第171話 ゴブリンガールは黒魔術する!
かくしてピク美のお料理レッスンが開催された。
十数名の生徒たちに交じってアタイとヒューゴ、そしてクラリスも参加している。
ちなみにだが、ここでざっとそれぞれの相関関係を説明しておこう。
言わずもがな、アタイの片想いの相手はシブ夫だが、同じく彼を狙っているのがクラリスとスージー。
そしてややこしいことに、そのスージーを狙っているのがヒューゴである。
なんだか頭がこんがらがってきそうだよ。
アタイとシブ夫以外のみんながくたばってくれれば話は早いってのに。
なかなか上手くいかないもんだねえ。
ピンクエプロンのババアがみんなの前で声を張り上げる。
「これから恋の必殺レシピを教えてやるからよ~く聞くんだよ! いいね! まずチョコを溶かす。そして型に入れて固める。以上」
「………」
終わり!?
生徒たちはどよめき叫ぶ。
「なにが料理教室よ! こんなの詐欺じゃない!」
「高い入会金を払ったのに! お金返して!」
無理もない。
みんな必ず恋が叶うという謳い文句に釣られてやってきたクチだ。
こんなお粗末すぎるレッスンを受けて平静でいられるはずがない。
だがババアはそんな憤る子羊たちを一喝した。
「黙りなぁ! あんたたちは見た目だけじゃなく心の奥まで醜いみたいだねえ! そんなんだから男どもに相手にされないんだよ!」
静まり返る教室。
「いいかい! あんたたちは顔じゃ勝負できない! 他の女たちと同じ土俵には立てないんだよ! そのクセしてチョコレートひとつで手軽に恋を買えるだなんてフザけた考えはね、今この場で捨てな!」
しばらくしてポツポツとすすり泣きの声が聞こえ始める……。
そう。ここに集ったのは内気で奥手な子たちばかり。
そもそも自分に自信を持てているならば、わざわざバレンタインやチョコなんかに頼らなくてもアタックできているはずなのだ。
現実を突きつけられて顔を覆うエプロン女子たち。
そんな彼女たちにアメとムチを与えるように、今度はキュッピイが優しく声を掛ける。
「さあ、顔を上げるっピ。キミたちには自分しか持っていないステキな個性があるっピ。オリジナリティを凝らした世界にひとつだけのチョコを作れば、工場で量産された個包装チョコなんかには負けるはずがないっピ」
「でも……。一体どうすればいいの?」
「真心という名の隠し味をちょっぴり混ぜるだけで良いっピ。舌の肥えた世の男どもはありがちな砂糖の甘さよりもインパクトを欲しているはずだっピ」
キュッピイに促され、1人また1人と立ち上がる女子たち。
「インパクトという隠し味……。そうだ、これだわ!」
「自分しか持っていない個性、私も見つけた!」
閃いた女たちは嬉々として調理台に向かう。
そして自分の爪のカケラやら、髪の毛の束やらを溶かしチョコに練り込み始めた。
中には包丁で指先を切って血を滴らせてる猛者もいる。
黒魔術か何か?
「ふん。どうやら道を切り開いたみたいだねえ~!」
「先生! 私たち頑張ります!」
いとも容易く手中にハマってしまったらしい。
狂気じみた空気の支配する教室の中でアタイは人知れず身震いする。
「ヤバすぎるだろ。ここを出たら警察に通報しとくぜ」
ヒューゴはドン引きしながらもマイペースにチョコを溶かし始めた。
手際よくボウルをかき混ぜながら自前のハーブやスパイスで味付けをしているようだ。
「あんた料理できるのかい?」
「野営暮らしが長いからな。キャンプ飯の延長みたいなもんだが、まあひとつの趣味だぜ」
こいつ料理教室来る必要あったん?
まあこのチキンハートのことだから、技術を学ぶっていうよりも同じ境遇の仲間と交流して恋の後押しをして欲しかったってところだろう。
一方で料理経験の無いクラリスはさっきから腕組みをしたまま固まっている。
「個性……。インパクト……。う~ん」
そして突然目を見開き、笑顔になって声を上げた。
「見つけました! 私だけにしかない真心のこもった隠し味!」
そうして溶かしチョコに手をかざすと何やら呪文を唱え始める。
クラリスの瞳が鈍色に光ると、それに呼応するようにチョコの表面がほんのりと輝いた。
そしてゆっくりと宙に浮き始めたではないか!
「重力魔法で重さを無くしました! これこそ私だけが作れるオリジナルチョコです!」
いやそれどうやって喰うの?
「確かに!」
動揺するクラリス。
高度な重力魔法は細やかなコントロールを必要とする。
術者の気の揺らぎを受けて液体のチョコは宙をフラフラとさまよいだしてしまった。
そして隣にいたヒューゴの顔面にベチャリと掛かった。
「ギャアア! 熱っつ!」
「わわっ! すみません!」
クラリスはとっさに自分のエプロンを捲し上げてヒューゴの顔を拭こうとする。
だが女に耐性の無いヒューゴとしては、いきなり密着されるものだから彼女以上に慌てふためいてしまった。
「キ、キミのエプロンじゃなくて、違うもので拭いてくれ!」
「わかりました! じゃあこれで!」
クラリスは近くに立てかけてあった便所掃除用のモップを手に取る。
「それで顔拭くの!? 可哀想だからやめたげて!」
こいつは正真正銘のドジっ子みたいだね!
チョコを拭き取ってひと息ついたヒューゴも呆れ顔だ。
「とんでもない慌てんぼうだな」
「ごめんなさい。私いろいろと不器用で」
「そうみたいだな。さっきの溶かしチョコもダマだらけだったぜ」
「そうですか?」
見かねたヒューゴがクラリスに調理器具の使い方をレクチャーしてやる。
こいつはなんだかんだで面倒見の良い兄貴分だからね。
やたら話が長いのが玉に瑕だが、そんなヒューゴの長話に真剣なまなざしで頷きを返すクラリス。
悪戦苦闘ののち、不格好ながらも試作チョコを完成させた。
「できました! ヒューゴ先輩! ぜひ食べてみてください!」
「よくやったな。それじゃあ味見させてもらうぜ」
笑顔でチョコを口に放り込むヒューゴ。
その直後、自分の調理台に視線を移したクラリスが青い顔をして叫んだ。
「あっ! 私、砂糖と間違えて違うものを入れちゃったかも!」
やれやれ、どうやら白い粉繋がりで塩でも入れちまったのかい?
メシマズあるあるだね。
と思ったらヒューゴが勢いよく口からチョコを噴き出した。
その塊はゴロンと重々しい音を立てて床をどこまでも転がっていく。
ちょっと待ちな!
なんだいこのチョコらしからぬ挙動は!?
見ればヒューゴの歯茎は血まみれで、おまけに前歯も欠けているではないか。
「セメント粉と間違えちゃったみたいです」
なんで!?
なんであんたはセメントを調味料と並べて置いてんの!?
どうやらこの女のドジっぷりは異次元レベルみたいだよ!
つ・づ・く
★★★★★★★★
次回予告!
もうドジとかじゃなくて普通に頭おかしくない?
こんな女にはどう転んでも負ける気がしないねえ!
アタイがチョチョイのチョイで激うまチョコを作ってやるから、まあ見てな!(フラグ)
【第172話 ゴブリンガールはチョコを練る!】
ぜってぇ見てくれよな!




