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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
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一三二年 五月二八日~ ①

・アリオス暦一三二年 五月二八日 大型巡洋船アクトウェイ



「繋いでくれ」


リガルはいうと、携帯端末をテーブルの上に置く。すると小さな一つの四角いホログラフが投影され、

三十代と思われる男性の姿が映った。金髪の、鋭い目つきの男だ。


リガルはいたって冷静に対処した。


「レイズ星間連合宇宙軍第三艦隊司令官、アステナ准将だ。船体番号二○三一一三四七、アクトウェイ

で間違いないか?」


「確かに、こちらはアクトウェイです。准将、いかがいたしました?」


余りにも落ち着き払っている船長に面食らったのか、アステナと名乗った司令官は僅かに目を細めたが

、構わずに続けた。


「船長、急な用件なんだが……仕事を頼まれてはくれないだろうか?君の腕前を見込んで。報酬はしっ

かりお支払いする。貴艦の協力が必要なんだ」


ここまで低い腰になっている軍人も珍しいな、と考えつつ、リガルは少し考えた。


報酬は魅力だ。軍が報酬を用意するといっているときは、それなりに期待していい。なにしろひとつの

国家が維新をかけて運営している最大の組織なのだから、金を持っていないわけが無いのだ。近くの民

間組織が依頼をしてくるのとは訳が違い、相手は国家を守る軍隊なのだ。その彼らに協力したとあらば

、このレイズの中でアクトウェイはかなり優遇されるだろう。


しかし、リスクとして出てくるのが任務の危険さだ。ただでさえ命のやり取りをしている彼らに、「切

羽詰ったので助けてくれ」と言われては、もう何が起こるかは想像できるくらいだ。まず間違いなくこ

ちらもかなりの危険を冒すことになるだろう。ここは先に依頼内容を知っておきたいところだが、それ

は向こうの事情があって大抵話してくれない。軍人には守秘義務がある。そう簡単に民間人に作戦内容

を知らせているようでは、きっと敵にも動きが筒抜けだろう。


さて、どうするか。一か八か、やってみてもいいだろうか。


「准将、その前にそちらの依頼内容を教えていただくことは出来ませんか?」


「不可能だ」


即答だった。


「我々軍人は、機密を守る立場にある。船長には、その程をご理解いただきたい」


「解っております、司令。少し聞いてみただけです。このことについてはクルーと話し合ってもよろし

いでしょうか?それなりの……デメリットもあると思うので」


その言葉に、アステナは頷いた。この星系の中で一番の武力を持っている准将が一体何を頼もうとして

いるのか……想像したくなかった。


「ああ、解った。それでは二時間後にこちらからまた通信する」


軍人の映像が消えると、リガルは端末を胸ポケットに戻してクルーに向き直った。


丁度いいタイミングで、キャロッサが美味しそうなハンバーガーを大きなカートに乗せて持ってくる。

それを全員に配りながら、彼女は心配そうに尋ねた。


「どうかしたんですか?」


アキが答える。


「これから、戦争に参加するかどうかを話し合うんです」


「おい、アキ。そんなこと言ったら語弊があるぞ」


フィリップが言うと、アキは黙った。別に気分を悪くしたわけではないのだが、ここは黙っておくべき

だと感じたのだろう。先ほどのやり取りでいくらか人間らしさもついてきたと思うのだが、やはり、ま

だAIとしての部分が多分にあるようだ。


「でも、実際のところどうするんですか?」


と、イーライ。


ジュリーが答えた。


「私は参戦すべきだと思うね。この勢いに乗ってる時に、しっかり稼がにゃ」


ギョッとした様子で、イーライは危うく手に持ったハンバーガーを取り落としそうになった。


「そうは言っても、危険な依頼で引き受けた後で後悔する事態になるかもしれない。そうなったら、俺

たちは終わりだ」


「そうかもしれないわね」と、セシル。「でも、私は船長の腕前を信頼してるし、それに足る証拠もあ

る。アクトウェイもまだまだ改良の余地はあるし、お金はあるに越したことは無いわ。それに軍も無茶

な依頼は寄越さないでしょう。いくら危険な現場にいつもいるからって、民間の船一隻に割り当てられ

る依頼なんて、たかが知れてるわ」


そのセシルの発言に、リガルはさりげなく以前からの疑問をぶつけてみた。


「そういえば、今だからこそ聞きたいんだが……みんな、どうしてノーマッドになろうと思ったんだ?

フィリップとイーライ、セシルは軍にいたんだろう?その方が安定してるじゃないか」


その言葉に、三人は顔を見合わせて、溜息をついた。


「なんだ?どうしたんだ?」


「リガル、貴方ってよほど鈍感なのか、間抜けなのかのどっちかね」


ふくれた表情のリガルを見て、アキ以外の全員が笑った。セシルが、申し訳ないとばかりにリガルの肩

を掴む。


「冗談よ。私たちがノーマッドになった理由は、ただ単に軍に嫌気が差したから。そろそろ自由に星を

見て回りたいと思ったのよ」


リガルはいじけた振りをして見せた。


「別にいいじゃないか。軍艦の中は考えうる限り一番安全なところだし、現場の仲間たちとの絆とかだ

ってあるんじゃないのか?」


「それはそうだけど、軍からノーマッドになる連中は、大抵がそういった安定した規律の整った生活が

嫌になった者よ。まあ、私の場合は元の船の連中と今でも連絡を取り合う仲だけどね」


「俺もそうだ」


フィリップがハンバーガーに噛り付きながら言った。キャロッサお手製のハンバーガーは、想像以上に

味が良かったらしい。ひとしきり彼女に賛辞の言葉を送るとフィリップは続けた。


「俺もセシルと同じだよ、リガル。上下関係でピリピリしてた前の船よりも、この船にいた方が断然楽

しい。やりがいがある」


「以下同文」


イーライも、ハンバーガーを頬張りながら言った。キャロッサに視線を送ると、彼女は下を向いて俯い

た。


「私は普通の医学学校を出たんですが、ある理由で家を無くしてしまって……医療の知識も生かせそう

で泊り込みで働けるのを探したら、ノーマッドに……」


気まずい空気が流れる。リガルは、キャロッサの右手を握った。同時に、セシルもキャロッサの左手を

握る。


「すまない、キャロッサ。そういうつもりじゃなかったんだ」


「いいんです、解ってます。この船の人たちは皆優しいし、大好きです。この船に来てよかった」


儚げな笑顔を向けられると、思わずリガルはどきりとした。その様子を見ていたセシルとジュリーは、

少しむっとする。イーライとフィリップは互いに顔を見合わせて、アキはわき目も振らずにハンバーガ

ーを食べている。


「解った。それで、軍からの依頼を受けるか、どうか。賛成のものは手を挙げてくれ」


イーライとアキ、リガル以外の、セシル、フィリップ、ジュリー、キャロッサが手を上げた。これは多

数決で決定だろう。


「解った。イーライ、すまないが、よろしく頼む。君の腕が必要になるかもしれない」


イーライは一つ溜息をついたが、フライドポテトを全て口の中に放り込むと、リガルに向けて親指を立

てて見せた。


「オーケーですよ、船長。どんな局面でも最善を尽くしますし、期待に応えて見せます」


「よし。アキはどうだ?」


アキは至って真面目な表情で、口をもぐもぐさせながら答えた。


「大丈夫です、船長。このハンバーガーを食べるより、楽な仕事です」




・アリオス暦一三二年 五月二八日 レイズ第三艦隊



「アクトウェイは依頼を承諾しました」


その報告が入ったとき、丁度自室で昼食を取っていたアステナは手に持っているハンバーガーを一先ず

置いて、バルトロメオ大佐の顔を見た。大佐は後ろにラディス少佐も従えており、少佐から手渡された

書類を大佐がアステナへと回した。受け取ったアステナはその書類をぺらぺらと捲って目を通すと、に

やりと笑って「処理済」の箱へと書類を押し込んだ。


「大佐、この船長は中々の切れ者だぞ。『承諾する前に、アクトウェイのみの単独任務になるのかどう

かお聞きしたい』なんて、既に見当をつけているとしか思えん」


「まったくです」


感服した表情で、バルトロメオは頷いた。


「恐らく、船長のリガル氏は三十分後に送られる依頼内容をほぼ把握しているものと思われます。その

まま、カプライザ星系方面へと進路を変更しました」


今度は口笛を吹く。大体アステナがこういうおどけた仕草をするときは、心底感嘆した時か、『消えて

なくなりたいほど』危険な状況に陥った時だ。今のところ、後者のような状況には一度しかなっていな

い。ともすれば、この切れ者のなまけた准将を感心させるほどの才能が、あのリガルという男にはある

ということだ。


「こいつは切れ者どころじゃないな。一体彼は誰だ?民間船の船長なんて嘘だろう?」


「それが、正真正銘普通の一般人ですよ。つい先日、あの船に買い換えたそうです。今までに一度レー

ダーモジュールを改装し―――」


長くなりそうなラディス少佐の話を、アステナは手を振ってさえぎった。


「ラディス、その情報はいい。なんにしても、これは幸運だぞ。どういうわけかは知らないが、ひどく

優秀なノーマッドがこの任務を承諾してくれた。これは光明だ。まず、あの任務は成功すると確信して

いい」


アステナがリガルに依頼しようと思っていた任務は一つだ。


偵察任務。カプライザ星系より襲来するはずの敵艦隊を迎え撃つ為、第三艦隊は此処から動くことが出

来ない。敵の規模がわからないので、無駄な戦力の分散は極力避けなければならないのだ。そのため、

偵察部隊を出すかどうか、その会議の最中にある艦長からノーマッドに依頼してはどうか、と提案が出

されたのだ。


「こちらの戦力を分散するわけにはいかない以上、あのような民間船に依頼するのは仕方の無いことな

のでしょうが、いささか気が進みませんな」


「バルトロメオ、君の言い分もわかるが……君も言ったじゃないか。仕方が無い、と。民間船ならば敵

も攻撃しないかもしれないし、身軽に動ける。理に適っていないかもしれないが、とにかく、我々はこ

の星系を守らねばならない。そういうことだよ。それに向こうは既に実績を立てている。それをかんが

みてこの提案を承諾したのだ。しかもかなりの切れ者だから、もう軍人と見ていいだろうな」


書類を一つ手に取り、バルトロメオへと押しやった。参謀長は興味深そうに書類を手に取ると、それを

すぐに読み始めた。しばらく目を通すと、呆気に取られた表情でアステナに書類を返す。


「民間船一隻で、どうやって数十隻の海賊船を撃沈できるのです?」


「さあな。只一つ言えることは、これが我々にとって最大限の利益を持って帰ってきてくれるだろうと

いう確信だ。彼はきっと上手くやるぞ、参謀長。報酬をしっかり用意しておけ」


アステナはくるりと椅子の向きを変えて欠伸をした。


「格納庫に入りきらないくらいにな」






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