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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第三章「それぞれの宇宙」
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一三二年 十一月八日~ ①

あけましておめでとうございます。

今年初めての更新となる今話ですが、まさか自分でもこの作品で書くとは思っていなかった水着回となりました。拙作ではありますが、どうか今年もお付き合いくださいますようお願い申し上げます。

・アリオス歴一三二年 一一月八日 惑星パールバティー軌道エレベーター


イーライ・ジョンソンは、恐らく銀河でも指折りの普遍的な船乗りである。自他ともに認める砲撃の腕前は数光分先の小惑星を撃ち抜く程で、女性の心を射ぬくにも苦労は感じこそすれ、自分を力量不足と感じることはあまり無かった。殊、何かを射ることにおいては幼少期より才能を持つ彼であったから、その才能センスは鬼才揃いとされるアクトウェイのクルーたちに囲まれていても決して見劣りするものではなかった。

船の中から引き揚げ、少し体を休めようとパールバティー政府の利用を許可した軌道エレベーター、その公共用ラウンジスペースで透過壁の向こう側に広がる漆黒の闇を見つめる。惑星が近くで太陽光を反射しているので、星の光はそれほど多く見られないが、ステーションの外部カメラから送り込まれる映像を加工して壁に投影しているため、星の海が鮮明に映る。今は銀河系中央部が輝きを放ち、眩しいばかりのこの光を全身に浴びながら、彼は金髪を掻き上げると悩ましげにため息をついた。

ここのところ、専ら彼を悩ませているのはキャロッサ・リーンについてだった。パールバティー地上のあのカフェテリアでセシルが暴露したキャロッサの恋について、その対象が自分である事を気にしていたところ、どういうわけか彼女のことばかりを考えてしまうようになった。

いつも船の中で、目立たない様に微笑んでいるキャロッサ。その姿はまるで鈴蘭。庭の隅でひっそりと美しい花を垂らす可憐な女性だ。絹よりも細やかなショートボブに小さな顔、時折、船の中でクルーたちの定期検診を行う時に見る白衣姿は思わず目を白黒させてしまうほどで、男性クルーのみで構成される通称、放浪被害者の会にて、堅物として通っているリガルをして「一見どころか三見、いや十見の価値はあり」と言わしめるほどだ。イーライとフィリップはその言葉に多大な賛意を寄せたのは想像に難くないが、自分自身が彼女を恋愛対象として見ていることに気が付くと、不思議な事に頭が痛いほどの問題となりつつある。今まで女を悩ませたことはあれど、自分が悩むなど思ってもみなかった。つまり、自分の今まで経験してきた恋愛とはその程度のもので、放浪者ノーマッドとして宇宙の危険に身を晒し、時にはお互いの背中を守ってきたクルーとして素直に尊敬することのできる初めての女性だからだろう。

傍を観光客が幾人か通り過ぎて行く。煌びやかな服に身を包んだ富裕層だ。彼らは軽く指さえさしながらイーライを見てはしゃいでいる。その会話の断片から、どうやらアクトウェイは軌道エレベーターをあの白い船から守った立役者だと思われているらしい。それもこれも、シヴァ共和国軍が今回の襲撃がアクトウェイを狙ったものであったことを、当初は戦闘の意志が無くともコンプレクターとの遭遇により戦闘状態に入らざるを得なくなったことなどを公表するかどうかによって、世間からの評価は二転三転するだろう。それが偶数回ならいい評価で落ち着くかもしれないが、宇宙とは不条理なものだ。ほとんど必ず悪い方向へ事態が転んでいくだろう。

やがて背後から近づいてくる足音が聞こえた。すぐに誰かが判ったので、振り返らずにそのまま宇宙の景色を眺め続けた。


「イーライ、こんな所でなにしてるんだ。キャロッサが探してた。包帯を変えるっていうんで、みんな医務室に集合らしい」


リガルはすぐ傍にあった自販機で清涼飲料水を二本買うと、一本をそのまま彼の手に渡した。イーライは無言のまま缶のプルタブを引っこ抜くと、勢いよく一口煽る。微炭酸の奇妙な味わいが口の中に広がり、舌の上で泡が弾けた。気分が少しは晴れた。


「ちょっと途方に暮れていたところです。船長は何をしてるんですか。居室で休んでいる筈では?」


「うーん、君の前じゃ嘘はつけないな。うちの女王様から連絡が入ってね。散歩がてらに歩いていたら砲雷長が独りで宇宙を眺めていました、あれは重症ですってね。それを携帯端末にいきなり、さらに作業中だったコンソールのメインディスプレイにもホップアップ表示されて、君が見かけたなら君が行けばいいのにって返したら、今度は部屋の照明が点いたり消えたり。勘弁してくれ、とメッセージを返してからここに来た」


なるほど、これがこの青年の魅力か。思わずイーライは笑みをこぼしながら、もう一口ジュースを飲み込む。今度は、何かが払われるように胸の内がすっきりした。


「船長。セシルから聞いたんですが、どうもキャロッサが俺のことを好いてくれているようで」


「へえ、そいつは。いや待てよ。それならどうして悩んでいるんだ」


「本人を前にして言われたんですよ、これが」


ああ、と同意の声を漏らし、次いで愉快そうにリガルは笑った。セシルの被害に遭ったイーライにとっても、自分の悩みがどうでもよくなるくらい痛快な笑い声だった。フロア中に響き渡る彼に観光客の視線が注がれ、電子新聞を騒がせた人物なだけにすこしどよめきが起こるが、気にせずに言った。


「そんなに笑わないでくださいよ。俺だって恥ずかしいんですから」


「いや、すまない。それにしても、キャロッサが愛している男が君だとはな。うん、お似合いだと思うが……自分の気持ちが定まらずに、こうして展望デッキで黄昏ていたというわけか」


「悪いですか。俺だって、彼女のことは好きです。よく気が利きますし、繊細だ。守ってやりたいと思う。けれど、どうすればいいのかがわからないんです」


「難しいな。とにかく、待ってみるっていうのはどうだ。時間が解決してくれることもある」


「だといいのですが」


沈黙。少し気まずい空気の中、イーライはかねてより疑問に思っていたことを口に出した。


「ジェイスのこと。船長は、これからどうするつもりなんです。彼らは銀河連合を手玉に取るほどの規模と策略を練っています。一筋縄ではいきませんよ」


「それを言うなら、レイズの時も一筋縄ではいかなかったさ」


アリオス歴が始まって以来、放浪者ノーマッドが戦争に参加して生存した事例だけでも皆無だ。オリオン腕大戦以来、哨戒任務や物資輸送を放浪者が外注で請け負う事は、珍しい事には変わりないが確かにあったし、元来、危険宙域や海賊討伐、未踏査宙域への探査などを主な生業とする放浪者たちは銀河で最も危険な仕事をしていると言っても過言ではない。乗る船はアクトウェイやコンプレクターにみられる様に、常識から逸脱した取得経緯を持つ例外を除き、ほとんどが商船を改造したり独自設計された船だから、軍用艦艇ほどの防御力も攻撃力ももっていない。つまり、生存性が比べ物にならないのだ。

銀河連合の管轄している複数の宇宙港をつないだ超光速通信網を駆使した数十光年規模のデータベースが、月単位で目覚ましい活躍をしている放浪者などを順位付けする半ば娯楽と化したサービスがある。海賊などの犯罪者集団は除外されるが、船体名で区別される限り簡単な仕事内容などから活動量を判断するのだが、一部の平和に頭を沸かした人間からは絶大な支持を得ている。多くの電子新聞公社もこれを元に特集などを組むことがあるし、星間放送も週末のニュース番組で流すくらいには注目を集めている。

リガル自身はそのような風評を気にする性質ではないからまるで感知していないが、レイズ=バルハザール戦争からゴースト・タウンの戦いに至るまで、彼がランキング上位から離れたことは無い。既に俗世間では少しは名の通った放浪者として知られている。

しかし、あえて常識的な意見を論ずるならば、いち民間船が旧帝国軍残党を母体とする過激派との武力闘争に勝利し得る筈も無い。人数比でいえばいったいどれだけの数的不利を甘受することになるのか。アクトウェイのクルーは六人と一機だけ。船にしては重巡洋艦クラスが一隻。

勝てる勝負ではない。

だというのに、まるで自信を喪失した様子もなく、リガルはいった。


「俺もたった一隻でジェイスの一党をすべて相手にできるとは思っていない。だが戦いようがないわけでもない。立ち回りなんていくらでも考える事が出来る」


「誰の手も借りずに、アクトウェイだけで倒せると思いますか」


一瞬、銀河の公転が止まったかと思われた。ひりひりと肌に張り付くような緊張感はすぐに鳴りを潜め、面影すらも消え失せた青年の形相もただの無表情に戻る。

あなたもですか、船長。イーライは顔には出さず戦慄する。ジェイスとリガルが対峙している時、目も合わせていないのに、あの男から滲み出す威圧感に気圧されている自分がいた。それは他のクルーも同様であったに違いない。ふと振り返れば、表情を強張らせていたキャロッサがそこにいたから。

ジェイスが胸の内に飼い慣らしている獣と全く同質の何かを、リガルも秘めている。恐らく、自分自身も気付かない怒り。潜在的に抑圧されているようだが、垣間見えるそれはたとえようも無い迫力。他を圧倒する強大な意志の表れ。


「倒さなければならない」


ようやく、リガルはそれだけ言った。


「だってそうだろう。俺には愛していると伝えた女性がいて、彼女は応えられるまで待っていてくれという。ジェイスはアキを知っていた。あいつは……あいつは、きっと俺が止めなければ、いずれ彼女を殺す。そんな確信があったんだ」


宇宙で生まれ、宇宙で死んでいく放浪者には特別な感性が備わるという。まことしやかに囁かれるこの噂は、当の放浪者たちの間でも与太話として語られるものであるが、実際に体験した者からすれば決して無視できない神の啓示にも等しい何かだ。

何か反論しようとして、イーライは口を閉じてしまう。自分にも経験がある出来事を否定することはできないし、止めるべき理由も特には見当たらなかったからだ。


「船長ならやり遂げますよ」


結局、自分には相手をおだてる以外の事が出来ない。情けなさに顔を顰めながら、イーライは視線を逸らした。


「ありがとう。だが、君達の協力も必要だ。迷惑をかけるな」


「気にしないでください。俺達はアクトウェイの一部だ。あなたについていきますよ」


リガルは軽く礼を言うと、缶を乾かしてから背を向けた。

もう行こう。その背中が告げている。いつの間にか吹っ切れていた煩悶の残滓を振り払うように踵を返した。




・アリオス歴一三二年 一一月一五日 惑星パールバティー クシナダアイランド


真夏の太陽が白い砂浜を照らす。どこまでも青い海は地球標準よりも僅かに高い塩分濃度を示し、テラフォーミングの完璧な成功例として豊かな自然と生態系に恵まれたパールバティーは宇宙植民初期から人々がたゆまず行ってきた努力の結晶として、その輝きを思う存分放っていた。

クシナダアイランドと呼ばれるパールバティーの中でも飛び抜けて美しい島を借り、なお余るニコラス・フォン・バルンテージから贈与された報酬の額に改めて恐ろしさを感じながらアクトウェイのクルーたちが再びバカンスに興じているのは、一重にコテージの中で過ごしている一組の兄妹が、角質なしの健全な家族関係を取り戻す、そのためにお互いの中にある空白の時間を埋める作業に入りたがったからだ。リガルとしても今後のことを少し考えたかったし、近々シヴァ共和国で行われる銀河連合軍の大規模合同軍事演習にジェイスが現れないとも限らない。ここで英気を養いつつ、何か対策を立てておかなければ安心して眠る事もできない毎日で、自然と酒の量は増えていった。


「天国かよここは。身も心も溶けちまいそうだ」


パラソルの下で厳ついサングラスをかけたフィリップが言う。

イーライとリガル、そして彼はパラソルの下で存分に海を満喫していた。木製の寝椅子に体を横たわらせ、女性人が見事なプロポーションを見せびらかしつつ水遊びに興じている様を遠巻きに流し見ながら寝椅子の脇に置いてあるテーブル、その上にコテージの店員が置いていったビールを掴み、一口煽る。みんな怪我が治ってよかったキャロッサの適切な治療のお蔭でこの場にいる誰もが完全な健康体を取り戻している。食事管理に外傷治療、果ては細かい体調管理……彼女の監視なしに好きに飲み食いができる様になったのは昨日からだ。その恩恵か、まだ午前十時で先ほど朝食を済ませて海に出たばかりだというのに、フィリップ・カロンゾの胃袋は最高のパフォーマンスを発揮しているようだ。呆れ返ったイーライが、保冷容器に入ったスポーツドリンクをストローで吸い上げる。


「しかし、なんだ。普通は逆じゃないのかね。男が遊んで女が待つ。俺の故郷じゃそうだった。ま、膝をやられちまってるからあんまり遊べやしねぇんだが……リガルよぉ、少しは遊ばないと損だぜ。その年で堅物っていうのはいけねぇや」


「機関長、我らが船長に余計な事を吹き込まないでくれるか」イーライはほったらかしにして伸び始めた無精髭をさすりながら、サングラスの縁でフィリップを睨んだ。「リガルはそういう性格じゃない」


「俺だって遊びたいぞ。だけど、あの中に男一人で飛び込んでいくのは気が引ける」


三人は一様に彼女らを見やり、同時に頷いた。

誰しもが日焼け止めをしっかりと塗り込んで、恐ろしく体に合ったツーピースの水着を海水で盛大に濡らしている。セシルは赤、キャロッサは紺、アキは白だ。先ほどから繰り広げられているのはバレーだろうか。海の中に足を突っ込んでやっているものだから、時折ひっくり返っては笑い声を上げている。その中で、アキだけが絶妙なバランス感覚を保ってスーパープレイを連発していた。ジュリーがいれば大変なことになっているのだろうが、彼女は今、コテージの中でハンスリッヒらと話している。一度リガルが顔を出した時、とても和やかなムードで話が進んでいたから心配はないだろう。

あれから、ハンスリッヒは嘘の様に落ち着いた。彼も憑き物が落ちたのだろう。もとより憎み合っていたわけでもなく、ただ角質という名の隔たりが横たわっていただけの、複雑そうでいて単純な兄妹関係は元通りに修復され、お互いに失くした時間を上合わせようと努力をしている。コンプレクターの乗員とアクトウェイのクルーたちの交流も所々で始まっているようで、リガル以外の誰かしらがコンプレクターのクルーと通りすがりに挨拶を交わしている様子も何度か見かけた。


「そういえば、どうして俺は彼らと顔も知らないのに、君らは親交を深めているんだ?」


「え、気付いてないんですか。なんでも、リガル船長に話しかけるのは恐れ多い、ハンスリッヒ船長が普通に接しているのが信じられないくらいだって言っていましたよ」


リガルは表情を曇らせた。この青年でもナイーブな一面があるのかと思うと、イーライは面白がった。フィリップも同じであるのは言うまでもない。


「俺は、時たま向こうの連中から酒飲みに連れ出されるんだ。ジュリーがハンスリッヒと話している間、非番のクルーは何もすることが無いらしいんでな。なんでも、俺らはともかく、コンプレクターの連中は持ち合わせが無いらしい」


「そりゃそうだろ。もともとパールバティーなんて、一生に一度これるかどうかってくらいの高級リゾートだ。俺達みたいな放浪者ノーマッドが来て、尚且つそこらへんの大富豪よりも金を持ってるのが問題なんだよ。ニコラス氏もとんでもない額を渡してくれたもんだ。まだ一隻アクトウェイを買えるだけの金は余ってる。俺も時折呼び出されるが、大抵は生真面目な乗組員が砲術を習いたがってな、いい出張だよ。たまに酒を奢ってもらえるし」


イーライは首だけを傾けてむすっとしているリガルを見た。


「船長は、そういうのないんですか。コンプレクターの誰かから」


「まったくもって完璧に毛の先ほども無いな」


どうやら拗ねているらしいリガルの反応に二人は苦笑いを漏らす。彼自身は知らない事だが、コンプレクターには意外にも女性乗組員が多い。ああいった船では粗暴な輩が多いためにほとんどが男性で占められる人口比率が、ハンスリッヒの厳格なまでに徹底した規律の管理によって、ほとんど暴力沙汰が起きないどころか、そこいらに浮かんでいる商船よりも穏やかな人間が多いものだから見上げたものだ。それもこれもハンスリッヒという個人がもつ一種のカリスマ性を象徴している事実なのかもしれないが、その女性クルーの中では今、リガルの男性としての人気が超新星爆発直前の恒星の様に急上昇している。華やかでお地味でもなく、ただ真っ直ぐな彼の視線と空気に魅せられる女性クルーが後を絶たない、というコンプレクター乗員の愚痴をイーライとフィリップは耳に胼胝ができるほど聞いてきた。当の本人がこれを知れば複雑な顔をするに違いないので、誰も伝えようとはしなかったが。

勿論、キャロッサやセシルの下にも同じ情報は届いてはいるものの、アキには知らせていない。リガルと同じ理由であることは言うまでもない。アクトウェイのクルーたちは彼らの船長とどう付き合っていくかをよく心得ていた。

と、そこにアキが近づいてくる。いつの間にかバレーなのか水球なのかわからないスポーツを中断していたキャロッサとセシルが海の中で休憩している間に、疲れ知らずのアキだけが浜に揚がる事にしたらしい。リガルはかけていたサングラスを跳ね上げると、テーブルに置いてある保冷ポットから冷水を直接口の中に放り込んだ。何の変哲もないミネラルウォーターだが、宇宙船内ではこうした新鮮な水さえも無性に恋しくなる時が多々ある。そろそろキャロッサにも船に積むよう頼んでみるべきか。


「リガル、何をしているのですか」


目の前までやってきたアキが言う。やはり髪の毛が少し伸びたようだ。生体端末のリアリティに感心しながらかたぶちまで濡れそぼった彼女の額めがけて傍らにあったタオルを放ってやりながら、リガルは保冷ポッドを掲げて見せた。


「優雅にバカンスしてるよ。そっちはどうだ、アキ。初めての海は」


「いいものですね。いつも空から眺めてはいましたが。やはりこの身体で直に触れるものは何物にも変えがたい。だというのに、こんなパラソルの下でごろごろと、大の男がだらしがないではありませんか」


どうやらリガルにあの中へ加われと言いたいらしい。心の底から勘弁してほしいと願いながら助けを求めて両側を見ると、フィリップもイーライも真っ黒なサングラスをかけたまま知らん顔で居眠りを決め込んでいる。その頬がぴくぴくと痙攣しているのを、リガルは見逃さなかった。


「俺だって少しはゆっくりしたいんだ。いいだろ、くつろいでいたって。休暇ってのはそのためにあるもんだ。旅行中に体を休めたって誰にも怒られない」


「私が怒ります。さあ、立って。こんな機会は他にありません」


「お、おい――」


青年の手を引き、アキが急かす。ここまで積極的に彼女が誘ってくるのは珍しいを通り越して有り得ない。リガルの想像よりも、彼女の中では人格形成が遥かに進んでいるのかもしれない。弾けんばかりのその笑顔に引き寄せられるようにして、このコテージで間に合わせに買った黒い海水パンツ姿で、白いツーピースをきた生体端末を追いかける。柄にも無く上気している頬を実感しながら、手を引かれるままに浜辺へ急いだ。

照り付ける太陽に温まった砂が足の裏を焼く。宇宙空間では決して味わうことのできない汗の清々しさにむせ返るような熱気。黄色が勝ったブラウンの瞳を輝かせてアキに導かれた先で、意地悪な笑みを浮かべたままキャロッサとセシルが出迎えた。どうやら黒幕はこの二人らしい。


「あらぁ、アキ。リガルを連れてきてあげたの?」


「はい、セシル。彼も一緒に遊びたいと」


「おい、俺は何も――」


「いいじゃないですか船長。さあ、行きますよ。ボールを水に濡らしたら罰ゲームです」


ルール説明が簡潔に過ぎるのも構わず、キャロッサは見かけによらず流れるような手さばきでスイカより一回り大きなビニール製のボールをスパイクしてくる。リガルは危うい所でレシーブを返し、一度のオーバーハンドを介してセシルへと返した。彼女はダイレクトにボールを叩いて――決して殴ったのではない、決して――リガルへ。なんとかアンダーハンドでアキへはじき返すと、目を見張るほどの身のこなしでスパイクを放つ彼女の白く細い腕が霞んだ直後、顔面にボールが激突していた。

響く黄色い笑い声の中、リガルは後ろ手に着いた尻餅から腰を上げる。心地のいい砂の感触と少し冷たい海水がたとえようもなく爽やかで、口の端からわずかに入った塩辛さに思わず笑みが浮かぶ。ここは久々に船長としての威厳を示す時か。三人からの一斉攻撃など恐れるに足らないところ見せてやる。


「リガル、今のでワンポイントですよ。罰ゲームを受けたくないのならば、全員にポイントを入れなければなりません」


「いいだろう。アキ、後悔しても知らんぞ。君の船長を甘く見無いほうがいい」


「まったく、何をしてるんだか」


波にさらわれていくボールを手に取って立ち上がるリガルをパラソルの下から眺めながら、イーライが言う。フィリップはいつの間にか取り出していた携帯端末ではしゃぐ男女をカメラに収めるとシャッターを切った。それを振ってイーライに笑いかける。


「ジュリーに送ってやろう。あいつもそろそろ外に出るべきだ。こんなに面白い事を見ないなんて許せねぇ」


「妬かすねぇ。あいつ、何年かぶりに兄貴と話してるんだろう。少しは放っておいてもいいんじゃないか」


「それはそれ、これはこれだ。なんてったって、俺はあいつの水着姿が見たい。どうなんだイーライ、キャロッサの嬢ちゃんは」


「言うようになったな、機関長。別に、俺は今回の休暇で何か事を構えるつもりは無いさ。少し、自分の中で整理しなければならない感情もある。今後のことだってそうだ。これからアクトウェイは激しい戦いを経験することになる。フィリップ、あんたこそどうなんだ。これからどうするつもりなんだ」


「言うまでもねぇ。俺は今まで通り、アクトウェイの不器用な機関長さ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。航海に必要なエネルギーは俺が出してやる。お前らは存分にそれを貪ってりゃいいのさ」


フィリップは携帯端末の画面をタッチした。写真は、もう一人のクルーへと無事に送信された。

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