第62話 ゴブリンガールは解術される!
「……ハア?」
アルチナだけでなく、この場にいる全員が漏れなく豆鉄砲を喰らったハトの顔をした。
あまりに突飛なシブ夫の宣言に脳のキャパ越えで空気がフリーズしてしまったのだ。
ただし、その中でアタイだけは密かに胸をときめかせていた。
キュン……!
そこまでアタイに忠誠を誓ってくれるだなんて。
シブ夫……好き……!
「……いやいやいや? え? キミ、転生勇者よ?」
「はい」
「このスマホも元はキミの持ち物だし、とんでもないチートアイテムよ? キミが持っときなさいよ」
「いいです。いらないです」
「いや? は?」
いつも飄々として掴みどころのないアルチナが、今は面白いほどに狼狽を隠すことができない。
うろたえながらスマホを手渡そうとするアルチナだったが、シブ夫がその手を強引に払う。
「いらないですってば」
「なぜ……? どうしてゴブリンガールなの……?」
「彼女が転生したばかりの僕に厳しく接し、喝を入れてくれたんです。もう一度まっとうに人生をやり直す機会をくれました。僕は以前のニートとは違うということを、彼女の厚意に応えることで証明したいんです」
「せやかて……」
「しつこいですねあなたも! 大番狂わせが見たいんですよね? なら転生勇者の躍進撃なんて王道中の王道じゃないんですか?」
「ア……! 確かに!」
アルチナは雷に打たれたような衝撃を受けて硬直する。
そのまま呆けたツラでしばらく佇んでいたが、次第に奇妙な引き笑いを始めた。
「ヒ、ヒヒ……。私が間違ってたのね……」
そしてバンバンと地面を叩きながら大笑いを始めた。
大丈夫かコイツ……?
壊れたんか?
気付けば薄暗い石廊下の風景は消え、景色は元の明るい陽射しの下に戻っていた。
メルヘン化した勇者たちの武器も魔法が解け、ジョニーとスラモンの体も元通りだ。
アルチナはなおもアハハと笑いながら千鳥足でこっちに近づいてきた。
そしてアタイの隣に立つと肩をバシバシと叩く。
「はい、これ~」
差し出されるスマホ。
「え? 返してくれんの?」
「うん~。レベル2のゴブリンが魔王を倒す……。プッ!」
「アァ! なに笑ってんだよ!」
相変わらず感じ悪いんだよこの女!
「まさか私の待ち望んでた主人公があなただったなんてね、ゴブリンガール~! 長いこと追跡してたってのに、彼に言われるまで思いつきもしなかったわ。私もまだまだね~」
なんだかよくわからないけど、やけにご機嫌じゃないのさ!
さっきまでの絶望的な状況が一転して腑抜けムードに変わっちまった。
その温度差に自律神経がイカれそうだよ!
「ひとまずは……、休戦か?」
「ていうか結局あなたは敵なの? 味方なの?」
「そのどちらでもないの~。言うとしたら傍観者ね。今回は出しゃばっちゃったけど、そういうのって本来の私の性には合わないし。今後は露出は控えて影ながら応援させてもらうとするわ~」
アルチナは藁ボウキに跨るとフワリと宙に浮き上がった。
「待ちなさいよ! 私たちに謝りもせずに行くつもり?」
「素直にゴメンナサイできないいじらしさも私の魅力♡ スリリングな体験をしたと思って笑って許して?」
「許すワケないでしょ!」
仁王立ちしてプンスカと怒るスージー。
その隣でヒューゴも腕組みをしながらアルチナを見上げる。
「せめてゴブ子に掛けた魔法は解いていけよな」
「うふ~、バレてた?」
「ん? トラップ魔法なら元から掛かってなかったんだろ?」
「いいや、そっちじゃなく追尾術の方だ」
なんだって!?
んなもんがアタイに掛けられてたなんて初耳だよ!
「ダ・ゴ・ダロンの造りを再現して見せたよな。その一件を知ってるってことは、それより以前の時点から動向を監視してたんだろう」
「お察しの通り。さすがは魔勇士ね~」
アルチナはホウキに跨ったままクルリと人差し指を回す。
するとアタイの体から淡い光が浮き上がり、すうっと空気に溶け込むようにして消えていった。
「あら……?」
一瞬怪訝な顔をするアルチナ。
続けて指をもう一振りする。
すると再び淡い光がアタイの体から浮いて離れていった。
「なんだよ今の間は? ちゃんと解術できたんだろうね?」
「ええ。問題ないわ~」
「2種類の術を掛けたてたのか?」
「そうよ。保険のためにね~。罠使いにとっては常套戦法」
「油断も隙もない……」
「それじゃあ達者でね。活躍を期待してるわよ~」
アルチナはパチリとウインクを決めた。
そしてこちらが別れの挨拶を言うより早く、雲の切れ間まで急浮上して視界からいなくなった。
毎度ながら、まるで悪夢を見てたみたいにパッと消えてなくなっちまうね。
まったく人騒がせな魔女だよ!
「無事に終わってくれたらしいな……」
「それにしても、シブ夫くん!」
「はい?」
さっきの怒り調子のまま、スージーは次にシブ夫に向き直って喰ってかかる。
「私はキミが心配よ!」
「なんの話ですか?」
「ゴブリンガールよ! あなたに厳しく接したって、叱咤激励してくれたと解釈したみたいだけど、絶対誤解してるわ!」
「そうだよぉ! ブスゴブリンがシブ夫くんからスマホを取り上げたのは私利私欲のためだけだぜぇ! こいつはそういう女だって!」
スージーはシブ夫に駆け寄って腕を絡める。
負けじとタジも反対側から絡みつき、引っ張り合いの形になった。
「私がキミの目を覚ましてあげる!」
「いいや! そいつは俺の役目!」
「魔王を倒すのはシブ夫くんがやりなよ! そっちの方がカッコイイから!」
「コラァあんたたち! シブ夫から離れな! 困っちまってんだろ!」
アタイもそこへ乗り込んでいき、空いているシブ夫の両足にしがみ付く。
3方向からの綱引きの格好になって、腰を浮かせながら手足を好き勝手に引っぱられるシブ夫。
「何これ!? 皆さん落ち着いてください! とりあえず僕を下ろしてください!」
その騒動を一歩引いた位置から見つめるヒューゴ。
「そんな……スージー……」
その頬にキラリ一筋の涙が伝う。
一方、少し離れた所でジョニーとスラモンが静かに反省会を開いていた。
「今回の俺らマジで見せ場なかったンだわ」
「さすがにハイレベル戦になると、なあ?」
「いる必要あったンだわ?」
「ねえよな。次回からバトル編のときは前もって休暇申請出しとこうぜ」
休暇ってなんだよ!
あんたたちは希望すれば休めんのかよ!?
できるならアタイこそ高跳びして姿くらましたいくらいなんだよ!
またカオスな締め方になっちまったね!
まあ一件落着したからいいんだけどさ!
――――その頃アルチナは。
藁ボウキに乗って雲海を飛び抜け、やがて人気のない小さな泉へと降り立った。
「今回もたくさん笑わせてもらっちゃった~。やっぱりゴブリンガールは面白いなぁ。でも、あの子に掛けられてた追尾魔法……」
……ゴブ子に掛けられていた魔法は2つあった。
一方はアルチナ自身が掛けたものだったが、もう片方は違う術者によるものだったのだ。
誰が、いつ、何の目的で――――?
アルチナが手をかざすと、泉の水が音を立てずにさざ波立ち、やがて鏡面のように周囲の景色を反射させた。
詠唱すると、その鏡面にゴブ子の視野で見た過去の光景の断片が映し出される。
この痕跡を辿ることで、ゴブ子に魔法が掛けられた場面を遡って確認することができるのだ。
情景は広大な砂丘、そして地下遺跡へと進んでいく。
まごうことなく、ダ・ゴ・ダロンだ。
ダンジョンからの脱出時、敵対していたゴーレムがゴブ子の尻に指を触れた。
その瞬間こそが件の魔法が掛けられたシーンだった。
そこでブツリと映像が途絶える。
「防御魔法が発動したわね。すべての記録を自動的に抹消するタイプの。ふふん……」
アルチナは唇に指を当てて思考を巡らす。
あのゴーレムの操作者が犯人であることは明らかだが、あの遺跡は文明が滅びてからすでに数世紀は経つと言われる。
「生き残っている……。何かが始まる? その準備のための情報収集をしてるってところかしら」
おそらく追尾魔法を掛けられたのはゴブ子だけに留まらないだろう。
あの遺跡に出入りした人間のいくらかは術者の視野代わりとなって外界の情報を伝達するのに利用されていると考えられる。
「面白くなってきちゃったぁ~! まだまだ楽しめそうね!」
アルチナは俄然張り切り出すと、再びホウキに跨って空へと飛んだ。
彼女は波乱の予感に気付きながら、警鐘を鳴らすこともなく傍観を決め込んだ。
なぜなら、事態が深刻になればなるほど面白みが増すからだ。
それが日和見主義でひねくれ者のアルチナという女だった。
「近い内にとんでもないカタストロフィが起こるわよ~。うふふ。また目いっぱい笑わせてよね、ゴブリンガール……♡」
不吉な予兆は着実に近づいていたが、まだその全貌が明らかになるにはいくばくかの時間を要するだろう。
それまでの間、ゴブ子と仲間たちのドタバタアドベンチャーは続く……。
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
無事にスマホを取り戻せたし、物語は平常運転に戻るとするよ!
次回はハワイアンなリゾート島を舞台にした真夏のシーズンクエスト!
【ビーチバレーする!】編、始まるよッ!
【第63話 ゴブリンガールはかき氷を食べる!】
ぜってぇ見てくれよな!




