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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第三章「それぞれの宇宙」
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一三二年 十一月二十七日~ ①

・アリオス歴一三二年 一一月二七日 シナノ演習宙域


それは巨大な竜だった。

どこまでも星々が連なっている。規則正しく、円形や長方形に整然と並んだ星々は、時折、何かに突き動かされるようにふらりと移動を開始し、また新たな隊形を組みなおすと、加速しては止まり、互いに量子通信波で連絡を取り合っては微妙に進路を調節している。

果てなく続くそんな光景は、銀河連合に参画している複数の国家軍の誇る破壊の神々が集ったものである。

盟主たるバレンティア航宙軍をはじめ、シヴァ共和国、レイズ星間連合、ロリア、クリシザルなど……二〇〇〇隻以上の大艦隊が複雑な戦闘行動を取り、互いに連携しながら仮想空間における敵艦を攻撃しては沈めていく。所々では宙域に漂う廃棄ステーションに宙兵隊が突入演習を行い、戦闘艇は互いに模擬戦闘に精を出している。バレンティア航宙軍が誇る機動艦隊と連携して、他国艦隊が大規模な武装集団に対して鎮圧作戦を行う今回のシナリオは近年のオリオン腕を取り巻く情勢を多分に影響させたものであり、銀河の全てが彼らに注目していた。史上最大規模の演習にメディアはこぞって押しかけ、軍司令部が用意した、演習風景を一望できる巨大なモニタールームへと通されると、すぐにそれを中継して電子新聞やホログラフニュースで生中継を続けた。

演習は淀みなく進んでいく。その様子がどこか不気味に思えるのは、バレンティア機動艦隊司令官であったり、後方で補給物資の護衛に当たっている第五機動艦隊の負傷した司令官であったり、はたまたレイズ星間連合第一艦隊のいち戦隊長、さらには漆黒の船に乗り込んだ放浪者ノーマッドであった。

アクトウェイはほぼ停止している。この宇宙で停止という定義がなんであるかにもよるが。黒い船体は遠い恒星の明かりを鈍く照り返し、いつ起こるともしれぬ異常事態に備えて息を潜めていた。


「気が気でなくてしかたがないな」


緊張で汗をかいている手を握ったり開いたりしながら、イーライが小さく呟いた。艦橋を見回せば半球形のそれに詰めているクルーたちの、同じように緊張しきった表情が見て取れる。特にセシルは先ほどからレーダーを見つめながらキャロッサの作ったハンバーガーをぱくついているあたり、片時も目を離す事はできないでいるらしい。それもそうだろう、アキが中継している演習映像を二〇の小さなホログラフに分割して目の前に投影しているリガルを除けば、この中で外界の異常を真っ先に察知することになるのは彼女だ。早く気付くことが出来るに越したことはないのだが、既にあの状態のまま三時間が経過している。少しは息抜きもしなければ集中力は続かないだろう。

見かねて、ジュリーが航海長席から声をかけた。


「セシル、少しは休みな。そんなに根詰めてちゃ、いざって時に動けやしないよ。トイレにだっていってないじゃないか」


「ありがとう、ジュリー。けど、なんだか気が抜けないのよ。自分が目を離した瞬間に何かが起きちゃうんじゃないかって。そう思うとどうもね」


ようやくモニターから目を引きはがして、セシルは自分の細い肩を揉んだ。首を回せば骨が音を慣らし、悩ましげなため息が漏れる。

ジュリーはアクトウェイが停止状態なのをいいことに、持ち場を離れて彼女の背後に回った。セシルの両肩を掴むと、今度は自分がレーダー画面を覗き込む。そこにはアクトウェイを中心として二十光分あまりの中距離索敵の情報と、そこからさらに遠距離、演習宙域の外延部までを含めた場所に被っている長距離索敵の情報が統合された状態で表示されている。

アクトウェイのいる位置から中継のために大挙してメディアが押し掛けているステーションまでおよそ三光分あまり。その周囲には何十隻もの見物客が大小さまざまな船に乗り込んで浮かんでいる。アクトウェイはその中でも特に巨大な船で、大型貨物船と比しても圧倒的な巨体を誇っている。千二百メートルを超す船体は周囲の人間からかなりの注目を集めており、レイズ=バルハザール戦争の英雄としても取り上げられたこともあるためか、何度かメディアから取材の通信が寄せられてはいたが、リガルはアキに合成させた映像で通信に出るまでも無く拒否していた。


「それにしても、凄い見物人だねぇ。そんなにこの演習は注目を集めてんのかい?」


「そりゃね。バレンティア航宙軍も含めて二〇〇〇隻って言ってるけど、実際は後方に控えてる第五機動艦隊も含めれば二五〇〇隻以上よ。兵站関係まで含めたら三〇〇〇隻も超える。人類史上はじめてじゃない? こんなに軍艦が集まるなんて」


「アキ、どうなんだい?」


人工知能(AI)はライブラリを遡ると、ほぼ即答に近い時間差で頷いた。


「セシルの言っていることは事実です。オリオン腕大戦の勃発以前、以後、どちらを含めても人類が宇宙空間でこれほど大規模の軍用艦艇を同宙域に集めたのは初めてのことになります。オリオン腕大戦中のクラースナヤ星域会戦では、バレンティア航宙軍第一機動艦隊、第五機動艦隊、第七機動艦隊が、銀河帝国軍アーセラクト艦隊、フレミトラル艦隊、シューマッハ艦隊と大規模な戦闘を行いましたが、当時は機動艦隊の規模も二〇〇隻程度と今に比べれば半分以下の兵力で運用されていました。銀河帝国軍も同程度で、双方の兵力は合算して一三〇〇隻ほど。今回はその二倍以上にあたる三〇〇〇隻です。恐らく、マスメディアが集まっているのもそのせいでしょう」


「なるほどねぇ。まさかオリオン腕大戦までさかのぼるとは。ちなみに、うちの船長みたいに優秀な奴は何人くらいいたんだい?」


「ジュリー、申し訳ありませんが私のアーカイブは完全ではないので、個人レベルの話となると演算装置の関係もあって比較は不可能です」


「わかってるさ。冗談さね、冗談」


ジュリーの明るい計らいに笑みを浮かべ、セシルはなんともなしにレーダー画面を見る。その表情がひきつるのを、ジュリーは見ていた。


「方位三一二、距離二一七万キロメートル。速度〇、二光分でシナノ演習宙域に突入していく不審船を確認。数は二二」


リガルはホログラフを脇によけると、アキに向かって指を鳴らした。


「周辺の民間船に避難勧告をしろ。緊急回線で宙域警備隊、およびシヴァ共和国軍、ステーション警備隊に不審船接近を連絡しろ。もっとも、既に探知しているだろうがな」


言うや否や、演習の指揮を執っているバレンティア航宙軍第二機動艦隊から正式な非難勧告指示が出された。警報がアクトウェイの艦橋に響き渡り、クルーたちはにわかに殺気立つ。フィリップがコンソールに指を走らせて帰還出力を最大まで引き上げる。パワーコアの遠い唸りが甲高くなり、リガルの指示で全員が座席に座って体を固定した。その一事だけでもクルーたちに緊張を強いるには十分だ。

既に演習宙域の深くでは戦闘が発生している。交錯する光の槍が漆黒の宇宙空間を照らし出していた。




・アリオス歴一三二年 一一月二七日 シナノ演習宙域 レイズ星間連合第一艦隊


演習に参加していたレイズ星間連合軍は驚愕の波を引きずったまま、網膜を焼くほどの閃光が各所で炸裂するのをただ眺めているしかなかった。突然の事態に部隊は混乱の極みに達し、何とか陣形を保ってはいるものの反撃すらする事はままならずに次々と仲間が沈んでいく。

しかし、その中で冷静沈着な目で戦場を見渡す青年が一人。


「やはり第六機動艦隊が謀反を起こしたか」


今まで、各艦のデータベース上に作成した仮想空間内でのリアルな戦闘が、本物の殺し合いに変貌した。その第一矢を放ったのは紛れもなくバレンティア航宙軍第六機動艦隊であり、これはリガルから送られてきたメールの内容と一致するものだった。

その内容は、第一艦隊司令官に対してどこかの部隊が反旗を翻すことを示唆したものだったが、カルーザは裏のルートで記録に残らない方法を用いて自らの指揮官であるモントゴメリー中将へ具申したところ、苦い反応しか返ってこなかった。少なくともモントゴメリーは積極的にこの事態に対する打開策を練る事はせず、かえってカルーザ・メンフィスに対して「憶測で判断をすべきではなく、ましてやいち放浪者ノーマッドの言葉を鵜呑みにすべきではない。然るべき証拠を提示したうえで報告せよ」なる、早い話がそんな話はあり得ないといった返答を返され、一人でこの事態に対処する羽目になってしまった。

スペランツァの艦橋が揺れる。既に第一艦隊の十隻以上が被弾、大破している。モントゴメリーは艦隊を密集隊形に変更しつつ後退し、シナノ演習宙域の各艦隊へと襲い掛かっているバレンティア航宙軍へ反撃を試みていた。第三七七戦隊も命令のままに隊形を密集させ、スペランツァの周囲に日頃の訓練通りの隊列を組んで戦艦と重巡洋艦が壁をつくり、軽巡洋艦が後方支援、駆逐艦が隙間を埋めて防空網を形成する。激しい放火の応酬はスクリーンいっぱいに広がり、思わず手で目を庇ってしまう。

なんということだ。カルーザは戦慄しつつ、ただ目だけは冷静に戦況図を見つめている。バレンティア航宙軍の機動艦隊が本当に謀反を起こすとは。この事件が宇宙に与える衝撃は尋常なものでは済まないだろうが、今は自分と部下を生き残らせるために戦うしかない。

敵の戦力は、確認できる限りで第六機動艦隊の全艦と、演習宙域に突入してきた武装勢力。どこからこれだけの船が湧いて出たのかはわからないが、とにかく数にして七〇〇隻以上はいる。そのうち目の前で味方を蹂躙していくのは第六機動艦隊の五〇〇隻で、半ば彼らを取り囲むようにして散在している各国の艦隊に対し、圧倒的な圧力を以て攻撃を続けている。奇襲は完全に成功し、流された血の量はこの宙域を赤く染め上げようとしている。

ちょうど正面の第六機動艦隊を挟んで反対側に布陣している第二機動艦隊も攻撃を受けていた。彼らは奇襲に対して善戦しつつあるようだが、それでもかなりの被害を受けている。各艦隊は距離を取ろうと交代を繰り返しており、結果的にそれが上手くいけば第六機動艦隊は戦隊単位で分断されることになる。

だが、そうはならないだろう。彼らの場合、奇襲の効果として最も有効活用せねばならないのは、時間だ。二〇〇隻の旧銀河帝国軍残党が高速で接近してきている。そのすべての船は、資料として見たレイズ=バルハザール戦争でバルハザール宇宙軍が投入した無人艦隊と同一の船型であるとみられた。

そして、今回はあの船が無人であるという保証はない。特に中央にいる超弩級戦艦はゴースト・タウン宙域でアルトロレス連邦警備部隊とカルーザ率いる戦隊を苦しめたあの船だ。

ジェイス。リガルのメッセージでは、白髪の男が旧銀河帝国軍残党をまとめ上げているという。あの船だけでも仕留めきれるかはわからないが、とにかくやってみるしかなさそうだ。

カルーザは隣で控えているリズ・ブレストンに怒鳴った。それほどまでに、艦橋は喧騒で満ち、真空であるはずの戦場の空気が全員の鼓膜にまで届いているようだった。


「少佐、艦隊司令部へ通信をつなげろ! モントゴメリー中将を呼び出せ!」


すぐに彼女は通信を繋ぎ、スペランツァの司令官席に座るカルーザの目の前に、狼狽した様子の壮年の男がホログラフとなって浮かび上がった。彼の顔もカルーザの顔も、ディスプレイから迸る戦火の閃光に照らされて青白く見えた。


「大佐、君は何を考えている。この状況で通信など――」


「閣下、あの白い船です。あの巨大な船を沈めれば、諸悪の根源たる帝国軍残党は瓦解します」


「妄言を。君が送ってきた報告書に対する見解は伝えてあるだろう。まだそんな世迷言を口走るつもりかね」


「聞いてください、司令官。あの船に乗っている男はジェイスといいます。白い船の船長です。彼が銀河帝国軍の残党を集めて、こんなことをやらかしているんです! 彼を討ち取れば――」


「くどい。今は戦闘中だ。仮にそうだとしても予備兵力などどこにもない。以上だ。通信終了」


モントゴメリーは通信を切った。白黒のノイズで構成されて消えないまま残っている画面を見つめている。リズ・ブレストンは彼の隣に立った。


「くそったれが」


「大佐、いかがなさいますか。このままではあの白い艦隊にどこかの部隊が挟撃されてしまいます。そうなれば戦況は一変するでしょう。さらに悪い方向に」


「わかっている。だが、今は耐えるしかない。それに奴らにとっても不確定な要素はあるだろう」


カルーザは、接近しつつあるもうひとつのアイコンを見つめた。

すまない、リガル。無念そうに瞳を閉じ、カルーザは部下を救うべく陣頭指揮をとりはじめた。


「クリケント、ジクシザル、スペランツァを軸に密集隊形を取れ。さしあたっては正面の敵艦隊が相手だ。とにかく防御を固めて凌ぐぞ」


「大佐、正面より接近する敵部隊を確認。数、五〇。イージス艦一隻と空母二隻―――空母より戦闘艇の発艦を確認」


「対空戦闘用意。全兵装を以て迎撃せよ」


カルーザの指示で戦隊の全艦が対空兵器を展開、猛烈な対空レールガンの防空網が形成される。同時に小型対空ミサイルも発射され、百を超える敵戦闘艇部隊へと迫っていく。

爆発。十数機を撃墜したが、それでも肉薄してくる敵戦闘艇は多かった。

イージス艦だ。思わず歯噛みしながら、カルーザはスペランツァのクルーへ指示を飛ばす。敵イージス艦が小型ミサイルの誘導装置を狂わせたのだ。対空防衛に特化したあの船は、そのコスト故にバレンティア航宙軍にしか配備されていないハイエンド艦。それに比べ、こちらは非効率極まりない手段で敵戦闘艇を迎撃しなければならない。

これは骨だぞ。まだ始まったばかりの戦闘に、カルーザは持ちうる体力の全てを奪われていく気がした。




・アリオス歴一三二年 一一月二七日 シナノ演習宙域 バレンティア航宙軍第五機動艦隊


「とにかく急げ!」


クライス・ハルトはそう艦隊に命じ、旗艦アーレを軸として戦闘隊形を取らせるとそのまま最大戦速で移動を開始した。普段から司令官の無茶に付き合わされている第五機動艦隊の各艦は迅速にこの命令を実行し、第六機動艦隊が最初に砲火を放ってから十七分後には戦闘宙域の外延部に到達していた。

現段階で戦闘を続行している戦闘部隊は、バレンティア航宙軍第二機動艦隊とレイズ星間連合軍第一艦隊、そしてシヴァ共和国軍の第一管区艦隊だ。それぞれが二〇〇隻以上を誇る大艦隊だったはずだが、味方と思っていた部隊からの奇襲は想像以上の破壊力を伴っていたらしい。しかも、これを起こしたのは宇宙最強と称される部隊の一角だ。

残骸漂う戦闘宙域まで到着すると、すぐに第三艦隊から通信が入った。司令官席に座しているハルトはすぐに通信回線を開く。


「エンテンベルク中将、生きていましたか。何よりです」


初老の男が画面の中で頷いた。眠そうな瞳に白髪交じりの黒髪、顎と口元に生えた灰色の髭と見るからに生気のない顔をしている五十七歳の機動艦隊司令官は、やはり緩慢な動きで頷く。自分の目の前で史上最大規模の戦闘が勃発していると言うのに、この男は爪の先ほども動じる様子を見せてはいなかった。


「ハルト中将、救援に感謝する。状況を説明しよう」まるで電話をかけているかのような口調で、エンテンベルクはいった。「第六艦隊を中心として、我々第三艦隊とレイズ星間連合の第一艦隊、シヴァ共和国の第一管区艦隊が応戦しておる。宙域外から襲来した白い艦隊と第六艦隊の挟撃で、ロリア含める他の艦隊は全てが壊滅した。今は第一管区艦隊が挟撃を受けている。救援に向かおうとしたが、サラーフめ、なかなかどうしてやりおるわ。レイズも我々も身動きが取れん。彼らを助けてやってくれ」


ハルトはさっと横目で戦力を確認した。レイズ星間連合軍もシヴァ共和国軍も、残存兵力は六割前後。第三艦隊はまだ四五〇隻を保持しているが、撃破した船の残骸を盾にして砲撃を行っている第六艦隊は、まだ完璧な状態で残っている。加えて二〇〇隻の敵艦隊だ。これは厳しい戦いになりそうだ。


「了解しました、エンテンベルク中将。まずはシヴァ共和国軍の連中を救出します。申し訳ありませんが、今しばらく持ちこたえてください」


「お安い御用だ。頼んだ、ハルト中将」


敬礼を遺してエンテンベルクは消え、同時にベルファストが怒号を飛ばした。アーレの目前に青白いエネルギービームの槍が流れていく。その光で艦橋の誰もが目を閉じた。


「目標ブラボー、こちらへ転身。射程圏外ですが、発砲してきました」


ライオットの落ち着いた報告にはいつも助けられる。通信を終えたばかりで状況を把握できていないハルトは、ほぼ反射で指示を出していた。


「第二戦速まで減速。陣形を長方形陣形から楕円型へ。敵艦隊を攻撃した後、離脱。方位一二〇に転進し、レイズとシヴァが体勢を整えなおす時間を作る」


「了解しました、閣下」


すぐにライオットは指示を伝えにオペレーターの下まで走る。ハルトは指揮卓に両手をつきながら激励した。


「第五艦隊の諸君。誠に遺憾ながら第六艦隊は我らがバレンティア航宙軍伝統の誓いを破り、本来は守るべき仲間に対して矛を向けた。かくなる上はこれを撃滅し、祖国に尽くす。我らのモットーは?」


「勝利か名誉か!」


アーレだけでなく、通信を聞いている艦隊の全艦のクルーたちが叫ぶ。その鬨の声は、ハルトに腹を括らせた。

かつては仲間でも、撃ってくる以上は撃ち返すのみ。

第五機動艦隊は虚空を驀進した。

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