第35話 ゴブリンガールは田植えする!
梅雨特有のどんよりとした厚い曇り空。
歓楽の街バーンズビーンズは今宵もネオンの光が途切れないが、湿気を吹き飛ばすほどの活気に満ち満ちているというワケでもない。
大通りから一本奥まった裏路地に面するスナック『ピク美』のカウンター席に腰かけて、アタイとジョニーはひたすら愚痴を重ねていた。
「先月の稼ぎは?」
「シケたもんだぜ。その9割がたはドンフーの野郎が持ってっちまうしよ……」
「クソったれ! いつになったらこの極貧生活から抜け出せるんだい!」
いつにも増してジメついた陰気が周囲に放たれる。
まるでアタイらのいる場所が梅雨前線のど真ん中みたいだね。
グビリと煽った酒が喉を焼き付けて頬をほてらせる。
かぁーッ!
これがないと一日を終えられないよ!
ジョニーの足元には大きなタライが置かれている。
なぜかって?
スケルトンには食道も胃袋もないんだから、顎骨を通り過ぎた酒はジャバジャバと零れ落ちちまう。
それをタライが受け止めて、溜まった酒をまた掬って飲むって寸法だよ。
これぞゴブリン流の節約術だね。
「何やってんだあんたたち! みすぼらしいにも程があるだろ~! サイアクだよ!」
この店の主であり妖精のピク美がヒラリと飛んできて悪態をつく。
コバエみたいにうっとうしいババアだね!
「一杯ずつキッチリ料金支払いなぁ!」
「金が無いのは知ってるだろ? 今日もツケだよ!」
「出世払いってやつだぜ」
「バカ言うんじゃないよ! 固定レベル2のあんたたちが出世することは未来永劫ないんだよ!」
世知辛いねぇ。
この世はアタイら下級モンスターには生きづらくって仕方ないよ。
「そういやよお、ピク美ママ。今日は俺たちに用があったんだろ?」
「わざわざ足を運んでやったんだからドリンクの一杯くらいタダで出しな!」
「黙らっしゃい! ウチはどんな事情があろうとサービスは一切しないんだよ!」
ピク美ママは咳ばらいをすると改まって話を切り出した。
「最近ちょっと困ってんのよ。酒の仕入れが滞っててねえ。ほら、グリタ平原の先に田園地帯が広がってるだろ。あそこで米が不作らしいんだよ」
ホバロマ田園は稲作の名産地。
中央の小高い丘から湧き出る天然水によって土地全体が潤い、毎年たくさんの収穫を上げている。
その一部は酒蔵に納められ、アルコールに変えられて方々の街へと出荷されている。
「今年になって急に稲が育たなくなったようでね。不思議なもんだねぇ。天気の方はご覧の通り、梅雨の長雨が続いて干ばつとは無縁だってのに」
「そういう年もあるんじゃないの」
「それで片付けられる問題じゃないんだよ! 酒が手に入らなきゃ店を開けられないだろ!」
「そりゃそうだろうけどさあ」
「こいつは単なる不作とは違うよ。やっかいな魔獣か怪奇現象が絡んでるねえ」
オイオイオイ、ちょっと待ちな。
なんだか嫌な予感がするよ?
話を聞きつけて店のサキュバス嬢たちも周りにやってきた。
「酒ないと客来ない。ワタシたち稼げないネ」
「ゴブリンガール、ママ助けてヨ」
首筋を撫でるような艶めかしい声でねだりやがる。
女のアタイにまで妖術を掛けようとすんじゃないよ!
「うるせーうるせー! なんでアタイがひと肌脱がなきゃなんないのさ!」
「勘違いしてるようだねぇゴブ子。これは依頼じゃなく命令だよ」
「命令? ってことは……」
「察しの通り、ドンフーからの通達ってこった。あんたたちに拒否権はないんだよ。今すぐ荷物まとめて田園へ行きな!」
アタイらは店を締め出された。
「なんだよ! おちおち酒も飲めないのかい!」
「しかしまあ、このまま放置すりゃ文字通り酒を飲めなくなっちまうぜ」
「だからってアタイらで解決できる案件だと思ってんのかい、ドンフーの奴は?」
「いんや、ただの当て馬だろ」
いい加減におしよ短足ドワーフ!
人をボロ雑巾のように扱いやがって!
アタイは怒りと酔いに任せてスマホを取り出した。
「何する気だゴブ子?」
「ガチャを引くんだよぉ! SSRが出るまでアタイは一歩もここから動かないからね!」
「バカ言うな! 何万使う気だ!?」
「すでに4桁万近い借金負ってんだよ! どうにでもなれだ!」
ヤケクソもヤケクソさ!
アタイは悔し涙を溜めながら液晶画面をタップした!
虹色の光に包まれるスマホ。
すると――――!?
【大当たり! SSRのアイテムをゲット!】
「えっ……?」
一瞬にして酔いが冷めた。
「マジか……? マジかああああ!?」
「きゃああああ! SSRぅうウソぉぉおい!?」
スマホからボワンと煙が噴き出して辺りを包む。
その霧が晴れると、目の前に現れたのは黄土色をした武骨で巨大な乗り物。
~ショベルカー(使用推奨レベル90)~
土を掘り起こすための油圧ショベルが取り付けられた建設重機。
作業員が乗り込み、キャタピラ部での自走とアーム部での掘削を操作する。
ワイルドボアを一回りも二回りも大きくした巨体に、ワイバーンの首のごとく伸びるアーム。
どんなに恐ろしい魔獣にも引けをとらない壮観だよ!
アタイらは思わず手を取り合って小躍りする。
「やったぜゴブ子!」
「アタイらの願いが神に通じたね!」
初手でSSRを引くなんて!
まったく笑いが止まらないよ、ガハハ!
「これがありゃ水田で農作業の手伝いするのもラクチンだよなぁ」
「なにバカほざいてんだいジョニー! そんなくだらないことに使うワケないだろ!」
「じゃあどうするんだ?」
「そんなの決まってんじゃないか!」
アタイはドス黒いほほ笑みを浮かべる。
「こいつでドンフーの旦那をブチンと踏み潰しちまうのさ……! それでこの借金苦ともオサラバ……」
ジョニーはゴクリと息を飲んだ。
「このまま『ショートレッグス』のアジトに乗り込んでもいいが、功を焦るのは失敗の元。ひとまず奴に従うフリをして機を窺うとするかい」
「つまり、俺たちは普段通りのシケたツラ構えで水田の調査に向かうってことだな?」
「その通り。ククク……。少しの辛抱だよ。ドンフーが油断して背中を見せた時が好機。いいねジョニー?」
「ガッテン承知」
アタイらは闇夜に紛れてショベルカーを街はずれの林に隠し、何食わぬ顔でバーンズビーンズを後にした。
このクエストを攻略すればドンフーは我が物顔でアタイらの前に現れるはず。
それがあんたの独裁の最期だよ!
待ち遠しくて仕方がないね!
~ホバロマ田園(探索推奨レベル15)~
視界の一面に広がる水田。
本来ならどこまでも続く平地に薄く水が張られて、さながら湖面のような美しい景色を作っているはず。
それが今は見る影もない。
田んぼは干からびて地割れを起こし、若い青稲は無残にも枯れかかっている。
「一体何があったってんだい……?」
「ここんとこ日照り続きってワケでもないんだぜ。どうしてここまで水が抜けちまってんだ?」
生気がない村人が通りかかったんでアタイらは事情を尋ねた。
「ただの異常気象とは違う。これは土地に掛けられた呪いに違いねえ……」
「詳しく話を聞かせてごらんよ」
「するってえと、あんたらもこのクエストの攻略に来たのかい?」
「そうだけど、俺たち以外にも先客がいるのか?」
「ああ。今朝早くに勇者がやって来たんだ。ほら、あそこに……」
指差した先には数人の人だかりがある。
その中央には耳に鈴飾りを付けた白装束の女。
「巫女さま!」
「助けてくだせえ巫女さま!」
すがる村人たちを静かに制す女。
「私の名はミクノ。この地の怪奇を治めるため、できる限りの力添えをいたしましょう……」
そこで女はアタイらの視線に気づき、鈴をリンと鳴らして顔をこちらに向けた。
――――なんなんだいこの女は!
また出しゃばりな勇者がアタイの活躍を邪魔するつもりかい?
フン、あんたの好きにはさせないからね!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
次の勇者は巫女だって!?
やけにテンションの低い不愛想な女だね!
アタイらがゲス発言するたびに冷めた視線を向けてきやがって!
河童だとかシャレコウベだとか、あんたの国の言葉に置き換えて呼ぶんじゃないよ!
ていうかアタイは河童じゃなくてゴブリンなんだよ!
【第36話 ゴブリンガールは巫女と出会う!】
ぜってぇ見てくれよな!




