第51話 ゴブリンガールは恋をする!
夜明けまであと数時間……。
村長の家に籠城しているアタイたちは見張り組と仮眠組の半々に分かれていた。
アタイは仮眠組だったが、どうにも寝付けなくてそっと布団を抜け出した。
階段を昇って二階の部屋に入ると、窓際で一人見張りに徹するシブ夫がいた。
シブ夫はアタイの気配にいち早く気付き、静かに手招きした。
「ゴブ子さん。姿勢を低く。窓に頭を出すと弓か魔法の狙撃を受けるかもしれません」
アタイはそそくさとシブ夫の隣へ座った。
なんだかこいつの側にいると不思議と息が上がっちまうね。
体もソワソワして落ち着かないし。
やっぱり何か変な魔法を使ってやがるだろ!
「ゴブ子さん。こんな状況ですが、改めてお礼を言わせてください。……本当は、もっと修行を積んで一人前の勇者になってからあなたを追う旅に出るつもりだったんです」
前々から疑問だったが、こいつはなぜアタイを慕ってるんだろう。
拷問したり、スマホを奪ったり、ゴブリンだらけの村に置き去りにしたりはしたけど、感謝されるようなことはひとつもした覚えがない。
「あなたと出会った時の僕は奢っていたんです。前にいた世界では無力のならず者だったけど、ここへは勇者として転生した。きっと大きなことを成し遂げられるはずだ。そう根拠もなく思い込んでいたんです。そんなふうに調子づいていた僕の目をあなたが覚まさせてくれましたね」
ん~……。
これはまいったね。
すげえ美化されてるみたいだよ……。
「あなたがスマホを取り上げてくれなければ、きっと僕は道具に頼りきり、困難に向き合うこともなく過ごしていたと思います。コツコツと地道にレベルを積み上げていくことで実感できたんです。自分の力を信じてやることの大切さってものを」
……やめろやめろ!
なんか聞いてて胸が痛くなってくんだよ!
こいつの純真な言葉がアタイの心をめった刺しにしてくるようだね!
アタイは後ろめたさを振り払うように、強引に話題を変えた。
「転生したってことは前の世界で死んだワケだろ? 死因は?」
「つまらない話ですよ。小学生の頃にひどいイジメを受けて、不登校からずるずるとニートになりました。でも女手一つで僕を育ててくれた母が死の病に倒れてしまって」
「………」
「現状を変えなければと、居ても立ってもいられなくなり家を飛び出しました。でも数年ぶりに見た外の景色は大きく変わっていた。僕は新しくできた信号機に気付かずフラフラと道路に出てしまい、トラックに撥ねられたんです」
シブ夫は視線を伏せて力なく笑う。
「何もできずじまいの前世でした。本当に笑い話ですよ。今となってはね」
「そんなことないよ。さぞ辛かっただろうね……」
「同情してくださるんですか。あなたはゴブリンだというのに、心の澄み切った方なんですね」
シブ夫はそっとアタイの手の甲に自分の手のひらを重ねる。
キュン……!
アタイは全身がもじもじして仕方なくなり、それは貧乏ゆすりに変わって、ついには耐え切れずに勢いよく立ち上がった。
「だから妙な魔法を使うなっつってんだろ!」
「はい? 何の話ですか?」
「もういいよ! 数時間後にはクソ垂れンジャーズとの決戦だ! 気合入れとけよ新米!」
アタイはドスドスと音を響かせながらその場を後にした。
なんだいなんだい!
この胸がつかえるような苦しさと切なさは!
それでいて自然と心が躍り出し、目の前のすべてが輝いて見えるようなこの素晴らしい感情は!?
「恋だな」
ふと前方を見ると、腕組みをして柱に寄り掛かっているカスタムジョニーとマッスルスラモンがいた。
「落ちちまったンだわ」
「恋のラビリンスになあ」
「ああん? これが恋心だってのかい!?」
キュン!
……バカな、このアタイがシブ夫に恋をした!?
「ククク。こいついっぱしの乙女の顔をしてやがるぜ」
「傑作なンだわ」
「あんたたち、からかうのも大概にしなッ!」
「おやおや、そんな口利いていいのかい? 今やお前の最大級の弱みを握ったも同然なんだぜ」
「頭が高いンだわ」
「くっ……!」
アタイは握りこぶしをワナワナと震わせる。
「とりあえず、ピク美の店のトイレ掃除の当番代わってくれや。一週間分な」
「今後も散々パシリにしてやるンだわ」
二人はほくそ笑んで部屋の奥へと消えていく。
……クソ太郎がぁーっ!
~そして夜が明けて~
朝日が顔を覗かせるのと同時に、クソ垂れンジャーズの男たちが続々と姿を現した。
村長の家の前に集まり、その中からリーダーと思しき一人が声を張り上げる。
「ようようお前たち! 俺の名前は双剣使いのタジ! いつまでも立てこもっていられると思わないだろ! 潔く降伏したらどうなんだ!」
タジと名乗るのは側頭部を短く刈り上げた、やたらギョロギョロと目つきの悪い男だ。
言葉の通り、両手に一本ずつ刀身の短い剣を持っている。
「観念してくんねえかな!? あんまり手こずってると幹部の増援が来ちまうぞ! お前たちが困るのはもちろん、俺だって大目玉喰らっちゃうんだよ! ね、助け合いと思って出て来いよ!」
タジの呼びかけにシブ夫が返事をする。
「村を明け渡すことはできません。金稼ぎの手段なら他にもあるはずです。ここに執着せずに見逃してはもらえませんか」
「はあ~! 話の通じない奴だね! こっちは組織で動いてんの! ギルドだからね! お偉いさんの指示は絶対なの!」
タジは舌打ちすると部下たちに目配せをする。
男たちは各々の武器を構えた。
「やんなっちゃうね。言ってもわからない奴には強引にわからせてやるしかないかなあ!?」
どうやら全面衝突は避けられないみたいだね。
タジの合図に合わせて敵勢から一斉に投石や衝撃波の魔法が放たれる。
それらは次々と村長家の外壁にぶつかって大きな振動を起こした。
この調子じゃ長くはもたないよ!
「やむを得ませんね。皆さん、準備は良いですか?」
シブ夫の問いかけにアタイたちは無言で頷く。
やるとなったら容赦はしない所存だよ。
「コーラ手榴弾、かまえーっ!」
シブ夫の号令を受け、ゴブリンたちは手元のコーラ缶のプルタブを引く。
そして飲み口をラップで覆うと懸命に上下に振りまくる。
「はなてーっ!」
続く号令で皆が同時にコーラ缶を投げ飛ばしていく。
無数の缶が空を飛び、それらは地面に落ちた衝撃ですさまじい圧の炭酸を噴き出しながら爆裂していった。
ドオォン! ドオォン!
「うぎゃあああ!?」
周囲の土と一緒に吹き飛ばされていく男たち!
まるで戦争映画を観ているかのような臨場感だね!
「なんだ!? 奴らは爆弾でも隠し持ってたのか!」
クソ垂れンジャーズはたちまちの内に混乱状態に陥る。
「今だ! とつげきーっ!」
さらなるシブ夫の号令で、カスタムジョニーとマッスルスラモンを筆頭にこん棒で武装したゴブリンたちが勢いよく雪崩れ出す!
「こいつら、レベル2のクセに!?」
「オラオラ! ただのレベル2にひれ伏せってんだよ勇者野郎!」
ジョニーはコーラで並々満たされたペットボトルを集団に向けて構え、メントスを投入した。
瞬時に物理反応を起こして真っ白な泡が湧き立ち、ボトルから勢いよくバブル砲が噴射される。
ブワアアアアアッ!
「オーマイガッ!」
直撃を受けて一度に2~3人の男たちが空に打ち上げられ、そのまま30メートルくらい飛んで瓦礫の中に落ちていった。
「バブルジョニー砲、第二射充填開始!」
ジョニーはボトルに取り付けられたコーラ缶を外して投げ捨て、リロード分の新たな缶を装着する。
一方スラモンは肉厚なボディをタプタプ揺らしながら男たちを追いかけ回していた。
「フン!」
渾身のマッスルポーズをキメて、はち切れんばかりの三角筋を見せつける。
そして自分自身に向けて声援を送り始めた。
「よっ! ナイスマッスル! 肩にちっちゃい重機乗せてんのかい!」
「……なんだコイツ! きめえ!」
「健康的な肉体は健やかな精神を育むンだわ! わかったか!」
「ひぃ~……!」
戦場は乱れきっていた。
その中でギルドの形勢を立て直そうと必死に声を張り上げている者がいた。
この一団のまとめ役を務めるタジだ。
「お前ら! 落ち着いて戦えって! レベルはこっちの方がはるかに上なんだぞぉ!」
タジは舌打ちをすると、最前線でバブル砲を振り回しているジョニーに狙いを定めた。
軽い身のこなしで一息に接近し、双剣を手早く振る。
するとジョニーが腰に括り付けていたリロード用のコーラ缶がひとつ残らず切断されてしまった。
「しまった!?」
そこにスラモンの巨体が割って入る!
「好きにはさせないンだわ!」
だがタジは振り向きざまに一撃、二撃と双剣を打ち込んだ!
スラモンの片腕が二等分されて宙に舞う!
「ああっ! 俺の美しい上腕三頭筋が……!」
「ふん! やっぱりただの見かけ倒しだったじゃねえかよ!」
タジは二つの剣を逆手に握り直して、ジョニーとスラモンの両者に一遍にトドメを刺そうと振り上げた。
キイィィィン!
……それを止めたのは加勢に現れたシブ夫の素早い太刀。
「ジョニーさん、スラモンさん! 退いてください! ここは僕が!」
――――ついに勇者VS勇者の熱いバトルが始まる!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
改造されたジョニーとスラモンは初めこそ勢いはあったものの、やっぱりマジモンの勇者の前には手も足も出ないね!
こうなったらこの先の戦いはシブ夫に託すしかないよ!
だけど、このタジって野郎はシブ夫よりずっとレベルが高いじゃないか!
考えなしに強スキルを連発してきやがるし、おまけにイケメン嫌いのようだよ?
シブ夫! お願い、負けないで!
【第52話 ゴブリンガールは固唾を飲む!】
ぜってぇ見てくれよな!




