第55話 ゴブリンガールは唾を飛ばす!
~散策日和の峠道(探索推奨レベル6)~
ひょんなことから故郷であるゴブリン集落に帰省したアタイとジョニーとスラモン。
そしてひょんなことから超絶カッコよく成長した転生勇者シブ夫と運命の再会を果たす。
「スマホを使って魔王を倒す……。壮大な野望ですね。ゴブ子さんは僕の恩人です。ぜひその旅にお供させてください」
イケメン勇者にそんなふうに頼み込まれちゃあ断るのも忍びないってもんさ!
ゴブリン集落を襲撃した悪のギルド『ハイベンジャーズ』の連中もこっぴどく撃退してやったことだしね。
警護役だったシブ夫が不在にしても、あの村はしばらく襲われる心配もないだろう。
ということでアタイはシブ夫の同行を了承してやった。
……だけど、それ以外のお荷物までついてくるのを許した覚えはないよ!
「誰がお荷物だってぇ? そいつは自分の事だろゴブリンガール!」
タジは青筋を浮かべながらアタイを睨みつける。
だがアタイはその数倍の青筋を浮かべ返してやった。
「ああん? 誰に口利いてんだいザコ勇者! あんたはジョブをリセットして今は新米に出戻りしてんだろ? レベル1がレベル2のモンスター様に楯突くんじゃないよ!」
「ステータス値が下がってようが戦闘経験は身に沁みついて残ってんだよ。今すぐお前をブチ殺してレベルアップしてやろうか?」
「ザコほどよく吠えるんだよなあ?」
「おいおい、そこらへんにしとけよ2人とも」
「村を出てからずっとこの調子なンだわ。やかましいったらないンだわ」
ジョニーとスラモンはアタイたちの確執にホトホトうんざりしている。
「落ち着いてくださいよ。なぜすぐに喧嘩してしまうんですか」
「だってぇ! シブ夫くぅん!」
タジは腕をぶんぶん振りながらシブ夫に甘ったれた声を出す。
奴はシブ夫との死闘を通じて彼の勇者としての在り方にいたく感銘を受けたらしい。
しかし、いろんな意味でシブ夫に惚れ込んじまってるようだね……!
「どうしてキミはこんなブスゴブリンに手を貸してやるんだい!?」
「僕の恩人ですから。一緒に旅をするんですから、どうか仲良くしてくださいよ」
そう言って困り顔でこちらを見つめてくるシブ夫。
アタイは頭がぼ~っとして空に浮かんでるような心地になった。
「……もぉ~! シブ夫がそう言うんならしょうがないな……!」
「それでは仲直りですね」
「ウ……ウン……!」
アタイはコクリと頷き、タジに近づいてさっと顔を寄せた。
そしてシブ夫にギリギリ聞こえない音量でドスを利かせながら囁く。
「アタイにでけえ口叩かねえ限りは見逃してやんよ。わかったらもっとシブ夫と距離取れよホモ野郎」
「うるせえうるせえ。お前が俺の半径数メートル内に入ってくんなクソゴブリン」
アタイたちは互いに小声で舌打ちをすると、シブ夫に振り返ってニッコリ笑顔を向けてやった。
それを見て安心そうな顔をするシブ夫。
だがその直後、シブ夫の目を盗んでタジがアタイに膝カックンをかましてきた!
ガクンッ!
「うげっ!」
バランスを崩して転びかけるアタイ。
「ゴブ子さん、大丈夫ですか?」
「ほらほらあ! ちゃんと前向いて歩かないからあ! あははぁ、そんな注意散漫じゃこの先思いやられちゃうなあ!」
タジはニタリと口角を上げる。
もちろんシブ夫からの死角を保ちつつだ。
クッソが……!
タジはそのままちゃっかりシブ夫の真横をキープして、楽しげに話題を振りまきながら並んで歩いていく。
アタイは悔しさでベソをかきそうだったが、なんとか堪えた。
そして2人に気付かれないようにそっと背後に回り、タジの背中に向けてペッペと唾を吐きかけまくった。
ザマア見な!
「下品すぎだろ……」
「やることが陰湿なンだわ」
「あんたたちは黙ってな! ペッペッ!」
「にしても、速攻で恋のライバルが現れちまうとはなぁ。しかも男ときた」
「というかこんな奴らに取り合いされてシブ夫が不憫すぎるンだわ」
「ああ!? アタイは機嫌が悪いんだよ! これ以上怒らせんじゃないよ!」
――――そのとき、なにやら大きな黒い影がアタイらの頭上を猛スピードで飛んでいった。
巻き起こった風で髪や服がはためくほどの速さだ。
「なんだ?」
「カラスにしては大きかったンだわ」
「……カラスだって? なに呑気なこと言ってんの」
「皆さん、警戒してください」
タジとシブ夫は異常を感じ取ったようだ。
ソロリと剣を取り出して構えを取った。
「どうしたんだよ? 一体何が飛んできたってんだい?」
通り過ぎたその物体はヒラリと直角に近い曲がり方をして急上昇し、一度アタイたちの視界から消えた。
……たしかに普通の動物の動きじゃないね!
どこへ行ったのかと空を見上げて目を凝らしていると、例の影は唐突に雲の切れ間から飛び出し、真上からアタイらのもとへと垂直に降りて来た。
そのシルエットは、藁ボウキに跨った人間の女――――!?
女はスウっと吸い寄せられるようにして地表面に接近し、ぶつかるスレスレでピタリと動きを止める。
そして頭に乗せた大きなウィッチハットを揺らし、ホウキから艶やかな二本の足を地に降ろした。
「久しぶりね~! 会いたかったわ、ゴブリンガールちゃん♡」
「ア……! あんたは……!?」
アタイは口をあんぐりと開けたままでジョニーに振り返る。
ジョニーも大口を開けてアタイを見返す。
「ああ……! あれだ……!」
「あの……あの時のやつだね……」
「そう……。あの、なんて言ったかな……あの……」
「ちょっと~! 忘れちゃうなんてヒド~イ! 可憐な女勇者、美魔女っ娘のアルチナでしょ~!」
アルチナは八の字眉にプックリと頬を膨らませ、わかりやすく怒り顔を作ってみせる。
あざとすぎて胸焼けしそうだね!
「はん! 誰が美魔女だよ! 自分で言うことじゃないだろ!」
「あ~思い出した。そうだった。こういう奴だったな」
※アルチナについては【第6話 ゴブリンガールは洗礼を受ける!】を参照。
状況に追い付けずにポカンとしている他の面々にアルチナのことを紹介してやった。
「このいけ好かない女は魔法ジョブの勇者。ある日野犬に襲われてたところをアタイが助けてやったんだよ」
「なにさらっと記憶を改ざんしてるのよ~。助けてあげたのは私でしょ?」
「それにしても、なんでこんな所をうろついてんだ?」
「うふふ。もちろん、あなたたちに会いたくなったからに決まってる~。2人も私が恋しかったでしょ?」
いや、別に……。
今の今まで存在自体を忘れてたし。
「少し見ない内に随分壮大な冒険をしたみたいね~。低級モンスターが立ち入って無事で済むはずのない危険地帯ばかり。なのに悲しいかな、レベルはまったく上がってないなんて~!(笑)」
「なに笑ってんだよ!」
「俺たちがどんなに辛い苦労をしたか知りもしないクセに!」
「知ってるわよ~? 逐一全部、情報は筒抜けだったもの~」
「はあ? どういうことだい?」
アルチナはアタイの背後にいるシブ夫へ視線を移し、パチリとウインクを飛ばした。
「……おかしな軌跡を描き続けてたあなたたちの針路がふいに『はじまりの村』近辺に向いたんで、何か起こるのかと期待して駆け付けたのよ~。そしたらね、なんと、ビンゴ! 大当たり~!」
アルチナはアタイを突き飛ばしてシブ夫に駆け寄った。
「キミのことを探していたよ~! 『異端の勇者』くん♡ 想像通りのイケメンなのね。主人公の風格に相応しいわ~」
「えっ? 僕ですか?」
キャピキャピとシブ夫の腕に絡みつくアルチナ。
それを見てアタイとタジの体から殺気が噴き出す。
「やい女! シブ夫くんに向かってさあ、ちょっと馴れ馴れしいんじゃないの!」
「なぁに~? 噛ませ犬くん。もしかして嫉妬しちゃった~?」
タジは眉を吊り上げ、シブ夫を守るようにしてアルチナとの間に強引に体を捻じ込んだ。
そうして間近でアルチナの顔をまじまじと眺め、ふと思いついたように呟いた。
「あれ……? あんた、どこかで会ったことある?」
「もう~! 古典的な口説き文句ね~。そういうのってもう流行らないのよ?」
「いや違うよ! マジでその顔をどっかで見た気が……」
アルチナはフフフと意味深な笑みを浮かべる。
――――そのとき、前方の茂みから武装した3人の男たちが飛び出した。
強面で睨みを利かしながら荒々しい声を上げる。
「お前たち! 痛い目に遭いたくなきゃ金品を置いてきな!」
「なんだ……! こんなときに盗賊か?」
まったく、襲ってくるにしても空気読めよ!
こっちはいま取り込み中なんだよ!
だが、そこでタジがアタイらに警戒を促した。
「あいつらは盗賊じゃないぞ! ハイベンジャーズの下っ端だ!」
「げえ! また排便ギルドかよ?」
勇者の肩書でありながら追い剥ぎをして生計を立てる堕落者軍団!
恥ずかしくないのかね!
「お前はタジじゃないか。組織を寝返ったって話は本当らしいな!」
「面倒かけやがるぜ! 裏切り者ごとこの場の全員を始末しちまおう!」
有無を言わさず戦闘開始のようだね!
またクソ垂れンジャーズの相手をしなきゃならないのかい!
ただでさえ厄介者のアルチナがいるってのに、これ以上のゴタゴタは御免だよ!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
アルチナの通り名が『ギルド潰しの凶魔女』?
かつてギルド間戦争を引き起こした張本人?
ちょっと待ちな!
そんなにヤベー奴だなんて聞いてないよ!?
不敵な笑みを浮かべながら妙な呪文を唱えるアルチナ!
そして始まったのは、なんと命懸けのNGワードゲーム!?
【第56話 ゴブリンガールはスマホを失くす!】
ぜってぇ見てくれよな!




