小話 『告白』
「俺、あんたのこと好きだから」
そのカイの口調が、あまりにあっさりとしていて、勉強(をみて貰っている)途中に、ふとペンを持つ手を止めて、明日の天気の話しでもするかのようにさらりと言われたものだから、私は全く深く考えもせずに「うん、私も好きだよ?」と返した。
一瞬、目を見開いたカイは、すぐにいつもの感情の薄い冷たいような目つきに戻ると、小さくため息をついた。
「ちがう。そういう意味じゃない。俺は男としてあんたが好きだって言ったの」
「え? そりゃあカイは男の子なんだし? 私だって女として………って。え?」
一体何を言っているんだと、カイの言葉をなぞった私は、何かがおかしいと気付いて言葉を切った。 某然とカイの顔を見つめると、冗談を口にしているとは思えない真っ直ぐな視線に晒される。
「え? あれ? えーと? …………………えええええええええ!?」
混乱する気持ちに任せて、声を上げ―――――私は逃げ道を求めて、隣に座る四ッ谷を見た。
「どっ、どういうこと!?」
鼻先にペンを挟んで参考書を睨みつけていた伊達は、その格好のまま、食い入るようにカイを見詰めていたが、私に話を振られて慌てふためいた。
「おっ、おまっ。ここで俺にふるな! 俺は知らん!」
あっさり、私のSOSを蹴ると、伊達は「お、おおおお、俺は、トイレ! トイレ借りるからな!」とそそくさと逃亡してしまった。
ひどい。
西日の差し込む部屋の中。たった今、伊達が出て行った障子が、まるで鉄で出来た頑丈な扉のように感じる。
崩していた足を戻して居住まいを正すと、私は太ももの上で拳を握り締めて、そろそろと顔を上げた。
うっ。
途端に、さっきと全く変わらないカイの視線にぶつかり、思わず目をそらしてしまう。
男として好きって、男って歳か!? 落ち着こうと胸中で悪態をついてみるものの効果は期待出来そうにない。
今は6月の梅雨まっさかり。ROで、カイ達と出会い、現実の世界で再開してから8ヶ月が過ぎようとしていた。
カイは無事に中学生になり、真新しいブレザーに身を包んだカイを始めて目にした時は、なんだかこそばゆい感じがしたっけ。
歪なネクタイを、お姉さん顔をして直してやったのがほんの2ヶ月前で、カイはまだ中学一年生の12歳なわけで、うん、やっぱり男って歳じゃあないな!
何とか、ほんの少し落ち着きを取り戻したと思ったけれど、カイの歳を確認したところで、何一つ事態は解決していない事に気付いて、私は泣きたい気持ちで視線を彷徨わせた。
「気持ちを知っておいてもらおうと思っただけで、どうこうするつもりはないから気にしないで。あと、そこ、間違ってる」
カイはとんとんとノートを鉛筆で叩いた。
ど、どどどどどどどどど、どうこうって!? どうこうって!? はっ! あれか、縛りプ―――――。
危うい所まで考えて、我に返った私は頭を抱えて首を振った。
落ち着け、自分! 相手は中学生だ。4つも年下なんだから。つーか、告白しといて、気にしないではないでしょうよ。しかも、その問題は自信があったのに、ついでみたいにさらっと指摘しないでよ。
「その、返事……とか、いらないの?」
「欲しいって言ったらくれるの?」
恐る恐る尋ねると、カイはぺらぺらと手にした本のページを捲りながら問い返してきた。
「えーと、それは、その、何と言うか、私達はまだ学生だし、学生の本分は勉強だし……」
苦しいいい訳だ。自分でもそれは分かっているけれど、NOと答えるのも、YESと答えるのも、違う気がして私は卑怯にも誤魔化しに走ってしまった。
好きか嫌いかと問われれば、好きだと断言出来る。でもそれは友人として、もしくは、大げさかもしれないけれど戦友として好意を持っているという好きなのであって、異性としてと言われると、正直考えたことがなかった。
ぱたんという音に、顔をあげると、カイが本を持って立ち上がった所だった。
思わず、びくりと体を引いてしまい、引いてしまってから、すぐに自己嫌悪で落ち込んだ。
「別に返事はいらない。あんたなんか嫌いだって言われても変わらないから」
え?
カイは本棚に本を戻すと、すぐに新しい本を手にとり、また目の前の床に腰を降ろした。
今のはどう受け取ればいいんだろう。ものすごい愛の告白を聞いたような、堂々とストーカー宣言をされたような………。
ぱらりぱらりとページをめくるカイの横顔はいつも通りのすましたもので、カイが本をめくる音と、時計の秒針が進む音を聞きながら、私は四ッ谷の帰りを指折り数えて待ったのだった。




