第36話 ゴブリンガールは巫女と出会う!
「私の名はミクノ。この大陸より東に浮かぶ島国より参りました」
勇者が冒険を始めるときに必ず経由することになる『はじまりの村』。
それは世界各地に点在している。
ミクノはこの大陸とは別の列島出身の勇者だという。
ただし、この女の故郷の習わしでは冒険者のことを『勇者』とは呼ばないらしい。
魔闘士は陰陽師とか祈祷師とか、魔物は妖怪とかモノノケとか。
まあ大体そんなふうに言い換えられるそうだ。
「勇者と一口にいってもいろんな奴がいるからなぁ」
「目的も行動原理もてんでバラバラ。ちなみにあんたがこのクエストを受けた理由は?」
「愚問ですね。苦しむ民を見殺しにはできません」
「ハッ! ご大層なこった!」
アタイはツバを吐き捨てる。
「あなた方の介入の理由は?」
「カネだよ! カネに決まってんだろ!」
「まるで煩悩の塊。嘆かわしいことです。この怪奇を祓った次はあなた方の邪気を浄化するといたしましょう」
「結構です!」
この女の澄まし顔は気に入らないが、目的が同じなら足を引っ張り合う必要もない。
仕方ないからしばらく同行してやるよ。
アタイたちは手始めに村人たちに情報を聞いて回った。
「以前は瑞々しい土地だったのに、いつからか急に水気がなくなっちまって。雨が降っても土に染み込まずにそのまま抜けちまうみたいだ」
「なるほど……」
ミクノはその場にしゃがんで地面の土を掬い取る。
それはカラカラに乾いてて、そよ風が吹いただけでサアッと飛ばされてしまった。
「どういうことだ? 一朝一夕で土質が変化するワケでもねえだろ」
「さよう。原因は地質的なものですが、異常があるのは土ではなく水の方です」
「どういうことだい? 勿体ぶるんじゃないよ!」
「一帯の水分が枯渇しています。地下に湛える水脈も含めてすべて。これではいくら雨が降ろうと矢継ぎ早に吸われて地表に留まることはないでしょう」
ミクノは静かに立ち上がると凛とした瞳で村人に尋ねた。
「水源は? 見たところ付近に河は流れていないようですが」
「この先の小丘に湧き泉がありまして、それが田の水の供給源です」
「わかりました。現地を見る必要がありましょう」
水田地帯の中央にそびえる小丘。
それは遠目に見て立派な山ひとつ分に相当する高さだ。
「うへえ、山登りかよ」
「だる……」
思わずポロリこぼれた本音。
そんなアタイらにミクノは無言で侮蔑の視線を向ける。
「ていうかさぁ、アタイらも一緒に行く必要ある? どうせ足手まといだよ」
「勇者様ならこのくらい一人で解決できちゃうよな?」
「………」
「よし決めた! あんた一人で行ってパパっと終わらせて帰ってきな! アタイらここで待ってるから!」
好き放題言い散らかすアタイたち。
とそのとき、突然背後から怒鳴り声が襲いかかった。
「バカ抜かしてんじゃねえぞォ!」
このしゃがれた怒声、ドンフーの旦那だ!
「ヒイィ!」
「旦那、どうしてここに……!?」
「お前らの様子を見に寄ったに決まってんだろ!」
あからさまに機嫌が悪いね。
触らぬ神に祟りなしと言いたいとこだが、その原因がアタイらである以上は逃げられそうにないよ。
悔しいねえ。
昨日引いたSSRのショベルカーがこの場にあれば、問答無用で轢き潰してたところだ。
だけど今はガマン、ガマン。
確実に殺れる機会を待つんだよ……!
「状況は予想以上に悪化してやがる。もう単なる米不足って話じゃなくなってんだ」
「……というと?」
「ホバロマ田園産の吟醸酒を卸してんのはピク美の店だけだと思ったか? バーンズビーンズ中の飲食店への流通を仕切ってんのが俺たちショートレッグスだ。だがこのままじゃ酒の供給ラインが完全にストップしちまう。どれだけの痛手になるか想像つくかぁ?」
んなこと言われても……。
というかあんたが流通網を掌握してんのかい。
これまでに一体どれだけの稼ぎを上げてたのか、そっちの方が想像もつかないってんだよ。
金の亡者が!
「おまけに市場に空いた穴を埋めるように新ブランドの飲料水が出回り始めやがった」
「へえ。新商品だって?」
「そういやウワサで聞いたことあるぜ。滋養強壮効果のある健康ドリンクだかで、巷でバカ売れなんだとよ」
「ったく、後からやってきて俺様のシマを荒らすとはな! これじゃ商売上がったりだぜ!」
「アハハ! ドンフーの旦那を出し抜くとは相当な度胸と経営センスのある奴みたいだね!」
「何がおかしいんだ! アァ!?」
「ヒイッ!」
アタイとジョニーはしゅんと静まる。
「いいか。お前らは水源の丘へ登ってなんとしてもこの異常の原因を突き止めろ。それとあんた」
ドンフーはさっきから黙って成り行きを見ていたミクノに向き直る。
「あんたは勇者だな? どうだい。俺と取り引きしねえか」
「私に物欲のたぐいはありません。あなたの言う取り引きには応じかねますが、しかし心配は無用。私は自らの意思で丘に向かうつもりでおります」
「見上げた信念だな。そういうことならどうだ、この2人をこき使ってやってくれ。盾代わりなり槍代わりなり好きに消耗してくれて構わねえ」
ちょっと待ってよォ!
「元よりそのつもりです」
あんたも待ちなよォ!?
「俺は別件でバーンズビーンズに戻らにゃならんが、何か必要なものがあればいつでも呼んでくれ。そんじゃ後は任せたぜお前ら!」
ドスドスと足音を響かせて立ち去るドンフー。
くっそ、この場にショベルカーがあれば……!
「さあ、レベル2の河童とシャレコウベ。そろそろ参るといたしましょうか」
「いや誰が河童だよ! 肌が緑ってとこしか合ってないだろ!」
「スケルトンはシャレコウベと同じか? 俺にもよくわからねえぞ」
かくしてアタイら3人は干上がった水田を後にして丘へと歩を進めるのだった――――。
~ホバロマ水源の泉(探索推奨レベル32)~
急峻な崖を登り、藪道を越えてやっとこさたどり着いた丘の上。
そこには大量の水を蓄えた巨大な泉があった。
中央からは湧き水が噴水のようにぶくぶくとあふれ出ている。
「良い景色じゃねえか。気に入ったぜ」
「汗もかいたことだしジャブンと飛び込んでひと泳ぎしたいとこだよ」
開放的な気分に浸るアタイとジョニー。
でもミクノはひとり神妙な顔で考え事に耽っている。
「妙ですね。水源に異変がないのならば、どこかで水の流れが途切れているはず……」
「さっそく調査を始めんのか? ちょっとは休憩しようぜ」
「あんた生真面目すぎてノリに乗れないタイプだろ?」
――――そのとき、どこからともなく不審な音が聞こえてきた。
「なんだ……!?」
女のすすり泣く声……?
すると泉の中央が盛り上がり、徐々に水の中から人影が浮き上がってきた。
全身に水を滴らせる色っぽい美女の姿。
足先が水面に触れるかどうかのところで止まり、そのまま宙に静止する。
まるで息を飲むほどの幻想的な光景。
「もしやあれは、水辺に棲みつくとされる妖精。ウンディーネ……」
「水辺の妖精!?」
シクシクと目に涙を溜めて、水の妖精は訴えかけるようにアタイたちを見つめる。
そしてゆっくりと口を開き、美しい声色でこう言うのだった――――。
「ぴえん」
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
水辺の精ウンディーネはなかなか愛嬌のある女じゃないか!
美味しい物もたくさんくれるし、この泉に住み付きたいくらいだよ!
それに比べてミクノの無粋ぶりを見てみな!
無口なクセしてやけに行動力があり、そこら中を自分勝手に動き回る。
おまけにスピリチュアルな謎発言のオンパレード!
こいつの隣を歩くのが不安になってきちゃったよ!
【第37話 ゴブリンガールは霧に迷う!】
ぜってぇ見てくれよな!




