第53話 ゴブリンガールは倒される!
大きく開いた胸の切り傷からボタボタと血が流れ落ちる。
その程度を把握しながら、シブ夫はあと何発の攻撃を受けられるか計算していた。
シブ夫には不可解なことがあった。
これまで対峙したタジの戦術から鑑みるに、双剣を用いた物理攻撃はあくまで敵の動きを封じる補助的なもの。
メインとなる攻撃は風属性の斬撃魔法であるようだ。
だからこそ、ここぞという場面まで魔法を出し惜しみしていたのだろう。
しかし、それにしてはカマイタチによるダメージが火力不足に感じられる。
おそらく、本来は魔法スキルの方こそ敵を攪乱する用途のもの。
逆に攻撃性に特化した双剣技の方が、詠唱の邪魔を受けて元々のダメージ値を稼げていないようだ。
物理スキルと魔法スキルが干渉し合っている……。
それがタジの勇者としての成長を制限させている要因なのかもしれない。
だが、それに気付いたところで無意味なことだった。
「風の刃は10発ほど、だが剣の方は1~2発が限度か……」
それが今のシブ夫の体が耐えられるだろう被ダメージ量。
だが、やり方次第では十数分は時間を稼げるだろう。
「ゴブ子さん。行ってください。一人でも多くのゴブリンを遠くへ」
「バカ言ってんじゃないよシブ夫!」
アタイの目には涙が溜まっていた。
「せっかく転生したんだろ!? なのにこんなに早く終わらせちまっていいのかよ!」
「……ニートだった僕には何もありませんでした。ほんの少し勇気を出すだけでいくらでも状況を変えられたはずでした。なのに、病に倒れた母を前にしても何ひとつ満足にできなかった。何ひとつもです」
「シブ夫……!」
「ここで過ごした数か月で、少しばかりでも自信を持つことができました。こんな僕でも誰かの役に立てるということを証明させてほしいんです。わかってください」
「そんなこと、わかるわけないだろ!」
そこで戦いを見守っていたカスタムジョニーとマッスルスラモンが立ち上がった。
「シブ夫! お前の男気に付き合うぜ! 行くぞスラモン!」
「ンだわ!」
ジョニーとスラモンは二手に分かれ、挟み撃ちの形になってタジに飛び掛かった。
相手はレベル50越えの勇者。
無謀は百も承知だろう。
それでも、少しでもシブ夫が体勢を立て直す猶予を作ろうとしたのだ。
だが十分に接近する前に呪文を唱えられてしまう。
「無駄無駄あ!」
2人の足元に旋風が生じ、それは無数の刃状へと変形して飛び交う。
「ふえ~!」
ジョニーとスラモンはバラバラになって地面に転がった。
「これ以上はやらせません!」
シブ夫が剣で切りかかるが、タジはその数倍の手数で押し返す。
次々とシブ夫の体に生傷が刻まれていく。
「……もうこんなのはたくさんだよ!」
アタイはガチャで出た唯一のレベル20越えの武器、『バールのようなもの』を手に握りしめた。
「村長。悪いが止めても無駄だよ。奇しくもここはアタイの故郷。この土地でくたばれるんなら本望だよ!」
「マヌケを抜かすなゴブ子よ。お前一人ではない。ここにいるゴブリン全員が同じ想いじゃ」
「村長……! あんたたち……!」
総勢数十人のゴブリンたちが集まり、こん棒を手に雄叫びを上げる。
「ふん……! 盛大な負け戦にしようじゃないのさ! 行くよあんたたち!」
アタイたちは武器を振り回しながらシブ夫の加勢のために走り出す!
その壮観を目の当たりにして思わず怯むタジ。
「い、いくら束でかかってきても無駄だ! 一人残らず俺の魔法の餌食にしてやる!」
タジは詠唱のために慌ただしく口元を動かした。
――――このときシブ夫はダメージによる貧血と極限の集中状態にあったため、背後に迫るゴブリンの大群の歓声が耳に入っていなかった。
だからタジの取った挙動を自分への攻撃動作だと思い込み、間合いを確保するために地を蹴って後ろへと飛び退いた。
……そして運悪く、すぐ後ろまで来ていたアタイに激突した。
ドゴオッ!
「ぐえっ……!?」
当たりどころが悪く、シブ夫の剣の柄がアタイのみぞおちにクリティカルヒットした。
アタイはお腹を押さえてヨロヨロとその場にへたり込む。
「え? ゴブ子さん、大丈夫ですか!?」
「いてぇ……」
――――そのとき、どこからともなくファンファーレが鳴り響いた。
パンパカパーン!
【シブ夫はゴブリンを倒した! 獲得したEXPによってレベル32にアップした!】
えっ……?
今のって倒したことにカウントされんの?
シブ夫が装備している『ゴブリンの宝玉』の効果で多めの経験値が入ったらしいね。
レベルアップおめでとう。
なんか複雑な気分だけど。
ファンファーレはなおも続く。
【アビリティポイントを獲得した! 新たなスキルを習得可能!】
新たなスキルだって……!?
「僕の使える技が増える……?」
「シブ夫、必殺技だ! やったれ!」
「へっ! どのみちレベル32の技だろう! 俺のスキルには敵わないぜぇ!」
シブ夫が攻撃を放つ間を与えないため、タジが猛接近を仕掛けた。
助走を付けながら2本の剣を振りかざしてシブ夫の体に叩き込もうとする。
ギイィィィン――――!
強烈な火花が散る。
視界が奪われ、その瞬間に何が起こったのかわからなかった。
気付くと攻撃を掛けたはずのタジが吹き飛ばされて倒れていた。
「クソ……! なんだってんだよ!?」
~ブロードカット(アビリティレベル18)~
剣術闘勇士の習得する防御・カウンター戦技。
攻撃が当たる直前のタイミングで剣で弾くことにより、少量のダメージと共に相手の態勢を崩す。
レベルの上昇に合わせてタイミングの判定範囲が広がる。
「カウンター技……?」
アタイは混乱した。
どうしてレベル32に上がったってのに、それ相当の強力な攻撃技じゃなく、あえて低いレベルのアビリティを習得したんだい?
その疑問を抱いたのはタジも同じだったようだ。
「お前、なめてんのか! そんなショボいスキルなんかにポイントを振りやがって! 今の状況がわかってねーだろ!?」
タジは負けじと起き上がり、再びシブ夫に突進する。
今度は単発攻撃ではなくスキルを使った連続攻撃だ。
ギンギンギンギン、ギイン!
「なに!? うわっ!」
シブ夫は繰り出される斬撃のすべてを正確に止めきり、最後にバランスを崩したタジの体を蹴り飛ばした。
「100パーセントの精度でカウンタースキルを発動させている……! 覚えたての技を完璧に使いこなしてるってのかよ!」
「あなたの攻撃パターンは単調な大技の連発。タイミングを見計らうのは難しいことではありません。それにずっと剣を交え続けていましたから、すでに感覚を体が覚えてしまっています」
やだ……!
この子、戦いの中で成長してる……!
想像してたド派手な反撃とは違うけど、それなりに形勢逆転が始まったみたいだね!
「ようしシブ夫! この流れに乗って畳みかけな! そいつをズタボロにしておしまい!」
――――だが、そこで想定外のことが起こった。
あろうことかシブ夫は剣を一振りすると腰に下げている鞘に納めてしまったのだ。
「何やってんだよシブ夫! まだ戦いは終わってないよ!?」
「もうやめにしましょう」
ハア?
「双剣使いのタジ。僕に話をさせてもらえませんか」
「なんだとぉ……!?」
いやいやいや……!
ええ?
出血多量で正気じゃなくなっちゃったの? シブ夫!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
シブ夫の奴、まさか排便野郎を説得するつもりかい!?
いくら転生前がニートだからって、世間知らずで済む問題じゃないよこれは!
この荒廃した世紀末には殺るか殺られるかの二択しかないんだよ!
わかったらさっさと首を切り落としちまいな!
と思ったら、馬車の大群が押し寄せる音が聞こえてくるよ……。
モタモタしたせいで敵の増援が来たんじゃないだろうね!?
【第54話 ゴブリンガールはリンチされる!】
ぜってぇ見てくれよな!




