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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第二章 黄金の花束
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一三二年 十月十日~

・アリオス歴一三二年一〇月一〇日 星間連合評議会


「最早、一刻の猶予もならんのです」


連合評議会の巨大な空間円卓の前で、バレンティア代表の評議員、リック・ディラン議員は、苛立ちの吐息と共に自ら結論付けた言葉を口にした。

ここ数か月間、彼の元に舞い込んできた情報は予断を許さぬものとなっている。


「知っての通り、ここアルトロレス連邦領宙の廃棄ステーションのひとつ、通称ゴースト・タウンと呼ばれるステーションの周辺宙域にて、ニコラス・フォン・バルンテージを拉致監禁していたテロリスト船団と、アルトロレス連邦軍およびレイズ星間連合軍、他契約ノーマッド一隻が行った救出作戦においての報告です。先月の会議にて報告があった事と思います、あの桁違いの戦闘力を誇る白い船が確認されました。件の船はなんとか撃退されましたが、このことから、ニコラス氏を拉致したのは同じ武装集団である可能性は非常に高い。疑う余地もないというところです。船型が違う部隊は、協力関係にある他のテロリスト集団である可能性もありますが、何の苦も無く連携を取っていたことから鑑みて、同一の指揮系統の元で戦闘を行っていたと見てよいでしょう」


「部隊とはね、ディラン議員」向かい側に座っている、ロリアのハワード議員が口を挟んだ。「ただの武装集団ではないですか。まるで彼らがどこかの国の軍隊のように言いなさる。オリオン腕大戦で名声を欲しいままにした貴国の機動艦隊をもってすれば、敵ではないのではありませんか?」


眼鏡をかけた小男に向かって、ディランは勢いよく顔を向けた。しかめっ面を隠そうともしない。ハワードは、元銀河帝国領に存在するロランの出で、それだけでも気に掛ける存在なのに、あろうことか懐古主義者だった。旧ければ、彼の目にはそれだけで美しく見えるらしく、埃をかぶったビンテージもののスーツに古い眼鏡と、できる限り体をいじらないで自らの権力を誇示する服装の皺を伸ばしながら間延びした嫌悪感をそそらせる問いかけを意図的にする彼に対して、此処にいる誰一人として好感を抱いてはいないだろう。


しかし、そんな彼も祖国に対する忠誠心だけは立派なもので、それ故にバレンティア代表であるディラン以外の評議員には、どこにでもいる平凡な紳士として接しているのが常だった。彼にとって敵はあくまでバレンティアであり、その周りに住まう国々の市民は救うべき存在だとでも言いたげな彼の態度だった。


「ハワード議員」ディランは立ったまま、どうにか自分の声を無感情にすることに成功した。「これはバレンティアのみの問題ではない。今、銀河は再び戦乱の時を迎えようとしている。オリオン腕大戦から百年が経過したとはいえ、その火種が未だに燻っているのは事実だ。現に、テロリズムや海賊行為なども、これを助長させるべくして増加しているように思えてならない。これが新しい戦いの予兆でなくてなんだというのか」


ハワードが頬をぴくりとひきつらせた。恐らく、元銀河い帝国領ということでロリアが揶揄されたと感じたのだろう。ディランにはそこまで言ったつもりは無かったが、そうとらえられても仕方がない。


彼が何か言う前に、見かねたクルーウェルが間に割って入る。


「今回のテロリストに対する詳細な戦闘データ、及び、我がレイズ星間連合軍のカルーザ・メンフィス大佐のとったニコラス氏からの調書によれば、今回の武装集団について、並外れた組織力と兵站能力を保持している事が明らかである、と断定せざるを得ない。これほどの”軍事行動”が行えるのは、無論、我々の知る限りでは、旧銀河帝国軍残党しかいない。百年前は国家間戦争によって、帝国軍は降伏を強いられたが、中には軍を離脱して戦力の温存を図った一派がいたとみるべきだろう。その集団が、一連の騒動を引き起こしているのは、論理的で妥当な推測であり、半ば事実だ」


ハワードはディランから目を逸らして、クルーウェルに向かって頷きかけた。


「その点には疑問を挟む気はありません、クルーウェル議員。だからこそ、私は銀河でほとんど唯一の実戦経験国である、バレンティア航宙軍にお願いしたいと言っているのです。我が国も含めて、レイズ星間連合以外の国が相手にしたことがあるのは海賊くらいだ。それほどの実力を持っている武装集団を相手にできるのは、貴方方くらいですよ、ディラン議員」


それはどうも、能書きは勝手に自分の黒い腹の中で垂れていろ、とディランは皮肉をぶちかましたい気分だったが、とにかく今はこの巨大であろう帝国主義者の武装集団に対して、星間連合が足並みを揃えることが重要だ。ハワードの阿呆に付き合っている暇はない。そう判断し、ディランはハワードの最後の一言を無視したうえで、評議会議長席に座って議論の成り行きを見守っているリンブルドン議長を見やった。彼はそれを合図と思ったようで、一度、大きく頷くと、立ち上がる。


「とにかく、だ。疑いようのない事実として、敵は武力を行使している。これには少なからずの国々、及びその善良なる市民が犠牲になっていることも、残念ながら事実だ。連合評議会としては、これに対抗しない選択肢は無い。具体的な対策としては、バレンティア航宙軍に頼り切るのも危険だ。手が回らない」


「各国の警備状態を変更しましょう」


ラバウルの声に、一同は首をひねって彼を見た。評議員同士の醜い言い争いを終始無言で眺めていた彼は、浅黒い肌と対照的な白いワイシャツに黒のスーツ姿で、大げさに肩を竦めて見せる。


「武装集団は、かなり長い間活動を続けているに違いありません。こちらの警備状況は筒抜けになっているとみるべきでしょう。だからこそ、あのゴースト・ステーションに巣食っていた者たちを見落としてしまったのですから……おっと、私はアルトロレス連邦を非難するつもりはありません。気を悪くしないでほしいが、我がシヴァも、バレンティアでさえも、そうした見落としがあるのは確実なのです。まずは、警備状態を変更し、そういった空隙を偵察しましょう。何か見つかるかもしれないし、少なくとも、時間は稼げる」


「もっともだ」


多くの議員が賛成の呟きを漏らし、リンブルドンが反論を募ると、誰も、何も言わなかった。今の状況ではこれが精一杯の対策だろうし、各国としても、いつやってくるかもしれない武装集団に対する備えとして、少ない軍を温存しようと思惑を図ったのだ。唯一の違いはバレンティアで、ディランは内心、連合と共同しての調査活動を、そろそろ次の段階に引き上げねばならないと思った。最早、機動力の問題だ。重い腰の星間連合と足並みを揃えるのではなく、バレンティアだけでやるしかない。皮肉にも、ハワードの言った通りになっていることに気が付き、彼は口をへの字型に曲げた。


宇宙は矛盾に満ちている。




・アリオス歴一三二年 一〇月一二日 ミズガルズ星系


視界が黒で満たされている。端から端まで、シャトルの舷窓の景色は、旧来の飛行機のようなガラスや石英、強化プラスチックでできたものではなく、外界との惑星上では考えられないような気圧差を耐え抜くために、外殻に設置された小型カメラの映像を取り込んで投影表示されたものだ。それらは忠実に星空を再現していたが、それらが急に鬱陶しくなって、ハルトは表示をオフにしたのだった。


ベルファストが手配したシャトルは、相変わらずリムとダンの名コンビが操るもので、乗り心地は最高の部類に入る。滑らかに旗艦アーレを発進した小型の飛翔体は、最低限に抑えられた数度の姿勢制御スラスターの噴射だけで、眼下に広がる惑星へと大気圏突入していく。輝きを放ちながら、シャトルは僅かな振動を起こしつつ大気圏上層部に食い込むように飛び込み、数分後にはその振動も収まった。


ハルトが、この銀河の頂点に君臨し続ける超大国、バレンティアの首都星系までやってきたのは、第五機動艦隊のそれほど長いとも言えない遠征任務が終了し、ようやくひと段落したところで、機動艦隊司令長官のジョン・テイラー大将に呼び出しを食らったためだ。気骨な爺さんからの呼び出しだ、と口笛交じりに彼は、副官であり親友であるライオット少将に告げ、命令通りに一人で惑星に降り立つこととなったのである。


既に通常の大気圏内飛行に移っているシャトルは中型のもので、無重力から重力圏への飛行は、パイロットに過度のストレスをかけるものだが、別段、何の異常も無くフライトは続いている。


軽い電子音を奏でて、ハルトの座っている座席のひとつ前の席、その背もたれに設置されている小型ホログラフにリム少尉の顔が表示された。やや骨ばった頬と薄い唇がプロらしい冷静沈着な雰囲気を醸し出し、短く切った金髪が、ヘルメットの中で額に汗といっしょくたになってへばりついている。


「閣下、十分後に、ミズガルズ宙港に帰港致します」


「わかった」


褒め言葉は到着時に取っておくことにし、彼は昨日、仕事終わりにライオットと呑んだせいで軽く疼く始めた頭痛を収めるために、軽く額を撫でた。

窓のスイッチをオンにする。眼下には、ただ平凡な市街地の景色が広がっていた。




きっかり十分後に、シャトルは何の問題も無く、バレンティア首都星ガレンティのドッグに沈むと、ハルトは足早に連絡通路から港に降り立った。司令長官直々の呼び出しとなると、あまり悠長には構えていられない。おおよその察しはついているが、ひとつ上の上官に尉官が呼び出しを食らうのとは話が違うのだ。


リムとダンに褒め言葉を投げつけると、従卒の兵士たちに付き添われて、ハルトは広い基地内の走路へと歩みだす。何故か、護衛についているのは四人の完全に武装した宙兵隊員で、リムはホルスターにさしたブラスターに手をかけながら同行しようとしたが、ダンが無言のまま彼女を制し、ハルトも頷いた。どんな理由か分からないが、今、ガレンティは厳戒態勢にあるようだった。それも、多数の警備艦艇が宙域に繰り出すような大掛かりなものではなく、星の要所要所に必要な人数の警備兵を配置して安全を確保するという、敵襲に備えたものではなく、どちらかといえば突発的なテロ攻撃に対するものに見える。


ハルトの脳裏にこびりついたまま、様々な事件の影が警鐘を鳴らしていた。

近頃頻発しているテロ事件。ステーションや旅客船、様々な通商機能を削るべく画策されたものから、軍事施設への小規模な攻撃まで。各国政府はあまり大声で公表していない。調べればわかる、程度だが、調べなければわからない情報というものは、つまり隠匿されたものでしかない。その存在を知らなければ、調べることも無いのだから。


つまり、実質的に情報統制化に置かれている、ということだ。天下のバレンティア機動艦隊の指揮官であるハルトにさえ、一介の軍人としてしか詳細は知らされていないが、裏で何が起こっているのかは容易に想像できる。


彼にとって、一番の懸念はレイズ=バルハザール戦争において、バルハザールがレイズに宣戦布告をするにたる自信を軍部につけさせることになった要因、二〇〇隻の無人艦隊を派遣した勢力と同一であるということだ。あれほどの艦隊を用意し、他国の軍隊へと供与する余裕さえ持つ武装組織が、星間連合という枠組みの外で今も活動を続けているのだとしたら……そう考えるだけで、ハルトはぞっとした。


戦争だ。心の中で、彼は呟いた。恐らくは、そんなことを可能にするのは旧銀河帝国軍くらいのもので、それからバレンティアの長年にわたる超大国たる態度に辟易した反体制勢力や派閥の支援、吸収をも巻き込んで生きながらえてきたのであろうが、これはおそらく、規模にしろ激しさにしろ、疑う余地も無く人類史上最大の戦乱となるだろう。


手元にあるデータは、あくまで無人艦隊に関する調査報告書でしかない。しかし、それでも十分すぎるほど、データとしてテロリスト共と類似するものが出てくるだろう。ハルトはそう確信していた。何故なら、それを阻む反対理由が、今のところ見つからなかったからだ。


そんな訳で、バレンティア軍中枢部たるこの区域もテロ攻撃に備えているのだ。今のところ、敵は大規模な陸上兵力など持ち合わせていないし、襲撃があるとすれば、宇宙の彼方から艦隊を率いてくるか、局所的なテロ攻撃だけだろう。前者は、この星系に駐屯している第三、第四機動艦隊が防御に当たるだろうし、最悪の場合はハルトがアーレに戻って、第五機動艦隊を動かすこともできる。合計で一五〇〇隻以上の艦船が集まるこの星系に、敵は間違っても攻撃などは仕掛けてこないだろう。


そこで、護衛の宙兵の脚が止まった。ふと顔を上げると、そこはもうテイラー大将の務めるオフィスだった。宙兵の隊長と思しき大男は、部屋の前に佇んでいる計戦闘服姿の憲兵に軽く会釈すると、ドアの脇で敬礼した。彼が部屋に入るのを待っているのだ。ハルトはその期待に応えて、厳かな手つきでドアのベルを鳴らした。


「入りたまえ」


「失礼します」


中からしゃがれ声が響き、ハルトは意を決して中に入った。


テイラーはどでかいマグカップを片手にコーヒーを飲みながら、隈のできた目で書類に目を通しているところだった。その表紙に貼られている極秘の二文字だけで、それがただ事でない重要事項だというのは、少しでも知恵があるものなら分かることだろう。


「疲れておるかね、ハルト中将」


まだ若いハルトにとって、老体から言われたこの言葉に首を縦に振ることができよう筈も無かった。


「いえ」


テイラーは枯草のような笑い声を漏らす。


「遠慮せずともよい。この老骨の前で、嘘なんて和紙のそれよりも薄いものじゃよ」


恥じ入って、ハルトは頷いた。


「疲れております、閣下。ですが、それは閣下も同じことではありませんか。上司が自分よりも疲れているというのに、自分が疲れた、などと口にするのはかないません」


「まったく、貴官はいつでも、礼儀というものに完全に則った返答をするな。いや、怒っておるのではない、感心しているのだ。儂が若い頃は、まだ反骨精神の濃い餓鬼じゃったものでな」


しゃがれた声で、テイラー大将は笑った。ハルトは、彼の機嫌がやけにへそ曲がっていることに気がついて、半ば背筋を伸ばした。


「閣下、ご用件はなんでしょうか」


彼は鋭い目つきでハルトを睨むと、ふっと疲れた表情に戻った。無言のまま立ち上がり、おもむろにコーヒーメイカーへと歩み寄る。


「無人艦隊の件じゃがな、中将。何か、細かいことは解ったかと思うてな」


「結論から申し上げますと、無人艦隊の概要と、各バルハザール整備員からの極秘事情聴取の結果、無人艦隊は、今更言うまでもないことですが完全自立機動で戦闘を行っていたことが判明しました。さらに、整備員の多くが、見たことも無いほどスマートな設計だった、と話しております」


「スマート、とは、どういったことかね」


「有体にいえば、最適化されているのです。無人船は人が乗艦して戦うことも可能なように設計されていましたが、人の関わるところは最小限に抑えられているらしかったようで、百人もいれば、重巡洋艦クラスは楽に動かせたようです。


それを可能にしていたのが、極端なまでの省エネルギー化、とでもいいましょうか。エネルギー配置も信じられないほど洗練されていて、整備も比較的容易だったというのです。配管を重複して使用して部品数を減らす工夫が見られるなど、そのような感想とも報告とも思えない話が、バルハザールの兵士から大量に得られました」


ハルトは、脇に挟んでいた書類の封筒をデスクの上にそっと置いた。


「これが、細かい情報収集のデータです。無人船に関する物的証拠は、皆無でした。そこで、私は第五機動艦隊参謀長であるライオット少将に命じ、無人艦隊の搬入ルートを探らせました」


無人艦隊は、人が関わらなくても長大な距離を航行できるとしても、巨大な艦隊である限り、必ず人の目に触れる筈だ、とハルトは考えた。言ってしまえば、船の性能諸元に関する情報は二次的なものでしかなく、最も重要なことは、その出所を突き止めることだった。


まず、ハルトは壊滅しかかっている各地のバルハザール駐屯軍に、中央司令官を窓口としてデータを収集するように命じ、港湾管理AIや無人の壊れかけた偵察衛星などが溜め込んだデータなどを集約することにした。何故なら、宇宙機が傍を通った時、衛星などは必ずそれらを誰何する。その記録も、大容量の記憶媒体に保存されている。それらを集約し、分析すれば、二〇〇隻の艦隊がどのようにバルハザールへ運ばれたのかを知る事が出来るのだ。


この時、無人艦隊がバルハザール国内で製造されたことも可能性としては考えられなくもなかったが、当時のバルハザール軍は既存の建造計画を全うするために大幅な計画を前倒しを図っている最中であって、新たな秘密造船所を作って二〇〇隻の無人艦隊を建造する技術は無かった。


つまり、外部から供与されたとしか思えない。そして外部から搬入されたのなら、必ず足取りがつかめるはずだ。そうハルトは考えたのである。


しかし、結論からいえばこれによって船団の足取りを追うことはできなかった。ある日、ライオットは隈のできた顔でふらりとハルトの執務室を訪れ、力なく首を振った。


「命じられた調査ですが、行き詰まりました。極秘に選抜した情報部のチームを指揮してデータを洗い出しましたが、どの媒体、或いはAIの記録回路にも、無人艦隊らしき船団、或いは無人艦を記録したものはありません。完全に、彼奴等の足取りは消えています。そうですね、まるで私の休暇の様に」


恐る恐る、ハルトはコーヒーをライオットに差しだした。彼はゆっくりとマグカップを受け取ると、熱いそれをちびちびと呑み始める。


「本当か。まさか、そんな大それたことをやってのける連中がいるとはな。国外から搬入されたのは間違いないんだが、それが解らないとなると、いよいよバルハザールの未踏査宙域まで足を延ばすしかないのかもしれん」


「いえ、それには及ばないと思います。無人艦隊の足取りは解りませんでしたが、それがどこの誰から受け取ったものであるかを証言する人物が見つかりました。今回はそのご報告に上がったのです」


ライオットは、ひとつの極秘電子チップをハルトに手渡した。この情報収集活動に関する情報は、すべて最高軍事機密として規定されている。


ハルトがチップをデスクのコンソールに差し込むと、バルハザールの古ぼけた人事ファイルが表示された。そこには、顎に脂肪がまとわりついた中年男の顔写真が出ている。


ライオットが説明し始めた。


「ヘルムート・ゲッテン少将、四十九歳。元バルハザール宇宙軍の総参謀長を務めており、今回の戦争でレイズ星間連合に情報を流した張本人です。開戦より以前、ゲッテンは無人艦隊をどこからともなく呼び出して、それを口実に開戦を主張しました。当時、軍部は極度の右傾化により、内戦の傷を他国への侵略で修復しようとする動きが盛んでした」


「成程な。飢えた獅子は、まんまと餌に引っかかったわけだ。そんな軍部に強力な艦隊を与えたら、どうなるかはありありと想像できたことだろう」


ライオットは頷き、さらに一口コーヒーを飲み下してから話を再開した。


「ええ。しかし、そことは別に、興味深い事実が浮かんできました。ゲッテンは、元々左翼側に位置する軍人だったんです」


「なんだって?」とハルト。「左が右に行くなんて、聞いたこともないぞ」


「ところがそういうことなんです。彼自身、戦争には異議を唱える少数派の軍人だったのですが、それがどういうわけか、開戦の少し前には、戦争を支持する有力者となっていたのです」


「何か喋ったのか、その彼は」


「聞かないことも話しましたよ。いきり立った彼は、戦争には終始反対を貫いていたと言うんです。おかしいでしょう?他人の意見と食い違います。

しかし、そここそが核心へ近づくカギだと思いました。

矛盾が出てきて、私はそこを重点的に調べました。さらにゲッテンに問いただしたところ、彼は開戦の二か月前から、どこか知らない場所に幽閉されていたというのです。時期を見ると、無人艦隊がバルハザール軍に編入されたのも、ちょうど開戦の二か月前のことでした」


ここまで語り終えると、あとは言わなくてもおわかりでしょう、というライオットの目に、ハルトは重いため息とともに考え込んでしまった。


今までのライオットが報告したことを頭の中で整理していくと、内戦を終えたばかりのバルハザール軍の戦争に反対する左翼軍人を拉致、監禁し、その軍人に成りすまして、無人艦隊を提供した。どこの誰が頭目かもしれない武装集団が、だ。そうして、戦争によって自国の傷を癒そうとしていたが、内戦の傷も深く、隣国に侵攻する余力もないバルハザール軍の懐に、思わぬ戦力が転がり込んできたわけだ。結果はどうなるのか目に見えている。バルハザール軍司令官は、レイズ星間連合との戦争で勝てる確信があったのかどうかは置いておくとしても、これには多分に危険なスパイスが振りかけられている賭けだと思っただろう。あまり目立たないが、調べればすぐにでも判明するようなこの情報配置。それも、わざとこの件について調べがつくような下準備までもされているようだ。


背後にある組織の巨大さと実力に寒気を覚えつつ、ハルトはより詳細な報告をライオットに書類で提出するように命じ、それをハルト自身の解釈と見解を混ぜた上で、テイラーに報告書として提出したのである。


長い説明に聞き入っていたテイラーは、低い、獰猛な肉食獣を思わせる低い唸り声を上げると、焦燥感からか、人差し指で自分のデスクを叩き始めた。ハルトは上官に淹れてもらったコーヒーをくゆらせて、芳醇な香りを楽しんでいる。


「中将、率直に聞きたいのじゃが」テイラーがようやく口を開いた。「一連のテロ事件にレイズ=バルハザール戦争。さらにはニコラス・フォン・バルンテージの誘拐事件。この背後に何がいると考えておるか、聞かせてもらえるかな」


「報告書に見解として載せてありますが、口頭のほうがよろしいですか?」


「頼む、中将」


ハルトは一度、大きく頷いてから、コーヒーを口に含み、喉仏を上下させながら飲み込んだ。熱い液体が胃の腑を焦がし、エネルギーが体に行き渡っていく感じがする。


「私が思うに、こんなことをやってのけるのは、旧銀河帝国の残党としか思えません。他に、ノーマッドの中でも実力者と謳われる連中が破壊活動を行っている可能性も否定できませんが、リッキオ・ディプサドルもジェームス・エッカートも、星間連合とは争いたくない筈ですし、何よりも彼らは一匹狼が信条ですから、このような姑息な集団には関わっていないでしょう。少なくとも、積極的には」


「妥当なところだ。ついでに言っておくとな、ハルト中将。先日、アルトロレス連邦領宙であるゴースト・タウン宙域にて、廃棄ステーションの中に幽閉されたニコラス・フォン・バルンテージ氏を救出するために、レイズ星間連合軍とアルトロレス連邦警備部隊が共同で救出任務を行った」


ニュースで耳にタコができるほど囃し立てられた出来事なので、ハルトは黙って頷いた。テイラーは自分のコーヒーを飲み込むと、一息ついてから続ける。


「そこで、じゃ。なんと、そこに旧銀河帝国軍と思われる連中がいたんじゃよ。これは情報規制中でな、あまり騒ぐと市民がパニックに陥りかねん。また戦争か、という風潮は危ういものだ」


「へえ。こいつはどうやら―――」


彼は、その後の言葉を飲み込んだ。


最早、疑念は確信に変わっている。昨今のテロ事件、情勢不安定。それらは、旧銀河帝国軍残党の仕業に違いない。大昔の帝国が戦力を密かに温存していたのだろう。バレンティアでも把握していない宙域かどこかに基地を建設して、二〇〇隻もの無人艦隊を製造できるような技術力と生産能力を、百年以上も密かに隠し持っていたのだ。来るべき祖国の復興に向けて、いよいよ動き出した、ということだろう。


しかし、それでも確かめなければならない疑問点は残っている。彼らが祖国を再び建立するために戦っているのか、それとも、バレンティアに対する雪辱を果たす為に戦っているのか、だ。これは大きく食い違いが起こる。どちらにしても、星間連合にとっては最大の危機であることは疑いようもない。

全面衝突は近いのだろうか。そもそも、彼らが無人艦隊をバルハザールに派遣した理由は何なのだろう。ハルトには皆目見当がつかず、テイラーに問うてみるが、偉大な司令長官も無言で首を振るばかりだった。


「情報部が、今、総力を挙げて情報収集をしておる。結論を出すにはまだ早い段階であろうが、こちらとしては、対策を練らない訳にはいかぬ。それほど、情勢は逼迫しておる。いつ、どこに奴らが艦隊を引き連れて現れてもおかしくは無い状態じゃ」


バレンティア情報部は、バレンティア軍とは別に存在する諜報組織で、旧地球でいう米国のCIA、仏国のSDECE、ソ連のKGBに該当する組織だ。最新のステルス装備に専用の工作用シャトルなどを有する彼らに航宙軍が協力することはない。彼らは知らぬ間に船体に張り付き、ステルス状態を維持したまま目的地まで船に自分を運ばせたあと、情報部員を誰も知らぬ間に目的地へと入り込ませるのだ。


「しかし、どうします。各機動艦隊を稼働させるにしても、星間連合加盟国に派兵しては、戦力が分散します」


「それしかないとは思っておるが、できる限りやりたくはない。何故なら、機動艦隊がその国にいるからという理由で、本来戦火を免れる国にまで飛び火するのは絶対に避けたいからじゃ。機動艦隊を駐留させるのは、連合評議会で要請があった場合にのみ、限るつもりじゃ」


「武装集団による襲撃計画はどうなっているんでしょうか。ここミズガルズにも、テロ攻撃はあると思いますか?」


「むしろ、この儂の執務室が一番の標的じゃろうな。儂が死ねば、機動艦隊は司令塔を失う。バレンティアは建国以来、二度目の窮地に追いやられるじゃろう」


さらりと、老人は言ってのける。何の表情の変化も無いところが、流石というべきだろう。ハルトなら、彼のように一分の隙も無く自分の本心を隠すことはできない。或いは、彼は自分が攻撃されることを恐れてはいないのかもしれないが、どちらにしろハルトには真似のできない芸当だった。


テイラーはゆっくりと立ち上がると、空になったマグカップをハルトから取り上げて、それをデスクの上に置いた。


「ハルト中将。今回の任務、ご苦労じゃった。必要な成果は手に入ったと言えるじゃろう。正確な対処法が定まり次第、各機動艦隊司令官に命令を下す。それまで、貴官と、貴官の艦隊を万全の状態に保持しておくことじゃ。いざというとき、お前さんら若いのが頼りになるからの」


老人はハルトにそう言い渡し、退出を命じた。


ハルトは短く敬礼。

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