第233話 ゴブリンガールは小首をかしげる!
オオカミ男の正体がまさかの赤ずきん!
そ、そ、そんなのアリ~!?
「ちょっと待って。意味わからない」
「誰か一から整理して」
アタイと読者の発したヘルプに応えるように、マクスウェルはポツリポツリと語り出した。
「狩狼会『赤ずきん』の構成員には初代赤ずきんである少女の血縁者も含まれる。それが僕だ」
マクスウェルは初代赤ずきんの直系の子孫。
先代の者たちがそうであったように、彼も生まれながらにハンターとしての英才教育を受けた。
そしてこれまで数え切れぬほどのオオカミを殺めてきた。
そしてある日、マクスウェルの体を異変が襲った。
人狼への変貌である。
「おそらく呪術の一種。オオカミの討伐累積数が一定に達すると発動するものだろう」
呪われた赤ずきん一族の血筋。
葬られたオオカミたちの怨念がついに盃からあふれ出し、末裔であるマクスウェルの体を蝕んだ。
ライカンスロープは危険指定魔獣であり、発見次第問答無用で排除すべき対象となる。
マクスウェルは自分の属していた組織『赤ずきん』に追われる身となり、正体を隠しながらの亡命生活を余儀なくされた。
ミイラ取りがミイラに、改め、オオカミハンターがオオカミ男に?
なんと皮肉な話だろうか!
「待ちな! 話が噛み合わないじゃないか! ライカンとしてオオカミを助けてみせたり、赤ずきんとしてアタイらの味方をやったり、あんたの目的はなんだったんだい?」
「今の僕は僅かだがケモノの声を聞くことができるようになった。偶然通りがかったこの地でウルフたちの助けを求める声を聞き、見て見ぬ振りができずクエストに介入したんだ」
だがその後で無関係のアタイたちまで加わってしまった。
マクスウェルはとっさに人と狼の2役を演じ分け、アタイたちを傷つけぬようこの一件から遠ざけようとしたそうだ。
敢えて『赤ずきん』の名を出して自分にクエストを一任させようとしたのも、そしてダイアウルフの群れと協力してマイコニドの落とし穴に誘導したのも。
アタイらを足止めし、その隙にエセ勇者を倒してオオカミを逃がし、誰にも正体を知られぬまま姿をくらますため。
それがマクスウェルの目的だった。
「オヤジさん。あんたの追跡をまくのは容易じゃないと思ったよ。しかし、これほど早くマイコニドの毒を攻略するとはね。……いつから僕のことを見破っていた?」
「初見でだ」
ボンボルドはマクスウェルの胸元を指し示した。
そこには筋になった赤い切り傷の痕がある。
「初めにライカンの姿をしたお前と戦ったときに付けた傷だ。同じものが次に出会ったお前の胸にもあった。己の付けた印を見誤るほど俺の勘は鈍っていない」
「そうか、一芝居打たれていたのは僕の方だったか……。そうやって憐れな半獣の道化をあざ笑っていたんだな」
マクスウェルは怒りのあまりワナワナと震える。
瞳が赤く、そして瞳孔が縦に細長く変化していく。
まるで逃げ道を失って牙を剥くケモノの眼だ。
「……あんたには想像できないだろう。物心付くころから殺しの対象として教え込まれてきたケモノの姿に、自分自身がなっているなんてね。こんな運命など嘆かずにはいられない」
「それが呪術であるならば、解術する方法もあるのではないか?」
「探したさ! 同胞の追っ手から逃げながら、必死になって解術士を探し回った! だが未だに見つけ出せていない」
マクスウェルは力なく笑った。
「さすがに疲れたよ。本当は、呪いを解く方法なんて無いんじゃないかって。そんな諦念のせいでヤキが回ったかな。こんなところで一介のハンターに出し抜かれるなんて」
ユラリと体を揺らし、両の手の中のハサミをジャキジャキと回す。
「見破られた。だから生かすわけにはいかなくなった。でなきゃあんたは一生をかけて人狼である僕を追う。そう、同胞『赤ずきん』たちのように。それがハンターというものの性だから」
禍々しい殺気がマクスウェルの体を包む。
彼の憎しみに呼応するように牙が伸び、足先が伸びて腿の筋肉が盛り上がる。
――――一触即発の状況。
そのときだった。
突然周囲の木々からクスクスと女たちの笑い声がこだましたのだ。
「教えて教えて。どうしておばあさんの耳はこんなに大きいの――――?」
「どうしておばあさんの口はこんなに大きいの――――?」
なんだいこの不気味な声は!?
アタイたちを取り囲むように辺りを駆け回る何者かの気配。
時折茂みの隙間に真っ赤な衣服の端が見え隠れする。
そして突如、四方からいくつもの煌めく金属片が飛んでマクスウェルに襲い掛かった。
それは糸の繋がった裁縫針。
マクスウェルの肌に突き刺さり、さらに糸がグルグルと体に巻き付いていく。
「『赤ずきん』に追いつかれたか……!」
ややあって真っ赤な頭巾で頭を覆った刺客たちが続々と姿を現す。
「お口が大きいのはね、お前を食べてしまうためだよ?」
「だから危険なオオカミは殺さないといけない。何よりも真っ先にね?」
その中でリーダー格と思しき女が一歩前に出る。
「人狼は我らにとって絶対的な討伐対象。マクスウェル。お前は自分の身に起きた異変の自覚がありながら、命惜しさに組織を裏切り逃亡した。その代償は大きいぞ」
口元に笑みを貼り付けながらも、口調にはまるで抑揚がない。
それがことさらに恐怖感を煽った。
エセ勇者たちは恐ろしさに耐えきれず、泣きわめきながらその場を逃げ出す。
「ヒエエ! さすがは害獣駆除のスペシャリストの貫禄!」
「もう懲り懲り! あとのことは赤ずきんに任せるよ!」
一方でダイアウルフたちはマクスウェルを庇うように彼の周りに集まり、唸り声を上げて赤ずきんたちを牽制する。
「クスクス。ザコが粋がって。主人を守ろうとでも言うの?」
アタイは思わず怒りの声を上げた。
「ちょっと待ちな! いきなり横入りしてきて強引な奴らだね! マクスウェルは元同胞だろ? だったら言い分くらい聞いてやりなよ!」
「その必要はない。現にマクスウェルはケモノの声が聞こえるなどという妄信に囚われ、安直に人間を傷つけた」
「でもこいつの言うことは真実だったんじゃないか!」
「真実かどうかはどうでも良いわ。人狼とはすなわち狂人。人の心を忘れケモノそのものに変貌していく魔物……。それは人間にとっての脅威」
そう言うと女は自分の頭巾を捲って首筋を露わにした。
そこには醜い噛み傷の痕が残っている。
……おそらく、赤ずきんたちはオオカミとの長い戦いの歴史の中でたくさんの悲惨な仕打ちに遭ってきたのだろう。
その教訓がここまでの冷酷な振る舞いとして現れている。
しかし、マクスウェルは弱々しく反論する。
「確かにオオカミは人に忌み嫌われる厄介者だが、その固定観念を逆手に取って悪事に利用する人間も多い。僕は獣人となったことでそれを学んだ」
「黙れ」
女が手元の糸を引くとマクスウェルの体がさらに縛り付けられ、苦痛の呻きが上がった。
「狩狼会の理念は揺るがない。揺るがしてはならない。呪いに蝕まれたお前の口は災いを起こす。そうなる前に首を刎ねて楽にしてやろう」
すると、そこで成り行きを黙って見ていたボンボルドが動いた。
大斧をブンと大きく一振りし、一度でマクスウェルに伸びているすべての糸を断ち切ってしまったのだ。
「………」
「クスクス。このクマ、赤ずきんの邪魔をするつもり?」
「クスクス。ならオオカミと一緒に狩ってあげようよ?」
今度はボンボルドとマクスウェル VS 赤ずきん集団!?
目まぐるしく勢力図が切り替わるねえ!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
結局マクスウェルは良い奴だったってことよな?
でも赤ずきんたちに命狙われてんじゃん。
じゃあ赤ずきんは悪い奴らなの……?
アタイようわからんのだが。
【第234話 ゴブリンガールはあっかんべーする!】
ぜってぇ見てくれよな!




