第23話 ゴブリンガールは水商売する!
歓楽の街バーンズビーンズ。
その裏路地にひっそりとたたずむスナック・ピク美。
朝方の5時を回ってやっと最後の客が帰り、看板の明かりが落とされた。
「あんたたち~! 今日もお疲れさん!」
「ハーイ!」
「おつかれデシター!」
スナックを切り盛りするピク美ママは顔面しわくちゃのババアピクシー。
だが他の従業員はごく普通の可愛らしい女の子たちだ。
やけにカタコトな喋り方なのが怪しいが……。
「アレー? ママ、まだお客さん残ってるヨ?」
「ああ。そいつらは客じゃないよ」
ババアはアタイらの前までヒラリと飛んできて腕を組みながら浮遊する。
「それでぇ? ゴブリンにスケルトンにスライムにエルフ……。異色の4人組がウチの店になんの用だい? 大方、誰かのさし金で悪さをしに来たんだろうけどね~!」
「誰かのさし金って?」
「当ててやろうかい。ウチの商売ガタキといやあ予想も絞れてくる。意地汚いエルフの地上げ屋か闇市場を仕切ってる小汚いドワーフどもだろう」
そこまでわかってるなら話が早いね。
「アタイらの雇い主はドンフーさ」
「ああ~。あのずんぐり髭モジャチビね」
「この店の繁盛の秘訣ってのを教えてくれないかい。ドンフー曰く、真っ当な経営だってんなら黙って身を引くけど、法に抵触するようなことをしてんなら見過ごせないんだとよ」
「ふん。正義漢気取りやがって。奴らだってウチと同じ穴のムジナだろうがぁ」
ババアはタバコに火を点けると容赦なく煙をアタイらに向けて吐きかける。
「ママさん悪くないヨ!」
「ピク美ママ雇ってくれる。ワタシたち頑張って働く。それだけヨ」
もりもりに髪を盛った女の子たちがババアを擁護する。
二人のネームプレートにはフミエとキミヨという源氏名が書かれている。
つくづくこの店のセンスは時代遅れだね!
「あんなドワーフの使いっぱしりにされてるところを見ると、あんたたちも事情を抱えた苦労人のようだねぇ。どうだい。この件は一旦置いといてウチとビジネスの話をしないかい?」
「なんだって?」
「借金分の金を稼ぐだけならなにもドンフーにこき使われる必要はないね。ウチの店で働けばいいよ。奴らよりずっと人道的に扱ってやるし、給料も歩合制。働きに見合う分だけ支払ったげるよ」
なんだいなんだい。
なんだか話が変な方向に転がりだしたね。
「俺たちをドンフーのもとから引き抜くってのか?」
「そういう捉え方もできるねぇ。まああんたたちの自由さ。じっくり考えなぁ~」
そう言ってババアは思い出したように付け加えた。
「参考にあんたたちの知らないことを教えといてやろう。ドンフーの奴が4人をここへ差し向けた本当の目的だよ」
「他のたくらみがあるってことか?」
「そうさぁ。ドワーフどもはこのバーンズビーンズでキャバレーを開く計画を立ててるのさ。開店の前にライバル店を潰しておくにこしたことはないだろう? それでウチの営業を妨害しようって魂胆だろうねぇ~」
聞いてた話と全然違うじゃないか!
ドンフーの野郎、いつもの通りやり口が汚いね!
なにが大志を抱けだよクソったれ!
アタイら4人は円陣を組んでヒソヒソと作戦会議を始めた。
「このスナックは稼ぎが良いんだろ? ドンフーの下働きを続けるよりよっぽど弾むはずだぜ」
「だけどドンフーは俺たちが裏切ったと捉えかねないンだわ」
「だとしても構わないでやんすよ! まとまった金さえ用意できればドワーフどもとは縁を切れるでやんす!」
「たしかに、ピクシー側に鞍替えした方がマシみたいだね」
アタイらは満場一致で結論を導いた。
「これからお世話になります! ピク美ママ!」
「交渉成立だねぇ~!」
アタイらはスナック・ピク美の従業員になった!
~~~
スナック店員として借金返済の新たな門出を迎えたアタイたち。
だけどフタを開けてみたら激務・激務・激務の三拍子で早々に心が挫けた。
ひっきりなしに訪れる客への対応でもみくちゃにされちまう。
「4番テーブルの客、注文取ったのかい!?」
「ま、まだでやんす~!」
「ほらほらツマミ上がったよ! さっさと持っておいき~!」
「ふえぇ~!」
アタイはキッチンで山のように積み上がった食器をノンストップで洗い続ける。
ホールを回るジョニーは骨の隙間という隙間に注文票を差し込まれている。
スラモンはカクテルを作るために絶えず炭酸を吐き続け、ヤンフェは酔って喧嘩を始めた客の仲裁として半ばサンドバックにされている。
「こっちもこっちで全然話が違うじゃないのさ!」
「はあ、そうかい? ならドンフーの奴隷でいる方がマシだってのかい?」
「どっちも同じようなもんだよ!」
「ほらほら、文句垂れてる内に客の対応が手薄だ! ゴブ子、あんたはフミエとキミヨのヘルプに入りなぁ!」
ソファ席ではフミエとキミヨが身なりの良いオヤジの両脇を固めるように座り、なにやらキャッキャと騒いでいる。
「シャッチョサン、ステキ!」
「ヨッ、成金社長!」
「ぐへへ! 二人ともかわい子ちゃんだね~! ほぅら、ご褒美だよ~!」
趣味の悪い革財布から2万ゼニが抜かれ、ひと札ずつ女の子に手渡される。
「嬉しい! シャッチョサン!」
「これで美味しいもんでも食べなよ~! ぐへへ!」
なんだよこのクソみたいな会話。
「おいヘルプのキミ! ボケっとしてないで俺とこの子たちの分のお酒作ってよ!」
アタイは乾いた舌打ちをしながらテーブルの端で焼酎の水割りを作る。
だがしかし、この成金男から出た金は嬢から店に回り、最終的に給料としてアタイらの手元へと流れてくるワケだ。
なんだか社会の縮図のようで感慨深いね。
「しまった。キッチンにマドラーを置いてきたね。ジョニー! あんたの中指を貸しておくれ!」
「ちゃんと返せよ!」
通りかかったジョニーの手から指を一本引き抜くと、その骨をマドラー代わりにコップの中身をかき混ぜた。
「はいロックですどうぞー」
「ん!? うわっ! なんだよこの酒! 度数高すぎるぞ!」
「手早く酔えて願ったりかなったりだろ?」
ピク美ババアが飛んできて客に平謝りし、アタイに振り返って鬼の形相をした。
「酒は原液を50倍に薄めて出すんだよ! 常識だろ!」
んな常識知ったこっちゃないっての。
――――そのとき、バカでかい音を立てて玄関の扉が開いた。
ぞろぞろと店に入ってきたのはなんとドワーフのギャング団。
先頭のドンフーはギロリと店の中を見回し、思わずアタイは目を逸らした。
「ちょっくら邪魔するぜ……」
「悪いが今日は満席だよ。日を改めてくんな」
「ツレないこと言うなよママ。新しいスタッフだって雇ったんだろ? 俺たちは隅で立ち飲みでも構わねえからよお……!」
物々しい圧迫感に凍り付く店内。
一体全体どうなっちゃうの……!?
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
スナック店のナワバリを巡ってドワーフとピクシーが一触即発?
おとぎ話のおの字も見当たらない俗まみれな展開だね!
あんたたちが殺り合おうが一向に構わないけど、アタイを巻き込むんじゃないよ!
立場上どっちに加勢するかを選べだって?
どっちに付いても地獄だろうが!
【第24話 ゴブリンガールは喧嘩両成敗する!】
ぜってぇ見てくれよな!




