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色々とご都合主義。
何かを作り上げるのに膨大な時間がかかったとしても、それが壊れる時というのは案外呆気ない。
モルサナ国が滅んだのも、随分と呆気ない事だった。
レティシア・ハルヴェイル公爵令嬢は当時、モルサナ国の第一王子ライアスの婚約者であり、次期王妃と期待されていた。
レティシアが十二歳の時に婚約が結ばれて、その後は王子妃としての教育を城で受ける事となった。
レティシアは幼い頃から優秀で、公爵家での教育はその時点でほとんど終わりかけていたというのだから、王家も相当期待していたのだろう。城に迎え入れられて、レティシアは準王族として過ごす事となった。
レティシアの評判はとんでもなく良かった。
それこそ、婚約者であるライアス王子以上に。
むしろライアスは王族として生まれたものの、しかし才能があったかと問われれば多くの者が言葉を濁しそっと視線を逸らした。面と向かってハッキリ言えるはずもない。言えば不敬ととられるかもしれなかったのだから。
ライアスが純粋にレティシアの優秀さを喜べる人物であったのならば、後にあんな事にはならなかっただろう。
しかし彼はレティシアの高すぎる評判に、勝手に自分と比べて勝手に落ち込み、嫉妬し、そうしてそれらが嫌悪に変わるまで時間はほとんどかからなかったのである。
ライアスの教育の進みはあまり良いとは言えず、その逆にレティシアの教育の進み具合は教師たちの予想を上回る程で。
それがますますライアスにしてみれば面白くない。
十五歳になって、ライアスにも王子として、次期国王として徐々にやるべきことが増えていった。執務が割り当てられるようになったものの、そもそもロクに教育が進んでいなかったのだ。ライアスがそこに少しとはいえ増えた執務をこなせるようになるか、と言えばそんな事はなかった。
「いずれ結婚し妻となって私を支えるのだから、それが少し早まるだけ」
そんな風に言って、ライアスはよりにもよってレティシアに自身の執務を押し付けたのである。
そうしてそこから、ライアスは楽を覚えてしまった。
自分がやらなきゃいけないものでも、自分より優秀と言われているレティシアがいるのだから、そちらにやらせればよい。自分がやるより圧倒的に早く終わるのだから、何も問題はないだろう。
そんな風に考えて、ライアスは後は自身のサインをするだけ、というところまでレティシアにやらせて、自分は最後に書類にサインをする。レティシアとて最初こそそれでは殿下のためになりません、とあれこれ言ったが、どちらにしろやらなければ他に迷惑がかかる。王妃や国王にレティシアが訴えた事もあったようだが、ライアスの凡庸さは両親も既に知っていた事だ。
だからこそ、執務を割り当てた事はまだ早かったとして、ライアスの教育に力を一層いれるから、当面はライアスの執務を代理でレティシアがこなすように逆に王から言われてしまえば。
レティシアは内心も表面上もしぶしぶであったものの、引き受けるしかなかったのだ。
王妃も最初の頃は優秀なレティシアが嫁に来る事を純粋に喜んでいたけれど。
しかしそれがいつの頃からか、疎ましく感じられるようになってしまっていた。
ライアスとレティシアが比べられている事は王妃も知ってはいたけれど、王妃とレティシアが比べられるような噂もあったからだ。
レティシア様が王妃となれば、今の王妃様はすっかりお役御免ですわね。
そんな感じの噂が聞こえて、王妃の怒りはそれを言った本人ではなくレティシアへ向かった。
きっとレティシアもそう思っているに違いないという、完全な被害妄想だった。
そうでなくとも優秀すぎて挫折らしい挫折をした事のなさそうなレティシアである。
王妃は親切心というオブラートもどきで包んだ悪意をレティシアへぶつけるようになっていった。
端的に言えば、王妃がやらねばならない執務の一部をレティシアへ押し付けたのである。
今までは優秀で可愛らしい未来の義娘だったはずが、ちょっとした噂でレティシアの見方が変化し些細な事が目につくようになって、今までは好ましいと思っていた部分も逆にイヤな部分として見るようになってしまったのだ。そうなると、自分の息子が平凡であるからか、それすら見下しているに違いない、と王妃は思い込んでしまってレティシアに対する態度にかすかな棘が含まれるようになっていった。
ライアスと王妃に悪意があったのは確かだ。
そしてそこに、いつからか王までもが。
自身の執務の一部をレティシアへ押し付けるようになっていったのである。
国王自身はレティシアに対して悪意を持っていたわけではない。
ただ、彼もまた優秀とは言い難い程度のものでしかなく、日々やってもやっても終わりの見えない書類仕事に嫌気がさしただけであった。
ほんの出来心。
言ってしまえばそういうものだ。
けれど、これくらいなら、ちょっとくらいならレティシアに肩代わりしてもらっても大丈夫なんじゃないかなぁ……? なんて甘い気持ちで、一部の書類を紛れ込ませたのである。
レティシアが涼しい顔をしてさらりとこなしていくのを見て、国王は味を占めてしまった。
本来ならば自分でやらなければならないものではあるけれど、一部とはいえ肩代わりをしてもらった事によって、自分の仕事が終わる時間が少しだけ早まったのだ。そうする事で自由時間ができあがった。
ゆっくりできる時間がとれた事で、王の心に余裕が生まれる。
最初のうちは申し訳なさを感じていても、同時にレティシアが優秀である事に感謝していたのだ。
けれどもいつしか。
それはすっかり当たり前へと変わってしまった。
そうして徐々にレティシアへ押し付ける仕事の量が増えていったのである。
事件が起きたのはライアスが学園に通うようになって卒業を間近に控えた時だった。
今まで顔を合わせる事もなかった低位身分の貴族たちや、遠方にいて手紙でしかやりとりするだけだった者。
そういった今まで関わる機会が限られていたような相手とも接する機会が増えた事で、ライアスに限った話ではない、実に多くの令嬢や令息たちの周囲の人間関係が広がる事となったのである。
ライアスは幼い頃からの友人――いっそ親友と称してもいいが、しかしライアスが暮らす王都と、彼の過ごす土地とはあまりに距離が離れていたのもあって中々会う機会がなかったケイネス・モラジブとの出会いに浮かれ、更には低位身分で今まで会う機会がそもそもなかったモリス・メネット男爵令嬢との恋に溺れた。
ケイネスは辺境伯の次期後継者とされているために中々王都までやって来る事がなかったが、学園に通う事でライアスと直接話をする事ができるようになった。
幼い頃に何度か顔を合わせた事はあるが、それだって本当に片手の指で数える程度でしかない。それでも意気投合して手紙のやりとりは欠かさなかったが、しかし手紙では伝えたい事も限られる。
直接会って話をすれば、時間を忘れる程に会話は弾んだのだ。
ライアスもケイネスもお互いに親友である、と認識しているが、しかし一部の者から見れば親友というよりは悪友という方がしっくりくるのかもしれなかった。
だがしかし、周囲の今まで特に関わる事がなかった令嬢たちは、ライアスとケイネス、二人並ぶ姿を見て麗しいと溜息を吐き、令息たちはといえば、自分たちが関わる事のないような雲の上の相手が案外とっつきやすく親しみやすいのだ、と好意的に見ていた。
自分たちに何らかの理不尽な迷惑がかかっていたのなら、きっとそうは思わなかっただろう。
ライアスの悪意はレティシアにのみ向いていたし、ケイネスも周囲に当たり散らすような事はなかったので。
身分違いの恋に落ちたライアスが婚約者であるレティシアを邪魔に思うのは時間の問題だった。
どうにかしてレティシアの落ち度として、自分は悪くないのだという状況で婚約をなかった事にしたい。そう考えるようになるのにそう時間はかからなかったし、しかし然程賢くないライアスだけでは名案が浮かぶはずもなく。
ライアスは唯一無二の親友であるケイネスへ相談していた。
ケイネスが過ごしていた辺境は帝国との境に存在しているものの、現在帝国との関係はそこまで悪くもないために、常に警戒しなければならないわけではなかった。
ただ、魔物がそれなりに出現するので、そういったものを討伐するためにケイネス自身も何度か狩りに参加した事はある。辺境はそこで過ごす人間にとっては戦えなければ、生きていくには厳しい土地だ。
故に、王都の人間と比べ、一歩間違うと野蛮だとか暴力的だ、なんて思われる事もあるのだが、ケイネスは見事に猫を被っていた。だからこそ、彼の内に潜む暴力性に気付く者はいなかった。親友であるライアスもまた、何一つ気付かなかったのである。自分にそういったものが向かなければ、案外人というのは気付かないものなのかもしれない。
そんなケイネスは実のところレティシアに劣情を抱いていた。幼い頃に見て一目で恋に落ちたものの、それを自覚する頃にはライアスの婚約者として決まってしまい、淡い恋はいつしか歪んだ物へと変化していった。
相手がライアスでは流石に略奪もするわけにはいかないな……と思っていたところに、しかしライアスはレティシアではない別の女に恋をした。
ケイネスはモリス男爵令嬢の事などどうでもよいと思っていたし、アレに惚れるとかライアスは女の趣味がどうかしているとも思っていたが、しかしケイネスは猫を被ったまま、親友の仮面をしっかりとはめ込んだ状態で彼の恋愛相談に積極的にのる事にした。
レティシアに瑕疵がつけば、次に結婚する相手は多少難ありでも向こうに文句などつけられるはずがない。
そういった弱みに付け込めば、自分にもチャンスはあるのではないか。
ケイネスは愚かにもそんな風に考えたのである。
ただ純粋にレティシアを好きでいるわけではない。
凛としたその姿をぐちゃぐちゃにしてやりたいという欲望すら持つようになっていたケイネスは、真実はどうであれ醜聞まみれになったレティシアを恩を売る形で引き取って、そうして自分から逃れられないようにしてやろうと目論んでさえいた。
故に、レティシアが学園にてライアスが寵愛するモリスに嫉妬した事にして彼女を虐げていたという噂を流し、モリス自身も実際に何者かに嫌がらせを受けていたのもあって、それらを全てレティシアのせいにしてやろうと思い至ったのである。
――お察しではあるだろうけれど、ケイネスもまたライアスと頭の出来はそこまで変わらなかった。
いや、ライアスと比べれば多少マシだったのかもしれないが、しかし目がくらんだのだ。
長年焦がれていた相手を手に入れられるかもしれないという事実に。
レティシアを自分のものにして、一生縛り続ける事ができるかもしれないという、暗い喜びに。
ライアスとケイネスがもっとマシな頭の作りをしていたのであれば、もしかしたらその作戦は成功したのかもしれない。
けれども、卒業を間近に控え、作戦を決行したその日、彼らの目論見は崩れ去ったのである。
学園でレティシアがモリスを虐めていた、という噂があった。
そしてモリスは実際に何者かに嫌がらせをされていた。
だが実際は、己の立場を弁えずに高位身分の男性に目をかけてもらっているという事を羨んだ、レティシアとは一切関係のない令嬢たちがしでかした事だし、それをレティシアのせいにされても彼女の瑕疵にはなりようがない。
そうでなくとも、レティシアが目障りだと判断したのなら、モリスは嫌がらせを受けるくらいで済むはずもない。けれどもそういった部分には目を伏せて、彼らはいかにしてレティシアが次期王妃として相応しくないかを周知する方向性に舵を切っていたのである。
言ってしまえばただの冤罪。
けれども、大勢の前で起きた出来事を完全になかった事にするのは不可能に近い。
今回の噂は事実無根であったとしても、他の何かをやっていないという事にはならない。
そういう風に『もしかしたら……』を植え付ける事ができれば、ケイネスにとっては充分であった。
ところがその目論見はあっさりと潰されてしまった。
そもそもの話、レティシアは学園に籍を置いていても、通ってはいなかった。
テストの時だけは出席していたようだが、教室に足を運ぶでもなく教師たちが監視する中でテストだけをして、そうしてすぐに城へ戻っていったのである。
これに関してはライアスの執務のほとんどを押し付けられていた事と、王妃と国王も一部の執務を押し付けていたのが原因である。
優秀であるが故に、既に学園で学ぶ授業の内容を今更レティシアが改めて履修する必要性はどこにもないとされていた。それどころか、レティシアが学園に行くとなると、当然その間城にいるわけでもないので、彼らが押し付けた執務は滞る。
元は自分の執務なのだからいい加減きちんと各々でやればいいものを、しかしその頃にはすっかり楽を覚えてしまったのもあって、王も王妃も学園に通うくらいなら執務をこなしてもらった方がいい、となったのである。
結果として学園でレティシアの姿を見た生徒はほとんどいないので、噂が流れても、マトモな生徒たちは誰一人として信じてはいなかった。
ただ、レティシアの立場を貶める事になれば、モリスの身分が身分であるが故に、彼女はどうしたって側妃どころか愛妾が精一杯だ。愛される事がなくとも王妃という立場に目が眩んだ者たちがその噂に一枚噛んでいたために、噂は真実であるかのように一人歩きしていたのである。
レティシアは学園に通っていないので、そんな噂があるなんて知る機会がそもそもなかった。
いや、一応耳にはそれとなく入っていたのだが、学園にいない人間ができるわけがない以上調べればすぐにわかるものである。教師もレティシアがテストの時だけしか足を運ばない事を知っているのだから、調べたらすぐに嘘とわかる噂をわざわざレティシア自身で対処する必要性を感じなかった。
レティシアのアリバイは常に王家のライアス以外の人間が証明できるものであったし、学園にテストの時だけ足を運ぶにしてもその間教師がついている。レティシアが学園でたった一人で行動してモリスとやらを虐げるような事は決してできないと、生徒はともかく大人たちがわかりきっているのだ。
そんなくだらない噂を対処するよりは、他にやるべき重要な事がある。
故にレティシアはその噂を放置していたし、ついでにその噂に関わっている者たちも泳がせていた。
結果として大勢の前でレティシアを断罪しようとしたライアスは、見事道化を演じる形となった。
そもそもレティシアがいないのだから、出てこい! などと大声で叫んだところで本人に届くはずもない。
学園から城まで届く程の大声など、普通の人間に出せるはずもないのだから。そういった魔法が使えるのならいざ知らず、生憎とそうライアスに都合の良い魔法はなかったのである。
故にライアスは教師から騒ぎを起こした事を注意され、その事実は城へと報告される形となった。
王家の恥とも呼べる事態を引き起こした事で、王も王妃もライアスを激しく叱りつけた。
レティシアとの婚約破棄を叫んだだけではなく、真実の愛のモリスと結ばれるだの、彼女を王妃にするだのという妄言は到底許せるものではなかったのだ。
「いいと思いますよ、婚約破棄。殿下の有責でお受けいたしますわ」
ところがレティシアがそんな風に言うものだから、王も王妃も一瞬呆気に取られてしまった。
その話がレティシアの耳に届いているとは思ってもいなかったのだ。
重要な執務を押し付けて形だけの体裁を整えていた二人は、いつの間にやらすっかりと頭の出来も衰えつつあった。騒ぎになった以上、寄子や同派閥の者たちからもその話は届いていたので、レティシアの父であるアスランも、母であるミランダも怒り心頭であった。大切な娘を早々に教育という名目でもって引き離しておきながら、こんな事になったのだ。
自分たちの分まで大切にする、とレティシアを城に招いた時王も王妃も言っていたのにこの有様。
――と、いうのは建前であって、実のところ知ってはいたのだ。ただ、レティシアには時が来るまでは黙っていてほしいと言われたから静観していただけで。
だがしかし時は来たとばかりに、レティシアの両親はここぞとばかりに王家を糾弾した。
王家を、というよりはライアスを、という方が正しい。
それだけならば、ライアスが恋に溺れて馬鹿をやらかしただけ、で済まされたかもしれない。
だがしかし、レティシアはこうなる事を見越して既に証拠を集めていた。
結果としてライアスを諫めるどころか焚きつけたケイネスも無事では済まなかったのである。
まさか学園で真面目に学んでいると思っていた息子がそんな事をしでかしたなど想像すらしていなかった辺境伯の元にまで話は届いた。
結果として、ケイネスの計画までもが明かされてしまったのである。
そう、つまりは、好きな子に対して自分の歪んだ想いを知られる形となってしまったのだ。
一切熱のない視線を向けられて、ケイネスはどうにか弁明を試みようとしたけれど。
捨てられた後のレティシアを拾って自分に依存させて好き勝手しようという妄想がバレた以上、何を言ったところでとても今更だった。猫を被っていた事すら知られてしまった以上、ここからケイネスがレティシアの信用や信頼を得る機会は永遠に失われたのである。
何をどうしたところでライアスとレティシアの婚約は継続不可。
ここに来てようやく王も王妃も、事の大きさに気付いたのである。
ライアスを廃嫡するにしても、困った事に二人の子供はライアス一人だけ。
他に王家の血が流れている、王位継承権を持つ者がいないわけではないけれど、その場合自分たちの立場も危うくなる。
レティシアの家にもかつて王族が降嫁した事があるので王家の血が流れてはいるけれど、ではレティシアを女王として王配を……となったところで、ライアスが選ばれないのは言うまでもなく。
慰謝料の事を考えるだけでも頭が痛い事態だというのに、それだけで済まないのだ。
目に見えてわかるくらいの勢いで王が顔中から汗を流していたけれど、今の今までレティシアに仕事を押し付けて楽を覚えていた頭では、すぐに解決策など浮かぶべくもなかった。
「殿下との婚約は当然破棄させていただきますけれど。
慰謝料についてはそうですね……モラジブ辺境領を望みます」
今回の一件の落としどころを話し合っていた中で、レティシアがとてもにこやかに言うものだから。
呼び出されていた辺境伯もまた、思わずぽかんとしてしまったのである。
確かにケイネスがライアスを焚きつけるような真似をしなければ、むしろケイネスがライアスを思いとどまらせていればこんな事にはならなかったかもしれない。
そういう意味ではモラジブ家もまた慰謝料を支払わなければならない側だ。
だが、辺境領のどこを望んでいるというのか。
辺境領は広さこそあれど、正直田舎である。目ぼしいものは特にない。
いや、もしかしたらあるのかもしれないが、魔物と戦うばかりで開拓はあまり進んでいない。それ故に、広い領地を持っていてもモラジブ家は決して裕福とは言い難い状況であった。
「今回の件で娘は疲れ果てている。王家に仕えてきた結果がコレだ。
正直、当分ゆっくりと休ませたい。王家から物理的に離れてな」
レティシアの父、アスランの言葉に王は何も言えなかった。
近くに居れば、困った事を助けてくれと要請してしまうだろう事は目に見えて明らかである。
物理的に距離ができてしまえば、気軽に助けを求められない。
理屈としてはわかる。
だが――
「そうだな、どうせならハルヴェイル家の領地とモラジブ家の領地をそっくりそのまま交換してはどうだろうか。そうしてくれるのであれば、そちらの慰謝料はそれで手を打とう」
それは、王家と辺境伯からすると慰謝料と言うのにはあまりにも軽いものだった。
ハルヴェイル公爵家が所有する領地は、辺境伯が治める土地と比べて多少狭くはあるけれど、それでも豊かで栄えている。いくつかの領地は王都へ向かう際ハルヴェイル公爵領を通る事もあって、それらの通行料だけでも相当な利益が出ているのだ。決して暴利をむさぼっているわけではないのにも関わらずだ。
対するモラジブ辺境領は、広くはあるが開墾も開拓もあまり進んでおらず、発展しているとは言い難い。
魔物を倒してそれらから得られる素材で多少の利益を出してはいるが、その程度である。
「領民たちには事情を説明して、移住するかどうかは各自の判断に任せたいと思っている。
どうだろうか、それさえ飲んでくれればこちらはそれ以上を望まんよ」
アスランの言葉は、随分と軽いものに思えた。言葉が、ではない。処遇と言う意味でだ。
正直、栄えていて豊かなハルヴェイル公爵領と大して発展もしていないモラジブ辺境領をそっくりそのまま交換するというのは、辺境伯にとって利しかない。隣接している帝国との関係が悪い時であれば戦に備えなければならないが、今はそこまででもない。それでも、全く危険がないわけではなかった。
辺境伯は別に戦が好きだとか、そういうわけでもなかった。ただその家に生まれて後を継いだだけ。
だからこそ、実り多き領地が自分のものになる、というのならそれはとても良い話だ。
慰謝料として今までの領地を譲り、かわりにハルヴェイル公爵領が手に入るとなれば、それはむしろ慰謝料ですらない。
あまりにも旨すぎる話だが、慰謝料を求める側が望んでいるのだ。
こちらがそれを押し付けたわけではない。
当事者が望んでいるのであれば、と殊勝な態度でもってケイネスの父はそれに頷いた。
ケイネスも田舎から王都に近い都会で生活ができると知って、口元に笑みが浮かびかけていた。
レティシアと距離が物理的に離れてしまった事は痛手なのかもしれないが、既にレティシアがケイネスのものになる未来は有り得ないものと化した。
であれば、新たな相手を見繕うべきなのだろう。
いや、もしかしたら案外すぐに辺境での暮らしに嫌気がさしてこちらに戻りたい、なんて言うかもしれない。
その時に上手い事言いくるめられるのでは……? とケイネスはどこまでも己にとって都合の良い妄想すらしていたのだ。
レティシアとの婚約がなくなった時点で、ライアスの次期国王への道はとても危うくなってしまっているが、だが同時に愛するモリスと結ばれる未来が見えていた。
仕事を押し付けていたレティシアがいなくなるのは困るけれど、だがしかし他に仕事ができるやつにレティシアの役目を押し付ければいい――ライアスもまた自分にとても都合よく考えて、罰にもならない罰で済んで良かったと内心ほくほくでその話に乗った。
ライアスが乗らなくとも、王も王妃もそうするしかなかったのである。
そんな、案外なんとかなるんじゃないかな? と楽観的に未来を描いている数名を、レティシアはそうと悟られない程度に冷ややかに見つめていた。
頭って働かせないとこうまでぽんこつになってしまうものなのね……と。
ちなみにレティシアの両親もレティシア同様とても冷ややかな視線を向けていたのだが。
浮かれポンチどもは一切気づく事はなかった。
かくして、大勢の前で婚約破棄を行った結果ライアス有責での破棄という事は広く知られてしまったけれど、ライアスはまだ事態をそこまで重く捉えてはいなかった。
学園に入る以前は手紙のやりとりしかできなかった大親友が、王都の近くの領地で暮らす事になったのだ。今まで以上に気軽に会う事ができるし、今回の失敗は今後別の形で償っていけばいい、とこれまた自分に甘く考えて、ライアスは愛するモリスと結ばれるため次なる行動に移ろうとしていた。
――だがしかし、ライアスの愛するモリス男爵令嬢は、というか男爵家まるごと今回の件において流石に問題しかないと判断していたのだろう。
あっという間に爵位を返してそうして国を逃げるように出ていった。
公爵家がモリスの家に特に何も言わなかったから破滅しなかったものの、しかしこのままライアスの近くにいればいずれ破滅すると理解した結果だった。
モリスは確かに王子様に見初められて恋に落ちて……と、まるで物語のような状況に浮かれていた部分があった。そこは否定しない。
しかし、たかが男爵令嬢が殿下の近くにいるなど、己の立場を弁えなさい、と学園で上の身分の令嬢たちに言われていたのは確かな事実で、またその言い分も間違っていなかった。
嫌がらせを受けたのも事実だ。
ただ、その嫌がらせをやったのがレティシアではないというだけで、貴方が殿下の隣にいる事が許されるのなら私たちも許されるべきでしょう? というようにモリスを排除しようとしていた者は確かにいたのだ。
ライアスは確かにモリスが傷つけられた事に憤り、事態を解決しようとしてくれてはいたけれど。
だがしかし、結局それらはレティシアの仕業ですらなかったのだ。見当違いの犯人ですらない者に怒りをぶつけ、肝心の下手人は放置のまま。
大勢の前で婚約破棄を宣言したにも関わらず、当事者のはずのレティシアがその場にいなかったと知って大勢の前で恥をかいたライアスを見て、モリスはその時ようやく悟ったのだ。
(あ、私、このまま殿下の近くにいたら命がいくつあっても足りないわ……)
――と。
学園で受けた嫌がらせは命の危険を感じる程のものではなかった。
だからまだ我慢できたし耐えられた。
だが、学園を卒業した後、敵は令嬢たちだけとは限らない。
それこそ自分の娘を王子の嫁に、と目論む者が現れるかもしれない。令嬢の可愛らしい嫌がらせどころか、モリスより大人の、本気の嫌がらせがもしモリスの身に降りかかれば。
学園にいる間はほぼ同年代しかいなかったが、学園を既に卒業したもののまだ結婚相手が見つかっていない年上の令嬢たちまでもがモリスを敵と見做したら。
学園の中でも耐えるしかできなかったモリスだ。
そんな彼女が無事でいられるなど、とてもじゃないが思えなかった。
王子様が守ってくれる?
その王子様は学園でも犯人が自分の婚約者だと思い込んで、一応守ろうという気概はあっても防波堤としては何の役にも立っていなかったのに?
それで守ってくれるなんて、どうやって信じられるというのだ。
学園の中という限られた世界の中で自分が物語のヒロインになったような錯覚に陥っていたけれど、しかし親からも散々言われてそこでようやくモリスは自分の命が危ういかもしれない、と気付いたのだ。
それもあって、モリスは両親の遠い親戚を頼って他国へ行く事にしたのだ。この国にいる以上、王子の想い人だった、と知られている。既に自分は王子に近づくつもりはないと言ったところで、自分を邪魔だと思っている相手がそれを素直に信じてくれるとは限らないのだ。
それに、と改めて考える。
モリスは決して成績優秀というわけでもなく、大体真ん中くらいに位置していた。
そんな自分が王妃になれるかと問われれば無理だと思うし、ライアスが王子と言う身分を捨てて自分と共に生きていくと言ってくれたとしても。
二人で幸せに生活するビジョンが、モリスにはこれっぽっちも想像できなかったのである。
結局のところ、恋に恋していたようなもの、と気付いたからこそモリスはそれ以上ライアスに関わる事なく速やかに逃げた。
故に、ライアスは廃嫡にこそならなかったが、王位継承権を下げられる結果となったし、他の継承権を持つ者たちがここぞとばかりに次なる王は自分だと名乗りをあげたのである。
立場としては大分低くなってしまったライアスだが、それでも親友のケイネスが近くにいるからまだ大丈夫だと思っていた。やらかしたものの、しかしそれでもまだ挽回できると本気で信じていたのだ。
ハルヴェイル公爵家とモラジブ辺境伯との領地が交換されるという報せを受けた領民たちは、どちらも自分が信じた領主についていくと決めた。
住み慣れた土地から違う土地で生活するというのは考えると中々に大変な事ではあるけれど、ハルヴェイル公爵領で暮らしていた者たちはそもそも事前にそういった話を聞かされていた。
残っても構わないとも。
ただ、その後にくる新たな領主の事を考えると、土地が変われども上が変わらない方が暮らしは困らないだろうと思ったし、だからこそ皆速やかに荷物を纏めて移住した。
対する辺境伯領で暮らしていた者たちは、こんな何もない田舎から都会で暮らせると知ってウキウキで移住を選んだ。魔物を倒す以外の仕事は、それこそ開拓民のようなものばかりでこれといった特産があるでもない。戦う事が得意でもなく、だがこの領地から出ていこうにも伝手のない若者などは未来に夢も希望もないとぼやいて、不平不満を零すような状況だった。それが、発展した都会で暮らせると決まったのだ。
未来が途端に色づいて見えたし、住み慣れた土地を離れるのは……と渋りそうだった老人たちまでもが移住を選んだ。
ハルヴェイル公爵家の人間がどういう人たちであるのか、辺境伯領で暮らす民はあまり知らなかったし、だからこそ上から理不尽な事を言われるのではないかと考えた結果である。
そうでなくとも都会で過ごしていたお貴族様だ。きっと田舎者を見下すに違いない。そんな偏見もあった。
結果として、領地と領民を丸ごとトレードするという滅多にない事が起きてしまったが、それでも大きな混乱はなかった。
そこから一年程は、何事もなかったと思う。
ハルヴェイル領は既にモラジブ領へと名を変えたものの、豊かな土地に、通行料だけでも相当な利益が出るのだ。領民たちがあくせく働かずともどうにかなるという現状に、ケイネスはこのままなら遊んで暮らせそうだとほくそ笑んだ。金がなくなったとしても、税金を上げて領民から毟り取るより通行料を少し上げればいい。そんな風に考えて。魔物もこのあたりは滅多に出ないから今までみたいに警戒する必要も大分減ったし、そうでなくとも王都に近いとなれば遊ぶ場所だっていくらでもある。
モリスに逃げられたライアスを慰めながらも、それでもケイネスもまた未来なんてどうにでもなると考えていたクチだった。
学園を卒業した後、未だに婚約の話が出てこない事からは目を逸らして。
王と王妃は今までレティシアに押し付けていた仕事がそっくりそのまま返ってきた事で、目が回るくらい忙しい日々を送る事となった。今までは自分たちで確かにやっていた事だけど、レティシアに押し付けてからは空いた時間で悠々と過ごしていたから、急に以前の状態に戻っても感覚が戻らないのだ。数日任せていた、とかであればすぐに感覚も戻ったかもしれないが、年単位でサボっていたのだからそういう意味では当然の結果だった。
ライアスに至っては最初から最後まで全部押し付けていたのもあって、何もできない無能と陰で囁かれるようになった。そうでなくとも現在の状況から自分の立場が相当危うい事はわかっているので、ライアスもライアスなりに努力はしていたのだが……元々優秀でもなかったので結果はお察しである。
それでもレティシアを呼び戻せるはずもなく、王も王妃も必死になるしかなかった。
悪い方に状況が傾いた者も多くいたが、そもそもレティシアがいなければこれが本来の在り方である、と思えば元に戻ったと言ってもいい。
そうしてみると、モラジブ領の者たちだけが得をしたかのように見えるが、それも長くは続かなかった。
確かに最初の一年間は生活水準も上がり裕福な暮らしができていた。今まで手に入りにくかった物が簡単に入手できるようになって、男も女も財布のひもが緩くなっていた。
それはケイネスにも言える事だ。
彼にも相当低い王位継承権があるにはあるが、ケイネスはそんなものに興味はなかった。
レティシアが手に入らなくなった不満を吹き飛ばすようにしばらくは遊び歩いたが、そうなるとなくなるものは言うまでもなく金である。
辺境にいた時以上に浪費して、なくなったら恥も外聞もなく親にねだった。
辺境にいた時ならばケイネスの親も自分で稼げと言ったかもしれないが、旧ハルヴェイル領現モラジブ領では王都へ向かう商人たちや貴族の馬車などが通る際の通行料、それ以外にも収入が入ってくるような状況だったので、モラジブ伯もまた気が大きくなっていた。
言われるままに小遣いを渡したし、モラジブ伯も今までならば買わずに眺めるだけで済ませていた物を気軽に購入したりもした。
ケイネスの母もここぞとばかりにドレスや宝石に手を伸ばし、夜会に積極的に参加するようになっていた。
今までの暮らしでは得られない程の収入。
だがしかし。
彼らはあまりにも気が大きくなりすぎていたのだ。
収入以上に浪費して、気付けば彼らの手元に残された金は僅かとなってしまった。
それでもしばらくは節制して過ごせば、また貯まるのだがしかしその頃にはすっかり贅沢に慣れ切ってしまった彼らは、すぐに金が欲しいとなって軽率に税金を上げた。王都へ向かう道があるために、王都へ向かう者たちが逆らうはずもないと軽く見た結果である。
確かに旧ハルヴェイル領は多くの人が通るまさしく交通の要と言える場所だったが、別にそこ以外にも通る道はある。ただ、整備されていなかったりして少々危険だったりするだけで。
だが通行料を上げられた以上、多少の危険を冒してでもそちらを通った方がマシ、と考えた者たちは大勢いた。
盗賊や魔物といった危険もあるが、ならばとキャラバンを結成し大勢で行動すればいいとなり、結果としてモラジブ領はあっという間に廃れた。
そうなると次は領民たちの税金が上がる事となった。
辺境で過ごしていた時よりあくせく働かなくてもそこそこ豊かに暮らしていたのに、突然今まで以上に税金を上げられてしまったのだ。
領民たちもそこまで貯蓄をしていなかったのもあって、増税に対応できなかった。
極僅か、堅実な者もいないわけではなかったが、しかしそれでも増やされた税をどうにかできるまではいかなかった。
結果としてどうなったか。
税金を払えない領民たちは他の領へ逃げだしたし、領内に残っていた者たちも犯罪に走ったりと、何をどう言ったところでどうしようもないくらいに領内が荒れて、ついでに近隣の領地に流れていった領民たちも結局どうにもならずにそちらで犯罪者となり――
周辺の領地は多大なる迷惑を被ったのである。
モラジブ伯には多大な抗議がされて、王家からも色々と言われた。
しかし以前の辺境と同じように領地経営できるか、となるとそうはいかなかったモラジブ伯はここに来て自分たちの手で荒ませた領地を簡単に立て直せず――領地の大半を最終的に慰謝料代わりに周辺の領地へ割り振られる形となった。
辺境にいた頃なら魔物を倒してその素材を売る、という方法でどうにかしていた部分もあったが、しかし新たにモラジブ領となった旧ハルヴェイル領ではそうもいかない。
立て直すにも簡単にいかず、ここから更にモラジブ領はどんどん衰退していく事となってしまった。
それだけであれば、辺境へ移り住んだハルヴェイル公爵家へ助けを求める事もできたかもしれない。どの面下げて、と言う話になるけれど。
ところがこの展開を見越していたのか、ここに来てハルヴェイル公爵家は独立を宣言した後、早々に帝国と手を組んだのである。そしてその後、帝国はモルサナ国へ進軍を開始した。
ハルヴェイル家が王国の情報を流した、と言ってしまえばそれまでだが帝国の進撃はあまりにも速やかだった。結果として王国はマトモに立ち向かう事すらできずあっという間に敗北したのである。
そうしてモルサナ国は帝国に取り込まれ――モルサナ領となりモルサナ国は地図からその名を消す事となってしまった。
実のところ、レティシアはこの展開を狙っていた。
元々王家に嫁ぐつもりは公爵家にはなかったのである。
そもそもレティシアの祖母が王家の出で降嫁している。あと二代か三代先くらいなら王家との婚姻も丁度良いと思えたかもしれないが、流石に今は早すぎる。幼かったレティシアですらそう思っていたのだから、レティシアの両親がそれを考えないはずもない。
王家での教育ついでにあれこれ調べてみれば、隠しているつもりなのかもしれないが、それでも王家にとって問題しかないあれこれがこれでもかと出てきた。
それもあって、このままライアスと結婚したところで負債を多く抱え込むだけ、と判断したレティシアは検閲されても問題ないよう公爵家でのみ通じる暗号を用いて王家の状況を両親へ伝えたのである。
レティシアは知らなかったが、公爵はケイネスがレティシアを望んでいた事を把握していた。王家との婚姻が結ばれる前にそういった話が持ち上がった事があったからだ。レティシアがもしそちらを望んでいたのであれば王家からの話も断り娘の望みを叶えようと思ったが、しかしレティシアはライアスに惹かれる事もなければケイネスも同様だった。
レティシアはケイネスが抱いていた歪んだ想いを知らなかったが、それでも薄々何かを感じ取っていたのかもしれない。
レティシアが結婚した後、ライアスとの関係が改善される事がなければケイネスもまた別の策を用いて彼女を奪う算段を立てたかもしれない。そうなった時、レティシアの潔白を証明できない可能性もあった。成人してからでは使える権力も大きくなる。その前に手を打つ必要があったのである。
言ってしまえば公爵家はとっくに王家に見切りをつけていた。
だがしかし、領地を捨てて他国へ亡命する事は考えていなかった。領民全てを見捨てるつもりはなかったのだ。
だが、レティシアからの手紙で執務の大半を押し付けられている事を知り、ライアスとケイネスが何やら目論んでいるらしい、という噂を耳に挟み、それを利用する事にした。
その結果が領地まるごとトレードである。
元ハルヴェイル領から領民を引き連れて他国へ渡るとなると様々な妨害が入るだろうけれど、辺境領からであればその邪魔が入る前に行動に移る事も可能。
とはいっても、その作戦を実行するためにはレティシアの労力がとんでもない事になってしまうが、終わりが見えているのであれば頑張れる。このままライアスと結婚して一生彼の尻拭いをし続ける人生を歩むより、ここで一層頑張って王家を見捨てる未来を進む方がマシ。そう判断したからこそ、レティシアは執務を押し付けられても最初の時以降は露骨に不満を出す事なくこなしていったのである。結果、周囲はレティシアを軽んじる事にもなったがレティシアからすれば好都合。
公爵家の目論見通り、レティシアはやり遂げたのである。
帝国側についたといっても、レティシアはそこですぐさま次の婚約を、となったわけではない。
今まで散々しなくてもいい仕事までやってきたのだから、当分はのんびり好きに過ごしたい。
それくらいの望みをレティシアの両親が叶えないはずがなかったし、そもそも婚約を結んでいた王家の人間がどうしようもない存在だったので、結婚とかも特に考えたくないとの事。
帝国としても、優秀な人材を取り込みたい気持ちはあったが公爵家の事情を知っているので無理にとは言わなかった。ここで無理を通せば折角こちら側についた公爵家が敵に回る可能性が出てしまうからだ。
それに国まるごと手に入った状態なので、帝国からすれば使える人材には相応の、使えない人材にも同様に適切な扱いをしていけばいいと判断したらしくレティシアたちに執拗に絡むような事もなかった。
故に――
「もう一生分働いたようなものですし、しばらくは好きにさせてもらいますわ」
自由を得たレティシアは、のびのびと人生を謳歌したのである。
そうして彼女が没する時には、彼女の周囲には子や孫が多くいたという。
宣言通り、人生を謳歌した彼女は死の直前、実に満足そうであったと語られている。
優秀じゃなかったら途中で潰れてたけど優秀だったから耐えられた(長男風に)
次回短編予告
運命のつがい、ですか? いえ、気にしておりません。えぇ、だってたかが運命ですからね。
次回 運命のつがいと言いますが
恋愛要素をバッサリカットしてお送りします。




