第54話 ゴブリンガールはリンチされる!
「もうやめにしましょう。話をさせてください」
「ふざけるんじゃねえ……! この俺をコケにしやがってぇ!」
この男はアタイらを低レベルだと散々馬鹿にしてきたんだよ?
そもそもハイベンジャーズという敵ギルドの一味だしね!
説得しようにも素直に応じるはずがないじゃないか!
想像通り、激昂したタジはシブ夫に向けて風魔法を詠唱した。
「その爽やかな顔を切り傷だらけにしてやる! 行け! 『カーフウィンド』!」
……だが、辺りにはつむじ風どころかささやかなそよ風すらも吹かない。
「クソ……! MP不足かよ!?」
「闇雲に燃費の悪いスキルを使い過ぎましたね。もう技を発動できるほどのスタミナは残っていないでしょう」
シブ夫は無防備にもタジへ向けてスタスタと歩み寄る。
タジは往生際悪く剣で切りかかろうとしたが、シブ夫がその腕をガシリと掴んで止めた。
「あなたは僕より強いです」
「……はあ!?」
「レベルも、スキルも、経験の数だってずっと豊富だ。敵うはずなんてありませんよ」
「ならどうして、お前に勝てないんだ!」
「もう自分でもわかっているはずです」
――――シブ夫はタジとの戦いを通して理解していた。
杜撰なスタミナ管理で強力な大技スキルを連打するだけのゴリ押し戦法。
主に使う2種類のスキルも、組み合わせは悪くはないのに相互干渉で力を引き出しきれていない。
シブ夫の習得したカウンター技に対しても、冷静になればいくらでも無力化する方法はあったはずだ。
だがアビリティの低さを理由にまともな対策を怠り、正面突破にこだわった。
タジの敗因。
それは刻々と変容する戦況において、緻密な分析と柔軟な対処とをおろそかに済ませたことだ。
しかし、シブ夫の目はさらにその背景に潜む諸悪の根源を見極めていた。
「すべての原因は他の誰でもない、あなたの属するギルド『ハイベンジャーズ』にあります」
「なんだって……?」
「絶対的に有利な状況で格下の相手ばかりを狙うという姑息な戦い方。それを組織ぐるみで強いることであなたの体に悪癖が染み込んだのです」
思い当たる節があったのだろう。
タジはショックを受け、その場にガクリと膝から崩れ落ちた。
「初めは順調だった……。でもいつの間にかクエストが難しくなって、周りの奴らに離されていって。このギルドに入ることでまた強くなった気になれた。俺は、強い勇者になりたかっただけなんだあ……!」
「成長の中で自分の限界を感じ、行き詰まることは誰しもが通る関門です。でもそこで弱った心に付け込まれ、堕落の道へと引きずり込まれてしまった。ハイベンジャーズはあなたを利用したんですよ」
「く……! 俺が間違ってたのかよぉ……!」
武器を捨て、四つん這いになって悔しがるタジ。
シブ夫はそんな彼の前にしゃがみ、肩にそっと手を置いて頷いた。
――――そして次の瞬間、タジの頬に強烈なワンパンを喰らわせた。
ドガッ!
「ぶべらぁ!?」
口から血反吐を出しながら吹き飛ぶタジ!
「ごぼえぇ……! えぇ……!?」
シブ夫はそれを見てニッコリとほほ笑んだ。
「目が覚めたでしょう? さあ、もう一度初心に戻っていちから出直しましょう」
「はっ……?」
「あなたは今よりずっと強くなれるはずですよ」
「いや、でも……。俺は稼いだスキルポイントを大技の強化に極振りしちまった。今さらスキル管理を見直すなんて手遅れだぜ」
「ならすべてのポイントをリセットすればいい」
「ジョブのリセットだと!? レベル1の駆け出し勇者に戻れってのかよ?」
「そうです」
シブ夫は自分の首に下げられているゴブリン宝玉の首飾りを外し、それをタジに掛けてやった。
「これがあれば実力を取り戻すのにさほどの時間は掛かりません。僕も付き合います。共に精進しましょう」
「お前……! こんなにひどいことをした俺に、どうしてここまで……!」
「同じ勇者じゃないですか」
そう言って優しく微笑むシブ夫。
キュン……!
もしアタイがあんなにあどけない笑顔で寄り添われたとしたら、悶絶の末に絶頂すること間違いなしだろう。
「……好き」
アタイは遠くからぼーっとシブ夫の横顔を見つめて、誰に言うでもなくボソリと呟いていた。
「おやおやおや」
「落ちちまってンだわ」
アタイの周囲に散らばっているジョニーとスラモンの破片がこちらを見上げながらほくそ笑んでいる。
クソどもが!
あんたたちは一生そこで転がってな!
しかし、これでやっと一件落着のようだね。
ゴブリン集落は無事に守られ、タジとは和解することができた。
他のハイベンジャーズの下っ端どもは尻尾巻いて逃げちまったようだ。
めでたしめでたしってやつだね!
――――だが、そこで予想だにしなかった急展開が訪れる。
「シブ夫……。いや、シブ夫くん!」
感動のあまりシブ夫の手を握りしめるタジ。
「キミはなんてイイ奴なんだ……! 好き……!」
……んん!?
オイ今なんか不穏な言葉を口走らなかったかこいつ?
タジはガバリと起き上がると、そのままシブ夫を押し倒さんとばかりに詰め寄る。
「俺は今の今までキミほどの思いやりに溢れた聖人を見たことがねえ! おまけにイケメンだし!」
「そ、そうですか? ありがとう……」
「俺の心にはキミに対して尊敬や友情以上の言い表せない激情が渦巻いている! 自分自身でも戸惑っているが、どうかこの想いを受け取ってほしいんだ!」
「はあ……」
ちょっと待ちな!
ボーイズがラブな感じの危険な香りが発散されているよ!?
「ちぇあーっ!」
緊急性を感じ取ったアタイは勢いのままタジの横っ面に飛び蹴りを喰らわせる!
バキッ!
「ぐはあっ! 何しやがんだゴブリン女!」
「ゴブ子さん!? 落ち着いてください。もう戦いは終わったんですよ」
「シブ夫! 騙されんじゃないよ! この男は危険だ!」
いろんな意味でね!
アタイはシブ夫の腰にぶら下がっている鞘から剣を引き抜いてタジに突き付ける!
「こいつはこの場で首をはねておく! でないと後々厄介なことになるよ!」
「バーサーカーかよ! シブ夫くん助けて!」
「やめてくださいゴブ子さん!」
ギャーギャーともみ合うアタイたち。
すると、遠くから何台もの馬車が駆け付ける音がした。
そちらを見やると、村の入り口からゾロゾロとドワーフの男たちが流れ込んでくる。
どうやらギャング団『ショートレッグス』の連中らしい。
群れの中にはドンフーやヤンフェの姿もあった。
「皆さん無事でやんすか? 間に合ったみたいでやんすねぇ!」
「村が襲われてるって聞いて飛んできたんだぜ」
「へへ。残念だが間に合ってはいないぜ。もう全部解決した後だからよお」
「一足遅かったンだわ」
ヤンフェとドンフーは地面に転がっているバラバラ状態のジョニーとスラモンに気付き、憐れむ視線を向けた。
「こいつらを救うことに関しては、たしかに間に合わなかったみたいだな……」
アタイは得意げになって二人を出迎えた。
「ハイベンジャーズのクソ垂れどもはアタイが追い払ってやったよ。ザマア見ろってんだ。それにしてもあんたたちが加勢に来てくれるなんて驚いたね。仲間想いなところもあるじゃないか」
「なに言ってんだよ。来たのはお前のためじゃなく金のためだ」
「担保にしてる村がめちゃくちゃにされちゃあ契約不履行になっちまうでやんすからね」
ゲッ!
馬鹿、そこの部分は黙ってな!
「担保? 契約? なんの話じゃ……?」
いつの間にか背後に村長が立っている。
いや、村長だけでなく集落の全ゴブリンもだ。
ご丁寧にさっきの戦闘で装備していたこん棒を手にしたまま……。
気のせいかな。殺意がひしひしと感じられるよ?
「あれれ? ヘンでやんすね。エルフ銀行で契約を交わした時には、集落の土地と住民を担保に掛けることについて村長は承諾済みと言っていたはずでやんすが? それで得たクレカを使ってガチャに廃課金して、膨大な借金を負ったこともすでに説明済みではないんでやんすか?」
このクソエルフ……!
不自然なほどの説明口調ですべてを包み隠さずバラしやがったね!
「やはりこんなことだろうと思ったわい! 皆の衆! この裏切り者をしばき倒すのじゃ!」
アタイはゴブリンたちにリンチされた。
「ギャアー! 助けてー!」
「ゴブ子さん、久々にみんなと戯れられて楽しそうですね」
「そんなことよりシブ夫くん。このまま二人でフケないかい? 近場に夜景の美しいロケーションがあるんだ……」
「どうでもいいけどよおー! 俺の骨は誰が回収してくれんのかな!?」
「筋肉たちが超回復を求めてンだわ」
結局こんな感じになっちゃうのね!
もうメチャクチャだよ! トホホ!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
シブ夫と合流してゴブリンガールの物語は大きく動き出す!
どうやらここからはアタイたち2人のラブロマンスが主軸になるみたい!
と思いきや、このクソホモ排便勇者タジはどこまでも恋路を邪魔してきやがる!
クソが! 唾でも吐き捨ててやりたい気分だよ!
――――そんな賑やかなアタイたち一行の前に、災厄の火種とともに新たなキャラが飛来する。
メインクエスト【スマホを失くす】編、始まるよッ!
【第55話 ゴブリンガールは唾を飛ばす!】
ぜってぇ見てくれよな!




