一三二年 五月二五日~ ②
長らくお待たせいたしました。
一日から大学の入学式なんかが続いてて、暇が無い状況でしたので…申し訳ありません。
その日の夜、様々な行事を終えて、荷物の全てをラディスに任せて彼をヘリで宇宙港まで送りにいった時に、入れ替わりで仕事を終えたブルックリン大佐が乗り込んできた。標準型の電動モーターを用いたヘリコプターが静かにローターを回転させ始めると、モーター特有の甲高い音が響き始めて五人乗の小型ヘリコプターは浮遊し、一定高度まで上昇すると、そのまま市街地へ機首を向けて飛び始めた。
景色は美しかった。かたや、広大な宇宙港が地平線に向かって広がり、そのドッグの間をリニアモーターカーの線とがどこまでも伸びている。宇宙港の隣には空港があり、多くの飛行機が離発着していた。
宇宙港の反対側には夕日に照らされた市街地が見えて、空高く聳える高層ビルが、まるで自分が蟻にでもなったかのような威圧感を与えてくる。しかし、ビルの外壁にはめられた窓ガラスが夕日を反射しているのを見ると、まるで素晴らしくよく出来た芸術品を見ている気分になった。
「お疲れさん!」
やや大きくなったモーターの音に負けないようにアステナが声を張り上げると、元々声が低くてよく聞き取りやすい大佐は、何事も無かったかのように答えた。
「ありがとうございます。それで、店は予約してあるんですか?」
「それが、まだなんだ!だけど、評議長に聞いて、人気の店をリサーチしてある!」
アステナは自分の携帯端末を指で指すと、起動して店のリストを大佐に見せた。端末を受け取った大佐はその長い文字の羅列を見つめると、やはり低い声で応答した。
「閣下は、何が食べたいですかね?」
「私は何でもいい!君に任せる!」
しばらくリストと睨めっこしていた大佐は、無言で一つの店の名前を選択すると、端末のホログラフを使って空中に投影表示した。その店名をアステナは読み上げた。
「”シャロン”?」
「今、ローストビーフが食べたいんですよ」
「オーケーだ!」
親指を立てると、ヘリはさらに加速して、二人を市街地へと連れ去っていく。
シャロンは、やや暗い照明と座席に一つあるキャンドルが乗せられた木製のアクセサリーが点在する小洒落た店だった。店長はまだ若いシェフで、二カ国をまたにかけた武者修行から帰ってきたばかりだが、その腕前は一流らしい。それは、アステナの目の前に置かれたローストビーフの山と、その回りを彩る野菜たちが証明している。
「そりゃあ、仕方ないですよ、閣下」
ブルックリンはワイングラスを片手に、フォークで肉を一枚とって、口の中に放り込んだ。先ほどまでのアステナのレーヌ少将との話を聞かされたブルックリンは、仕方ないの一言で話を終わらせるつもりは毛頭ないとわかっていたので、アステナも負けずにフライドポテトを口に入れる。
「お分かりだとは思いますが、戦いに犠牲はつき物です。戦うという行為自体が犠牲を強いる物であり、訓練でも人は死にます。だのに、貴方はそれを勝利ではないと呼ぶ。私には解りません」
アステナは反論した。
「しかし、だからといって、それで死んだ兵士が報われる物か。その時、もっといい作戦案があった筈だ。彼らが死ぬことなく、もっと確実に勝利できた作戦が―――」
「准将」
ブルックリンの声が静かになる。アステナは反射的に口を閉じた。
「貴方が考えていることはよく解ります。私にも、そういう時はありましたから。部下たちが死んだのは、確かに自分の責任ですし、それはただしく、苦しむのも当たり前です。ですが、それではいけません。正しいことが、いつも正しいとは限りません」
「どういう意味だ?」
「そのまんまです。その……レーヌ少将でしたっけ?少将が言っている事は間違ってはいません。しかし、閣下も間違ってはいません」
意味が解らず、アステナは腕を組んで考え込んでしまった。そして、まずブルックリンに相談したことを自分に感謝した。彼は、その豊富な実戦経験と軍歴で、アステナの疑問には大抵答えてくれる。
それと今回の戦いでわかったことだが、彼はすこぶる腕がよかった。それでいて、部下たちの信頼も厚い。正に理想の艦長だった。
「ブルックリン、よく解らない。俺も少将も正しいなら、どちらが間違ってるんだ?」
その言葉に、ブルックリンはさらに一枚ローストビーフを口に挟むと、今度は傍に置いてあるシーザーサラダに手を伸ばし、盛り付けてあるトマトをフォークで突き刺すと、それをアステナに向けた。
「そもそも、それが間違っているんです。問題は、どれが間違っているか、どれが正しいかではありません。どの選択肢が、最終的に正しく在れるか、です。一見美学ともいえる哲学理論でも、それに従って殺人事件でも起こして御覧なさい。その時点で歪んでいます。それを見極めることが重要なんです」
何もいえないでいるアステナから目を離して、ブルックリンはサラダをローストビーフで器用に包むと、それをフォークで口に運んで、ワインで飲み込んだ。
「私が知る限り、閣下は一番の艦隊司令官です。お世辞なんかじゃありません、本当です。クルーのことをいつも気にかけていますし、能力もある。ただ、失敗に慣れていないだけです。そして、本当にクルーのことを想うのなら……することは、ひとつですよ」
アステナは、視線を自分の両手に移した。つまり、俺は正しくもあり、間違っていたのだ。ここでうじうじと勝利の意味を問うても意味は無い。
だが、俺はどうすればいいのだろう?テーブルの上のワインのように、アステナの胸中は沈んだ色になっていた。




