第234話 ゴブリンガールはあっかんべーする!
ボンボルドは体を反らせて深く息を吸い込むと、この林一帯に響き渡るほどのバカでかい怒鳴り声を放った。
「このォ! 大馬鹿者どもがあァー!」
規格外の声量は風圧となって赤ずきんたちをその場に転ばせた。
もちろんアタイも地面にすっ転び、悶絶しながら必死に耳の穴を塞ぐ。
ダイアウルフの群れもキャウンと悲鳴を上げて漏れなく皆が目を回した。
てめえ加減考えろやクソ熊男!
声だけで林の生態系破壊する勢いやぞ!
場の緊迫感が完全にリセットされたあとで、ボンボルドは青筋を浮かべてまくし立てた。
「弱者を救い悪を裁く、この若造は勇者としての本業を立派にこなしている! 心もケモノに成り下がるだと? それをほざくお前たちの心には何も無い! 標的を排除するだけが能の人形だ! それが一流のハンターを自称するなど片腹痛いわ!」
元来、ハンターとは人と野生動物との適切な距離をはかるための者、いわゆる森の番人だった。
互いに過干渉をせず、むしろ同じ生態系で資源を享受し合えるように計らうのがその務め。
だが次第に勇者の数が増えていったことで、より人間社会に利する方向へと風潮が偏っていく。
一部のケモノはいたずらに生活の場を奪われ、命を狩られた。
人にとって害悪なもの、脅威であるから排除する。
そんな一方向の都合で働くものがハンターか。
いいや、それは対極にあるものだろう。
それをボンボルドは怒ったのだ。
「この若造と同行することで人となりを知った。マクスウェルは俺たちを傷つけない方法でオオカミを救おうともがいた。その姿勢こそがハンターに求められる素養。それと同時に、多くの勇者に欠落しているものでもある」
そうしてマクスウェルに向き直り、
「なぜ身を隠す必要がある。後ろめたいことなど無い。お前は胸を張っていれば良いんだ。人として、そしてオオカミとしてもな」
「人と、オオカミとして?」
「お前に掛かっているのは呪いではない。人とオオカミの架け橋になれると期待され、授かったのだ。ケモノの声に耳を傾け、人に傲慢を叱ることができる。なんと素晴らしい能力だろうか! そうは思わんか?」
マクスウェルは呆気に取られたようにボンボルドの顔を見つめ、次いで自分の手足をまじまじと眺めた。
次第に瞳は潤み、ボロボロと涙がこぼれる。
「呪いじゃなかった……?」
体を震わせて嗚咽を漏らすマクスウェル。
その元にダイアウルフたちが集まり、心配そうに身を添わせた。
「ハンターとは自然に愛され、動物に好かれる者だ。無論、人にもな。俺はお前を気に入ったぞ、若造」
そこで頭巾女のひとりが思い出したようにして口を開いた。
「その主義主張……。もしやあなたは勇者ギルド連合の権威のひとり、『百獣の狩人』のボンボルドでは」
はあ?
なんか唐突にそれらしい二つ名が出てきたよ。
ボンボルドの奴がギルド連合の権威だって!?
「そういや全国各地の猟友会に顔見知りがいるって……」
「まさかめっちゃお偉いさんだったん?」
「ふん、俺はそのような肩書きを持ったつもりはないぞ」
頭巾女は青ざめながら語る。
「今から十数年前、狩狼会は魔獣との戦いで疲弊した。そこに彼が訪れ、優秀な次世代ハンターの育成訓練に協力してくれたという。おかげで組織は存続の目途を立てることができた」
「どうやらあの時に叩き込んだはずの理念よりも、戦闘技術のみが洗練して継がれたようだな」
しかし、狩狼会は過酷なクエストばかりを請け負うプロ集団。
時に非情にも徹さなくては組織の維持はできなかったのだろう。
そうであれば見直すべき誤りがあったのはギルド連合の采配の方かもしれない。
頭巾女たちは武器をしまって姿勢を正す。
「『百獣の狩人』に敬意を払い、この場は退きましょう。狩狼会は今一度その方針を見つめ直す必要があると、そう会に進言する。しかし世間に示すべき建前もある。すぐに人狼と手を取り合うことは難しい」
「それはわかる」
「しばらくはマクスウェルの動向を追わせてもらう。互いを牽制しながら収まるべき立ち位置を探す。……だが、人とケモノの在り方ついて互いの信念が等しくなるときが来るのなら、再び共闘できることを願おう。そのときは赤ずきんのマクスウェルとしてではなく、人狼のライカンとして」
マクスウェルは涙を拭いながら赤ずきんたちにうなずきを返した。
シュババ!
頭巾女たちは素早く身を翻すとあっという間に茂みに紛れて姿を消してしまったのだった。
~それからしばらくあと~
村に戻ったアタイたちに村人からささやかな報酬金が差し出された。
でもボンボルドとマクスウェルは当然のように断った。
荒らされた畑の復興に充てさせるためだ。
またしてもかよくそったれ……。
「勇者様、このダイアウルフたちが村の番犬になってくれるって話、本当だべか?」
「ああ。動物は本来人に頼られることを嬉しく思うものなんだ。オオカミとの共生を実現する手本の村になってほしい」
マクスウェルの元にダイアウルフたちが集まる。
「お前たち。ここを頼む。何かあればまたライカンを呼ぶといい」
まるで憑き物が落ちたように朗らかに笑うマクスウェルとオオカミたち。
シリアスに次ぐシリアス。
人狼の正体のどんでん返しから第三勢力の襲来までとハラハラ続きクエストだったけど、なんとか無事に乗り切ることができたねえ。
「ノリが真面目すぎてボケる場面ほとんどなかったね」
「俺らいる意味無さすぎ」
「数あるクエストの中でも屈指の不要っぷりだったンだわ」
そんなアタイたちをボンボルドが豪快に笑い飛ばした。
「何を言っている! 仕事ならまだまだ控えているぞ!」
「はあ?」
「人狼に科せられた危険指定を取り下げるべく、これからギルド連合に殴り込むのだ!」
また壮大な無理ゲーを言い出したよこのクマ。
権威のひとりだかなんだか知らないけど、組合の有力者を相手に正面切ってリーガルバトル吹っ掛けようって?
「無理くせえ」
「脳筋キャラには荷が重いンだわ」
「やいボンボルド! やるならやるで頭の固い重鎮どもを唸らせるだけの手札は揃えていくんだろうね!」
そこでマクスウェルが得意げに腕っぷしを掲げた。
「すべては獣人である僕の手腕に掛かっているわけだ。安心しなよ。各地を旅しながら人とケモノとのあいだに起こるトラブルを解決していけば、すぐにでも評判は耳に入る」
おうおう。
今回みたいに回りくどい方法じゃなく、正々堂々と気高きライカンの姿を見せ付けてやりな。
「お前たちも覚悟しておきなよ。罪なき動物をイジメたときは、どこにだってライカンは現れる。そのとき悪を裁くのはこの裁縫バサミか、または鋭いオオカミ爪か。まあ、どちらを選ぶかくらいの自由は与えてやるさ」
減らず口で釘をさしてくるマクスウェルにアタイはあっかんベーで応えてやった。
人と魔獣が共存できる未来、そんなのほんとに来るの?
それを実現するためには、自然界に生きるすべてのものたちが互いを理解し合うよう努めなければならないだろう。
それってとんでもなく途方もないことだよ。
でも少なくとも今回の一件で、オオカミは怖い奴ばかりじゃないってこと、アタイにはよくわかったんだけどね。
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
久々に真面目なクエストやったもんだから肩が凝っちまったよ!
みんなも疲れたっしょ?
しっかり体揉んどきな。
さて次回は口直しの意味も兼ねて、楽しい楽しいコラボクエストの第3弾をやっちゃうよ!
ノベルアップ+やアルファポリスで公開されている作品『営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい』(みやこ嬢様 著)より、主人公の阿志雄くんと穂堂さんが参戦!
現代BL作品がアタイの世界観とどうコラボできるっていうの!?
予測不能の【阿志雄くんと穂堂さんに構われたい!】編、始まるよッ!
【第235話 ゴブリンガールは穂堂さんに構われたい!】
ぜってぇ見てくれよな!




