第52話 ゴブリンガールは固唾を飲む!
「カッコイイ登場の仕方してくれやがって! まさかゴブリンどもを扇動してたのが他の勇者だったなんてな。どういうつもりだよ」
タジはジロジロとシブ夫を眺め回す。
「冒険を始めてからこのかた初期フィールドの外へ出てもいないどころか、そこに居つくゴブリンに肩入れするというトチ狂いっぷり。意味不明すぎて思考回路が渋滞しちまうぜ。おまけにイケメンときやがった」
イケメンは関係あるのか……?
「やいお前! 今のレベルはいくつなんだ?」
「あなたよりもずっと低いことは確かですよ」
「だろうな。すでに俺はレベル50越え。お前がお目に掛かったこともない凶悪なスキルを山ほど会得してるんだぜぇ。それがわかってて歯向かうつもりかよ?」
「承知しています。それでも抗うこともせずに屈するくらいなら、僕は滑稽に死ぬ方を選びます」
「はあ~!?」
タジは眉をひそめて目を見開く。
あからさまにイラついているようだ。
「まるで主人公みたいな物言いしてくれちゃって! 俺らはさあ、善意でモンスター退治をしてやろうって言ってんの! どうしてこっちが悪者扱いなんだよ!?」
タジは2本の剣を逆手に構え、軽いフットワークで息をつく間もなくシブ夫との間合いを詰めた。
「俺は昔っからイケメンが大嫌いなんだよ! お前みたいな色男は痛い目に遭わないとなあ!」
どうやらタジの見せる刺々しい戦意には個人的な嫉妬心もいくらか上乗せされているらしい。
「喰らえ! 『ツインワール』!」
~ツインワール(アビリティレベル39)~
剣術闘勇士の習得する攻撃戦技。
2本の剣を回転させながら隙なく振り回す連続攻撃。
レベルの上昇に合わせて攻撃手数が増加する。
仰々しく技名を叫びながら、タジは目にもとまらぬ速度の剣技を披露する。
次々と繰り出される斬撃を一心に受け止め続けるシブ夫。
「くっ……!」
これがもし攻撃力や敏速性が同等の相手だったならば、防御の中で反撃の機を見出すこともできたかもしれない。
だがシブ夫にとってこの相手はあらゆる戦闘値が大幅に上回っていた。
「オラオラ! どうした色男!」
「……今の僕では、いなすだけで精一杯か!」
これを格闘ゲームに例えるとするなら、タジは闇雲に必殺コマンドを連打しているだけの状況だ。
ナンセンスな戦い方であることに違いないのだが、その一打一打のすべてがシブ夫にとっては強烈なパワーを誇る。
仮に受け止め方を間違えば致命傷を負いかねない。
だが逆の視点で見ると、必死級の応酬を浴びながらギリギリで被ダメージをかいくぐり続けているシブ夫の動きは神がかっていると言えた。
(こいつの感性はずば抜けている……!)
タジは密かに驚愕していた。
言うなればステータス情報からは推し量ることのできない、戦士としての適性。
自分よりはるかに格下のはずのこの男が、それを備えている?
「一連撃で終わるはずだった! 低レベルのクセに俺様の技を受けて、なぜお前は平気なツラして立ってんだよ!?」
正確に言えばシブ夫は無事ではなかった。
切り傷こそ受けてはいないものの、強打を耐え続けて腕や足腰は悲鳴を上げている。
それはレベルの差による、埋めることのできない力量の違いだ。
「おそらく僕の攻撃で与えられるダメージは微々たるもの。むしろ迂闊に手を出すことで生じる隙を突かれれば、こちらの一発KOに繋がるリスクが高い……」
シブ夫とてレベルは30を超えている。
剣士ジョブとしての攻撃スキルをいくつか習得してもいた。
だがそのどれもが戦局を打破するほどの有効性を持たず、逆に悪手となり得る危険性があることを承知していたのだ。
この状況において、シブ夫は形勢を覆すためのビジョンが一切見えてこないという事実をひしひしと感じ取っていた。
僕ではこの相手を倒せない……。
それを認めるのは絶望に値する行為だったが、しかしシブ夫は悲観に囚われたわけではない。
戦闘者としての冷静な分析をしたのだ。
「お前みたいなひたむきな駆け出し勇者を見るとイライラしてくるんだ! 数値は絶対じゃないにしたって、大体の物事は覆らねえ! 高レベルが低レベルを倒すのは必然だろ!」
「その理屈が通るならば、あなたはこんな後ろ向きなギルドに入ってなどいないでしょう」
「なにい!?」
「レベルやスキルだけでは乗り越えられない壁があったから挫折した。ですがその逆に、努力と機転で覆せるものだってあるはずです。それを信じることをやめたあなたに勇者を名乗る資格などありませんよ」
「……マジでイライラさせやがる! いちいちカッコイイセリフばかりほざきやがって! 主人公気取りかよ、貴様ぁー!」
シブ夫の持論がタジの怒りに火を注いだのは明らかだった。
タジは再び回転戦技『ツインワール』を繰り出しながらシブ夫に迫る。
「お前を倒せば俺の方がイケてるってことだ! さっさと俺にやられちまえ!」
再び両者のあいだに激しい攻防が繰り広げられる。
だが今回はそれだけではなかった。
止まらぬ剣技を放ちながら、なんとタジは同時に呪文を唱えたのだ。
しまった、魔法攻撃――――!?
シブ夫は戦闘における禁忌を犯したことを悟った。
魔法攻撃の一番厄介なところは、それがどのような効果や型を持つものかを初手で予測するのが難しいことである。
だからこそ情報不足の相手と戦う場合、常に出方を伺いながら立ち回りを決めていく必要がある。
だがシブ夫は格上の相手との戦闘に四苦八苦し、知らず知らずの内に視野を狭めてしまっていた。
決して油断があったわけではない。
それでもこの窮地を招いたのは、ひとえに対人戦での絶対的な経験不足に依るものだった。
タジの詠唱によって2人を取り囲むようにつむじ風が巻き起こる。
それはやがて三日月状の風の刃を無数に形作り、カマイタチとなってシブ夫の背面に襲い掛かった。
~カーフウィンド(アビリティレベル44)~
風術魔勇士の習得する風属性の攻撃魔法。
鋭い刃状の旋風を巻き起こし、対象者を全方位から切り付ける。
バシバシバシッ!
「ぐうっ……!?」
風刃はシブ夫の背中から太ももにかけていくつもの裂傷を作った。
幸いにして、大仰な見た目に反して付けられた傷はどれも浅い。
だが問題なのは、この攻撃を受けたことでシブ夫の態勢がわずかに崩れてしまったことだ。
この隙をタジが見逃すはずもなく、無情にも剣による斬撃を胸に受けてしまった。
ビッと血しぶきを散らしながら、シブ夫は後退して距離を取る。
「……俺はただの双剣使いじゃあない。闘勇士と魔勇士の二刀流でもあるんだぜぇ!」
「シブ夫!」
これまで固唾を飲んで見守っていたアタイだったが、さすがに声を上げずにはいられなくなった。
思わずシブ夫に駆け寄ろうとするが、それを彼が手で制す。
「……致命傷ではありません。まだ動けます」
「ハハ! 動けるからなんだってんだよ! もうお前に勝機はないぜぇ、イケメン野郎!」
この絶望的な状況にいながら、未だにシブ夫は冷静さを失っていなかった。
でもアタイにはわかった。
もうその瞳からは、夜明け前に話したときに感じた温かみがすっかり消えてしまっていることに。
「ゴブ子さん」
「えっ……?」
「残念ですが僕たちの負けです。仲間を引き連れて今すぐここから脱出してください」
そう言って、シブ夫は静かに剣を構え直す。
「僕が命に代えて時間を稼ぎます。行ってください」
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
ふざけんじゃないよ!
ただシリアスバトルやってるだけじゃないのさ!
ギャグを入れなギャグを!
【第53話 ゴブリンガールは倒される!】
ぜってぇ見てくれよな!




