第50話 ゴブリンガールは胸キュンする!
転生勇者シブ夫の外見はかつて出会った時とは大きく様変わりしていた。
病的なまでに猫背だった背筋はシャンと伸び、堂々と余裕に満ちた佇まいだ。
そして顔の面積の半分を覆っていたメガネは外され、優し気で端正な顔立ちを見せている。
陰気臭く思えたボサボサのくせっ毛も、この顔とセットだと可愛らしい無造作ヘアーに見えてくるから不思議だ。
しばらくの間にこいつに何があったってんだい!?
「この村で皆さんの雑用を手伝っていたら、いつの間にかニート時代の不健康な生活習慣が改善されました。体力が付いて姿勢も正され、おまけに視力まで回復してしまったんです」
「視力まで!」
「この前の戦いぶりも見事なもんだったンだわ」
「ちなみに今のレベルはいくつなんだ?」
「31です」
レベル31!?
探索レベル2のゴブリン集落にいて、どこからそれだけのEXPを集めたってんだい!
「おそらくワシが与えた特別な首飾りの効果じゃろう」
村長はシブ夫の首に掛かっている淡いエメラルドの宝石飾りを指差した。
~ゴブリンの宝玉(使用推奨レベル―)~
ゴブリン集落に古くから伝わる秘蔵品。
装備するだけで通常の数倍~十数倍のEXPを得ることができる。
使用者のレベルが低いほどその恩恵は強まる。
※ゴブリン集落に5日以上滞在し、その間にゴブリンの依頼クエストを3回以上達成するという条件下で入手可能なチートアイテム。
「とんでもねえバランス崩壊アイテムだな!」
「いわゆる初心者ブースト系のお助けグッズなンだわ」
「やい村長! こんなお宝をずっと出し惜しみしてたとはね!」
「そうではない。ワシもシブ夫に託したことで初めて判明した効果だったんじゃ。なにせワシらは固定レベル2だし、この宝を譲るほど親しくなった人間もいなかったからのう」
普通の新米勇者なら、はじまりの村を出てすぐに遭遇するゴブリンには腕試しに攻撃を仕掛けたくなるもの。
まさかゴブリンと共同生活をしようなんてイレギュラーな勇者はシブ夫が史上初めてだったようだね。
「僕がこうしてたくましく成長することができたのも、あのとき厳しく接してくれたゴブ子さんのおかげです。こうしてまたお会いすることができて光栄です」
シブ夫はアタイの手を取ると包み込むようにしてぎゅっと握りしめる。
キュン……!
途端にアタイは動悸が激しくなり、呼吸困難で頭がフラフラしてくる。
シブ夫のキラキラとした瞳に見つめられるとほだされたように顔が熱くなるのがわかった。
「やいシブ夫! あんたはどんな魔法ジョブを選択したんだい! さっきからアタイに掛けてる妙な魔術を解除しな!」
「さあ、何の話でしょう。僕のジョブは剣術闘勇士ですよ」
ああん?
適当なことほざきやがって!
「積もる話もあるだろうが、そこらへんで止めておけ。今は一刻を争う事態じゃぞ。外にはハイベンジャーズの勇者たちが居座ってこちらを攻め込む機会を伺っておる」
「そうですね。状況はひっ迫しています。まずは情報を整理しましょう」
アタイたちはぞろぞろと村長宅の大広間へ移動する。
中央のテーブルに広げられた集落の見取り図に、シブ夫が偵察で得た敵の配置を書き足していく。
「……彼らは僕たちが籠城してまで抵抗するとは予想していなかったのでしょう。長期戦を見越した物資は準備していないようでした」
「なら短期で決着を付けにくるじゃろうな」
「じきに日が暮れますので、おそらく夜明けを待って強行突破に踏み切るでしょう」
「ならそれまでにさっきの下水を通って逃げちまうってのはどうだ?」
「十数世帯分のゴブリン全員を見つからずに逃がすことは難しい。それに村を奪われれば路頭に迷うことになります。ここは死守しなければなりません」
「徹底抗戦しかないってワケか……」
ゴブリンたちはとうに決意を固めていたようだ。
皆が木偶のこん棒(使用推奨レベル2)を握りしめて戦う意思を示している。
だがしかし、低レベルのアタイらがいくら束になっても勇者たちの前に一掃されちまうだろう。
「ええい。こうなったらまともな武器が排出されるまでガチャを回すよ!」
「だけどよゴブ子、借金が……」
「バカだねジョニー。この村を守り切れなきゃ担保を失うってことだ。返済どうこうの状況じゃなくなっちまうんだよ」
アタイの口走ったセリフに村長が怪訝な顔で反応する。
「む? 担保? 返済? なんの話じゃ」
「エッ……! べ、別に!」
「お前たち、どうやら借金を背負っているようじゃが、それがこの村と何の関係があるんじゃ?」
「いや~? 聞き間違いじゃないっすか。ほら村長、もうお年だから耳が、ね?」
マズイね!
アタイは誤魔化すためにいそいそとスマホを取り出して勢いよくタップした!
10連ガチャの10連発!
捨て身の出血大サービスだよ!
虹色に輝き出すスマホ。
そして排出されたアイテムは――――!
~排出アイテム一覧~
・バールのようなもの(レベル21)×1
・カッター(レベル15) ×2
・ホウ素(レベル13) ×5
・ダクトテープ(レベル5) ×8
・洗濯のり(レベル3) ×9
・ペットボトル(レベル3) ×3
・コーラ缶(レベル2) ×30
・サランラップ(レベル2) ×9
・ミントキャンディ(レベル2) ×15
・ボンド(レベル1) ×18
ご想像通り、ほとんどがレベル20以下のクズ品だった。
アタイは無言で頭を抱える。
「これがガチャの力ですか……」
シブ夫はしげしげと召喚されたガラクタを眺めている。
こいつが最初で最後に見たガチャはSSRの火炎放射器を引いたときだ。
あれは確定演出だったからね。
この惨状を見てさぞかしガッカリしたことだろう。
しかし、アタイの予想に反してシブ夫は明るい声を出した。
「これは面白い! 皆さん。いい案を思いつきましたよ」
シブ夫はゴブリンたちに指示を出して大きな桶とありったけのぬるま湯を用意させた。
すると桶の中に召喚アイテムの洗濯のりとホウ素をドバドバと投入していく。
「知っていますか? これらは偶然にもスライムの材料です。大量に生成してスラモンさんの体積を増大させましょう」
「お、俺をでかくするンだわ?」
出来上がったスライムをみんなで手分けしてペタペタとスラモンに付け足していく。
やがて成人男性ほどの大きさの人型スライムに進化した。
いつかの半透明人間の再現だね!
「サマになったじゃないか!」
「俺はこの格好好きじゃないンだわ」
「まだまだ作ったスライムは残ってるぞ。でもこれ以上背を伸ばしても安定せずに崩れちまうだろうな……」
「仕方ない。横に付け足していきましょう」
ペタペタペタ……。
ン……?
気付いたら筋骨隆々のボディビルダーが完成していた。
「フン!」
スラモンは得意げな顔でマッスルポーズを決める。
きめえぇぇえ!
「まあ……。戦意喪失を誘うような威圧感を出せれば良しとしましょう」
シブ夫は続いてカッターとダクトテープを使ってペットボトルに工作を始めた。
そして完成した物を手にし、ジョニーの前に立つ。
「ジョニーさん。ちょっとすみません」
「ん?」
ゴキッ!
シブ夫はジョニーの右肘から先の骨を取り外した。
「ギャアア!」
そのまま工作したペットボトルを肘関節に取り付ける。
「ジョニーさん。この容器の側面にある穴にコーラ缶をセットし、中を液体で充填してください。次に上面にある小さな穴にミントキャンディを落として封をします」
「するとどうなるんだ?」
「前方のボトルの口から強烈な炭酸水が噴き出します。それで付近の敵を一掃できるでしょう。ちなみにこの現象は僕の世界では『ミントスコーラ』と呼ばれていました」
さながら簡易的なバブル砲ってとこか?
「たかがコーラとキャンディでそんなに威力が出るのかね?」
「あなどってはいけませんよ。死者が出てもおかしくありません」
「どういう原理で泡が発生するんだい?」
「キャンディに含まれる成分が界面活性剤の働きをして、コーラ内の二酸化炭素を抑圧している水分子に……」
あーあー、もういい!
意味が難解すぎてブチギレそうだよ!
下手なことを聞くもんじゃないね!
とにかくこれでジョニーとスラモンの魔改造は完成したんだ。
あとは夜明けを待って迎撃戦に移るのみ。
さあハイベンジャーズのクソ垂れ勇者ども!
ザコモンスターの往生際の悪さってやつをとくと見せてやろうじゃないか!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
ゴブリン一族の存亡をかけた開戦の前夜だってのに、色恋にうつつを抜かすヒマはないよ!
それもあろうことか、このゴブ子様が新米勇者なんぞにね……!
だけどシブ夫は相変わらずアタイを崇敬してくるし、おまけに泣ける身の上話まで始めやがって!
アタイはお涙頂戴系に弱いんだよ、クソったれ!
そして始まる全面戦争!
新キャラの敵勇者が登場するよ!
【第51話 ゴブリンガールは恋をする!】
ぜってぇ見てくれよな!




