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〇月×日、今日は快晴  作者: 小声奏


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83.蛇足という名のエピローグ ②

 佐藤さんはロータリーの外れに止められた白い車に寄りかかって待っていた。


「すげえ、想像通り」


 名前を覚えていないどころか、一文字もかすりもしなかった事にいたくご立腹だった伊達……もとい四ツ谷は、佐藤さん姿を認めるなり、そう感想をこぼした。


「本当だ」


 思わず同意してしまう。それほどまでに佐藤さんは……佐藤さんだった。

 白いシャツとグレーのスラックスを身に纏った体は、中背で細身。柔和で少し繊細な顔立ちを細い銀縁のメガネが彩っており、すっきりと整えられた髪は遠目にもさらさらとしているのがわかる。

 これぞ草食系!

 と言った佐藤さんの出で立ちは、まさに思い描いていた佐藤さん像にぴったりだった。

 カイと連れ立ってやってきた私達を見て、佐藤さんは一度、ゆっくりと瞬きをした。

 その僅かな間が、何かを飲み込むような、得心するような、そんな意味ありげなものに思えたのは気のせいだろうか。


「オクトくんと、伊達くん、だね?」


 眼鏡の奥の目を細め、佐藤さんは微笑んだ。


「はい。あの中ではお世話になりました」


 伊達が頭を下げると、佐藤さんは眼鏡に指を添えて俯いた。


「いや、僕は何も出来なかったよ。……特にオクトくんには辛い思いを……っと、オクトくんというのも変だね。名前を聞いてもいいかな? ああ、勿論、僕はそのまま佐藤だよ。佐藤俊夫」


 ………サトウトシオ。

 佐藤さんの名前がなぜsaltだったのか、分かった気がした。

 私が妙な顔をしたのに気付いたのか、佐藤さんは、ははっと笑う。


「洒落がきいているだろう? ずっと気付かなかったそうだよ、うちの親は。砂糖と塩になるなんてね」


 佐藤さんはおちゃめな親御さんをお持ちのようだ。


「えと、私は仁木杏といいます。それでこっちが田――――」

「四ツ谷です! 四ツ谷清人」


 一度そうだと思い込んでしまった事って、どうしてこう何度も間違えちゃうんだろうな。

 上書き修正の効かない困った脳が詰まった頭を、また伊達の馬鹿でかい掌が包みこんだ。


「そういえば、カイは、カイの名前はなんていうの?」


 頭の上に掌をのっけたまま、隣に立つカイの顔を見る。


「俺もそのまま。吉野海」

「へえ。吉野君かよろしくね」


 お姉さんぶって笑いかける。と、カイはふいっと視線を逸らした。


「あんたに君付けなんかされると調子が狂う。今までどおり、カイでいい」


 カイの中の私ってどんな人間なんだろう。

 やっぱり出会い方がいけなかったのだろうか。いくらなんでも、小学生の前でパンツの中を覗こうとしたのはいただけないよね……。


「仁木さんと四ツ谷君は時間は大丈夫? よければゆっくり話したいんだが。君達も色々と聞きたいこともあるだろう?」


 私と伊達は顔を見合わせてから、佐藤さんに向き直りこくりと頷いた。


「じゃあ、僕の部屋でいいかな。狭いアパートだけれど、外で話すには向かない話だしね」


 誰かに、聞かれた日には、集団で頭おかしいと思われそうだもんな。


「じゃあ、乗って乗って。あ、シートベルトはしっかりしといてね。普段運転しないものだから、自信はないんだよ。これも兄の……カイの父から借りたものだから」


 ちょっと待て。

 今、さらっと重大発言しなかったか?


「お兄さんが、お父さんって………、え? カイと佐藤さんって」

「甥と叔父だよ。似てないけどね」


 ええええええええええ。カイが佐藤さんの甥!? 佐藤さんがカイの叔父!? だったら、分かりやすく、「叔父さん」って呼んでよ!

 カイのお父さんは婿養子に入って吉野姓になったとか。佐藤さんは4人兄弟の最後にぽつんと離れて出来た末っ子だとか。また男で親兄弟は揃ってがっかりしたとか。カイは父親の兄弟を、上から順に、伯父さん、父さん、井手さん(こちらも婿養子だそうだ)、佐藤さんと呼んでいるのだとか、車中では様々なトリビアで盛り上がった。

 オジさんがいっぱいいて、小さい頃はややこしかったから、とはカイの言だが、俊夫叔父さんでいいじゃないかと思う。

 佐藤さんの家は2階建ての小奇麗なアパートで、男の1人暮らしにしてはよく片付いていた。

 パソコンと大量の本とゲームのソフトと、小さなテーブルとパイプベッド。ぱっと目に付くのはそれぐらいで、インテリアには興味がなさそうだ。


「適当に座っててくれるかな、飲み物を入れてくるから」


 佐藤さんがキッチンに姿を消し、迷わずベッドに腰掛けようとしたら、伊達に頭をはたかれる。


「お前なあ。前から思ってたけどよ、男の部屋にきてベッドに腰掛けるのはやめろ」


 …………………。

 伊達の言葉の意味がすぐには分からなかった。しばらく反芻して、ようやく答えに行き当たった私はこくりと頷いて、ベッドの前の床に座り直す。

 自分の部屋でも修也の部屋でも、ベッドが椅子代わりだったから、ナチュラルに座っちゃってたよ。

 座りの悪さを感じて、正座をしたり、崩したりを繰り返す私に、思わぬ所から追い討ちがかかる。


「佐藤さんは何も心配いらないと思うけど。でも、気をつけるべきだ。あんた、年上とは思えないほどぬけてるし」


 小学生に子供扱い。これがカイじゃなかったら腹が立つんだろうけど、カイに言われると、「ごめんなさい」と謝りたくなってしまう。刷り込みってまじで恐ろしい。


「そもそも、簡単に男の部屋に入るべきじゃない」


 ええええ。それは出ていけと。お前だけ出て行けとそういう事ですか!?


「今は、俺も佐藤さんもいるからいいけど」


 ああ、じゃあ、いいんだ………………んん!?

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