第186話 ゴブリンガールはのけ者にされる!
「いつまで怖がってんだよ、シブ夫!」
「僕が、何を……?」
「自分の人生に向き合うことだろ!」
絶句するシブ夫。
代わりにアタイが言い返してやろうと身を乗り出したが、しかし寸でのところで言葉を飲み込んでしまった。
なぜなら、かつてシブ夫がアタイに言ってくれたセリフが頭に浮かんだからだ。
――――転生したこの身はゴブ子さんのために捧げます。
魔王を倒す旅も元はアタイが言いだしたのをシブ夫が後から付いてきた。
魔境ガルタナンナへ行く直前に駄々をこねたときだって、ひとつ返事でアタイの訴えに賛同した。
仮にアタイが間違った道を選んだとしても、シブ夫なら一片のためらいもなく付き合ってくれるのだろう。
自分のものだったこのスマホだって未練も無く手放してしまったんだ。
それに気付いたとき、アタイは背筋が薄ら寒くなるのを感じた。
「ニートとして何も為せなかったお前は、ここでもう一度失敗するのを恐れてるんだ」
だからこの世界で初めて出会ったアタイを追った。
アタイの野望に乗っかって、それを自分の転生の目的にしてしまった。
物語の主人公にならなければ、道半ばで倒れたとしても簡単に諦めを付けることができるから……。
「ガルタナンナに乗り込んだときはさ、パーティが全滅してもおかしくない賭けだっただろ。お前はそこで自分のために仲間の命を預かる勇気は無かった。でもゴブ子ちゃんのためだと言えばそれができたんだよな」
「………!」
「卑怯だぜシブ夫。世界を背負う覚悟があるんなら、ゴブ子ちゃんの名前は出さずに自分だけを信じろと言ってみせろよ!」
「もうやめな!」
アタイは力いっぱいに叫ぶ。
「偉そうにほざきやがって! そういうあんたは何者なんだい! 向こうの世界で何を為して、こっちで何を為そうっていうんだよ!」
「俺は非力だけどさ、誠意を込めて人たちの生き様を見てきたよ。バックパッカーとして各地を回って。痛ましい出来事ともたくさん出会った。そこでひとりひとりに寄り添ってきたんだ」
「勇者が聞いて呆れるね! みんなが求めてんのは同情の声じゃなく、一体でも多くのモンスターを倒してくれる力だろ!」
「それだけが勇者じゃないじゃん」
モリ助は直立不動のままのシブ夫に歩み寄っていく。
「これまでにいろんな奴に会ったよ。中にはお前に似た勇者もいた。そいつすげえ真っ直ぐで、芯があって、一緒にいて楽しかった。でも正義とか悪とか、そんな単純なもので割り切れることばかりじゃなくて、あいつずっと自分で自分の信念に問い続けてた。それで最後は潰れちまった」
シブ夫の正面に立ち、その襟首に掴みかかるモリ助。
「だけどさ、俺たちみたいな奴こそそういうものから目を背けちゃいけないんだよ! 俺はこの国の人たちだけじゃない、お前の力にだってなりたいんだ!」
「………」
返事をしないシブ夫を見かねて、モリ助はその頬に平手を打った。
「しっかりしろよ! シブ夫―っ!」
ぺちん。
レベル1のザコが繰り出す平手は中堅勇者のシブ夫にとって1ダメージにもならないだろう。
それに対してシブ夫は……。
モリ助の顔面のど真ん中に怒りの拳をお返しした。
バゴンッ!
「ほげえええ!?」
ドバドバと鼻血を噴き出して卒倒するモリ助。
「……キミに何がわかるんですか」
あっ……。
今度はシブ夫がキレるターン……?
予想外の展開の連続に場は凍り付きっぱなし。
もはやクーデターなど忘れて、正規兵も反乱兵も息を呑んで成り行きを見つめるだけだ。
怒りのあまり目を見開いてモリ助に迫るシブ夫。
モリ助も顔中を血と涙で汚しながらもヨタヨタと立ち上がる。
「寄り添うだけで何かが解決しますか」
バキッ!
「ッ……どんな行動であれ覚悟を持たなきゃだめってことだろ!」
ぺちん。
「それこそ綺麗事じゃないですか。覚悟を持つキミより僕の方がよほど人を助けています」
ドゴッ!
……………。
煌びやかな王の間がモリ助の返り血によって赤く染まっていく。
アタイはシブ夫の肩を掴んで止めた。
「その辺にしとかないとマジで死ぬよこいつ」
モリ助の顔はボコボコに変形し、もはやどこが目か鼻かも識別できない。
「シブ夫殿。モリ助殿。互いの想いは十分に伝わったはず。これ以上の諍いは無用であろう」
ドン引きしながら仲裁の声を掛けるユーリアン。
それに老代官も言葉を重ねる。
「モリ助殿の厳しいお言葉は期待を込めてのもの。ですがシブ夫殿もその解法を模索し苦しんでいる最中」
「時に意見を衝突させるのも悪くはないが、我を見失っては元も子もなかろう」
――――その直後、シブ夫とモリ助はビタリと動きを止めた。
そしてゆっくりと首だけを回して王と代官に振り返る。
その機械的な動きにギョッと体を震わせるギャラリーたち。
だがその異様に張りつめた空気をぶち壊すようにして、2人はニカッと笑顔を作った。
え……?
なになに、このタイミングを図ったようなスマイルは?
「そのお言葉、そっくりあなた方にお返しします」
「……まったくさあ、そのセリフが出てくるまでが長すぎるって!」
フラフラと怪しい足取りのモリ助をシブ夫が肩で支え、朗らかに笑い合う。
一方でこの場に集うすべての兵士たちがぱちくりと目を見合わせた。
「頭に血が上っていては視野も曇ります。ですが第三者の目でなら冷静に考えることができたでしょう」
「ねえ気付いた? 俺たちの喧嘩って、あんたたちの抱えてるゴタゴタとおんなじよ」
……もしかして。
アタイたち、一杯食わされたの?
「ユーリちゃんはみんなのことが大好きすぎてさ。頑張りすぎちゃったんだよな。周りのみんなもそうして苦しむ彼女を助けたかった」
「根底にある想いは誰もが等しく同じです。それが行為として行き違っただけの結果でしょう。武器をぶつけ合う必要などどこにもないことがわかりましたね?」
ハッと視線を震わせたユーリアン。
「……ユーリ様」
老代官が彼女の前に跪いて深々と頭を下げた。
「お許しください。お父上を失くして傷心するあなたを見ていながら、さらに王の責務までもを負わせてしまった。暴政に至らしめたのもすべては我らの不甲斐なさのため」
「何を言う。これは余のエゴである。それでも……」
唇を噛み締め、一人一人に視線を留めながらゆっくりと周りを見回す。
「そなたらがいなければこの国は無く、余もいなかった。血筋はあれどこの地に暮らす皆を家族だと思っている。失いたくなかった。栄華を手放しても、暴君と罵られようと、余はそなたらを守りたかったのだ……」
「姫様。あなたに仕える者たちの瞳をご覧になればおわかりになるでしょう。グリフォンに襲われた時も誰ひとり、その目は恐怖にくすんでなどいなかった。あなたのために投げ出す命なら、それは悲劇ではなく本望です。そうした想いの者たちで築き上げた国でありましょう」
ユーリアンは溢れ出す涙をゴシゴシと両手で拭うが、次から次に止めどなく流れてしまう。
「ふええ……!」
「もう一度やり直しましょう。そのときはあなたひとりに背負わせはしません。すべての民で話し合い、あなたの導くこの国のあるべき姿を定めましょう」
号泣する幼女を優しく抱きしめる老人。
「姫様!」
「ユーリアン様―っ!」
両軍勢は互いに手を取り合って泣き叫ぶ。
優しさに満ちたもらい泣きは次々と波及していき、城全体が温かな嗚咽に包み込まれていった――――。
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
……ズピピー!(鼻をかむ音)
まったくなんだってんだい!
散々ハラハラドキドキさせといて、最後はお涙頂戴オチかよ!
さっきから目にゴミが入りまくって顔中がビショ濡れだよ!
【第187話 ゴブリンガールは嫉妬する!】
次回で王都クエスト、完結!




