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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
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一三二年 六月一四日~ 

カプライザ星系編です。いってしまうと、第一章がもうすぐ終わります。

その後の展開はいろいろと思いついている最中で、それを整理しているのですが……

とにもかくにも、今回の漆黒の戦機、お楽しみください。


・アリオス暦一三二年 六月一四日 大型巡洋船アクトウェイ



「ジャックのフォーカード」


イーライが手札を投げると、毎度お馴染みとなった食前、食後の楽しみとなった艦内ポーカーをやっている面々は表情を曇らせた。


カプライザ星系へと続くワープは五日。バルハザールの侵攻艦隊が待ち受けているであろう明日のワープアウトを目前にしても、それぞれの顔には緊張の色は無い。それぞれがこれまでの戦いで自信をつけているのが大きいのだろう。アクトウェイは既にひとつの船として完全に機能しているし、そのレベルは極めて高い。最早海賊船団が出てきても、正面から立ち向かえる気がするほどだ。


もっとも、それは過信である。奢りは目を曇らせ、真実を見えなくするばかりか、下手をすれば命すらも奪う。リガルはそれを弁えていたし、他の面々も「月並みだがプロ」だから、言うまでも無く心の中で自分を諌めているのだった。


「これで、いくら勝ってんだよ」


イーライの横に山のように積まれている艦内通貨を恨めしそうに見て、フィリップがぼやく。

この一山だけで、数日分の昼食が豪華なものになりそうだった。キャロッサの料理は本当に美味で、既に彼らはそれを目的に働いている、と言い出している。それに関して、アキはあまりいい顔をしていない。


「どうだろうな?これから一ヶ月は、ご馳走食べ放題だ」


イーライが得意げに言うと、珍しく参加しているリガルが指を鳴らした。


「どうだ、イーライ。あそこの戦闘機シミュレーターで―――」


「その手には乗りませんよ、船長」


奪われたチップを取り戻そうと誘いをかけてみたが、あっさり拒否されるリガル。そして、イーライはこっそりと積もったチップの山に伸ばされたジュリーの手を弾いた。


「俺のだ」


「ケチ」


子供のように膨れるジュリーを尻目に、ノーペアで負けたセシルがカードを配り始める。それを見つめていたアキが、首だけをこちらに向けてきた。


「船長、キャロッサは?」


「ああ、彼女なら昼食の準備をしてくれてる」


親指で、厨房へと続くドアをさす。大人数が食事を出来るようになっている食堂の、入って左斜め前の位置にある受け渡し所の奥から、なにやらいい香りが漂ってきていた。


大人数が並んで食べ物を受け取るようにできている受取所の奥は厨房で、ホテルさながらの調理設備と食料倉庫が備わっている。その気になれば艦内のほかの場所の食道も使えるのだが、艦橋と各自の部屋に近いから、と言う理由でここの食堂が使われている。


リガルは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「どうしたアキ、腹が空いたのか?」


からかうように言うと、彼女はむっとした表情になった。


「無論です。生態端末といえども、食欲はあります。まあ、食べなくても平気ですが」


「ふうん。そういうものか」


「そういうものです」


済ました顔でアキが答えると、キャロッサがカートを押して、厨房の奥から食堂に現れた。


今日のメニューは旧地球の日本と言う小国での電灯料理である和食らしい。白い米と、焼き魚を乗せた定食風の料理がテーブルの上に並べられると、ポーカーをやっていた面々は雪崩をうって座席へと移動した。その香りに、リガルもすぐに立ち上がって、目の前の湯気を立てている料理の前に落ち着く。


「言わずもがなですが、今日は和食にしてみました」


えっへん、と腰に手を当てながら言うキャロッサ。クルー達の間から珍しい和食に歓声が上がる。


「少し手惑いましたが、いい出来だと思いますよ」


「どれどれ」


真っ先に手をつけたのはフィリップである。箸を上手に使って、焼き魚の白い身を口に放り込むと、満足の溜息を漏らした。


「うん、いつも通り、いや、いつも以上に美味い!こりゃ絶品だ!」


「確かに。どうやったら、こんなに美味くなるんだ?」


そんな疑問を口にしながら、イーライもフィリップに続く。キャロッサが自分の座席に着く頃には、全員が無我夢中で箸を勧めていた。


「そういえば」


口の中に一杯の白米を頬張りながら、イーライは端を動かして味噌汁を啜った。


「レイズとバルハザール以外はどうなってるんだしょうね。誰か何か知らないか?」


「どうだろうな。バレンティアがそろそろ介入してきてもいいような気がするもんだが」


フィリップが相槌を打つと、アキが黙々と箸を進めながら答えた。


「アステナ准将から送られてきた機密ファイルを参照しましたが、既にレイズ星間連合宇宙軍司令部から、銀河連合評議会へ向けて平定の要請が入っていますが、今正に審議中のようです」


「ああ、銀河連合か」


セシルがうんざりした様子で呟く。


銀河連合。人類の散らばるオリオン腕を中心とした領域に三〇近く存在する各国家を束ねる、最高組織。主に紛争の調停や治安維持を目的とし、人類史上最大の武力組織としても知られている。その兵力は単純換算でレイズの八十倍近くに届き、あまり知られていないが、人類以外の知的生命体と接触して武力衝突へと発展した場合、法的に防衛行動を行えるのは銀河連合の派遣した部隊のみである。


そうした側面が示すとおり、銀河連合は絶大な影響力を誇っており、現代ではかく国家群隊での腐敗と縮小が進んでいてもその力の衰えは感じることもできない。


そして、その頂点にある連合評議会で一番の発言力を持つのが、超大国バレンティア、というわけである。


「しかし、銀河連合がたかだか二国家間の戦争を平定しに来るでしょうか、船長?」


セシルがもっともな質問をすると、リガルは真面目に考え込んで見せた。その間にジュリーが彼の焼き魚を奪い取ろうと目論んでいたが、キャロッサがお替りを用意していたことで彼の知らないところでたくらみは防がれた。


「来るだろうな。彼らとしては、近々低下している連合の拘束力を再び示すいい機会だろうし、バレンティアは戦場を求めているはずだ。ここで戦闘を経験して実際に戦える兵士を揃えておけば、近年、増大しつつある海賊行為や軍事的な衝突に対してより柔軟に対処できる部隊を育成できる」


「つまり、今後の為の投資をする、と?」


「そういうことだ。優秀な指揮官と言うものは、意外なところから出てくるものなんだ。それがどんな場面であれ、そうした機会を多く持つことには越したことはない。探せば探すだけ、その確率は上がっていくものなのさ」


「なるほど。ですが、そうしたところで育つのは結局、軍隊だけではないですか。バレンティアも、近年経済的に逼迫し始めていると聞きます。それでもするでしょうか?」


リガルは卵焼きを口に運びながら肩をすくめた。


「正直に言うと、解らない。俺は政治家じゃないからな」


当たり前すぎる言葉に、思わずセシルは頷いてしまった。





・アリオス暦一三二年 六月一九日 レイズ第三艦隊




取りあえず、艦内のそれほど美味しくもない食事を終えて、アステナは艦橋に戻ってきた。


航宙軍の食事と言うものは、味を重視されていない。上層部が重視するのは、栄養バランスと、経済性だ。ただでさえ金食い虫の航宙軍に、美味い食事と言う贅沢を許す気は無いのだろう。これは、最早航宙軍兵士の間では伝統となりつつある。酷いところでは、どれだけ不味い飯を食えるか、競争する兵士も居るくらいで、「不味く、安く、多い」食事が奨励され始めているのは、兵士達をこの世から消し去ろうという経済省の思惑なのだろうか?


だが、別段吐き気を催すほどの味ではない為、兵士達は何とか不満を言わずに食べ続けているのであった。文句を言わないことが彼らの仕事であり、彼ら自身、自分たちが国庫の負担となっていることは重々承知だったのである。


「アクトウェイは、何を食っているんだろうな」


そんな疑問が浮かんだが、アステナはそれを頭の隅に追いやった。彼らの資料を見たとき、あの船には衛生長として、まだ垢抜けない少女が乗り込んでいるのをアステナは知っていた。しかも特技は料理だという。先日リガル船長に面会した時に、彼はそれを漏らしていたから間違いないだろう。そして、彼の口からは食事についての不満は出てこなかった。


自分の食事と、アクトウェイの食事。考えただけで、アステナの精神は中性子爆弾を落とされた惑星のようになった。


「別に構わないさ。美味い飯が無くたって、俺達には大儀がある」


「上手いですね」


後ろに立っているラディスが、アステナの独り言に割って入ってきた。どうやら思いは皆同じであるらしく、バルトロメオですら苦笑いしている。軽く笑みを浮かべると、アステナは座席をくるりと回して参謀連中に向き直った。


「だろう?昔から、こういうのは得意だ」


得意げな顔のアステナ。その目の前で、バルトロメオは軍服のポケットから小さく包装された何かを取り出した。


それを見て、全員がうめき声を上げる。それは、レイズ星間連合宇宙軍で伝説と歌われる携帯食料、「ポケット・ディナー」だ。名前からは想像も出来ないほどの不味さの持ち主であるこの携帯食料は、先程のべた「どれだけ不味いものが食べられるかコンテスト」の最終関門に立ちふさがっている、いわば兵器である。


それを、参謀長は何食わぬ顔で食べ始める。全員が呆気に取られて眺める中、彼は平然とした表情でそれを飲み下した。


「あの、参謀長」


「どうした、中佐」


見かねたラディスが声を掛けると、バルトロメオは不思議な顔で振り向いた。ラディスの顔は、まるで汚物を見るような目で食料を見ている。


「よく、そんな”軍人殺し”が食べられますね」


その言葉に、バルトロメオはちらりと手に握っている「ポケット・ディナー」に目をやると、それをラディスと見比べる。その動作にどんな意味があるのかは解らないが、バルトロメオが珍しく茶目っ気を出しているのは解った。


「別段、不味いというわけではないぞ?確かに形容し難い味であるのには変わりが無いが、これはこれで美味い」


全員が、もっと大きなうめき声を上げる。幸い、アステナはこれを食べたことが無いので解らないが、彼らの反応を見る限りろくな味ではないのだろう。


「まあ、貴官らもこの歳になれば解る」


「解りたくありませんね、絶対に」


和やかなムードになった艦橋に、オペレーターの声が響く。


「ワープアウトまで、後二時間!」


それは、とても緊張した空気を孕んだ声だった。上級士官は落ち着いているが、下士官の中にはまだ緊張感に慣れないものがいるらしい。それが空気に伝染して、各員の心の奥に引っ込んでいた緊張と不安を呼び起こした。そのせいで、艦橋の誰もが無表情に戻り、自然と各々の仕事場へと戻った。


座席を元の位置に戻して、アステナは改めてこの戦いの厳しさを実感する。


珍しく仕事をしている星間連合宇宙軍情報部より、カプライザ星系に駐留している敵艦隊の情報が入ってきていたのである。


それは総勢一五〇の、バルハザール最後と呼べる大規模艦隊の一つである、バルハザール宇宙軍第一一三巡航艦隊が待ち受けているという知らせだった。相手側の宇宙軍将校の間には、既に無人の機動艦隊が敗れたという知らせが入っているようで、その後の第二二強襲揚陸艦隊による、メキシコ星系への再度侵攻作戦(先日、第三艦隊が撃破した相手)によって敗北した艦隊の生き残った船の乗員よりもたらされた劣勢の情報は、多くの将校達が不安を抱くには十分すぎるものだった。


捕虜となった士官が吐いた情報によると、部隊の大抵の人員は二〇〇隻の機動艦隊を使った時点で勝利を確信していたようで、それはつまりレイズ星間連合にそれだけの戦力を整える時間が無いであろうと言う点が主な根拠となっていたのだが、それを補って余りある優秀な兵士と指揮官がそれを逆転したというのが、もっとも納得のいく説明だろう。


その中で、数人の未だバルハザール内部にいる将校が秘密裏に情報を流し、敗戦後の自身の立場を少しでも強固にしようと、レイズに接近してきたのである。


これに対して、アステナと情報部の見解は一致していた。その信憑性には疑問を抱かざるを得ないが、ここに来てこのような行動を起こす以上、相手側の戦力は底を尽き掛けているに違いない。それが政府の仕掛けた罠であろうとなかろうと、それは事実だろう。敵が尚も増援艦隊を派遣するというのは信じがたいし、なによりもこの情報をリークしてきたのは、バルハザール宇宙軍艦隊、副司令長官の肩書きを持つ人間なのである。


そして、さらに言えば、情報部が以前カプライザ星系へと派遣していた諜報部員より、「星系内、防備は中央に集中せり。待ち伏せ・機雷の危険性皆無」との通信を送ってきたのである。それは、星系間の通信に用いられる、巨大超光速通信装置の情報の海の中へと隠されたメッセージだった。通常はその様な工作は危険がありできないが、向こう側に内通者となる人物が出てきたことで可能となったのだろう。選曲を正しく見ることのできるものが多いのは結構なことだ。


とにもかくにも、戦争は唐突に始まり、そして急速に終息へと近付いている。アステナ自身も、それは肌で感じていた。当初の作戦と違い、艦隊を率いてバルハザールの領宙へと侵攻することも可能性としては考えられていたが、ここに来てその可能性も低くなっただろう。


「だが、まだ安心は出来ない」


アステナは、自分の左側に艦隊の状況報告の羅列をスクロールさせながら、右側にバルハザールの支配している宙域図を呼び出した。


歪んだ長方形のような宙域が赤く広がり、中央部が一際明るく輝きだすと、そこから筋が何本か伸びてまた別の光点へと繋がる。そうして、最後には主要な星系と、それを繋ぐ航路を見出すに至った。


そうして、アステナは考える。


仮に、国境宙域であるカプライザ星系を奪還したとして、そこからバルハザールの本拠星系へと至るには、あと五回……計一ヶ月以上の旅となる。相手の軍部がどう考えるかは知らないが、これだけの宙域を使用すれば、まだ戦争には負けることは無い、と思うかもしれない。それもそのはず、各星系には紛争時代の名残である廃棄された要塞群が点在し、それを再稼動させれば我が群に相当な消耗を強いることができるのは明白だからだ。


機動部隊が殲滅されたことで戦意が殺がれ、戦争終結へと向かうか、それとも徹底抗戦を唱えるか。

それは、とても危ない駆け引きだ。これ以上、両国にとっての戦争行為は負の結果しかもたらさないであろう。そもそもの戦争勃発の原因が不透明な時点でおかしいのだが、これ以上傷口を広げることも無い。今できるのは、被害を最小限にとどめるために努力するだけだ。


そのために、この第三艦隊を使って、何が出来るのだろうか。幸い、この艦隊にいる面子は精鋭揃いだ。バレンティアほどではないが、レイズほどの国家にしては卓越しているといえるだろう。腐敗し続ける軍部でも、確かに訓練は続けてきたらしい。


だから、普通は出来ないようなことも成し遂げることが出来る訳だ。


ふと思いつき、アステナは宙域図を見つめた。


ここに来て、もし、向こうの星系にいるであろう防衛軍を撃破したとして。その後に敵が徹底抗戦を唱えたのなら、どう攻めるべきだろうか。


宙域図には、三つの要衝がある。


一つは敵の首都星系。ここを落とすのが一番確実だが、一番難しい。最後の手段とするべきだろう。


二つ目は、名称不明の資源星系。様々な鉱石と共に、パワーコアの主燃料である反物質の精製所があると噂されているところだ。距離的には、ここが一番近い。だが、バルハザール軍の動力源ともいえる補給上重要な拠点となっているので、それなりの防衛戦力と施設があると考えられ、陥落させるのに一個艦隊では無理だろう。宙兵隊か、陸軍の強襲揚陸部隊を連れて行く必要がある。


その点は、メキシコ星系のレーヌ少将に連絡すれば問題ないだろう。航宙軍は輸送艦をいくつか持っているし、民間の輸送船でも連れてきてくれさえすればどうにでもなる。彼ら地上部隊が加われば、第三艦隊は機甲艦隊ではなく、万能な能力を持つ打撃歓待へと姿を変えるだろう。


最後に、そこから四つの星系へとワープが可能な、交通の要衝であるリンブルド星系だ。ここを抑えれば、敵の兵站機能に多大な負担を強いることが出来るだろう。しかし、資源星系と同じく強固な要塞化が図られている可能性が高い。さらにいえば、ここを襲撃されたとして、彼らには各地の星系防衛軍を組織して集めるだけの時間稼ぎもできるだろうし、これだけ多くの航路が錯綜しているのならば、それも容易に行えるだろう。


どっちにしても、頭の痛い話だった。アステナは一旦中断して背もたれを倒し、半球形状に広がる艦橋スクリーンに散らばる星の海の光を、全身に浴びた。


「まあ、まだ先は長い。今度考えるさ」


そう呟いた二分後、彼はいびきをかいて寝始めた。





・アリオス暦一三二年 六月一九日 カプライザ星系 大型巡洋船アクトウェイ




ワープアウトしてすぐに回避機動を取らせたリガルだったが、それは杞憂に終わった。第三艦隊も同じ方向へと船首を向けて加速したが、機雷も防衛部隊も無く、ただ超光速通信装置の組み込まれた自立起動偵察衛星が三つあるだけだった。他には暗い虚空に何も浮かんで折らず、敵艦隊は遠く離れた第二番惑星の軌道上に集結しており、その総数は一五〇隻と大規模で、それだけでバルハザール側の不退転の決意が垣間見えたような気がした。


いつも通りのワープ後の処理が終わり、リガルは続々と更新されていく星系内の情報に目を走らせる。恐らくは、第三艦隊旗艦ラビーニャの艦橋でもアステナ司令官が同じ事をしているに違いない。アクトウェイは長空間を航行するために使っていたパワーコアのエネルギーを通常レベルに戻し、再び進路を定め始めた第三艦隊と軌道を重ねて加速し始める。

その時、興味深い情報がセシルから知らせられた。


「船長、第三番惑星の軌道上に複数の人工球体を確認しました。照合したところ、あれはレイズの作ったものではありません」


セシルは流れるような動作で指を躍らせ、投影されているデータを掴んでリガルのほうへ投げる動作をすると、青い文字の羅列で表示されているデータがリガルのコンソールの直上で停止し、展開されて球形状の衛星を映し出した。


それは大きかった。戦艦一隻半ほどもある直径を持つ衛星は所々に格納されたエネルギー兵装を持っているようであり、その数も威力も軍艦とは比較にならないものであるばかりか、全面に対ビームコーティングの施された分厚い装甲を装備している。これはリガルの推測だが、恐らく強力なPSA装甲も備えていることだろう。


「防衛設備か?何か、兵装らしきものは?」


「脅威になりそうなものは見えませんが、過去のデータベースにアクセスしたところ、紛争中に使用されたバルハザール国軍の防衛無人衛星と酷似しています。まず、間違いなく大型の攻撃兵器を搭載しているでしょう」


ふむ、とリガルは考え込む。敵は第三番惑星を要塞化したようである。さらに、アキとセシルが数光分先の惑星の地表をスキャンしたところ、氷で包まれた第三番惑星の地表にはそれこそ複数の宇宙港が建設されており、敵の上陸部隊と思われる生体反応が検出されたらしい。効率的に配置された砲台もいくつも確認され、正に鉄壁であった。


「ここを攻め落とすのは容易では無さそうだな。アステナ司令官の手腕次第、というところかな?」


フィリップが、豪快で短い笑い声を上げた。


「そいつは見ものだな。俺が見た限り、あのアステナとか言う司令官は戦争に関しちゃ天才の部類だ。この間の戦闘でも、平凡の指揮官なら五分と持たなかっただろうな」


「ああ。特に、敵の戦闘機の襲来からのダメージコントロールが上手かった。戦線の穴を塞ぐわけではなく、部隊の流動でそれを”無くした”んだ。大した男だよ」


横目でうんうんと頷くフィリップを見ながら、リガルは目の前のモニターに視線を移す。そこに表示されている第三番惑星のホログラフを消し去ると、アクトウェイの艦橋に映る半球形状の大型高解像度ディスプレイを見た。ディスプレイはこれからアクトウェイが往く航路を青い線で示し、レーダーや周辺の小惑星、デブリと言った情報をリアルタイムで表示している。


ともあれ、これで第三艦隊とアクトウェイは無事にワープアウトを済ませた。待ち伏せを行わなかった敵の意図は、恐らく確実に我々を仕留める為だろう。待ち伏せというやつは、敵の細かい位置がわからない為にそれなりに熟達した部隊でないと逆に混乱し、敵に反撃の隙を与えてしまう。


つまりは、敵にそれを認識している指揮官は居るが、それを実行するだけの兵士達が居ない。或いは、その他の作戦でレイズ側を打ち倒せる確信があるのか……


思ったよりも、バルハザールは疲弊しているのかもしれない。そんな考えがリガルの頭の中に浮かんだが、その可能性は却下した。確かに逼迫しているであろうが、そもそもこの短期間の戦争で疲弊するようならば、最初から攻撃等仕掛けては来ないだろうというのがその理由だ。


そこまで考えた時、アキが言った。


「船長、アステナ司令官より通信です」


「了解だ。繋いでくれ」


反射的にそう口にすると、突然目の前にアステナの顔が映ったディスプレイが浮かんだ。毅然とした態度を心がけて、リガルは咳払いをする。


「なんでしょう、司令官」


「リガル船長、既に星系内の情報は手に入っているな?」


「ええ。どうするおつもりですか?直接作戦に口を出すわけではありませんが、星系は要塞化されています」


その言葉に、アステナは少しだけ表情を強張らせた。目下のところ、あちら側でもそれが議論の対象となっているのだろう。彼がここに通信している間に、参謀連中は顔を突き合わせて作戦を話し合っているに違いない。


「ああ、承知している。こちらでも会議をする予定だ。というより、今もしている。ところで、先に話しておこうと思うのだが」


「依頼の件ですか?」


「そうだ。恐らくだと思うが、君には我が艦隊の船数隻と共に別行動をとってもらうことになるかもしれない」


その言葉で、リガルの頭に複数の作戦が浮かんだが、それは口に出す必要の無いことだった。想定は大いに越したことは無いが、それを口に出すことはリガルの明らかな越権行為となるためだ。


「承知しました。いつでも行動を起こせるように待機しておきます」


アステナは頷いた。


「よろしく頼む。それと、前回の分の報酬は君達の口座に振り込んでおいた。多少割り増しにしておいたから、それで上手い酒でも飲んでくれ」


眉を上げると、アステナは困難な戦いの前だというのに、陽気に笑って見せた。


「軍人でも気遣いはするぞ、船長」


「いえ、そういうわけではなくて……」


アステナはまた笑った。どういうわけか、この司令官には結構気に入られているらしい。それがいい結果をもたらすのか、それとも災いをもってくるのかは今の段階では判別しがたいが、戦争状態にある以上、軍からよく見られるのは悪くないのかもしれない。


「わかっているよ。会議の後にまた連絡する。それまで休んでいてくれ」


「了解しました」


アステナの映ったディスプレイが消えると、代わりに、リガルの目の前には巨大な星の海の映像が広がった。


漆黒の虚空を眺めながら、リガルは宇宙に思いを馳せる。


そもそも、彼がノーマッドになったのには理由がある。


子供のころから彼の興味は目下のところこの宇宙に注がれていた。ビック・バンが起こって時間と言う概念が生まれてから、宇宙では星が生まれ、死に、新たに星を作るというサイクルが起こっている。生命の循環にも似たものだが、そのスケールは大きく、我々人類がどんな英知を寄せ集めたとしても再現することは敵わない。


その中で、より小さな生命体のモデルとして人類が生まれたとしたら、自分達に課せられた意味とはなんなのだろうか。遠い昔から、数多の哲学者により考え続けられてきた命題は、ここにきて彼の心に灯を燈す。それは心の中の何も書かれていない地図を照らし、好奇心がそれを埋めるべく、更なる旅を求める。


結局のところ、自分は子供のころとそう変わらない。心の中で苦笑いしながら、リガルは自分の仕事へと取り掛かった。



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