ水が浮かんでいて、そこにうっすらとスラモンのほほ笑み顔が揺れていた。
「一件落着なンだわw」
砂の中に埋もれていた大会主催者が這い出てきながらマイクを握る。
「見事クラーケンを打ち負かしました! ゴブ子・モアペアの優勝―っ!」
「やったー!」
思わず互いに抱き合って飛び跳ねるアタイとモア。
やったよ!
ついにアタイたち、クラーケン退治を……!
いや違う、ビーチバレー大会を……!
ん? やっぱ全然バレーじゃないよな?
じゃあ結局このクエストの内容は魔獣退治だったのか?
もうワケがわからないね!
「ゴブ子さん! 無事でしたか!」
シブ夫を始め、脇役勇者たちがアタイの元に駆けつけてくれた。
まあ、細かいことは良しとしよう。
こうしてみんなケガもなくクエストを終えられたんだし。
そして何より、このアタイが悲願の優勝を成し遂げたんだからね!
ふふふ。
これでトロフィーを受け取ってドンフーの旦那に渡せばガチャの負債も大幅に……。
………。
……………。
「トロフィー投げちゃったじゃん!」
呆然とするアタイに向かってドスドスと砂地を揺らしながらドンフーが迫り来る!
「コラァゴブ子! せっかくのチャンスに何やってくれてんだ!」
「ひいい! 旦那!」
「どうやらまだまだ返済の旅を続けたいみてえだな? ああん!?」
涙目になるアタイ。
だがそんなアタイにモアがとびっきりの笑顔を向けて元気に言う。
「大丈夫だよゴブリンガール! 相手の強さをちゃんと認めてあげることもスポーツマンシップ! あのクラーケンはトロフィーを受け取るのにふさわしい強さだったよ?」
「受け取るっていうか、眉間に突き刺さってたけどな……?」
「それに……耳を澄ませてみて!」
モアは人差し指を天へと向ける。
するとどこからともなくファンファーレが鳴り響いた。
パンパカパーン!
【ゴブ子とモアは『ビーチバレーマスター』の称号を手に入れた!】
まさかの実績解除!?
バレーと呼べるようなことは一切してないけど、そんな称号もらっちゃっていいのかよ!
「私たちは確かにバレー大会を勝ち抜いたし、かけがえのない思い出もできたじゃない! カタチなんて残らなくてもこの絆はずっと消えないよ! だから安心して! ね!」
ね! じゃねえよ!
絆じゃなくて金が欲しいんだよアタイはよォー!
今回もただの骨折り損で終わっちまったねえ!
クソッタレがあー!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
いくら律義にクエストを消化したって借金はちっとも減りやしない!
こうなったらレアアイテムを漁って一山当てるしかないよ!
偶然出会った新顔の勇者、こいつはトレジャーハンターだそうだね。
一緒にダンジョンを攻略しておこぼれのお宝をゲットしちゃおう!
……と思っていたけど、どうやらこの新キャラも相当なクセ者らしいねえ……。
サイドクエスト【アーマーを着る!】編、始まるよッ!
【第70話 ゴブリンガールはゴミを売る!】
ぜってぇ見てくれよな!




