第227話 ゴブリンガールはアイヤーする!
タオはしばらく首をひねっていたが、やがてひらめき顔になって飛び上がった。
「アイヤー! なるほどわかったアル! おい猪八戒。お前の斧をワタシに貸すアル!」
タオは高重量の斧をえいやと背負い、たどたどしく龍に向けて走り出した。
本当にあのハチャメチャ中華女に任せて大丈夫かね。
だが驚いたことに、龍は彼女の動きに応えるように頭を下げて地表のスレスレにまで接近してきた。
「ホワタァー!」
タオは飛び上がると龍の頭上で斧を振りかぶる。
しかし攻撃を仕掛けたわけではない。
口元から伸びる長いヒゲを中ほどのところで切断したのだ。
『怖いもの知らず』を意味する言葉に『龍の髭を撫でる』ということわざがある。
龍を怒らせてひどい目に遭う、というくらい、そのヒゲは敏感で触れてはならないものだという例えだそうだ。
あろうことかそのヒゲを、撫でるどころか断ち切ってしまうとは……。
こりゃあ死んだね!
しかし、予想に反してイェンロンは身じろぎひとつしない。
じっと大人しくしてタオの次の動きを待っているように見える。
タオが続けてもう一方のヒゲも同じくらいの長さで切り揃えてやる。
すると龍はニッコリとほほ笑みを見せたではないか!
「掛け軸の絵、もっとヒゲ短かったアル。この龍は長すぎて不格好だったネ」
「でかしたぞ! ヒゲにまつわることわざがあるくらい、龍は身だしなみを気に掛けていたのかもしれん。だが自分では上手く整えることができずに助けを求めていたのだろう」
ボンボルドの野生の勘曰く、ヒゲが伸びすぎれば不機嫌になって凶暴性が増す。
その周期が大体12年くらい、つまり干支の辰年に一致するのではないかという。
なるほど、干支は適当に決められたんじゃなく、きちんと動物の習性を踏まえて定まってるってことなのね。
何が野生の勘だよ野生に帰れよクマ男が。
龍は喜びのあまり宙でグルリと一周し、勢いよく天空に向けて飛翔した。
その後ですぐに立ち込めていた暗雲が晴れ、温かな日差しが顔を覗かせた。
こうしてみるとなんだか長い夢を見ていたよう。
伝説の幻獣を前に生きた心地がしなかったねえ。
緊張の糸が切れて脱力するアタイとジョニーとスラモン。
一方でタオとボンボルドは興奮冷めやらぬ様子でガハガハ笑い合っている。
「実は龍のヒゲも珍味のひとつと言われているアル! 料理の脇に添えるだけで、上品で奥深い香り醸し、主役の風味引き立てるという! 不思議とどんなメニューにも合わせられるそうネ!」
へえ、ヒゲまで喰うんだ。
その食に対する底なしの探究心、もはや呆れとか通り越して感心してきたよ。
「それで思い出したけど、ロザリアンヌとの料理対決のタイムリミットそろそろじゃん?」
「げっ。鶏に龍にクマ男の相手までしてたからだいぶ時間喰っちまったね」
「急いで戻るンだわ」
アタイたちは大急ぎで街市場まで引き返した。
すでに広場ではロザリアンヌが露店席に腰かけて待っており、さらにそれを大勢のギャラリーが取り囲んで見守っていた。
タオは自分のリヤカー屋台のまな板を前に、戦闘で披露したカンフーと同じく高速の調理具捌きであっという間に料理を完成させた。
「へいおまち!」
皿を手に現れたタオにロザリアンヌはつまらなそうに返事をする。
「あらまあ、時間ギリギリじゃないですの。間に合わせるために手を抜いた仕上がりになっていないでしょうね」
「黙って食うアル長耳シャオスー!」
タオが皿に被せた釣り鐘型の金属フタを外すと、下から姿を見せたのは熱々ホカホカの天津飯!
「サンユィの鶏肉がゴロゴロ入ったチャーハンに、これまたサンユィの卵を使った卵焼き。その上に鳥の巣を溶かした餡を贅沢に掛けた至極の一品ネ!」
これぞ鳥尽くし!
ちなみにサンユィの肉は食べると酒に酔わなくなるという効能がある。
それを活かして、アルコール量を気にせず中国銘酒でじっくり下味を付けることができた。
魔獣から得られる特別な食材を使ったからこそ実現したこの場限りのスペシャルメニューだ!
さらに天津飯の脇には細かくカットされた龍のヒゲが添えられている。
爽やかな香りの中にほのかな甘み、さらにスパイシーさも感じられて、これが天津飯から湧き上がる酸味の利いた湯気と見事に調和し、絶妙に鼻の奥を刺激する。
ロザリアンヌはその特製天津飯を前に瞬時に目の色を変えた。
この令嬢は性格に難はあるものの、資本家としての実力は筋金入り。
ビジネスに私情を挟んで判断を誤るようなことは決してしない。
故に、一目見て即座に勝敗の結果を悟った。
「……参りましたわ。これが本場中華料理の実力ですのね。長い歴史の中で培われた独自の食の形態、そして自国でしか取れない希少食材との見事な融合。感服ですわ」
ロザリアンヌの合図を受けて、エルフの付き人たちは広げていた輸入牛の販売店舗を片付け始めた。
「アタクシのステーキ産業は潔く撤退しますわ。ふふふ。この市場にテコ入れなど不要ですわね。少なくとも、あなたのような料理人が残っている限りは」
ロザリアンヌはカール髪をかき上げると、握手を求めてタオの前に手のひらを差し出した。
タオは満足げな顔だが、その握手に応える前に注意を促した。
「長耳シャオスー、そそっかしい奴ネ。そのありがたい言葉、ワタシの料理一口食べてみてから聞きたいアル」
「あらいやだ、アタクシったら。たとえ完璧な料理とわかっていても、味わいもせずに評価するのは不躾でしたわね」
はにかんで素直に非礼を詫び、レンゲでひと掬いした天津飯を口へと運ぶロザリアンヌ。
そしてその直後、盛大に口の中身を吐き出した。
「辛ッッッッッッ! あぎゃーッ!」
えぇ……?(困惑)
天津飯って辛いんだっけ!?
「タオ独自の味付けにしても、相当辛そうね……」
「まあ本場の中華飯の辛味については俺らも洗礼浴びたし」
「慣れればちょうど良いスパイスに感じられるはずなンだわ」
……と思いきや、普通に地元民であるギャラリーたちも試食した飯を次々に口から噴き出している。
「これ辛くて喰えたもんじゃない」
「タオの料理、いつまでも上達しない。せっかくの食材いつも台無し」
はあ!?
ちょっと待ちな!
探食家と自称するからうっかり鵜呑みにしちゃってたけど、もしかしてその前提が間違ってたってこと!?
「アイヤー!w ワタシいつも食材の調達ばかりに夢中! 肝心の料理の修行おろそかだったネ!」
そこでふとリヤカーの方を見ると、デスソースの空瓶が無造作に転がっているのに気が付いた。
「えっ、その瓶……」
「ちょっぴりお借りしたアル。シェイシェイ」
「いやこれ中身全部使ってんじゃん!」
「芸術は爆発ネ。辛ければ辛いほどハオチー!」
「限度ってもんがあるんだよ! せめて味見しながら作りなこのメシマズ女!」
本当ならすぐに異臭を嗅ぎ取れたはずだが、皮肉にも龍のヒゲの効果でまったく気付けなかったみたいだね!
そんなこんなで騒いでいると、一足遅れてボンボルドが市場に戻ってきた。
誰も手を付けない天津飯を前に、事情も知らずに腹の虫を鳴らした。
「はっはっは! 闘いの後は腹が減る! どれ、俺も一口食べさせてもらおう!」
止める間もなく豪快に頬張ってしまい、そして文字通り口から火を噴いた。
「ぐおーッ!」
「ムムム! 火を吐くとは、やはりただの人間でなく妖怪のたぐいだったか! 覚悟しろ猪八戒!退治して肝を抜き出してやるアル!」
ヌンチャクを手にボンボルドに飛び掛かっていくタオ。
いい加減にしな!
こんなオチになるとわかってたら間違ってもあんたと龍退治になんか出掛けなかったわ!
そんなバカ舌で料理人を目指すだなんて二度と抜かすんじゃないよ!
もう中華クエストなんか死んでも受けてやらないアル!
アイヤー!w
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
それは魔獣か、または悪念に憑かれた人間のなれの果てか。
存在自体が謎に包まれたモンスター、オオカミ男!
そしてそれを追うのは赤ずきんを身にまとう狼ハント専門の勇者!?
まるで童話の『赤ずきん』をなぞらえたような展開だねえ!
狩る側と狩られる側、因縁の追いかけっこが始まった!
サイドクエスト【オオカミを狩る!】編、始まるよッ!
【第228話 ゴブリンガールはオオカミ男と出会う!】
ぜってぇ見てくれよな!
次の更新は1~2週間ほど空く予定です!(※今日は2/10)
次のクエストもぜってぇ見てくれよな!




