第230話 ゴブリンガールはオオカミを狩る!
アタイたちの行く手を阻むダイアウルフの群れ。
そして突如飛び入りしてきた赤ずきんの勇者、マクスウェル。
彼は両手に2本の裁縫バサミを構えている。
童話『赤ずきん』では、主人公の赤ずきんちゃんが意地悪なオオカミの腹をハサミで裂き、丸呑みにされたおばあさんを助け出したというエピソードがある。
まるでそれをなぞらえるようにハサミを武器に扱う勇者。
赤ずきんだとか狩狼会だとか言ってたけど、一体こいつは何者なんだい!?
「ガウッ!」
一斉に襲い掛かるダイアウルフの群れを前に、マクスウェルは手の中で器用にハサミを回した。
ジャキジャキジャキ!
2つの刃を留める鋏要を軸にして、蝶が羽ばたくかのように暴れるハサミ。
それはさながらバタフライナイフのよう。
~シザーウェイブ(アビリティレベル29)~
鋏術闘勇士の習得する攻撃戦技。
高速の手さばきで相手を翻弄し裂傷・切断ダメージを与える。
レベルの上昇に併せて素早さと手数が上昇する。
「はっ!」
オオカミの繰り出す牙をハサミで受け流すマクスウェル。
襲い来る多段攻撃を軽やかに、かつ正確に払い続ける。
かすり傷ひとつ負うことなくあれだけの手を止めちまうなんて、さすがは赤ずきんを名乗るだけあるね!
だが多勢に無勢。
防御に徹するだけで反撃にまで手が回らないようだ。
見かねたボンボルドが斧を掲げた。
「助太刀するぞ!」
「待て! 手出しは無用と言ったはずだ!」
するとオオカミたちはピタリと動きをやめた。
グルグルと唸りながらマクスウェルとボンボルドを交互に睨む。
そうして後ずさりを始め、やがて皆が茂みの中に姿を消してしまった。
「ちょっと、みすみす逃がしちまったじゃないか! せっかく一網打尽にするチャンスだったのに」
「いいや。敢えて逃がしたんだよ」
マクスウェルはハサミをしまうとアタイたちに振り返る。
「人狼、またの名をライカンスロープ。奴の血の跡は消えてしまったが、代わりにダイアウルフたちの痕跡が残った。それを追った先に奴がいるはずだ」
そう言って静かに口角を上げてボンボルドを見据える。
「稚魚を泳がし大魚を釣る。ターゲットを狩るためにはなんでも利用しなければね。ハントの基本だろ?」
「ふん……。貴様が件の頭巾の男だな」
「ライカンの餌食になった勇者パーティ、不憫だったね。僕がその場にいれば傷を負うこともなかったろう。ひとり先行してウルフの動向を探っていたんだが、その隙に村を襲われるとは予想しなかった」
マクスウェルは頭巾を剥いで顔を見せることもしない。
礼儀がなってない奴だねえ!
「『赤ずきん』といえばオオカミ退治のスペシャリスト集団だったな」
「詳しいね。なら話は早い。ライカンは勇者ギルド連合が公認する危険指定魔獣のひとつ。その討伐は我々『赤ずきん』に一任されてることもご存じだろう?」
危険指定魔獣?
んなことこっちは聞いちゃいないよ!
ボンボルドの奴、こんなやべえ案件に自ら首突っ込んでってんじゃないよボケ!
「ここから先のハントは僕ひとりでやる。あんたたち素人は大人しく立ち去ればいい」
「うん! そうする!」
「後は任せたぜ赤ずきん!」
アタイたちは光の速度で回れ右をしたが、そのあと光の速度でボンボルドに首根っこを掴まれた。
「俺たちはビーストハンターだ。心配しなくとも足を引っ張るマネはせん。事件に関わった者として顛末を見届けたいだけだ」
「誰がビーストハンターだよ!?」
「お前はそうでも俺たちは足手まとい以外の何者でもないンだわ!」
ギャースカ喚くアタイたちを一喝すると、ボンボルドはマクスウェルの胸元を指差した。
「お前も手負いのようだしな。無理をすればリスクを増やすぞ」
見ればその胸にはうっすらと血が滲んでいる。
「こんなもの、古傷が開いただけだ。手を借りる必要はない」
「どうかな。狩猟とは持久戦。単独ではできないことは山ほどあるが、複数で動けばそれだけ戦略の幅も広がる。これもハントの基本ではないか?」
「ちっ……。何を言っても付いて来るんだろう。好きにすればいい」
マクスウェルは頭巾をなびかせて踵を返すと、ダイアウルフの痕跡を追ってさっそく歩き出してしまった。
まったく不愛想な野郎だねこの勇者は!
おばあちゃん想いの愛らしい童話版赤ずきんちゃんとは似ても似つかないよ!
「やいやい! 危険指定魔獣とか言ってたけど、ライカンってのはどんだけやべえモンスターなんだい?」
「ケモノの獰猛さに人間の狡猾さを合わせ持つ魔物。だが最も危険視されているのは、奴に関する情報がほとんど出回らないという点だ」
動物は親から生まれ、群れを作ってしきたりを持つ。
でもライカンは突然変異で出現する個体。
目撃例もほとんど無く、故に有効な対策を立てることもままならないそうだ。
「変異種……。それは人だったものが魔物化したのか、それともケモノが人化したものか」
「何が原因でそんなもんが生まれるんだい!」
「さあね。オオカミの生き血を啜ったとか、毛皮が肌に張り付いてそうなっただとか。迷信じみたことを言う連中は多いけど、調査機関の側面も持つ狩狼会でもさえも未だ解明は進んでいない」
ええい、迷惑極まりない奴だねえ!
オオカミといえば赤ずきんだけでなく、7人の子ヤギや嘘つきオオカミ少年など、悪役の代名詞みたいにいろんな物語に登場する。
それの本家大本みたいな化け物と真っ向から戦うことになっちまうとは。
「元々は畑荒らしのオオカミどもを退治するだけの簡単なクエストだったのに」
「いつの間にこんなことに……」
今回ちょっとシリアスに寄りすぎじゃない?
赤ずきんがテーマだっていうからほのぼのメルヘンな雰囲気期待してたんだけど。
ライカンのビジュアルもなんかマジモンの空気感出てるじゃん。
普通に怖いんよ。
それを見てマクスウェルは冷笑した。
「呆れたね。その調子じゃアンデルセンやグリム童話なんてとても読み進められないぞ」
みんなが小さい頃から読み聞かされてきた馴染み深い童話たち。
実はあれ絵本として書き直すときに子供向けにマイルド補正されてたそうで、オリジナルの方は結構エグい話が多いらしい。
最後に主人公が死んじゃったりとか、救いのないオチもそこそこあるそうな。
『鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだーあれ?』 で有名な、白雪姫に毒リンゴを渡す魔女。
あれも実は白雪姫がクソビッチ女で、街中の男をはべらかせて魔女にマウント取ってたのが事の発端だったそう。
んな煽りを受けたらアタイでも白雪女の喉にリンゴ詰め込んでぶっ殺してやってただろう。
ジェラシー特盛りエログロ殺伐ストーリー。
刺激を求めて昼ドラやワイドショーを追っかけてるみんなならドハマりしちゃうかもね。
またひとつ勉強になっちゃったよ。
「どうだい。裁縫バサミで魔獣と戦う赤ずきんの方がまだ可愛い気があるだろう?」
頭巾の隙間から意地悪な笑顔を覗かせるマクスウェル。
くそったれ!
誰も勇者に可愛さなんて求めちゃいないんだよ!
あんたとクマ男は黙ってオオカミどもを絶滅に追い込んでやりゃあいいのさ!
わかったらこのハントもサクっと終わらせてくんな!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
なんだか今回のゲスト勇者は小生意気な野郎だね!
ハントの腕は確からしいけど、自信家な態度は鼻に付くし。
同じハンター勇者同士のボンボルドともソリが合わなそう。
まああの筋肉クマ野郎とソリが合う奴なんてそうそういることもないんだけどね!
【第231話 ゴブリンガールは胞子を浴びる!】
ぜってぇ見てくれよな!




