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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第二章 黄金の花束
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一三六年 八月二八日~ ②

新年、明けましておめでとうございます。

久々の更新であります。

今年もよろしくお願いいたします。

リム少尉の敬礼を背中に受けながら、ハルトとライオットはハッチへと近づき、広々とした出口を潜った。その途端に、アーレからやってきたかお馴染みの宙兵隊とホルストの宙兵隊が左右に分かれて並び、一斉に敬礼した。ハッチの出口から答礼しつつ階段を降り、手を下ろすと、今度は一斉に宙兵たちが気をつけの市井に戻る。ホルストの、アーレとはまた一風違った空気に気おされつつも、ハルトはどうにか無表情のまま、ハッチを降りたところで待っていた二人の前に立つことができた。


一人は、言うまでもなくこのホルストの艦長である、ケンブリッジ大佐だ。アーレのベルファスト大佐とは違い、男性で、見るからに軍人然とした士官だ。顎の周りに少しだけ蓄えた髭と、引き締まった体つきが、無言のまま立っているだけでも威圧感を放ってくる。


その隣に立っているのが、バレンティア国防宇宙軍第五機動艦隊司令官、アーグナー中将だ。背の高い男で、やや痩せた身体と鋭い眼光、こけた頬という、いかにも部下にとって嫌な上官を形にしたような人物だ。反面、その人柄は特に悪いうわさと言うものがなく、部下全てに公平に接し、めったに笑顔を見せないが、常に艦隊全ての人員に目を配ろうと心がけるよい司令官で、不思議と、部下は彼に対して敬意を抱いている。


年少者で後任の将官であるハルトが最初に敬礼すると、アーグナー中将は一ミリ単位で誤差の修正された答礼で答えた。ライオットも同じように敬礼し、中将が手を降ろすのを認めてから、自分も緩い気をつけの姿勢をとった。


「ハルト中将、ライオット少将、到着いたしました」


ハルトの報告を、アーグナー中将は厳格な表情で受け止めた。


「ご苦労。ここで話すのも所在無い。会議室へと行こう」


ホルストは、ハルトが旗艦として用いているアーレよりも一世代古いタイプの戦闘母艦で、その外殻の形にはほとんど変更が無いものの、武装や戦闘システム面でアーレより優れている。


何故古いタイプの船のほうが性能がいいのか。それは、経済面から、アーレが余分な機能を削除され、より低予算での運用が可能とされるように設計された船であるからだ。仮に、アーレとホルストが単艦で正面から砲火を交えた場合、八割がたホルストに軍配が上がる。


ただ、アーレも性能的に劣っているという訳ではなく、例えば艦隊を管制管理する機動システム等の面では、アーレが一歩進んでいる。だから、同じ戦術で、同じ数と性能の艦隊を操って戦闘が行われた場合、今度はアーレが勝利することになるのだ。


ハルトがホルストの船内を進んでいくうちに、アーレよりも古く、年季の入った壁が目に付くようになった。


それだけでなく、それぞれの照明が違う度合いの白光を投げかけてくる。こういった消費財は、それぞれが微妙に異なる寿命を持っているから、時間が経つにつれてどうしても大きな違いが出てきてしまう。それが顕著に現れているという事は、このホルストが如何に長く任務を果たしてきたかを、最も具体的な形で示してきた。


クルー達も、全員が真面目くさった、堅苦しい顔で敬礼してくる。だが、彼らの顔に嫌がるような色は一切見えない。兵士は、上官の目に留まらないように出来る限り当たり障りのない表情を心がけるもので、心の中では何を考えているかわからないことが多いが、少なくとも、彼らはアーグナー中将に対して嫌悪感など微塵も持ち合わせていないように思えた。


長い通路を歩き終えて、さらにいくつかのエレベーターを乗り継いだ先に辿り着いた会議室は、それなりの防諜設備等も備えたバレンティア国防軍標準規格のものだ。アーグナー中将は円形の会議室の中央に置かれた、これまた円形のテーブルの上座に座り、その真正面に、ハルトとライオットは座った。いつの間にか、アーグナー中将の隣には本物のケンブリッジ大佐が座っており、少しだけ遅れて、アーグナー中将の参謀数人が席に着き、扉が閉まった。


「さて、始めよう。ハルト中将、引継ぎについてだが、何か問題はあるかね?」


アーグナーの事務的な口調に、ハルトも単調に答えた。ライオットに目配せすると、彼はいいタイミングで、携帯端末に仕込んでおいた資料をホログラフで表示した。


「はい。まず、引継ぎに関して、貴艦隊には任務をそのまま交代していただきます。予め作成しておいた行動計画があるので、あとはそれを実行していただければ、ひとまず、第五艦隊が行っていた活動をそっくりそのまま行える準備ができます。もちろん、アーグナー中将には中将なりのお考えがおありでしょうから、この計画をどう変更していただいても構いません」


ホログラフが瞬いて、目に見えるデータの羅列が変更された。


「次に、バレンティア政府より派遣された政治顧問団との引継ぎ事項ですが、これに関しては、直接顧問団と連絡を取っていただく形になります。第五艦隊が行ってきたことについては、既存・過去のもの関係なく、全てをデータとして残しておき、それぞれを遂行中、完遂、計画中のものと三段階にわけ、また、それぞれを重要度順に並べ変えてリストアップしておきました。また、同じデータを顧問団には既に渡してありますので、最初の仕事はその確認となるでしょう。


また、バルハザール側にもこの艦隊がバレンティアに帰還し、新たに第三艦隊が着任、駐屯する旨は正式に通達済みであり、第三艦隊が新たに部隊を派遣して宙域の警備に当たるまで、バルハザールの船がその任を引き継ぐことになっていますが、如何せん先の戦争で数が激減しているために、任務を遂行できない場面がどうしても出てくるでしょう」


「そう思うかね?」


「はい、間違いなく。できるだけ早く持ち場を交代することをお勧めします」


「ふむ。ひとつ聞きたいのだが、第五艦隊の各戦隊を振り分け、第三艦隊の各部隊が持ち場に着くまで待たせなかった理由をお聞きしたい。君ならば、それはすぐ考え付いたはずだが」


「確かに、最初はそれを考えましたが、そうなると、しばらくの間、二個機動艦隊がバルハザールに駐留することになります。そうすれば、バルハザール市民たちは恐れ戦くでしょう。合計一〇〇〇隻もの大艦隊が自分達の頭の上に浮かんでいる事実は、自国のものならいざしらず、他国のものなら恐怖しか感じません。また、バルハザール航宙軍は建て直しの最中であり、クルー達にも新しい組織の枠組みと任務に慣れてもらう必要があります」


アーグナー中将は背もたれに体重を預けて仰け反るような姿勢になると、既に目の前に一杯になった立体データ映像へと忙しく目を走らせた。


「なるほど。最初は誰でも初心者、か。ここで経験を積んだクルーを育てておけば、今度はそのクルー達に教育係を任せることが出来る。そうすれば、バルハザール軍は自分達だけで兵士を育てることが可能になるわけだ」


ハルトは頷いた。噂にたがわず、アーグナー中将が優秀で、物分りのいい人物だと確認できたので、嬉しそうだ。


「そのとおりです。私は、バルハザールには一刻も早く立ち直ってもらいたいのです。そうすれば、わが国の負担は減り、周辺諸国へも示しがつき、治安は安定します。それに、なによりも市民の安全が確保されるでしょう」


その後も、ハルトの説明を最後まで目の前に出されたデータを流し読みしながら聞いていたアーグナーは、かけている眼鏡を右手でなおしながら息を吐いた。参謀達は、今も必死にメモを取っている。


「見事だな。ハルト中将、ご苦労だった。引継ぎに関しては概ね把握することができた」


ハルトは素直に頭を下げた。


「ありがとうございます」


「それで、どうなのかな。君の口から直接聞いておきたいのだが、バルハザールの様子は」


浮かんでいるデータ表示をライオットが全て消して、ようやくハルトとアーグナーは直に顔を合わせて話すことができた。


「そうですね……今は、比較的安定し始めました。正直に言えば、終戦直後はどうしたものか、頭が痛くなりましたよ」


「話には聞いていた。首都星系以外では、暴動が多発したらしいな。この国は、長い間紛争状態にあり、それが終わったかと思ったら、また戦争だった。市民達の不満が爆発するのは必然だ」


「ええ。ですから、最初に戦隊単位で各星系に治安部隊を派遣して、暴動を防ぎました。各艦に陸軍の兵士達を満載していき、それぞれが臨時の基地を設営し終えています。それが終わると、今度は貧困です。支援物資を輸送し、海賊対策にまた戦隊を派遣しました」


「で、結果は?」


「今は、安定しています。市民達の生活は、とても裕福といえたものではありませんが、既にいくつかの星系では、自給自足ができる体勢が整い、軍も健全な機能を取り戻し始めていますし、後は物資を狙ってくる海賊対策と、テロリズムに対する保安措置、それくらいです。実感としては、あと半年もあれば、この国はかなり良い状態に戻るでしょう」


しばらく、アーグナー中将は再びデータファイルを開いて、それらに目を通した後、全てのホログラフを消滅させて頷いた。


「わかった。ハルト中将、今回の遠征、本当に見事だった。後のことは我らに任せ、祖国を守ってほしい」


アーグナーは立ち上がり、ハルトも急いで背を伸ばし、敬礼した。ライオットもそれに続き、テーブルについていたアーグナー中将の参謀団も敬礼する。


ハルトは微笑んだ。


「ありがとうございます、アーグナー中将。今お見せしたデータのほかに、今回の件について必要と思われるものは、全てあなたのデータベースに送信しておきますので」


「ああ。ご苦労だった。皆、見送りに行こう」


それから、また長い通路を逆に辿って、ハルトとライオットはリム少尉の操るシャトルへと無事乗り込み、きたときと同じ座席に着いてようやく肩の力を抜くことが出来た。


シャトルがホルストの格納庫をゆっくりと出たとき、ハルトは険しい顔でライオットへと身を乗り出し、囁いた。


「ライオット、俺の言いたいことが解るか?」


ライオットは、完全に表情を消した参謀の顔で答えた。


「ええ、はっきりと」


「言ってみろ」


「はっ。このような、形式とはいえ、自分の旗艦に他艦隊の司令官を招く時、自分の旗艦の中を見せるよう、コースには配慮するはずですが、アーグナー中将はホルストの中を、最短距離で案内させました。異例のことです」


「そして、あの人は異例と言う言葉が最も似合わない司令官だ。それに、データを見せているとき、絶えず何かを探しているみたいだった」


ライオットは頷いて見せた。


「はい。私にもその様に見えました」


「となると、あの件が怪しい」


二人は、無言のまま視線を交わらせる。


ハルトが言っているのは、バレンティア機動艦隊司令長官、ジョン・テイラー大将から極秘のうちに打診された、バルハザール軍がレイズ=バルハザール戦争において運用した、二〇〇隻の無人艦隊の資料収集についてである。今も、ライオットが情報部と協力して極秘裏に捜査を進めているが、今のところめぼしい成果は上がっておらず、これほどまでに証拠のない艦隊は前例が無い為、人為的な隠蔽工作が行われたのではないか、という仮説すら立っている。


だが、隠蔽工作をするにしても、そこには必ず痕跡が残るはずである。何の違和感も無くすべてを消し去るというのは、人間の所業ではなしえない。


「早く帰りたくなってきた」


ハルトが愚痴を漏らすと、ライオットははにかんだ。


「私もです。どうです、今夜、一杯おごりますよ」


「いいね、久しぶりに飲もう。最近は、警備隊の編成計画の立案で忙殺されていたからなぁ」


胸中に蟠る不安もいざ知らず、シャトルは優雅な動きで、自らの母船であるアーレへと帰還した。


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