第198話 燃え上がれ俺の車輪! 怒りの奥義バーニングファイヤー!
衝撃のボンバイエ血まみれ転倒事件から数週間。
荒れくれライダーたちの集うツヅラ坂には陰鬱な空気が立ち込めていた。
そこにひとりの見慣れぬ男が現れる。
深く被った帽子のツバで目元を隠し、足元まで伸びる厚手のマントに体を包む。
流浪者ふうの男の手には使い古された一輪車が携えられている。
明らかにタダ者ではない気配……!
「もし……。この峠にケンと名乗る男がいると聞いたのだが」
「はあ。ケンの奴ならそろそろ来ると思うけどね。ところでお前さんは何者だい?」
「名乗るほどの者ではない」
だがモブのひとりが男の持つ一輪車を見て驚きの声を上げた。
「そのカスタマイズされたマシン……! もしやあんたは隣の峠の覇者、『曲芸乗りのマサ』!?」
一同にどよめきがこだまする。
「フ……。俺の旧友であるボンバイエたけしがどこぞのガキに痛めつけられたと聞いたんでな。悪い虫は早い内に取り除いておいた方がいい」
「あんたがケンを退治してくれるのかい!」
「ありがたやありがたや!」
「おいお前ら! なんの話をしてやがるんだぜ!?」
ウワサをすれば、そこに姿を見せたのは悪名高いケン!
彼の瞳はいつにもまして激しく燃え滾っている。
言葉を交わさずとも好敵手と出会ったことを肌で感じ取ったのだろう!
「ケンちゃん……! なんだか嫌な予感がするわ! あの男は危険よ!」
「安心しろじゅりあ。俺は誰であろうと負けるワケにはいかないんだぜ!!」
「フ……。卑怯な戦法に頼るだけのガキめ。痛い目に遭わせてわからせてやる」
かくしてケンとマサとの一騎打ちが行われることになった。
今回は前の戦いのゴール地点だった7合目からスタートし、中級コースを一通り巡る。
厄介なカーブが連続する高難易度コースだ。
手に汗握る対決の勝敗はいかに!?
白線に並ぶケンとマサ。
「位置について。よーい、どん!」
「先手必勝! 喰らえ! 『エキセントリックアターック』!!」
強敵を前にケンも本気だ!
スタートする前から手に握って準備していた棒切れをさっそくマサの車輪に向けて伸ばす!
しかし、そこで信じられないことが起こった!
「なにっ……? いない!?」
隣にいたはずのマサが……消えた……?
「ケンちゃん! 上よ!」
「なんだと!?」
なんとマサは車輪ごとハイジャンプしてケンの初手を躱したのだった!
「ククク……! 曲芸師の俺にとってこの程度は造作もない」
着地した後もその場で器用にクルクルと自転してみせるマサ。
「ちくしょお! まだだ!」
なおも棒切れを突き出すケンだが、マサは体を大きく傾けてその攻撃をたやすく避ける。
車輪を地面に付くスレスレにまで近づけては、ガクンと体を引き起こす。
そんな大振りの動作を右に左にとバタバタ繰り返して挑発する。
「なんなの……あの動き……!」
「フフフ。曲芸乗りのマサ。奴も本気というワケね」
いつの間にかじゅりあの隣に謎の女が立っていた。
レオタードの際どい衣装に紺色のマントをなびかせ、顔には舞踏会で付けるような蝶型のドミノマスク。
その華美な衣装に対して年は結構いってるようにも見えるが、一応は年齢不詳。
明らかな変質者である!
「あ、あなたは一体……!」
「私の名はファンタジアあさこ。ウフフ。私のことよりお熱のカレに目を向けておきなさい。この勝負、一瞬の気の緩みが明暗を分けるわよ」
恐怖におののくじゅりあを手で制すあさこ。
この変質者の言う通り、少し目を離したあいだにケンとマサはコースの半分ほどまで車輪を進めていた。
無論、その間も激しい攻防戦を繰り広げながら……!
「ウフフ。ここからはえげつない角度のヘアピンカーブの連続。曲芸師のマサにとっては朝飯前の障害でしょうけど、果たしてボウヤにはどうでしょうね?」
まるで蛇がのたうつように曲がりくねったカーブ。
先を見通すこともままならない悪路を前にケンは舌を巻いていた。
一方マサは圧巻のドラテクで難所を次々と突破していく。
「ククク……。ケン討ち取ったり!」
「ちくしょお……! ここまでなのかよォー!?」
「ケンちゃん……! このまま黙って見ていられないわ!」
想い人のピンチを前に思わず駆け出すじゅりあ。
そんな乙女を目で追ってファンタジアあさこは笑みをこぼした。
「ウフフ。青春ねえ」
じゅりあとあさこは観戦エリアの中腹あたりにいた。
すぐ先にコースの一部があり、ちょうど競走中のケンとマサが差し掛かる頃合い。
じゅりあは2人を迎えるようにしてその道の端に立つ。
「ケンちゃん! 受け取って! これでパワーアップよ!」
そう叫ぶとどこから取り出したのか赤いポリタンクのフタを開け、中身を盛大にぶちまけた。
「うわ! なんだこれは!?」
予期せぬコース外からの妨害に対処しきれないマサ。
謎の液体を全身に浴びてしまう。
「まさかこれは……! ガソリン!?」
顔を上げると、すぐ背後には禍々しい顔をしたケンが……。
彼の手にはマッチ棒が握られている。
それがタイヤの摩擦によってボッと小さな明かりを灯した。
「何をする気だ!? や、やめろ!」
「おいおい! さっきの威勢はどうしたんだい!? 曲芸乗りのマサさんよお!!」
マサの顔が恐怖で歪む。
「俺はここで禁忌を犯す! 封印されし究極奥義! 『バーニングファイヤー』!!」
放られたマッチがガソリンに移り、一瞬にして火柱と化すマサ!
「ぎゃあああああああ!!!」
燃え盛る炎を見つめてファンタジアあさこはひとり高揚した。
「並の神経ならばためらうことをたやすくやってのける。さすがだわケン。あのボウヤこそ私が探し求めていた千年に一度の逸材……。フフフ、ウフフフフ!」
火だるまとなってピクリとも動かないマサを横目に、ケンは余裕の走りでゴールテープを切った。
「決まったぜ! 正義は必ず勝つんだぜ!!」
「いやだから何やってんだよ!?」
「もうこれ大会規約とか関係なく犯罪だぞ!」
ケンの暴挙を前にとうとうギャラリーたちの怒りが噴出した。
「もう我慢ならねえ! こいつに司法の裁きを受けさせてやる!」
「そうだぜ! たとえ協会が動かなくても俺たちには民法がある!」
だがいきり立つ観衆の前に変質者あさこが立ちはだかった。
「ウフフ。あなたたちは何もわかっていないようね……」
「なんだお前は! そこをどけ!」
「やれやれ、愚かね。仮にボウヤが訴えられたとしても裁判所の出頭令は義務の範疇。必ずしも従う必要はないのよ」
「すっぽかすってのか? それなら自分に不利な判決になるだけだぞ! 損害賠償待ったなしだ!」
「その賠償金も支払いを強制することまではできない」
観衆たちは困惑した。
「そもそも債務者に支払う能力が無ければどこから金を絞り出すっていうのかしら?」
「ざ、財産を差し押さえるって方法もあるだろう!?」
「寝言は寝て言いなさい。あのボウヤにそんな貯蓄があるように見える?」
振り仰いだあさこに応えるように、今日イチのほくそ笑みを見せるケン。
社会的弱者も落ちる所まで落ちれば無敵――――。
そう、誰にもケンの暴走を止めることなどできはしないのだ!
ガクリと膝を折るギャラリーたち。
あさこの嘲笑う声が彼らの頭上にいつまでも鳴り響いた。
正義は必ず勝つんだぜ!
ピース!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
え? 刑法?
なにそれ?
そんなケンに過去最大の試練が訪れる!
突きつけられた挑戦状、その内容は『妨害道具を持ち込まずにコースを走る……!?』
姑息な戦法を封じられたケン、果たして勝機は見いだせるのか!
【第199話 ケン大ピンチ!? 脅威の身体検査! 俺は体制に屈しない!】
来週もおもしろカッコイイぜ!




