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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第五章 「賢帝は旗の色を知る」
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一三三年 三月二十五日~ ③

 七時間が経過し、時刻は一九〇〇時にさしかかった。アクトウェイ、グローツラング、コンプレクター、そしてスペランツァは加速を続け、秒速三万キロあまりでマルメディ星系中心部へ向かって驀進していた。同じ程度の速度を保って、絶妙な距離を白い艦隊が追いかけてくる。気の休まるひとときとは決して言えないが、誰しもが努力を惜しまなかった七時間だ。

 アクトウェイの半球形をした艦橋、その船長席に据え付けられている立体映像投影装置が、三つのワイプを空中投影していた。それぞれ四隻の責任者である、ジェームス・エッカート、ハンスリッヒ・フォン・シュトックハウゼン、カルーザ・メンフィスが顔を並べており、特にハンスリッヒの形相には鬼気迫るものがあった。


「我が船の状態は、万全という表現と百万光年の隔たりを持っている」


 現状把握のために船の状態を求められたハンスリッヒが手を振りかざしながら声を張り上げた。エッカートが微かに眉を潜めたが、彼を鬱陶しく思ってのことではなく、グローツラングがコンプレクターを守り切れなかったことを自戒しているのだろう。カルーザはプロの軍人らしい無表情を保ったまま、真っ直ぐにワイプの中からリガルを見つめている。


「コンプレクターで無事な個所と言えばプラズマ反動エンジンくらいのものだ。直線的な機動は可能だが、二次推進装置がいくつか破損しているため、急激な回避運動はできない。対空レールガンの発射台も三割近くやられた。短距離跳躍装置は無事だが、パワーコアから無理にエネルギーを引き出して緊急跳躍したため、装置そのものにも負荷がかかっている。機関長が言うには大きな造船所で出来る限り早くオーバーホールをしたいそうだ」


「マルメディ星系には、幸いにも造船所がある」


 エッカートが星系図を表示した。アクトウェイらと白い艦隊のベクトルが重なり合って、第一番惑星の衛星軌道上に向かっている。その進路から、恒星に向かって右にかなり離れた小惑星帯の中に、ルガート造船財閥の造船所がある。乾ドックも無数にあり、大小様々な艦艇がじゅうぶんに整備できる環境が整えられていた。


「ここでコンプレクターを修復するのはどうだろうか。現在の状態のまま戦闘状況に突入するのは自殺行為だ」


「俺達がやられると言いたいのか」と、ハンスリッヒ。


「エッカート船長は、純軍事的な見地から言っているんだろう」カルーザが静かに指摘した。「クルーの努力と犠牲には敬意を表するが、現実問題として、コンプレクターは万全な準備を整えられているとは言い難い。ましてや跳躍装置が使えないのでは、咄嗟の離脱もできないだろう」


「そういうことだ。君達を侮辱するつもりはなかった」


「いや、すまない。こちらも気が立っていた。これほどの……痛手を負ったのでは、確かに正面から戦闘を行える状態ではない。しばらく、一歩引いた場所からの援護に徹するのが妥当だろう」


 いくつもの人生に終止符が打たれたことを、ただの「痛手」という言葉に押し込めてしまう。苦しげに言うハンスリッヒから目を逸らして、リガルは後方から余裕たっぷりに追跡してくる白い艦隊を睨み付けた。今後のこともそうだが、これまでのことにも注意を向けなければならない。


「ジェイスは、まだ追跡してきている。こちらのシャトルの往還や、修復作業を見ている筈だ。追撃を行うには絶好の機会なのに、奴はなにも手を出してこない」


 カルーザがゆっくりと、自分の意思を確実に示すために大きく頷いた。


「俺が気になっていたのは、そこだ。そもそも、あの艦隊以外に大規模な船団がここにいると思えばこそ、バルンテージ氏の御息女がいると確信できた。しかし、予想外にも、この星系にいるのは五一隻の白い船のみ。あの巨大戦艦がいることからして、ジェイスの本隊であるのは疑いようもないだろう」


「しかも、奴らはワープポイントで待ち伏せしていた。五一隻以外のダハク星系連邦に侵入した旧帝国軍艦隊は、銀河連合軍に対処するために各星系へ散らばったんだろう。そう考えれば、五一隻という数は奴らが用意しつつ、確実に俺達を仕留めるのに妥当な数であるように思える」


 鋭すぎる眼光を放ちながら、エッカートが白い艦隊の中心に座する巨大戦艦のホログラフを投影した。美しい流線型と力強さを強調する逞しい船体の各所には、格納式の垂直式ミサイル発射装置と対空レールガン、荷電粒子砲、エネルギービーム砲が無数に据え付けられているのが見える。この一隻だけで、スペランツァと同級のラビーニャ級戦艦を二十隻は相手にできそうだ。


「あの超弩級戦艦から察するに、ジェイスが直々に前に出て戦っているのは間違いない。五一隻というのは、ジェイスと、彼を守る親衛隊だと考えれば筋が通る。彼は最も信頼できる部下と共に他の艦隊には銀河連合軍の相手をさせ、確実に自分の手で我々を葬る段取りを整えたのだ」


「それにしてはおかしくないだろうか。我々を破壊するのが目的だとするのならば、今、こうして悠長に時間を与えるようなことはおかしい。アスタルト星系に我々がいることがわかっているのだから、機雷の敷設くらいはするものだと思うが」


「ハンスの言うことは、俺にもよくわかる。今回、奴のとった戦略と戦術は乖離している。ならば、そのふたつを同時に満たす要件が奴の目的の筈だ」


「その目的を妨害しつつ」ハンスは画面の中で、自分の座る座席の肘掛を指で叩いた。「我々の目的を達成させなければならない」


「私達の目的はなんだろう?」と、エッカート。


「アスティミナ・フォン・バルンテージの救出だ」確認するように、カルーザはちらりとリガルを見た。「少なくとも、ここにいる全員が持っている共通認識だ。アスティミナほどの重要人物がいる場所をジェイスが離れるとは思えん。そういう他者の覚悟を打ち砕くのがたまらなく好きな男だ。私はそう感じた」


 雪辱に塗れた表情で、ハンスリッヒが頷いた。碧眼には怒りの炎が煌めいている。


「同感だ。奴は人間というものが理解できていない。覚悟を折るのは命を奪うよりも難しいとわからせてやる必要がある」


 賞賛する眼差しで、エッカートがハンスを見ながら獰猛な笑みを浮かべた。


「まったくその通りだ、ハンスリッヒ。そのためには、アスティミナ嬢を救出し、奴らの意図を打ち砕かねばならない」


「恐らく、敵の狙いはアスティミナ・フォン・バルンテージを擁して、オリオン腕の旧帝国軍勢力を迎合することだろう。黄金の花束の領主、その御息女ともなれば世論的に無視できるものではないし、彼女が支持を表明すれば少なからずの旧帝国人が影響を受ける。オリオン腕を包む暗雲はますます重く垂れこめ、事態はバレンティア航宙軍を始めとする銀河連合軍が処理できる範囲を超える」

 あることを思い出し、リガルは貴公子へ向けて問うた。


「あなたの目的はどうなんだ、エッカート。リッキオ・ディプサドルは、この宙域にはいないように思えるが」


「いや、いる」


 彼は断言し、三人を驚かせた。言うまでもなく、四隻のセンサー情報を全て統合処理していても、マルメディ星系には今確認できているもの以外の人工物は無い。だが、エッカートはマルメディ星系の大きな小惑星帯と、ルガート造船財閥の本社を強調表示した。


「ディプサドルは放浪者ノーマッドだ。ランカーともなると星系防衛軍や警備隊と小競り合いになることも少なくはない。私も面倒に巻き込まれるよりは安全な航路、つまり人目につかない行動をとるように心がけている。さらに言えば、単独行動を好む」ハンスリッヒが鼻で笑った。エッカートはにっこりと微笑みかける。「私は例外だ。必要なこととそうでないことを分けている。ディプサドルは昔気質な女性だ。義理や人情に弱い。名誉とは何かを真剣に考えている」


「名誉を重んじた結果、謀反の片棒を担いでいるわけか」


「従っているように見せて、反撃の機会を窺っているんだろう。あの白い艦隊は、まず我々を無傷のままマルメディ星系から出て行かせはしないだろう。そして戦闘ともなれば、コンプレクターは”確実に”狙われる。君達が戦闘能力を取り戻さなければ、四隻であの超弩級戦艦とその護衛艦の全てを叩きつぶさなければならない。既に七隻を葬っているから、実際には四四隻だ」


 思慮深い眼差しで、カルーザが口元を手で覆いながら言った。


「エッカート船長、あなたの言う通りリッキオ・ディプサドルが小惑星帯に潜んでいるのならば厄介だ。確か、彼女の乗船している船は炎狐えんこだったな」


「そうだ。一撃必殺の大口径陽電子砲を搭載している。一撃で二十隻以上の船を葬れる威力を持っており、私は一度、その砲撃を見たことがある。戦慄したよ。十隻の海賊船団が一瞬で蒸発した」


 小惑星帯は資源が豊富だが、同時にあらゆる方向へ向けてかなりの質量を持つ岩石が飛翔している。ルガート造船財閥の本社が置かれている小惑星は巨大なもので、ジェイスの乗っているであろう白い巨大戦艦をも建造・整備できそうなドックがいくつか、そのほか大小様々な大きさの乾ドックがいくつも見える。分厚い岩石の内部をくりぬいているため、飛来する岩石は問題にならない。巨大な質量を持つ岩石が接近してきた場合に爆破措置ができるよう、本社自体に高出力のエネルギーレーザー砲台がいくつかみとめられた。

 まるで要塞だ、と誰かが呟いた。本社衛星は小惑星帯の織りなす、恒星の周囲を取り巻く環の表層部分に位置しているため、建造を終えた船が出向してもすぐに岩石地帯を抜けられるように工夫されている。

 と。リガルの手元にひとつのファイルが転送されてきた。こうして船長席のホログラフとして表示されるのだから、アキが内部を精査した後だろう。

 座席の後ろ、オブザーバー席に控えている彼女を振り返ると、その白い顔が微かに頷くのがわかった。そして、ちらりと隣に座る鉄灰色の髪をした男を目で示す。

 プリンストン・B・エッジは、何も言わずにリガルを見つめ返した。まったく感情の読み取れないその眼差しを受け止めるも、何を考えているのかは理解できそうにない。

 議論が白熱する中、リガルは手元でファイルを開いた。すると、膨大な量の平面図が立ちどころに現れ、組み合わさり、歪な球形にまとまって彼の目前で浮遊した。手を触れると、その部分の階層が拡大され、一画が協調表示される。

 その間取りを見て、リガルは息を飲んだ。そして振り返り、プリンストンの顔を凝視する。

 彼は――笑っただろうか。

 発言しない彼に気が付き、カルーザが肩眉を上げながら問うた。


「どうした、リガル。何かあったか?」


「ああ、カルーザ。やるべきことと、しなければならないことが、わかった」







「まずいな」


 いつにもまして不味いコーヒーを啜り、フィリップが顔を顰めた。それが現在の状況についてなのか、それともこの酸味と苦味が入り混じった複雑な液体についての感想なのかは判別がつかなかった。

 ちらりと、保温ポットを配っているアキの背中を見やる。いつもなら給仕カートを押してキャロッサが軽食や飲み物を配給しているのだが、今は彼女が代わりを務めている。どういうわけか買って出たのだ。

 イーライやセシルが、おっかなびっくりポットに口を付けるのを見ながら、リガルは機関長席に座るフィリップに答える。


「非常に、な。とにかく、コンプレクターでの医療活動は山場を超えそうだ。キャロッサはよく頑張ってくれている、とハンスから連絡があった。ジュリーもハンスをよく補佐して、コンプレクターでの人事配置などを工夫しているらしい」


「問題は短距離跳躍装置と、その他の物理的な損害ってことだな。そして、それらを解決しない限りコンプレクターの撃沈は免れず、何とかするためにはあのくそったれな岩の塊に突っ込まなきゃならねぇ」


 不機嫌極まりない口調で、彼は丸っこい指を突きだし、艦橋を覆う半球形の全天ディスプレイの一画に拡大表示されている、ルガート造船財閥の本社を示した。

 プリンストンの提供してきたデータは、バレンティア情報軍が収集していた旧帝国軍施設に関するもので、あのルガート造船財閥の本社施設に関しても例外ではなかった。

 旧銀河帝国領に建設された要塞のひとつ、ハダゾ要塞。それが、百年前の第一次オリオン腕大戦時にあの本社施設につけられていた名前である。無数の荷電粒子砲塔などは旧銀河帝国軍の防衛施設として稼働していたころの名残で、それ故にこの作戦の実行難易度は飛躍的に高まった。造船所であると同時に軍事施設でもあるのだ。

 言うまでもなく、リガルにはこの事実が気に入らない。前回の会議後に問いただしたところ、プリンストンは言った。


「バレンティア情報軍は旧銀河帝国領の、廃棄・現役を問わず、全ての防衛施設の情報を保持しています。百年前の大戦終結の折、瓦解する銀河帝国の崩壊の波に乗じて、情報軍は驚嘆すべき業績を残しました。これはその名残です」


「ハダゾ要塞についての情報が無ければ、突入なんて夢物語だっただろう。なぜ、このタイミングで情報を開示したんだ?」


「ハダゾ要塞についての詳細は軍事機密です。いかな英雄といえど、あなたのようなノーマッドに援助としてこの情報を提供する際には、それが確実に必要とされる場合を除いて、私にそうするための権限は付与されていません」


「つまり。知る必要性が確実に存在する場合にしか、その情報は俺達には知らされないということか。現状は、その条件を満たしている、と」


「そうです。スペランツァに潜伏していた情報軍の通信プロトコルが作動して、アクトウェイに乗船している私の下へテルミット作戦の簡易命令書が届きました」


「テルミット作戦?」


「銀河連合軍は、あなたと、あなたの率いるこの三隻に期待しているということです。それが大筋の作戦要綱ではありませんが、今も激戦を繰り広げている筈の第一、第四、そして第五機動艦隊の正面攻撃を補佐する形での遊撃隊として、役割を与えられているといってもいいでしょう」


 この軍隊らしい、あらゆる要素を敵か味方かに振り分け、そして利用できるものはなんでも利用する精神には脱帽しつつ胸中で舌打ちを禁じ得ないリガルだが、そのおかげでこうして旧ハダゾ要塞への侵入が行えると考えて悪態を堪えた。

 この件を、イーライが気に入っていないのは間違いなかった。キャロッサを乗せたままコンプレクターが要塞へ突入することは織り込み済みとなってしまい、これからは後方から追い縋る白い艦隊の動向にも目を向けなければならない。


「それにしてもよ、船長。まだアスティミナがハダゾ要塞にいるって確証は無いんじゃねぇのか? マルメディ星系にいるってことは確かで、スレイトン警部の話じゃあ別荘地にいるらしいじゃねぇか。そうすると、第一番惑星の地表のどこかだろ」


「フィリップ。今回のハダゾ要塞突入は、いずれ為さねばならない事なんだ。どっちみち、コンプレクターをこのままにはしておけない。敵艦隊を抑え込みつつ、コンプレクターを修理し、短距離跳躍を上手く利用して第一番惑星へ向かわせる。これが最善の策だよ」


「気に入らねぇな。何が気に入らないって、一番最初が最大の難関だってことだ。まずはあの白い艦隊と一戦交えて、その動きを封じるしかできることがない」


「その通りだ。極めて困難だが、俺達の間では『できる』と意見がまとまった」


「一体全体、どうするってんだ?」


 リガルは苦いコーヒーを一気に飲み下して、不敵な笑みを浮かべた。


「問題は何をするかじゃなくて、何ができるか、だ。その点、俺達には選択肢がたくさんある。ジェイスの白い顔に、思いっきり泥をぶちまけてやるさ」

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