第57話 ゴブリンガールは口を閉じる!
峠道を外れた林の中に人目を避けるように設営された複数のテント。
勇者狩りギルド『ハイベンジャーズ』のゴリザワ小隊の野営地だ。
アタイたちは敵の陣地を見渡せる高台まで登り、奴らの動向を窺っていた。
でも鬱蒼とした木々が邪魔になってなかなか状況を把握できない。
「本当にアルチナさんは彼らと合流したのでしょうか……」
おのれ……!
アタイからスマホを盗んでトンズラこいたクソ魔女め!
「人様を舐め腐りやがって! このままで済むと思ってんじゃないよ!」
激昂したアタイは思わずボヤいた。
だがそれを聞いて周りの皆がビクリと体を震わせた。
「こらゴブ子! 不用意に喋んなっつってんだろ!」
「あっべ。そうだった」
アタイはアルチナにとある術を掛けられてしまった。
口に出した魔法名がそのままアタイ自身に発動されるというタチの悪いトラップ術だ。
「『メテオ』なんて呟かれたら最後、俺たちごと消し炭になっちまうンだわ」
「万が一を見越して俺らから距離開けとけよな、ブスゴブリン!」
タジはシッシと手でアタイを払う仕草をし、自分はちゃっかりシブ夫の隣を陣取る。
ここぞとばかりに状況を利用しやがって!
ムカツク野郎だね!
タジは瞳を潤わせながらシブ夫に尋ねた。
「ねえねえシブ夫くん。そのスマホってのはどうしても取り戻さないとなんないの? あの魔女を相手にするには割に合わなすぎるよぉ」
「ふん、レベル1がなにやら泣き言をほざきだしたね」
「ゴブ子! てめーは黙っとけっつたろ! 言ってわからねーなら強行手段だ!」
タジはダクトテープを取り出して容赦なくアタイの口にベタリと張り付けた。
フガフガ……!
「そういやこの前、ギルドの下っ端どもがアルチナのことを警戒人物リストに載ってるって言ってたな」
「タジ。お前なんか情報を知ってンだわ?」
「ああ、まあな……。あくまでウワサ話にすぎないが、それが事実だとしたら奴は想像以上にヤバイぞ……」
ガタガタと震えながら語り始めるタジ。
――――この世界にはレベルの概念がある。
この世のすべてを牛耳る悪の魔王がMAXのレベル99と言われ、今のところそれに匹敵するレベルの勇者は一人も現れていない。
そもそもレベル90を超える猛者は片手で数えるほどしか存在しないというのだ。
「その数人の伝説級勇者の一人が、『ギルド潰しの凶魔女』……」
「えっ……?」
「あいつレベル90越えてんの?」
アタイたちは青ざめた。
あの性根腐れ果て女はチート級の強キャラだったのかよ……。
「うーん……。やっぱり、スマホは取り戻さなくてもいいかな……?」
「賛成なンだわ。実際そんな役に立ってもいなかったンだわ」
「ですが、あれがなければ魔王を倒せないんじゃないですか?」
「ていうか打倒魔王は諦めてもいいし」
「アルチナよりさらに強いんだろ? じゃあスマホがあったところで手も足も出ないンだわ」
ジョニーとスラモンの意見を推すべく、アタイもフガフガと首を縦に振る。
魔王もアルチナもスマホも全部を放り投げて、速やかにこの場を離れる案に一票だよ。
しかし、それに異議を唱えたのがシブ夫だった。
「アルチナさんを倒さなければならないとしたら、今の僕たちでは到底不可能でしょう。ですが彼女の目的が他にあるならば話も違ってくるのではないでしょうか」
「アルチナの目的?」
「僕をテストすると言っていたでしょう。単にからかうつもりなのか、さらに別の思惑があるのかはわかりませんが」
……シブ夫の言うことも一理ある。
アタイらを蹴散らすことが目的だったなら、わざわざこんな回りくどいことはしないだろうしね。
「でも問題はそのテストってのの内容だぜ」
「……これはあくまで推測ですが、アルチナさんは自分の魔術を呈してまで敵隊長の手の内を明かしてくれましたよね。まるで僕たちに教えるように。ヒントをくれたって気がするんです」
「たしかになあ。おかげで俺たちはゴリザワの対策法をじっくり練ることができる」
「つまり、排便ジャーズの野営地を攻略するのがテストってことか?」
「だとすれば僕たちにもやりようはあると思えませんか?」
ナルホドねえ……。
まあ、どっちにしろ逃げ出したい気持ちに変わりはないんだけど。
「しかし、いくら準備を整えられると言ったって、こっちの戦力はシブ夫を除いてレベル1か2だぜ」
「ゴブリン集落のときの防衛戦みたく武器を作って強化しようにも、そのためのスマホがないンだわ」
「どうしたものか……」
腕を組んでアレコレ思案に暮れるアタイたち。
だが一向にまともなアイデアが浮かんでこない。
――――そのときだった。
突然野営地の方角から爆発音が飛んできた。
ドオン! ドオン!
それは断続的に続き、その合間に雄叫びとも悲鳴ともつかない声も混じり始めた。
「なんだぁ……!?」
「戦闘が起こっているみたいですね」
「どういうことだよ? ギルドの小隊内で紛争か?」
「もしくは俺たち以外で奴らに攻撃を仕掛けた連中がいるのかも……」
想定外の事態だが、野営地に攻め入るには絶好の機会かもしれない。
ひとまず様子を探ってみようということになり、アタイらは高台を下りて茂みをかき分けながら敵の拠点に近づいていった。
一時激しく鳴っていた爆発音は収まったようだが、人がドタドタと慌ただしく走り回る気配は感じる。
どうやらアタイたちとは別の襲撃者も敵にちょっかいを出しながら様子見をしているらしい。
低木が生い茂る中で身をかがめ、一列になって慎重に進むアタイたち。
だがそこで、アタイは前方に見える高木の枝先に一人の見張りがいることに気付いた。
マズイ!
このまま進むと見つかっちまうよ!
「フガフガ!」
「ゴブ子! 喋んなって何度言えばわかるんだ!?」
「フガフガ……!」
「すげえ主張してくるンだわ。言いたいことがあるならジェスチャーで伝えるンだわ」
アタイは必死に高木の方を指差して伏兵の存在を訴えかける。
でもみんなにはその仕草が奇妙なダンスをしているように見えたらしい。
「ご機嫌に踊り始めやがって。今がどういう状況かわかってんのか?」
「フガフガ!」
「そんなに見てもらいたいンだわ?」
「にしちゃあお粗末すぎだぜぇ。いいだろう。俺のイカしたステップで黙らせてやる」
なぜかタジは対抗心を燃やし、アタイの正面に立って腰を振り始めた。
「YO! YO! お前ゴブリン! ライムは慢心! いざなうフローは少々強引!」
なぜか始まる謎のラップバトル。
脇のジョニーやスラモンもノリ始め、Yeahなどと合いの手を入れている。
馬鹿かよ!
いい加減にしろよこのマヌケどもが!
予想通り、アタイらは敵に見つかってあっという間に包囲された。
「奇襲を仕掛けてきたのはお前らか!」
「C男が連れ帰った魔女の言ってた連中だな!」
一斉に弓を構える男たち。
言わんこっちゃない、絶体絶命だよ!
――――だがそのとき、茂みの中から丸盾がギュンと飛び出して、敵の一人の体に直撃して吹き飛ばした!
「まだ隠れてる奴がいたのか!」
男たちは躍起になって盾が飛んできた茂み向けて次々と矢を放つ。
だがそれらは火花を散らして弾かれてしまった。
ややあって草場から一人の男が転がり出てくる。
両腕に淡い光をまとい、それを振るうことで遠距離攻撃を難なく跳ね返していく。
アタイ、そしてジョニーとスラモンはその男の顔に見覚えがあった。
「お前は、丸盾のヒューゴ……!?」
「ようゴブリンガール。また会ったみたいだな!」
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
丸盾の魔勇士ヒューゴが再登場!
心強い味方の参入で戦力は多少なり増強されたと思いたいね!
だけどアタイは口をテープで塞がてるせいで、戦うどころか逃げ回るのも一苦労!
あやうく呼吸不全でくたばるとこだよ!
メテオに爆撃されるのは御免だけど、こんな悲惨な死にざまもまっぴらなんだよ!
【第58話 ゴブリンガールは息が上がる!】
ぜってぇ見てくれよな!




