第63話 ゴブリンガールはかき氷を食べる!
――――朦朧とする意識の中で、波の音に乗ってカモメたちの鳴き声が遠く聞こえる。
アタイ、そしてジョニーとスラモンのお馴染みトリオは大海原の真っただ中にいた。
壊れかけた漁船の貨物室に押し詰められて数週間。
初めの頃こそシケに見舞われる度に泣き叫んだり、船からの脱走を図ったりと騒ぎを起こしていたが、今ではもうすっかり生気を失っている。
固い船床に力なく横たわり、大波に揺られるたびにせり上がる吐き気のまま、胃の中身をその場にぶちまけるだけだ。
こんな拷問を受けている理由はただひとつ、次なるドンフーの指示、『トーナメントクエスト』への出場のためだった。
常軌を逸する地獄の航海を終え、体重が10キロほど減ったところでアタイたちはとある島に辿りついた。
~常夏の赤道島クルビーアイランド(探索推奨レベル66)~
カンカンと照り返す灼熱の太陽!
目をうつほどに白くまぶしい砂浜!
寄せては返す白波と水しぶき!
360°全周がリゾートビーチになっているセレブ向けのゴージャスな楽園島。
どこからともなく陽気な太鼓の音が聞こえてきて、思わず腰でも振りたくなるような開放感だ。
……普通の状況ならね!
アタイらはそれどころじゃないんだよ!
脱水と栄養失調による重篤なめまいのせいで、太鼓の音にすらグラグラと神経を揺さぶられる。
ゲッソリこけた頬で互いの体を支え合い、浜辺を抜けてなんとか舗装された道へと転がり出るアタイたち。
「ハア……ハア……。早いとこ水分にありつかないと干からびちまうぜ……」
「くっそ……! こうなったらガチャを回すよ……!」
「どうせ今回も大したもんは出ないンだわ……」
諦めの境地で死を迎えつつあるジョニーとスラモンを尻目に、アタイは力ないタップでスマホを開く。
「ん……? なんか期間限定のガチャイベントがやってるみたいだね?」
【単発ガチャの価格で引いたアイテムを×10個プレゼント!】
同じアイテムを10個もくれちゃうボーナスイベントらしいよ。
これで何かしらの飲み物を引き当てればひとまず熱死を免れられるね。
こりゃあ回すっきゃないよ!
「頼むぞ……いけえ……!」
最期の力を振り絞ってガチャを回すアタイ。
七色の光に包まれて目の前に現れたアイテムは――――!?
~片栗粉(使用推奨レベル3)~
デンプンでできた白い粉。
揚げ物の衣やスープにとろみを与えるために使用する料理の素材。
ドサドサと10個分積み重なる片栗粉の大袋。
「ここで粉かよ! クソが! 口ん中パッサパッサになるわボケ!」
「………」
「……………」
……アレ?
ジョニーもスラモンもアタイのツッコミに続く気力すら底を尽いたみたいだね。
「ハロー! 常夏の島、クルビーアイランドだよ! ようこそ!」
突然張り上げられた威勢の良い声。
振り向くと元気ハツラツなフラガール姿の女が佇んでいた。
体のそこかしこに花飾りを付け、ヤシの葉で作られたスカートをユラユラとなびかせている。
浅黒く焼けた肌と対照的に白い歯と美しく輝く瞳がまぶしい。
「ゴブリンにスライムにスケルトン! あはは! なんか楽しそうだね!」
死にかけのアタイらを前にして楽しそうとはなんだい!
女は弾ける笑顔でアタイたちの首に花輪を掛けてくれる。
「んなもんよりも水……、水……!」
乾ききった唇で必死に水分を要求するアタイ。
「水? そこら中にあるでしょ?」
フラガールは不思議そうに海を指差す。
塩水じゃねえよ!
アタイらの顔色を見て異常を察しろよすっとぼけ女!
ジョニーはパクパクと顎骨を動かすだけでもはや声すら出ない状態。
スラモンに至っては体積の8割が蒸発して、両眼は完全に死んだ魚のそれだ。
「もしかして喉渇いてるの? やだあ、ならそう言ってよね!」
女はどこに隠し持っていたのか、準備よく特大のかき氷を取り出してみせた。
ふわふわの氷雪に七色のシロップが掛けられ、鮮やかな大輪の花飾りが添えられている。
「見ているだけでも涼し気で楽しくなっちゃうよねー! 旅の記念として写真に納めれば映えること間違いなしだよ!」
「うるせえ! よこせ!」
アタイたちは女を突き飛ばしてかき氷を奪うと一気に喉へと掻っ込んだ。
「うぐぅう! 頭痛てぇえ!」
「でも生き返るうぅ!」
ひとまずの窮地を脱したアタイたち。
脱力して地面にへたり込んでいると、さっきの女がヒラヒラと注文票を見せてきた。
「それではお会計をお願いしまーす!」
「え? ウェルカムドリンク的なやつじゃないの!」
「この島は観光業で成り立ってるの! リゾートの夢心地を味わうためにはそれなりの対価が必要でしょ? ちょっぴり割高だけど大目に見てよね!」
言いながら今度はスナップ写真を広げ始める。
そこにはついさっきの光景、かき氷にたかるアタイら3人の醜い姿が収められていた。
「記念撮影しておいたよ。旅の思い出! いいよねー!」
もっとマシなアングルがいくらでもあるだろうがよ!
「では1枚1000ゼニ、3人で3000ゼニいただきまーす!」
手のひらを上に向けてズイと突き出す女。
これが観光地特有のがめつさってやつかい!
アタイたちはうなだれつつも、なけなしの硬貨を支払うほかなかった。
どうせ今回もクエスト報酬を相殺するレベルの出費をそこかしこではたくことになるんだろう。
辛い思いばかりして、肝心の借金完済にはまるで近づきやしない。
トホホ……。
「まいど!」
女はアタイらから集金すると太陽に負けないくらいハツラツな笑顔を向けた。
しかし、来島者に花輪を掛けたりスイーツを振舞ったり、何かと世話を焼いてくれるね。
こいつは観光ガイドか何かだろうか?
「クルビーアイランドへ来るのは初めて? この島は探索レベルこそ高いけど、それは旅費や滞在費に大金が掛かるせいなんだ! 島の中に凶暴な魔物が棲んでるってワケじゃないから安心して観光してね♪」
だろうね!
この島への航海ルートはいくつかあるが、アタイらは少しでも費用を抑えるためにボロ漁船を使った2週間拷問コースを選択した。
そこでレベル66分の過酷さってのを嫌というほど思い知ったよ!
だがしかし、悠長に観光などしてるヒマはない。
「悪いな姉ちゃん。俺たちは遊びに来たんじゃないんだぜ」
「クエストに参加するためなンだわ」
「あ、そうなんだ? ということは、『トーナメントクエスト』だよね!」
クエストという単語を聞いた途端に、これまで以上に生き生きとはしゃぎだす女。
ヤシの葉スカートを捲って中から申請書を3枚分取り出した。
「クエストは明日から始まるよ! 早く登録を済ませちゃおうよ!」
矢継ぎ早に説明を始めだす。
ははあ、このフラガール、どうやら観光ガイド兼クエストの受付係だったようだね。
「私の名前はヒワ・モア! この島、クルビー生まれのクルビー育ち! よろしくね! よければこのままクエストの注意事項を説明させてもらっちゃうよ!」
「はあ……。お願いします」
「そもそもみんなはトーナメントクエストって何かをご存じ?」
――――トーナメントクエスト。
定期的に開催される大型イベントで、たくさんの参加者を募って行われるクエストだ。
だが大勢が協力して目的達成を目指すレイドクエストとは大きく異なる。
言葉の通り、参加者が特定の条件下で己の技を競い合い、優勝の座を奪い合うトーナメント戦なのだ!
「毎年この時期にクルビーアイランドだけで開催されるシーズンクエスト。その競技内容はズバリ、『ビーチバレー大会』!」
「びーちばれー?」
「二人一組になって行う球技だよ! ボールを自分の陣地内に落とさないように上手にパスを繋いで、アタックで相手の陣地に送り返すんだ!」
「ルール自体は単純そうだね」
「しかし侮るなかれ! 様々な身体能力が試される熾烈なスポーツ! そしてビーチバレー最大の特徴はそのフィールド環境にあるの!」
ヒワ・モアはフフフと笑うと、アタイらの眼前に広がる真っ白なビーチを指差す。
「バレーをするのは足場の悪い砂浜の上! 闇雲に動き回るだけでみるみるスタミナを失っていく焦熱の魔境だよ!」
ゴクリ……!
アタイたちは思わず唾を飲み込んだ。
単なるスポーツ大会だろうと高をくくっていたけど、どうやら今回も過酷な戦いが待っていそうだね。
トーナメントをいいことにさっさと一回戦で敗退して、すぐにでもこんな島から出ていきたいところだよ!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
新キャラの登場も終えたし、ついにクエストが始まるよ!
と思いきや、受付会場にはシブ夫を初めいつもの顔ぶれが……。
せっかくのリゾート島なのになんだか代わり映えがしないねえ。
え? ビーチバレーって二人一組でやんの?
ほほう……。
こいつは気になるあの子とペアを組んで独り占めにするチャンスだよ……!
【第64話 ゴブリンガールはフラダンサーと出会う!】
ぜってぇ見てくれよな!




