一三二年 八月二八日~ ①
お待たせしました。私情で更新が一ヶ月ほど遅れてしまいましたが、ようやく更新できました。
よろしければご感想など、お待ちしております。
・アリオス暦一三二年 八月二八日 バルハザール共和国
四〇〇隻を超える船が一定の間隔を取りながら、バルハザール共和国の首都星系の中を航行している。大型の戦闘母艦を中心に据えた単純な箱型陣形だが、巨大な体躯の戦艦隊を軸とし、四隅を重巡洋艦と他の戦艦、間を駆逐艦と軽巡洋艦が埋め、駆逐艦と軽巡洋艦を集めた軽戦闘部隊の中心には数少ないイージス艦が浮かんでいる。いや、浮かんでいるように見えるが、秒速数千キロの速度で航行している、人類で最大の技術を集めて建造された戦闘艦艇ばかりだ。その際たるものである戦闘母艦は、多数の戦闘艇と地上兵員を載せ、ありとあらゆる兵装と防御が施された、動く移動司令部である。
このバレンティア航宙軍第五機動艦隊は、それだけであらゆる国家と戦争を行うことの出来る、超大国バレンティアを象徴する最高の武力のひとつだ。
空間戦闘、星系占領、惑星爆撃、強襲揚陸、治安維持……およそ考えうる限りの任務を遂行できるだけの設備と人員を備え、それに伴い、航空母艦、強襲揚陸艦を含め、先に述べた多数の艦艇を所有した軍団で、その規模の大きさから推測できるように、かなりの規模の経済力を持つバレンティアでのみ運用できる部隊だ。
その司令官である提督には、それ相応の高度な実力が求められる巨大な力を制御し、命令を遂行する有能な人物のみが、中将の階級を肩に貼り付け、数万の兵士達の頂点に君臨する司令官だ。
その中の一人が、この星系には二人いる。一人は第三機動艦隊司令官であるベルンスト・アーグナー中将と、第五機動艦隊司令官であるクライス・ハルト中将だ。
中でも金色の髪の毛を持つ壮年の司令官、クライス・ハルトは、自分の旗艦、アーレの艦橋で、一糸乱れぬ動きで隣の第三機動艦隊と動きを同調している自分の部下達を見つめ、満足そうに頷いた。彼の後ろでは、親友でもあり、この艦隊の参謀長でもあるライオット少将が、一歩下がったところでその様子を見つめていた。
第五機動艦隊は、つい先日まで戦争状態にあったバルハザールの治安維持と、外交関係での顧問団の護衛の任を担っていたが、ここにきて突然、バレンティア首相、アーネスト・リンブルドンが交代を命じ、ここで様々な案件の主導権を委譲するために、二つの艦隊は隣り合って、そろそろハルトがシャトルに乗り込み、重要書類と共に任務をアーグナー中将へと引き渡す手はずになっていた。同じ階級の提督同士で、何故ハルトが出張らなければならないかと言うと、ひとえにアーグナー中将のほうが年齢も上だし、五年ほど、彼の方が中将に昇進するのが早かったのが原因である。
ハルトは、自分の鍛え上げた部隊が整然と動くさまをもう一度ディスプレイで確認すると、この船の中枢であると同時に、艦隊全体の指令を司るCICの機能も併せ持っている艦橋で、せわしなく仕事をこなしていく部下を眺め見ると、ひとり頷いて、ライオットへと振り返った。
「参謀長。私はそろそろ行く。機動は完全に同調できたようだしな」
ライオットはきちょうめんに頷いた。
「それがよろしいですね。先方も、待たされるのは嫌でしょう」
「そのとおりだ。艦長、シャトルの用意は?」
ハルトが顧ると、艦長席で指揮を取っていたベルファスト艦長がこちらを振り返り、プロらしい表情で頷いた。
「はい、閣下。格納庫で、宙兵隊も準備が出来ております」
「わかった。ありがとう、艦長」
ベルファストはにっこりと微笑んだが、一瞬後には無表情に戻り、仕事を続けていた。
ライオットを伴って自室へと寄り、重要書類を確認すると、そのままの足取りで二人で通路を歩き始めた。時折、アーレのクルー達と遭遇し、その度に敬礼と答礼という、上官と下士官の対応をすることになったが、ハルトはこれが嫌いではなかった。自分が今までの戦闘で生き残ってこれたのは、自分の実力ではなく、彼らがいるからだとわかっているからだ。
「無人艦隊についてですが」
ライオットが低い声で言ったので、ハルトは長い通路の間中で頷いた。
「その後も調査を進めましたが、めぼしい資料は見つかりませんでした。デジタルでもアナログでも、艦隊はおろか、船についてのデータも残されておらず、巧妙な隠蔽工作が行われたものと思われます」
「バルハザール軍によるものか?」
「半ばは。バルハザール軍に在籍していた者からも話を聞きましたが、あの無人艦隊を導入するよう進めた将官らのうち数名が行方をくらましており、彼らが何かしらの工作の指揮を取り、無人艦隊を供与した者達との合流を図ったものと思われます」
「だろうな。どんな集団が関わってるにせよ、それ相応の組織力を持っているし、能力もある。規模も大きいだろう。どうにもきな臭い」
ライオットは頷き、難しい顔でハルトを見た。
「ですが、この規模の艦隊を派遣するにしても、大規模な造船所が必要になるはずです。それも、ひとつの国家軍隊が運用するほどの。バレンティアでは無数の造船所がありますが、二〇〇隻もの艦隊を製造するのにも数年かかります」
「解っている。だからきな臭いといったんだ。今回の一軒は、ただの国家間紛争じゃないぞ、ライオット。もっと大きな……様々な問題が絡んでくる」
どう考えても、あの無人艦隊はバルハザールのものではない。レイズ星間連合からの戦闘データも、ハルトの下に届いているが、調査を進めれば進めるほど、その確信は深まっていくばかりだ。デザイン、性能、カラーリング、戦法……何よりも、それらが無人だということが、ハルトにそれを決定付けさせた。無人の人工知能による艦隊機動など、バレンティアでも不可能なことだからだ。そもそも、いつの時代になっても、兵器が無人化されても人が操らずに入られなかった。機械に判断を任せると、必ずと言っていいほどの確率で間違いが起きて、その度に大勢の無辜の人間が死んだ。
「おかしなものだな、ライオット。人は人を殺す。それは罪だが、どうも、機械が人を殺すのは嫌らしい」
ライオットはただ黙って頷いたが、その顔には何か言いたげな表情が残っている。ハルトはちらりと彼を見やると、彼ら以外は誰も歩いていない乗員区画へと歩を進め、無人の通路を歩いた。
「何か言いたそうだな、ライオット」
この二人は、古くからの親友であり、部下と上官と言う関係でこそあるものの、人目のないところでは友人として接していた。その時になってようやく、ライオットは参謀としてでなく、友人として話すことができるのである。それを承知しているからこそ、先程まで他の下士官の目があった廊下では、堅苦しい態度を取り続けていたのだ。
「そうだな。俺が思うに、人間は誰が責任を取るか、ということを考える種族だ。だからこそ、殺人なんて大きな罪が、機械の手に渡ってしまうことを恐れたんだろう。失敗するのなら自分の失敗にする。そういった、自己犠牲や責任感といった精神こそが、人間にはあって機械にはないものだからな」
最後の角を曲がると、ようやく格納庫の大きなハッチが見えた。見張りの衛兵が二人、ハッチの両脇に並んでおり、二人の姿が見えた途端に敬礼した。ライオットとハルトは答礼し、自動で開いたハッチの中へと入る。
戦闘母艦アーレは、並みの軍艦とは一線を画す巨大な船だ。艦隊指揮に必要な巨大な通信設備を持つと同時に、機動艦隊の旗艦たるに相応しい戦闘力と航続距離、多数のエンジンによる機動性、個艦防衛には有り余る数の艦載機、惑星強襲用の降下艇数十機。乗り組んでいる陸軍兵・宙兵の数は総勢三〇〇〇人。陸軍は装甲車輌を装備しており、これらは艦底にある大型ドックから降下艇の中に収容されて発進する。また、左右両舷、艦腹にある格納庫にはシャトルや戦闘艇が満載され、惑星上陸は陸軍、真空間戦闘は宙兵隊と役割分担がなされている。適材適所の軍隊らしい配置といえるだろう。
また、戦闘母艦は一隻の戦闘艦としても大きな力を持つ。艦首に装備された主砲は戦艦の二割増しの威力を持ちながら、砲門数は一四であり、船体各所に配置された荷電粒子砲塔は対空戦闘用に広角稼動する。勿論、荷電粒子砲であるため、対艦戦闘でもある程度の威力を発揮する仕様だ。その間を縫うようにして合計一二〇基の垂直ミサイル発射装置がずらりと並び、艦尾付近の巨大なメインエンジンの傍にはデコイ、艦腹には惑星砲撃用の運動エネルギー弾発射装置………と、正に人類の建造した史上最大の殺戮兵装が惜しげもなく搭載されている。
そして、ハルトは今、巨大な船の右舷側格納庫へと来ていた。今、第五機動艦隊は第三機動艦隊の左舷側に位置して恒星を中心とした公転軌道を周回しており、年長者でもあり先任でもあるアーグナー中将の座する、第三艦隊旗艦、ホルストまで、シャトルで向かわなければならないのである。
ハルトたちが格納庫に辿り着いた時、既にシャトルは加圧された状態で格納庫の一角に鎮座しており、その周辺を最低限の人数の護衛宙兵隊が、捧げ筒の状態で列を成していた。気付けば、艦橋からホログラフで艦長も並んでおり、ハルトは一瞬、どうやってベルファストが先回りしたのかと疑ったが、ホログラフの存在を思い出し、どうにか平静を装って格納庫を歩くことが出来た。艦隊の参謀長と司令官という重鎮コンビが近づいていくと、宙兵隊の列は緊張し、ベルファストと見知らぬ兵士が二人、前に歩み出てきて、完璧なタイミングで敬礼した。いつ見ても、惚れ惚れする精密な敬礼だ。ハルトとライオットは周囲の兵士の視線を感じながら答礼した。
「閣下、ホログラフで失礼いたします。こちらの二人は、艦隊で一番のシャトルパイロットコンビです」
ベルファストはホログラフの手を振って、一組の男女を示した。彼らは気をつけの姿勢をとり、誇りに顔を輝かせる。
ハルトはにやりと笑った。
「当てて見せよう、大佐。この二人は、我が艦隊旗艦の輸送部隊所属ではないか?」
ベルファストも、ちらりと嬉しそうな表情を見せたが、すぐにプロらしい無表情へと戻って、頷いた。
「そうです、閣下。挨拶なさい、二人とも」
二人は、一層気をつけの姿勢をとった。女性パイロットが、一歩歩み出る。
「閣下、私は機長のリム少尉です。こちらは、副機長のダン」
リムが紹介すると、ダンと呼ばれた男性兵士が、萎縮しながらも頷いた。
「我々がシャトルを操縦いたします。墜落することはまずございませんので、ご安心を」
これは輸送部隊なりのジョークだ。ハルトは愉快な気分で頷き、二人が先導しながら、シャトルのハッチまで進んだ。それまでの間に立っている宙兵隊員たちが敬礼し、ハルトは一度だけ、シャトルの入り口で振り返ると、予想通り敬礼していたベルファストや宙兵、せわしなく動き回る整備兵、通りがかりの士官などの列に向かって答礼した。気のせいかもしれないが、ハルトの経験上、通りすがりの兵士までもが見送ってくれることは、他の船ではまず、無い。その間も仕事をするのに兵士が躍起になるからだ。だが、このアーレの兵士達は、様々な感情の入り混じった視線で見送ってくれる。それが信頼の証だと気付きつつ、浮かれることなく、ハルトは自分の責任の大きさを痛感して気を引き締めた。
ライオットと二人で、広々とした大型シャトルの窓際の席に座り、ようやく一息つくと、ライオットは向かい合ったボックス席の反対側の座席に座り、携帯コンピューターを開いて雑務を処理し始めた。てきぱきとコンソールを叩く彼の指を見ているうちに、ボックス席の両側を戦闘服姿の宙兵隊員たちが座席に座り、あの二人のパイロットが通路を通って操縦室へと入って行き、程無くして、シャトルが離床した。
シャトルの窓と言っても、本物の窓ではなく、船体外部に設置されたカメラから取り込まれた高解像度の宇宙空間の映像だ。今、そこには無数の戦闘艦が輝く光点となって、整然とした箱型隊形を取って並んでいた。その様子を満足げに眺めつつ、搭乗したシャトルは滑らかな動きで、戦闘母艦アーレから離れていく。まるで途方も無い大きさを持つ巨大な壁が、自ら身を引いていくように感じられるが、実際に離れているのはシャトルだ。慣性補正装置の恩恵で、人類は今までに想像もできない速度で宇宙空間を航行することが可能になっている。
視線をライオットに戻すと、彼は忙しくしていた手の動きを少し緩めて、ちらりとこちらを見た。
「なんですか?」
「いや、特に意味はないが。何か報告することはあるか?」
ライオットは、小さく溜息をついた。
「要は、暇なんでしょう?お相手しますよ」
口調は参謀長のそれだが、言っていることはいつもの友人として接するライオットだ。彼は小型の端末を操作して、ひとつのホログラフを表示すると、ハルトの目の前で固定した。
「まあ、これも仕事になってしまいますけど。これがなんだか解りますか?」
ハルトは、目の前に浮かぶホログラフを見つめた。船だ。黒い船が、ふわふわと空中に浮かんでいる。船の七割方は見ぼれるほどの流線型で出来ていて、漆黒の船体の後部は大型の推進装置で、艦首部分とは一線を画する鋭利なデザインとなっている。尾翼のように矢じり方に三方へ伸びているのは、エンジンの傍に設置された超光速通信装置のアンテナと、量子波を利用した大型センサーだろう。さらに見ていくと、その船に装備されている四角い穴がミサイルランチャーのそれだとわかって、そこから大方の大きさをはじき出してみた。
「船だな。軍用艦かな?大きさはざっと千メートルくらいってところか」
ライオットは頷いて、船名を表示した。
「ご明察、恐れ入ります。これは大型巡洋船アクトウェイ、船体番号二○一一三四七です」
「大型巡洋船?ということは、これは民間船なのか?」
驚いて問い返すと、ライオットはいたって真面目な表情で頷いた。
「はい。A級巡洋艦に匹敵する、一二〇〇メートルの巨大な船体を持つ民間船です。噂に寄れば、これはあのリガル船長の船だとか」
聞いたことがある。ハルトは、自分の記憶の糸を手繰り寄せて、ひとりの男のプロフィールを思い出した。
「確か、レイズ=バルハザール戦争で、レイズの第三艦隊と行動を共にしていたという、ノーマッドの男か?」
「そのとおりです。リガル船長は約半年前から、この船にクルーと乗り込んでノーマッドとして活動しています。それ以前からノーマッド商人の息子として船に乗り込んでおり、根っからのスペース・マンであることがうかがえました」
「なるほどな。道理で、この男が戦争であれほどの活躍を見せたわけだ」
ライオットは片眉を上げた。
「と、申しますと?」
「つまりだな、ライオット。こういう噂は聞いたことないか。宇宙に長くいる人間ほど、勘がいいとかいう類の」
「ええ、聞いたことがあります。なんでも、長く宇宙にいると、危機認識や空間認知能力が向上するだとか、第六感的な直感力が身につく、とか」
「うん。俺は思うんだが、このリガルとかいう男は、それを体現した奴かもしれん。まったく根拠は無いが、子どもの頃から宇宙船に乗って過ごしていたのなら、そういった人とは違う特殊な感覚が身につくのは自然な流れだろう。少なくとも、あっても意外ではない。むしろ、ああ、やっぱりそうかと納得するくらいだ。そういった人間だからこそ、あれほどの活躍ができたんじゃないのか」
リガルと言う男が、ノーマッドのひとりでありながら軍に協力し、あの戦争を早期に終結させたのだというニュースを、当初、ハルトは信じる気にはなれなかった。ひとりの民間人が戦いに身を投じただけで戦局が変わるほど、戦争と言うものは単純にできていない。第三艦隊指揮官だったアステナ・デュオ退役准将は昇進を拒否し、半ば強行的に辞表を提出して、艦隊の整理がついたとたんに、軍を去った。彼を追ったマスメディアは悉くが偽の住所等に誘導され、アステナ本人に取材をすることはできなかったが、ひとつくらいのメディアは会うことが出来たらしく、彼はこう語ったそうだ。
”今回の勝利の立役者は私ではありません。勝利の立役者は、私の下で命令に従い、勇敢に戦ってくれた兵士達のお陰です”
”そこに、リガル船長は含まれているのでしょうか?”リポーターがマイクを向けると、アステナは困った顔をした。
”そうですね。リガル船長には、私は申し訳ないと思っています。戦うのは軍人の仕事です。そのために、税金を食いつぶして、巨大な船を建造したりしているのです。ですが、今回の場合はその立場が逆転してしまいました。軍が民間人に助けられたのです。まったく、自分自身が情けない限りです”
”質問の答えになっておりませんが”
”では答えましょう。リガル船長に命令等出しておりません。彼、いや、彼らは自分の意思で戦いました。勿論、我々が支援要請を入れたのは確かですが、その後の彼らの戦いは………積極的でした。つまり、私よりも、彼らの方が立役者という位置に、より近いところにいると考えます―――”
だいぶ控えめな言い方だったから気付かなかっただろうが、彼は立役者は兵士達だと言いつつも、軍隊が民間人に頼った、ということを話している。つまり、兵士達はたしかに立役者になったが、それを達成したのはほかでもない、あの男なのだ。
リガル。この時代に突然現れた、ひとりの青年船長。まだ若い彼は、今はアルトロレス連邦にいるというが………
「私としては、そういった話は信じてみたいものですが、理論が気になるのが悪い癖でして。どこかの研究者が論文でも発表してくれていると、ぐっと信憑性が出てくるのですが」
「いや、論文ならいくつも出ているよ。宇宙に出てから、人類は環境の変化による自分達の、生物としての進化を待ち焦がれていた。だが、それは目に見える形ではやってこなかった。だが、この時代になってようやく、それを体現する人物が現れたのかもしれないな」
ライオットはそれに何かを思いついたのか、じっと考え込み、やがて、ひとり納得したように頷いた。
「その可能性はありますね。ですが、閣下。そんなに素晴らしい進化を、リガル船長の例を見れば、我々は戦い……今のところは同じ種族での同士討ちという、もっとも愚かな面で果たしたことになります。そんなものを、このような方面にしか使えないのは、とても残念です」
ハルトは、全面的にその意見に賛成した。自分が軍人と言う職業をしているせいかもしれない。だが、それはまったくの真実の様に聞こえたし、そう思えた。
ハルトは、自分の直感を信じることにした。
「そうだな。俺も、この仕事をしているせいか、その言葉が胸に染みるよ」
目を閉じて、思い出した、昔の戦友の顔を思い出した。今の時代は大きな戦争がないものの、海賊討伐や紛争介入などで、純粋に武勲を重ねて司令長官になったハルトには、亡くした部下も上官も数多い。ある時は、海賊の大船団に囲まれつつも軽巡洋艦を脱出させたとき、艦長の自分以外に生き残っていたのは、乗員の七割強だった。その時、副長として乗り組んでいた女性士官の言葉を思い出す。
”艦長、私たちを頼りにしすぎないでください。私たちも失敗はします。大事なのは、それをどう再発させないかです―――”
彼女は、当時管制官として同じ船に乗り込んでいたライオットともに負傷した彼女を見舞っていた最中に、意識不明のまま亡くなった。あの時の、俺の顔を見た彼女の誇りで満ちた表情が、脳にこびりついてはなれない。
そして、ハルトはあえて、それを注ぎ落とすようなことは決してしなかった。
目を開くと、ライオットも同じことを思い出していたのだろう。彼は咳払いをした。
「リデュ少佐は、私にとってもよい上官でした。彼女に出会えたことを、私は誇りに思います」
「ああ、俺もだよ。私の指揮官生活の中でも、彼女は有能で、誇り高い士官だった。忘れること等できない」
ライオットは寂しい笑顔を浮かべた。きっと、ハルトも同じ表情を浮かべていることだろう。
シャトルが、第三艦隊旗艦ホルストの外壁を視界に捉え、機長であるリム少尉から通信が入った。シャトルの座席に据え付けられているホログラフが、三次元ディスプレイで彼女の映像を映し出した。
「閣下、後三分で到着になります」
「了解した」
ハルトはそれだけ返事して、ライオットにも間もなくの到着を告げた。二人で降りる準備をして、最期にハルトがもう一度窓を見たとき、外にはシャトルの機首側がホルストの絶え間ない地平線のような外郭が聳え、もう半分が宇宙空間の黒で満たされている。今、シャトルはホルストの格納庫へと侵入しようとしており、低速のままするするとアーレと瓜二つに作られた巨大な空間へと入り込み、巨大なハッチが閉まって加圧された。外界から完全に遮断された状態で、シャトルは艦内重力に逆らうようにスラスターを噴射し、窓からは格納庫の床が見え、アーレと同じように動き回る作業員がたくさん見えた。艦から艦へ移動する技術員や士官用のシャトルも忙しく離発着し、リムの操る機体はふんわりとした動作で、いつの間にか着陸していた。
やがて、護衛の宙兵隊員達が座席から立ち上がり、先に開いたハッチの脇に並んで列を作る。リムが操縦室から出てきて、一人でライオットたちの前に立った。彼女は敬礼し、ハッチの外を示した。
「御ふた方、第三艦隊旗艦ホルストへと到着いたしましたことを報告いたします」
ライオットは頷き、立ち上がった。彼女を褒めるのは俺の仕事らしい。ハルトも後について立ち上がり、しっかりとリムに答礼した。
「ご苦労だった、少尉。シャトルに乗っているとは思えなかったよ」
パイロットに対する最高の賛辞で報いると、彼女は満面の笑みを浮かべ、もう一度敬礼した。




