第39話 ゴブリンガールは追いかけっこする!
醜い妖婆の姿をしたバンシーは高笑いする。
「この泉にはつい最近まで正真正銘のウンディーネが暮らしていたのよ。でもあの女、村人の供え物がショボいとかの理由でこの土地を手放したの。その後釜に入ったのが私ってワケ。惜しいことしたわねえ。強壮剤を生み出すための天然水や調合材料がいくらでも揃う場所だってのに」
「やいバンシー! 腹黒いビジネスに手を染めんのは勝手だけど、ナワバリってもんを考えな! あんたのせいでギャングのシマが大荒れなんだよ!」
「短足のドワーフどもが喚こうが気にもならないねえ。あんたたちのように送り込まれてくるクエスト受注者だって片っ端から始末しちまえば問題ないんだ」
美しい姿に化けて訪問者を騙し、藪の中を動き回らせて弱ったところを仕留めるって戦法かい。
姑息な山姥にお似合いのやり口だよ!
「あんたたちの戦い方はしっかり拝見させてもらったよぉ。白装束の女。あんたは面白い道具を使うねえ?」
バンシーはネクロエイトグの死骸からビリっと御札を剥がし取る。
「封塞魔勇士といやあ普通は杖だかステッキだかの武器に印を刻むもの。だがあんたは紙切れを使う。出身地の習わしかい? 興味深いね」
バンシーの言葉を遮るようにミクノは新たな御札を飛ばした。
それはビタリとバンシーの肩に命中し、青白い光を帯びる。
バンシーの体は一瞬硬直したように見えた。
だが骨ばった指がゆっくりと御札に伸びて、それをいとも簡単に破り捨ててしまった。
「……この紙切れは枚数を多く持てるという利点はあるが、圧倒的にデメリットの方が大きい。書き込める印が小さく効果が弱い上、こうして簡単に破壊することができちまうからね」
「……私の『遅行の印』で動きを制限できるのはわずかに数秒。なるほど」
なに冷静に分析してんだい!
「こらミクノ! なにか他の手を考えなよ!」
「彼女の魔力は私のレベルを大幅に上回っています。まともにやり合えば敗北は必至」
「じゃあどんすんのさ!」
「逃げましょう」
……ハア!?
ミクノは言うが早いかヒラリと身を翻して走り出す。
マジか……!
一呼吸おいて、アタイもジョニーの頭を担いでその後を追った。
湿地を走り抜けて生い茂る藪の中に突っ込み、そのまま止まることなく逃げ続ける。
「敵に背を向けるなんて情けない奴だね! それでも勇者かい!」
「格上の相手に対策もなく挑もうなどとは愚の骨頂。それでも己の名誉のために勇戦の死を望むのならば、どうぞお好きに」
「とんでもねえ! 俺は逃げるに一票だぜ!」
背後からはバンシーのおぞましい笑い声が追ってくる!
ここは奴のフィールドだよ?
むやみやたらに逃げ回ったっていずれ追い付かれちまうだろう!
だけどミクノは正確に逃げ道を把握してるかのように、視界の悪い藪の中を躊躇なく突き進んでいく。
その足取りには一切の迷いが見られない。
「あんた、デタラメに走ってるワケじゃなさそうだね。もしや脱出路がわかるのかい?」
「いいえ」
「じゃあアタイらはどこに向かってんのさ?」
「どこにも。一周回って再び先の湿地に戻ります」
なんなんだよこいつは(泣)
何考えてんだかわからない系女子かよ!
そうこうしてると藪道を抜け出て視界が開けた。
霧が立ち込めるカエルの湿地へ逆戻りしたってワケだ!
「はあ、はあ……! もうダメ……!」
抱えていたジョニーの頭を放り、アタイは両手を膝に付いた。
「おいゴブ子! 肺より足を動かさないと捕まって殺されるぞ!」
「うるさいね! あんたを背負ってる分疲弊してんだろ! んなこと言うならここに置いてくよ!」
「見捨てるってのか? この薄情者ォ!」
「自分が足手まといになったせいで友達まで死んでもいいってのかい! あんたこそ薄情者だよォ!」
追いつめられると本性が出るっていうのは真理のようだね。
口汚く互いを罵り合うアタイたち。
「初めからショベルカーを持ってきときゃ良かったんだぜ! 下手にドンフーの暗殺なんかに欲を出すから!」
「ジョニーだって二つ返事で賛成したくせに!」
「もう嫌だ!」
「アタイだってやだもん!」
ワンワンと泣き出すアタイとジョニーの頭蓋骨。
それを見てミクノがボソリと呟いた。
「なんと醜い……」
アァ!?
黙ってろや役立たずのスピリチュアル女!
「――――ふふふ! あんたたち、そろそろ追いかけっこは終わりにしようか」
ついにバンシーが不気味な笑みを浮かべながら藪の中から現れる。
お出ましだね!
ホラー映画さながらの絶望感に膝が震えちまうよ!
「破ッ!」
ミクノが再び御札を飛ばすが、バンシーの細長い指がそれらを払う!
しかし、さっきと比べてやけに動きが鈍っているように見えた。
「ぜえ、ぜえ……! どうしたことだい? ほんのちょっと駆け回っただけなのに、こうも息が切れるなんて……」
様子がおかしい。
バンシーは額や頬を汗まみれにして苦しそうにあえぐ。
そしてとうとう地面に膝をついてしまった。
「あのババア、どうしたってんだい?」
状況が呑み込めずに混乱するアタイ。
だがミクノはすべてを予期していたらしい。
一歩前に出て落ち着きを払った声で言う。
「自分に有利なテリトリー内で格下の敵を相手にする。その慢心がほころびを招きましたね」
「女……! 私に何をした……!?」
「私の扱う札はデメリットが大きいとのたまいましたが、その逆もしかり。薄い紙だからこそ目立ちにくく、枚数の限りの分まで無尽蔵に配置が可能」
ミクノが両手を胸元に上げて印を結ぶ。
するとバンシーの両足が青白く輝き出した。
なんと驚いたことに、バンシーの足の裏に無数の御札が張り付いていたのだ!
「いつの間に……!?」
「お前の正体は初見で見破っておりました。ですから大蝦蟇退治の折に時間を割き、あらかじめ藪の中に札を仕込んでおいたのです」
「逃げ回っていたように見せて、そのルート上に私をおびき出してたのかい!?」
「こうも易々と罠にかかるとは期待していませんでしたが。追い詰めていたのは私たちの方でしたね」
やべえ……。
こいつ頭良いじゃん……!
「体に張り付いた印の数だけ能力は制限される。しばらく体の自由は利かないと覚悟しておきなさい」
ミクノは御札を手の上で扇状に広げ、耳飾りの鈴をリンと鳴らした。
「さあ、それでは反撃に転じましょうか――――」
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
ミクノの奴、ハラハラさせてくれるじゃないか!
だけどまだ喜ぶには早いよ!
動きを縛ったとは言え、バンシーは凶悪な魔力を保ったままなんだからね!
果たしてミクノとバンシーの戦いの結末は!?
村の水田に活気は戻るのか!?
そしてアタイらはショベルカーでドンフーをブチ殺せるのか!?
豊穣祈願編、完結するよッ!
【第40話 ゴブリンガールは豊穣祈願する!】
ぜってぇ見てくれよな!




