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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第四章「嵐を凌ぐには」
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一三二年 十二月二十一日~ ①

・アリオス歴一三二年 一二月二一日 レイズ星間連合第一艦隊


「閣下、この先いかがいたしますか」


 自分を呼ぶ一人称が准将相当のものに変わっている事に気が付きもせず、カルーザ・メンフィスは疲れた顔で振り返った。復帰したばかりのリズ・ブレストン少佐は微かに顔を顰めたが、咎める様な気配はどこにもなく、むしろ気遣わしげにポケットから微炭酸ドリンクを魔法の様に取り出して見せた。


「なんだ、これ」


 しげしげと缶の包装を眺めるカルーザへ向け、リズ・ブレストンは身振りを交えて説明した。


「シヴァ共和国軍から提供された食料のひとつです。疲労回復に効果がある、とのことですが」


「ふうん」プルタブを開けて一口飲む。「美味いな。レイズの物とは段違いだ」


「シヴァは食事関係に力を入れている国ですから、こうした軍用食などにもお国柄が反映されているそうです」


「シヴァに生まれればよかったかな」


 カルーザの冗談には覇気がない。終始ぼんやりした様子で艦橋の座席に座っている彼は、スペランツァの艦艇業務と第一艦隊の艦隊業務を一身に背負っており、ここ数日はまともな食事すら摂っていない事を、彼女は知っていた。常に艦橋か自室で仕事に追われている彼がいなければ、この艦隊は今頃散り散りになって収拾のつかない事態になっていたかもしれない、とブレストンは思う。カルーザ・メンフィスの指揮は的確で、隙の無いものだった。艦隊の誰もが、彼の指揮なくしては生き残れなかっただろうと考えている。

 しかし、彼自身はそう思っていない。もっと何かできたのではないか。自分の指揮で死んだ兵士達を生き残らせる手段があったのではないか。自責の念だけが大きくなっていく彼の姿を間近で見続けたリズ・ブレストンは、何とも言えない寂寥感と共に彼を見つめていたが、カルーザは決して気付く事なく領宙図を睨み付けている。薄らと顎を覆う無精髭だけでもなんとかしてほしい。

 艦橋に座っているだけでも彼に注がれる尊敬の視線に気づきさえすれば、少しは苦労も心地よいものへと変わるのだろうか。もしかして、気付いていないだけなのだろうか。


「どうかしたか、少佐」


 はっと気づき、ブレストンは咳払いをして誤魔化した。


「なんでもありません」


「疲れているのか。休みを取れ、少佐。もう二日も働きづめだろう」


「三日間働いている閣下の前で休むことなどできませんし、私はもう十分に休みましたから。それで、閣下。今後の行動についていかがいたしますか」


 カルーザはコンソールを操作して、レイズ本国にある艦隊司令部から送信されてきた命令書をホログラフで表示すると、それを手でつかむ様にして隣に立つブレストンによく見えるようにした。


「艦隊司令部、というよりもマットスタッド大将は、アステナ・デュオ退役准将に復帰要請を出した、と言っている。少し前の事なので今頃は彼に艦隊の指揮権を委ねているだろう」


「特務艦隊を編成するつもりなのでしょうか。何かほかに情報は?」


「バルハザールに駐屯していた、第三機動艦隊も寝返ったと聞いている。となれば、レイズ星間連合が生き残るには第二、第三艦隊を合わせた特務艦隊で立ち向かうしかない。しかし、俺の指揮するこの第一艦隊を合流させたとすると、今度は野放しになっている二百隻の白い艦隊と第六機動艦隊が後背を突く隙が生じてしまう。レイズが独自に対抗するには、第一艦隊がシヴァ共和国方面の防衛を担うしかない」


「妥当な判断という事ですね。閣下、ひとつお聞きしたいのですが、あの二つの艦隊を相手にして勝つ秘策が何かおありですか」


「ない」


 きっぱりと、カルーザは言った。彼は浮かんでいる別の艦隊を映し出す外部カメラからの映像を出力しているホログラフを広げて見せる。

 第一艦隊総数は六七隻。それらは三つの戦隊に別れており、第三七七戦隊、第二五六、第二五八戦隊だ。あまりにも多くの戦隊が被害を被ったために、少し規模は大きくなるものの、均等に配置された戦力は何とか戦闘態勢を整えようともがいている。通信系統と各艦の連動系の確保、他に弾薬や兵士の移送に加えてフル稼働している医療設備を有効に活用するために、多くのシャトルが船と船の間を行き来していた。

 その只中に、紫色のけばけばしい四角いコンプレクターと、漆黒の塗装が施されたアクトウェイの姿があった。コンプレクターは、巨大な短距離跳躍機能を詰め込んだ実験艦であり、恐らくは出自は銀河帝国であると思われる古めかしい形だ。装備されているエネルギー砲塔は出力が低く、弾体を交換できるミサイル系統と設備ごと交換された対空レールガンは必要十分な性能を備えているが、短距離跳躍機能の使いどころによってその戦力的価値は大きく左右されるだろう。

 かえって、アクトウェイは最新鋭の戦闘艦といった趣だ。漆黒の外殻は中程まで流線型の美しい形をしており、後部の巨大な機関部は三方向に別れる矢尻型をしている。コンプレクター、もしかしたらスペランツァ以上の威力を誇る主砲を十二門搭載しており、その他に無数の垂直式ミサイル発射装置、対空レールガンを備える。PSA装甲の強度も折り紙付きだ。あんな船に一度は乗ってみたい、と誰もが思う良い船だ、とカルーザ・メンフィスがぼやいていたのを思い出し、リズ・ブレストンはしげしげとその形に見とれてしまう。


「彼らはどう遇するおつもりですか。まさか、戦闘の真っ只中の放り込むわけでもないでしょう」


「だが、現状を考えれば放り出していくわけにもいくまい。ハルト中将からは目を離さないように言われている。俺個人としてはリガルは信用しているが、ハンスリッヒという元帝国貴族はあまり知らないし、帝国残党が武装蜂起を起こしている今は警戒して然るべきだ。誰かが監視役を担わなければならない。公式には、我々第一艦隊は銀河連合軍として活動している。となれば、階級が上位であるハルト中将の命令に従わなければならない。つまり、我々は二重の命令を受けているんだ。本国からと、銀河連合からのものだ」


「あの二隻の監視任務と、この艦隊を無事に本国へ帰還させる事。そして、特務艦隊の後顧の憂いを絶つ事、ですね」


「そうだ。今の所、あの二隻は信用できる。我々は今は艦隊の整備と移動に集中しなければならない」


 カルーザ・メンフィスは手に持っている炭酸ドリンクの缶をブレストンに押し付けると、コンソールを操作して星系図を表示した。

 今第一艦隊が航行しているのは、シナノ演習宙域からほど近いタニ星系だ。大規模な演習宙域に隣接している事もあり、多くの補給基地が存在している、後方物資集積機能が重視された星系だ。恒星のまわりをゆっくりと周回しているただひとつの惑星は半径九光分の距離を公転しているが、恒星が小さく光が弱い事もあって、岩石の肌と氷の海を持つ大気の無い不毛な惑星だ。ここにはシヴァ共和国軍の防衛設備が申し訳程度に配備され、惑星上に点在している補給基地の数々は警戒態勢を続けている。第一艦隊はシナノ演習宙域に通ずるワープポイントから一光時ほどの位置にいた。緩やかに恒星の周囲を回りながら惑星へ近づいていく軌道を描いており、他にまとまった大きな部隊のいない周辺宙域の警備をも一任された状態でいるために、第一艦隊は補給基地上ではなく光点基準面の少し離れた位置に留まらざるを得なかった。

 あのジェイスという男は戦略をよく理解している。シナノ演習宙域で、劣勢となっていた銀河連合軍を徹底的に殲滅する事よりも、十分な打撃を与えた時点で戦場を即座に離脱したのは的確な判断だった。そうする事で、各地で蜂起する仲間と相乗効果を発揮して、どこから襲ってくるかわからない、常に緊張状態を強いらせている。既に第一艦隊の将兵は、シナノ宙域会戦からの疲労をそのまま引きずっている。交代で休息は取らせているものの、いかんせん仕事量も多ければ時間も少ない。極めて有効な精神攻撃といえるだろう。


「あの補給基地で支援を受ける事は可能でしょうか」


「不可能だろう。既に第五機動艦隊と第二機動艦隊のために補給物資は粗方運び出された後だ。もう彼らが消費する分しか残っては――」


 警告音。艦橋にいる全員が反射的に身構え、高まった緊張感に空気はひび割れそうになる。


「第二管区艦隊です」カルーザの代わりに艦長の立ち位置に収まった、元副長のペイル中佐が落ち着いた声で言った。「誰何したところ、敵味方識別装置(IFF)に応答がありました。しかし、彼らが敵対関係にあるかどうかは未だ不明」


「敵対しているかどうかを判断する材料が少なすぎます、閣下」とリズ・ブレストン。


「わかっている。だが、直接相手の司令官に聞いた所で返事を信用できる保証もない。だが、とにかく話すしかないだろう。中佐、相手方から通信は届いているか?」


「お待ちを。……来ています、閣下。つなぎます」


「頼む」


 一瞬の後、カルーザの目の前に表示されていた様々なホログラフが最小化され、一人の男性将官が現れた。シヴァ人らしい黒髪と黒い瞳を持つアジア系の男で、きびきびと敬礼するカルーザに答礼してから口を開いた。


「こちらはシヴァ共和国軍、第二管区艦隊司令官を務めているケイロ・シュンスケ中将だ。貴官の所属を問う」


「レイズ星間連合宇宙軍、第一艦隊司令官代理、カルーザ・メンフィス准将です」


 ケイロの顔がぱっと明るくなったが、すぐに暗い仏頂面に戻った。味方であるが敵ともわからない、こちらと同じ不信感に駆られたのだろう。この仕草が演技でなければ、だが。


「メンフィス准将、そちらがジェイスの一派でない事を確認したい。そちらの航海日誌をこちらへ送信せよ」


「なんですって?」


 思わず驚きの声で問い返すカルーザに対して、ケイロは辛抱強く続けた。


「准将、第一艦隊は傷付いているが、その被害が裏切り者から被ったものであるという証明が欲しい。でなければ、私は君達を疑い続けることになる。補給基地を破壊していない事からして、君らが誇りと名誉を忘れた人間ではないという確信は得ているつもりだが、事実を調べない限りは信用できない」


 航海記録は、定期的に軍部へ報告書を送信する際に証拠となるデータベースだ。その船がどんな行動を、どんな判断を船長が下したかを判断し、客観的視点からいつでも考察できる様に工夫されたものだ。たとえば、スペランツァの現艦長であるペイル中佐は航海日誌、司令官であるカルーザは艦隊日誌をつけるのに閲覧できる。破壊された船から回収してその船がどんな事態に陥っていたのかを判断する事も可能だ。それ故に、アナログ的な技術も取り入れられて、航海記録は決して改竄出来ない仕様となっている。そして航海記録を見せるという事は、確かに的を射た解決法ではある。軍事機密とも取れるこの記録を送信する事が容認されるかどうかは別問題として。

 横目で、カルーザはブレストンを見てくる。彼女は強張った顎を抑えながら、不承不承に頷いた。彼女自身もそれしかないと判断した様だ。


「了解しました、中将」ようやく返事をすると、口を開きかけたケイロが何か言う前に語を継いだ。「しかし不躾ながら、そちらからも航海記録の送信をお願いします。無礼の極みとは存じますが、貴艦隊が敵でない事も、まだこちらとしては確信できておりませんので」


「承知している。では、准将、公開データ通信はそれこそ危険だから、とにかく、君の艦隊に接近する。砲門は開いたままである事を予告しておこう。不審な行動が見られれば即座に発砲する。よろしいか?」


「重ね重ね失礼を言わせていただければ、それはこちらも同様です。航海記録は端末上に保存し、何も手を加えないままそちらへ手渡します。ただ、こちらはまだ補給の最中ですので、少々、お時間を取らせてしまうかもしれません」


「けっこうだ、准将。ランデブーポイントはお互いの中間点にしよう。それでは、また後ほど。ケイロより、以上」


 消えたホログラフへ向けた敬礼の腕を下ろして、カルーザはため息をつきたいのを必死でこらえた。痛み始めた頭をさすりながら、再びブレストンが差し出してきた微炭酸ドリンクを受け取って飲み干す。


「君はどう思う」


「第二管区艦隊が味方かどうか、ですか」


「そうだ。俺は信用したい。今更、あの二〇〇隻の艦隊を相手取るなんて、不可能だ。こちらは六〇隻しかいない。多勢に無勢だし、まだこちらは準備が出来ていない。補給も指揮系統の編成もまだだ」


「しかし、艦隊を動かさねばなりません」辛抱強く、ブレストンは言った。「ちょうど中間地点でランデブーする様に、艦隊を加速させましょう。どんな結果になるにしても、まだ確定はしていません。艦長たちにも報せるべきです」


 無精髭を撫でまわしながら、何事かを口の中で呟くと、カルーザは頷いた。その内容がやけに気になり、ブレストンは問いかけようとしたが、彼が通信ボタンを叩いたので口をつぐんだ。ホログラフがふたつ、ぱっと現れる。

 片方はまだ若い黒髪の男で、片方はカルーザより少し年齢が上と思われる壮年の士官だ。前者が第二五八戦隊指揮官のペイルート少佐、後者が第二五六戦隊指揮官のラッズ中佐だ。どちらも、全く同じタイミングで敬礼し、はい、閣下と言う。つい先日まで同僚であったのに、今ではひとつ上の位置に自分が居座ってしまった事を、カルーザはどう思っているのか、ブレストンには想像するしかできなかった。


「ペイルート少佐、ラッズ中佐、今しがたシヴァ共和国軍の第二管区艦隊が到着したのを確認したか?」


 無言で頷く二人。特段、カルーザに反感を抱いている訳ではないが、彼らも疲労困憊しており、それでも毅然とした態度であろうと背筋を伸ばしているのがわかる。


「先方のケイロ中将より連絡があった。お互いに航海記録を見せる事で、反乱に加担していない事を示すためだ」


「ふざけた事を」


 吐き捨てる様に、ラッズ中佐が言った。思わずどきりとするカルーザだったが、その怒りはケイロ中将へ向けられたものである事はすぐに知れた。


「あれほど奮戦した我々へ反乱に加担している疑いをかけるなど、言語道断です。航海記録の開示ですら、重大な機密漏洩として処断されかねませんぞ」


「落ち着いてください、ラッズ中佐」


 慌てて、ペイルート少佐が言った。


「確かにはらわたが煮えくり返る思いですが、現状として、どの艦隊も敵味方識別の点で齟齬が生じているのは仕方のない事です。むしろ、ここで混乱を招く事こそが、ジェイスの狙いであるといえましょう」


「その通りだ。ラッズ中佐、君の怒りはもっともだが、今は抑えてくれ。我々の名誉が傷つけられた訳ではないのだから」


 まだ若いペイルートとカルーザにたしなめられ、かえって落ち着いたのか、ラッズは仕切りなおす様に咳払いをひとつすると、深呼吸を何度かしてから元の冷静沈着な表情へ戻った。


「失礼いたしました、閣下。会議を再開しましょう」


「うん。まず、航海記録は先方へ送るが、それは通信ではなく、記録媒体を経由してから物理的に手渡しする。その方法に依存はないか?」


「ありません、閣下。賢明な判断と思われます」


「ありがとう、中佐。それで、まずは第二管区艦隊と第一艦隊を近づける。それほど接近はしないが、お互いに砲門は開いたままだ。万が一の場合に備え、いつでも戦闘可能な態勢でいたい。補給関係はいつ終了する?」


「第二五八戦隊は、あと一時間ほどで作業を完了できます」とペイルートの自信満々な声。「現段階でも、航行に必要十分な物資は詰め込めていますが、問題は燃料です。僕の戦隊に限っていえば、あと一ヶ月は航行可能な状態ではありますが、本国まで帰還する事を考えるととても十分とは言えません」


 また新たな問題が浮き上がって来た。カルーザはなんどか目を瞬かせて乾いた眼を潤す。艦船用パワーコアの開発によって、現代の軍用、民間艦艇はほとんど燃料を気にしなくていいほどの高燃費を手に入れたが、それでも航続距離の増大だけで燃料補給の必要は変わらないままだ。通常の任務ならば改めて気を配るまでもない燃料事情だが、そもそもシナノ演習宙域で戦闘演習中に反乱に巻き込まれ、そのまま激戦を繰り広げた後では、とてつもない消費量に反比例して補給までの道程は不透明だ。


「各艦の予備燃料は? 第三七七戦隊は既に搬送を始めているが」


「ちょうど、これから大型シャトルを用いて、各艦に分配する予定でした。運ぶだけでも一時間かかります。燃料の補給行動自体は航行中でも行えるので問題はありません」


「なるほどな。ラッズ中佐、第二五六戦隊も同様か?」


「まったく、と言っていいほど同じ状況でしょう。恐らく、補給関係は閣下の第三七七戦隊が一番早く終わります。数十分は差が出るでしょうから、どうかその間だけでもお休みなさってください」


 驚いてラッズを見やると、彼はにやりと笑った。ペイルートも堪え切れないといった風に、口元を僅かながら吊り上げている。


「そんなに酷い有り様かな、俺は」


「それはもう。シナノでは大変なご苦労をなさりましたね。だが、あなたはその疲労の数倍に当たる成果を残してくださった。私も、戦隊員も、あなたには深く感謝しています」


「……そんなあけっぴろげに言ってもいいものかな、中佐」


「保安フィールドで周りには聞こえてはいません。そうだな、ペイルート少佐?」


 遂に堪え切れず、ペイルートは吹き出した。


「ええ、ラッズ中佐。まったく同感です。閣下、あなたは少しご自身の体調を気遣ってください」


「それは命令か、少佐?」カルーザは、決して威圧的でない口調を心掛けた。


「これは『お願い』です、閣下」


「わかった。では、補給が済み次第、休憩をする事にしよう。出発の準備が出来たら教えてくれ」


「了解」


 二人が敬礼して画面から消えると、ブレストンが嬉しそうに言った。


「閣下、補給が終わりました。あとの指揮系統編成はこちらでやりますので、どうぞ居室でお休みなさってください」


「君達は、俺を働かせない気か?」


 その言葉に、周りで忙しく仕事を続けるクルーたちが笑みを浮かべた。ブレストンは何も言わず、「閣下が御退出なされます」とだけ言い、敬礼。艦橋のクルーが全員、起立、敬礼する中、カルーザは複雑な心境で答礼し、艦橋を後にした。

 もちろん、休憩のためにである。




 自室に戻ってベッドへ倒れ込んだカルーザだったが、ひとつだけやらねばならぬ事を思い出し、自室のコンソールを起動して通信画面を呼び出した。そのままアクトウェイをコールし、待つほども無く見知った顔がホログラフで表示されるのを見る。


「よう、カルーザ。酷い顔色だな、寝てるのか?」


 気さくに声をかけてくるリガルに、彼は苦笑いした。どうやら相当重症らしいな、と思い知り、後でシャワーを浴びる事を頭の中でメモしておく。指揮官の風体は士気にも関わると、いつか、ブレストンが言っていた気がする。


「少し、伝えておく事があってな。シヴァ共和国の第二管区艦隊が到着したのは、もう知ってるよな」


「ああ、確認している。アクトウェイはどうすればいい?」


「話しが早くて助かるよ。第一艦隊は、まだ補給が終わっていない。一時間ほどしたら、第二管区艦隊とランデブーする方向でこちらは決定したよ。お互いに敵ではないと確かめるために、航海記録を交換する」


「航海記録だ? なるほど、敵味方識別装置では断定できないものな」


「ああ。恐らく敵ではないだろうが、現段階ではまだ何とも言えない。君達も、ランデブーに備えていてくれ」


「わかった。で、そっちは平気か?」


 カルーザは困惑した。一体、何についてリガルは喋っているのだろうかと訝しんだが、つまり自分の事を聞いているのだと思い当たり、皮肉な笑みを浮かべた。


「お蔭で退屈はしない。少しでも労ってくれるのなら、落ち着いたらまたアクトウェイで食事でもあやかりたいね」


「よし、任せろ。とにかく、君は早くシャワーを浴びるべきだ。じゃあな、カルーザ。体に気を付けろ」


 リガルは画面から消えた。息つく暇もなく、今度はコンプレクターへと通信を飛ばし、やはり間髪入れずに応答してきた金色の長髪を携える青年を、カルーザは抜け目のない目で見つめる。

 ハンスリッヒ・フォン・シュトックハウゼン。旧銀河帝国貴族の出。今はあまり好ましい仲間とは言えない。リガルが信用しきっている点から、裏切る事はないだろうと自分でも確信はしているものの、彼について、自分は何も知らなさすぎる。とにかく、彼と話をして、その為人を把握しておくだけでも有益だ。これからレイズまで、長い時間を共にすることになるのだから。


「いかがなさったか、メンフィス准将?」


 青い瞳がカルーザを射貫く。彼も、自分に対して良い印象はあまり持っていないらしい。というのも、相手は元海賊、こちらは海賊を取り締まる警備部隊の隊長をしていたのだから、相容れなくて当然か。しかしこれからはそうもいっていられない。ハンスリッヒの剣呑な態度は癪に障るが、それにいちいち左右されていてはだめだ。


「今後の事について連絡を差し上げた。シヴァ共和国の第二管区艦隊と連絡が取れ、ランデブーした後にお互いの航海記録を交換、敵でない事を確認する」


「了解した。他には?」


「特には無い。逆に、そちらから伝える事はないか?」


「そうだな。メンフィス准将、この情勢で元帝国人を信用したくないのはわかるが、私の事は信用してくれていい」


 今日は驚くべきことばかりが起こる。カルーザは目を丸くしてハンスリッヒの不敵な笑みを見つめた。


「突拍子も無い事を言っていると、君はわかっているのか?」


「それほどでもないと思うが」とハンスリッヒ。顔に張り付いた笑みはそのままだ。「確かに帝国残党が騒ぎの中核を担っている事は事実だが、私は名誉にかけてこんな事には加担していないと証明しよう」


「古典的だな。だが、俺は君の名誉を知らない」


「確かにそうだ。なら、我が友であるリガルの名誉に誓おう」


「友人の名誉を自分の担保として使うのか」


「それだけ絶対という事だ。あなたがどう感じるかは、わかった上でこう言っている。私をよく知らないというあなたの言葉はもっともだが、それは私に言わせても同様だ。だが、私はあなたを信頼している」


「俺を信頼している、だ?」


「もちろん。リガルが保証してくれた。それだけで、あなたを信じるには十分だ。違うか?」


 不思議な男だ、とカルーザは思った。その言葉に裏表がない事も、彼の言っている事を好ましいと感じている事も、今の自分には理解しがたい。

 だが、思ったままを口にする事は出来る。


「確かに、君のいう事は……共感できる」


「だと思っていた。メンフィス准将、私はあなたの力になる事ならなんでも引き受けよう。何かあれば、遠慮なく伝えてくれ」


「わかった。好意に感謝する、ハンスリッヒ船長」


「ハンスでいいさ、メンフィス准将。それでは、また」


 消えた通信画面をしばしの間目で追ってから、カルーザは改めてベッドのスプリングに身を任せ、瞳を閉じた。

 誰もがこんな風に、本音を建前にする事が出来ればいいのに。そんな事を考えた時、ふと、リズ・ブレストンの顔が浮かび、そのまま心地よい微睡みの中へ沈んでいった。

実は最初のほうから書き直しています。活動報告にも挙げた通りですが、あんまり進んではいません。量も多く、他にも執筆中の作品がいくつかあるためです。

漆黒の戦機が完結したら連載する予定のものもありあす。それを上げるかどうかも迷っているんですが、とにかくこの作品を完結させたいな、と。

新作についでのご意見ご要望等あれば、感想なんかでよろしくお願いします。

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