第38話 ゴブリンガールは沼にはまる!
湿地のぬかるみに足を取られ、おまけに濃い霧でひどい視界不良。
その中をジョニーの頭を抱えながら必死に逃げ回るアタイ。
背後に迫るのはヌルヌルと不気味にてかるカエルの魔獣。
こんなにひどい状況、悪夢でだってお目にかかったことがないよ!
走りつつもスマホをタップしてめちゃくちゃにガチャを回す。
だけど引き当てるのはどれもクズアイテムばかり。
「こんなことになるんだったらSSRのショベルカーを出し惜しみするんじゃなかったよ!」
魔獣ネクロエイトグはカエル特有の跳躍力でビヨンと飛び跳ね、アタイを軽々飛び越えて前方に回り込んだ。
「ちいっ! ここまでかい!」
「ゴブ子。こいつに喰われたら腹の中に俺の骨が散らばってるはずだ」
「ボンドで直してやる前に胃酸で溶かされちまうだろうけどね!」
「それはいいさ。頭だけ別で葬られたくはねえ。せめてまとまった場所でくたばりたいもんだぜ」
言いたいことはわかるけど、埋葬されるのとはワケが違うんだよ?
クソになってひねり出されるなんてまっぴら御免だよ!
――――そのとき、どこからともなく金属の鳴る音がした。
リンリンと短く断続的に響く涼しげな音。
これは鈴の音だ!
「禍々しい魑魅魍魎よ。お前の体に巡る邪気を祓いましょう」
ブワッと風が舞い、巻き上げられるようにして霧が晴れる。
そこに姿を現したのはミクノだった。
「ちょっとあんた! 来るのが遅いんだよ!」
「待ちくたびれて息の根が止まるところだったぜ!」
「そうですか」
そうですか、じゃないだろ!
このクソ淡泊女勇者!
さっさとこいつを倒しておしまい!
ネクロエイトグはミクノに向き直り、口をバクリと開けて勢いよく舌を伸ばした!
まるで鉄砲玉のように飛び出した舌先が一直線にミクノへと迫る!
だがミクノは上体を逸らせて、最低限の動作によって攻撃をヒラリとかわした。
舌はミクノの胸元のスレスレを空振りしてにょーんと伸び切る。
「破ッ!」
ミクノは素早く懐から御札を抜き出し、眼前にある舌の側面へと叩きつけた。
瞬間、ビリビリと青白い光が走り、どうしたことか舌はダラリと力が抜けて地面に横たわってしまった。
ネクロエイトグは自由の利かなくなった舌を口の中に戻すこともできず、大繩をズルズルと引きずるようにしてまごついている。
「遅行の印をうちました。しばらくの間お前の舌は機能しません」
~遅行の印(アビリティレベル38)~
封塞魔勇士の習得する遅延系統のデバフ魔法。
印を施した物体で攻撃した相手の行動力を著しく低下させる。
「私は巫女。またの名を封塞魔勇士。道具に印を刻む、もしくは記して種々の妨害効果を帯びさせ、攻撃対象へ付与することができます。札が剥がれるか破壊されるか、または印字が掠れて消えるまで効果が持続します」
なんだかよくわかんないけど、とにかくお手柄だよミクノ!
あの御札がガマガエルの舌に張り付いてる限りは攻撃の心配がいらないってことだろ?
さすがは勇者。
ただ者じゃないと思ってたけどやっぱりやってくれたね!
ミクノは視線をネクロエイトグに据えたまま、袖口からスラリと何枚もの御札を取り出す。
「大蝦蟇は腹に取り込んだ物体に応じて自身の能力を強化する厄介なモノノケ。すでに何かを飲み込んでいるようですが?」
その質問にはジョニーが答える。
「ああ、奴は俺の……。いま足りてない部分を全部だな」
「さようですか。安心しました。大した強化はされていないでしょう」
ちょっと!
ナチュラルにジョニーを蔑んでんじゃないよ!
たしかにレベル2のザコを取り込んだところで誤差程度の強化率だろうけどさ!
アタイの胸の中で頭だけのジョニーが悲しそうに視線を伏せる。
「ジョニーがへこんじまっただろ! 謝りなよ!」
「そんなことよりも油断せぬよう。私の札は効果範囲が狭いため自由を奪えるのは舌の部位のみ。本体は未だ健全と思ってください」
その言葉に応えるようにネクロエイトグはうなり声を上げ、後ろ足を大きく蹴って宙へと跳んだ!
丸々と肥えた腹を突き出し、真上からアタイたちにのしかかるつもりだ!
「やばいよ! 潰されちまう!」
「させません」
ミクノは指を擦るようにして手中にある複数の御札を扇状に広げる。
そしてそれらを曲芸師が投げるナイフのごとく次々と飛ばしていった。
シュババババッ!
印によって強度が増しているのかもしれない。
鋭い刃物と同等の切れ味を持った紙先がネクロエイトグに襲い掛かる!
それらは腹の皮を突き破り、あるいは大きく割いて致命的なダメージを与えた。
「グエエエエッ!」
ドシャッ!
見た目に相応しい汚い悲鳴を上げて、力を失ったネクロエイトグが泥沼へと落ちた。
「た、助かったあ……!」
いやはや今回も危機一髪だったね。
胸をなで下ろして生の実感を噛み締めるアタイ。
だがその腕の上でジョニーの頭が水を差した。
「それで、どっちがあのガマガエルの臓物から俺の体を回収してくれるんだ?」
「おいおい、あんな激臭のはらわたん中まさぐれって言うのかい? 自分でやっとくれよ」
「やるための手足が無いから言ってんだろお!」
いつもの調子でやり合うアタイとジョニーを前にしてミクノは深くため息をついた。
「呑気なものですね。まだ事態は何ひとつ解決していないというのに」
「なんだって?」
「問題の魔獣は倒したんだ。これで泉の水は浄化されてめでたしめでたしだろ?」
「いいえ。邪悪な妖気は今なおこの小丘にはびこっております」
いやいや、なにスピリチュアルなこと言ってくれちゃってんだよ……。
「そもそも大蝦蟇は湿地に広く生息する下級モンスター。単体で水源を汚染するほどの魔力は持ちません。この様子ではずっと以前からここに棲みついていたようですし、今回の怪奇現象とは無関係でしょう」
「待ちなよ! それじゃウンディーネの話と噛み合わないじゃないか!」
「そうだぜ。あんたの思い違いか、または水の精がデタラメ言ったんじゃなきゃ説明つかねえな」
――――そのとき、突然アタイらの背後に何者かの気配が現れた。
「あらあら、揉め事ですか? 私のことを話していたようですけれど?」
振り返るとそこにいたのはウンディーネ。
いつの間に……。
真っ白な霧の中に佇むスラリとした細身の姿に思わず肝が冷える。
「ネクロエイトグを退治してくださったんですね。どうもありがとう。おかげで私が直接手を下す手間が省けたわ」
「ああ……。これで仕事は完了だね?」
ウンディーネはにんまりと笑い、アタイの質問には答えず一方的に言葉を続ける。
「醜いガマガエルの悪臭を放つ内臓が、少し手を加えてやるだけでとてつもない価値を生み出すなんて誰が想像できるでしょうね? これに腐ったキノコやバッタの死骸を足して煮詰めて、仕上げに私の妖術をトッピングしてあげればアラ不思議。巷で大人気の滋養強壮ドリンクの出来上がりよ」
「な、なんの話をしてんだい……?」
「ゴブ子、こいつはもしかしてドンフーの言ってたウワサの飲料水……」
「そう。そしてあなたたちにもてなしてあげた特製ドリンクでもあるわ。気に入ってくれたんでしょう? おかわりまでしちゃったものね」
あれ? この前飲んだやつ?
……ガマガエルの内臓入りだって!?
「オロロロロロロロロロロ!」
「ボロい商売よ! ここなら上質な天然水は吐いて捨てるほど湧き出てくるしねえ! もっとも、私のビジネスのせいで下流の村は深刻な水不足らしいけど! 知ったこっちゃないわ!」
言いながらウンディーネの姿はみるみる変貌していく!
艶やかな肌はしわくちゃに、髪の毛はボサボサに、手足はガリガリに痩せ細って背骨はくの字に折れ曲がる!
「げえ、なんだいこのいかついババアは!」
「姿を偽っていたようです。彼女は水の精ではなく邪悪な魔の精、バンシーでしょう」
まんまと騙されてたってワケかい!?
もう勘弁しとくれよ(泣)
死ぬ思いをしてカエルの魔獣をやっつけたってのに、このまま間髪入れずに2回戦目に突入だよ!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
水の精の正体は醜い老魔だったってのかい!
まんまと騙されちまったね!
こっちは戦闘続きで疲弊してるってのに、どう盛り返せばいいのさ?
と思ったらミクノ奴、いとも簡単に力の差を認めて、挙句にトンズラかましやがったよ!
巫女のプライドってもんはないのかい!
このバカ女、アタイを置いて逃げるんじゃないよぉ!
【第39話 ゴブリンガールはおいかけっこする!】
ぜってぇ見てくれよな!




