拍手用小話 『分かる?』『がんばれ佐藤さん』
『分かる?』
時は大晦日。私は粉雪のちらつく中、何故かカイの家でアルバイトをしていた。
カイの家はお寺で、神社ではないにも関わらず、大晦日から元旦にかけてそこそこの参拝者がやってくるらしい。
防寒具に身を包み、ストーブにあたりながら休憩していると、カイが紙コップを二つ持って、やってきた。
無言で差し出されたそれを「ありがと」と礼を言って、受け取った。
砂糖とミルクがたっぷりと入ったコーヒーは甘く、ほんわりと体が温まる。
「ねえ、まだ起きてていいの? 子供はもう寝る時間でしょう?」
「あそこに居る二人、見える?」
「へ?」
カイの体を気遣った言葉に、脈絡のない質問で返されて、私は思わず間抜けな声を上げた。
「あそこのお爺さんとお婆さん、いくつだと思う?」
「え? ああ、あの人達?」
目で示された先には、おそろいのマフラーを巻いた、中の良さそうな老夫婦がなにやら楽しげに話しこんでいた。
「うーん、70代?」
「もっと詳しく、別々に」
「ええ!? う~~~~~ん」
思わぬ難問を出され、私は唸った。
さっぱり分からない。よし、ここはひとつ中間で。
「どっちも75!」
「不正解。お爺さんは71、お婆さんは75」
おっ、お婆さんは合ってた。と喜ぶ私の空になったコップを取り上げると、「4歳違っても変らないでしょ」と言って、カイは戻って行った。
つまり………子ども扱いするなって、事………かな?
残された私は、カイの謎かけの意図について、首を捻ったのだった。
『がんばれ佐藤さん』
4ヶ月の休職をへて、僕は職場に復帰した。
最低限の引継ぎで、逃げるように引きこもった僕への風当たりは、優しいものではなかった。
しかし、ROの中で僕を信じて待っているカイを思えば、こんなものはどうってことではない。
僕は方々に頭を下げ、ROのスタッフの一員として復帰を許されると、すぐさま無窮の王のシステムを一時的に書き換えた。
これで、カイが解放されるかは分からない。だが、斉藤が僕達をROの中に取り込んだのだとしたら、絶対に出口を作っているはずだ。いや、カイを人質として、僕に出口を探させるために仕組んだのだから、ないはずがない。
結果、カイは助かった。数日間、意識が戻らなかった、カイが目を開けたと連絡を受けたときは、社の屋上で泣いた。
僕は斉藤の思惑通り、社会復帰を果たし、カイは生きがいを得たようだ。
死んでまで、世話を焼くつもりか。
さっさと天国にいってしまえ。もう、お前がいなくても大丈夫だと、墓前で報告できたとき、これでやっと終わったと思った。
でも、ひとつ忘れていた。
タスクさんこと、安部さんの件だ。
安部さんは子供さんが産まれてからというもの、以前にもまして急がしそうで、とても、腹をわって話を出来る雰囲気ではない。
そもそも、プライドの高い彼に、僕たちの存在を打ち明けていいものか。それに万が一間違いだった場合の心配もある。
安部さんが、タスクさんではなかったら、僕はとんでもない変人と思われてしまうだろう。復帰したばかりの社内で、そんな噂を立てられでもしたら、少々困る。
悩みに悩んだ末、僕は彼に話すことに決めた。
もし、彼が事態を受け入れられないような事があれば、僕の勘違いで流そう。変な奴だと思われても構わない。そう、思って意を決して話しかけたのだが………。
「ええ!? そうか、あれはやはり夢じゃなかったのか。まさか君があのシュージュだったとはね。いや、その節はお世話になったね。あ、そうだ。オクト君と伊達君は元気かな? 彼らには会ってみたいなあ。あ、いや駄目だな、伊達君はともかく、オクト君は女子高生だろう? 妻にばれたらと考えるだけで恐ろしいよ。君から彼らによろしく伝えてくれ。あ、そうだ。僕の息子の写真なんだが、どうかな? 可愛いだろう、良かったら一枚あげるよ。まだたくさんあるんだ。じゃあ、シオ君」
手渡された真っ白な産着を着せられた赤ん坊の写真を眺めながら、ここ数日の苦悩はなんだったのだろうと溜息が出た。案ずるより産むが易しとはよく言ったものだ。
ちなみにシオとは僕の社内での呼び名だ。同じ部署で斉藤と佐藤じゃ、分かりにくいと、同僚がつけたのが広まった。だから僕の名前は「シオ」だと思っている人も多い。唯一僕を「佐藤」と呼んだのは斉藤だけだったから。




